2021年1月22日金曜日

岩名さんと芋虫

自分の目では「大傑作」と思うが、欲しがる人はいないだろいうので安心して展覧会に飾っておける作品というのがある(笑)。「芋虫」はそんな作品の一つだった。一昨年の7月、ちょうど帰国していた、ノルマンディー地方在住の舞踏家にして映画監督の岩名雅記さんがぶらりと銀座のフォルム画廊に現れ、「これ買います」と言い出し、びっくりすると同様困った。というのも稼いだ金はすべて映画製作に当てている彼の生活を知る者にとっては恐縮するしかない話で、、、私の初の銀座での個展への景気付けという心遣いがあっただろうが、嫌いな絵を飾るような人ではないし、、、。

確かに床に這いのけぞるような「芋虫」は舞踏的かもしれないと思わないでもなかったが、実際には私は「岩名さんの舞踏」も舞踏全般もわかっているわけではなく、公演を見ても褒めたり褒めなかったり。自らの内面を抉り出すような「舞踏」のアトリエに参加したいなどとは到底思わないから逆に部外者として忌憚なく話せる間柄でもあった(ただしそれで一度怒られて1年ほど交際禁止の罰を食らったこともあるのだが)。

「困った」私は「岩名さんの家は湿気が多いからだめだよ」と振ってみたのだが(実際彼の田舎の旧農家の住居は本当に湿度が高い)、「練習場の建物に新しい部屋を作るから」とのことで、、、結局「商談」成立。でも「部屋ができるまでは預かっておくから」ということでその後1年間私のアトリエの壁に飾られていた。

 

Publiée par Eizo Sakata sur Jeudi 12 novembre 2020

また東京で展示するのがもったいないような「傑作」ができてしまった。かなり結晶が厚くて梅雨の日本に持って帰るのが心配で、、、(ネットでシリカゲル大量購入しましたが)J'ai réussi à réaliser le dessin aussi...

Publiée par Eizo Sakata sur Mardi 14 mai 2019

 

1年ほど前から具合が少しおかしいと言いながらもそれまではネットで見た古い日本映画の論評を書いてFBに投稿したりして元気そうだった岩名さんが8月中旬急に入院。病院で肺周辺に溜まっていることがわかった水を抜いて少し楽になり、肺細胞には異常なしたとのことで私はそれはよかったと喜んでいたのだが、検査結果は胸膜中皮腫とよばれるごく稀な難病と判明。9月には退院したが、病に苛まれながら文字通り身体に鞭を打って舞踏論集の仕上げにかかられた。その中彼から「表紙に『芋虫』を使いたいのだが」との問い合わせを受け取った。ネガポジ反転と背表紙を境に「八の字」とする構成とするアイデアでなかなかの迫力で、勿論快諾。

 

「表紙に私のデッサンを使いたいがいいだろうか」との相談を受けたのが9月21日。岩名さんそのあと2ヶ月もしないで逝ってしまわれた。表紙の白黒反転はすごい迫力なので感心したら「いいでしょう」とご満悦げな返事が来た。背表紙を境に「八の字」になると...

Publiée par Eizo Sakata sur Vendredi 27 novembre 2020
 
 
 その時も彼のもとにある「芋虫」は写真のファイルのみ。塩の結晶が輝くオリジナルを楽しんでもらえるよう持って行かねばと思いつつも、コロナ高感染ゾーンのパリからお見舞いに行っていいものやら悪いのやら、しかし夜間外出禁止令も10月17日から施行され、コロナの雲行きも悪くなるばかり、その中Gさんに車のレンタルと運転を頼んで「芋虫」を持って伺うことにした。その時はまだ新しい部屋はできていなかったが奥さんとお友達たちの奮闘で数日後完成、結局11月11日にその部屋で岩名さんは亡くなられた。
 
お葬式でその部屋に入ったら「芋虫」のみならず「身体が岩に閉じ込められた女性」のキャンバス画も飾られていた。あれは2000年代かな? 岩名さんの初映画「朱霊たち」のお手伝いをしたのもその頃、映画の中に使われる「映画内映画」の大ポスターや顔が浮き出る洞窟の制作などを「仕事」として注文してもらったが、岩名氏は知るか知らぬか、あの頃は結構貧乏だったので有難くも助けられたものだ。完成後は役立たずの映画プロモーター業務も仰せつかった。

 
その前には1999年に岩名さんのワークショップの発表会でスタートしたばかりの Baisers Sans Frontières の「キス集め」をさせてもらい(彼はというと「踊り」の最中に予め壁に貼ったキスカードにそそっと這うように近づきそのまま見事指定の枠内に唇を突き出した)、2002年には南仏での展覧会のときに、思い通りに全然ならなかったインスタレーション「霧の温室」で踊りに来てもらった(植木屋さんの温室内に霧を立ち込ませ、その中に岩名さんが立ちすくんでいるという想定だったが、農園用スプリンクラーでは霧が作れないばかりが地面がベチェべちゃになるばかり。結局ドライアイスを使ったが霧の効果はさほどでなく、岩名さんは「ドライアイスがゴボゴボいう音が面白かった」と、、、。その後美術館等で霧や雲を作る作家が現れたが、高度な技術を駆使しているので私は「そうか〜」と感心するばかり(参考投稿)。まあアイデアは悪くなかった(笑)。
 あの時の公演は観衆が「舞踏」を見たことのない田舎町の人ばかりなのでか他の理由からか、岩名さんは観客の中に倒れ込んだりして随分ワイルドだった。パリで時間のあるときは、いつも客が少なくて心配になるクスクスレストランをほぼ貸し切り状態で駄洒落の応酬の馬鹿話、考えてみると長いお付き合いだった。鍛えられた身体の岩名さんと私、歳の差があっても死ぬのは同じぐらいであろうと私は思っていたのだが、、、
結局冥途への旅立ちのお供をさせてもらうことになった「芋虫」、それが表紙の上記「孤独なからだ」は近く出版される。「舞踏論集」ということだが、舞踏の創始者土方巽や大野一雄らの思い出、かつてのインタビュー、ワークショップでのメモなど、我々一般人が読める内容だ。自分の「舞踏人生」のスクラップブックという態をなしており、これを最後に纏め得たというのは亡くなる予感があったのだろうか
 
 
177ページ、50近くのエッセイが集められている。
 私の好きな下のFBでリンクしたハンディキャップの生徒さんの話も入っている
 
2500円 + 税 + 郵送費
予約ご希望の方は wakamatsu@gmail.com まで
 

岩名さんは映画の手伝いをさせてもらったので旧ブログでは度々登場いただいたが、彼のこんな文章がリンクしてあった。コピペします。やっぱり彼は素晴らしい人生を過ごしたと思う ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (2009年10...


 

参考投稿

旧ブログで少なくとも岩名さんの名前が出てくるのは20投稿もあった

その一つの「朱霊たち」の試写会の時の感慨(2006年9月):わざわざクリックしてくださる方は少ないだろうから以下コピペ

長篇映画を作るのは安くても2千万円はかかる。いくら昔からの夢でも現実問題となったら「そのお金でアパートでも買った方が、、、」と思ってしまうは私のような凡人。だからそれだけで私は岩名さんを尊敬、それで手伝いをはじめたのだが、昔からの映画ファンだけあって映像が繊細で美しい。最近こんな映画はめったにありません。
話は作者の妄想か荒唐無稽、または紋切り型で陳腐という面もあるかと思うと、シュールでかつ真に迫り不思議な感銘を受ける。だから「変な映画」。
一昨年の夏、彼の住むノルマンディーの旧農家は戦後の日本の町並みに変身、撮影スタッフには薄給で朝から晩までよく働く、とうていフランス人とは思えないような若者たちが集まった。そして俗に言うポルノシーンがあるにも関わらず春には文化庁からの助成金がおりた。撮影中には主演俳優が大怪我をし、その後プロデューサーがとんずらしたりという大ピンチを乗り越えた。試写を見ながらあらためてよく岩名さんはここまでに至らせたものと感慨の思いにひたった。

 
 

「朱霊たち」の予告編
私の描いたポスターも登場する
 
 
 
 
最後の映画(日本とヨーロッパを舞台にする3作目の長編)「シオンのオルゴール」は欧州撮影を昨年春に予定していたのだがコロナの所為不可能となり未完成となってしまった。残す家族のことは勿論だが、岩名さんには逝くに逝き確しという心境だっただろう。合掌。
でも繰り返しになるが彼はいい人生を過ごした。それが全てだと思う。私の人生は岩名さんのような気骨なしだが、どういう風の吹き回しか彼になら「英三さんの人生もそれほど悪くなかったよ」と言ってもらえるかもしれない気がする。それを目指して、岩名さん、もう少し浮世を漂いさせてもらいます。
 

 



 

2021年1月10日日曜日

トイレのない国

役場の横に珍しくちゃんとしたトイレがあったMont村の泉
 「あれー、英三さんもう帰ってるの」と言う声が聞こえてくる。普通なら私はのんびり道草しながらパリに北上するところだが、今は全く「普通」でない。何しろカフェもレストランも開いていない田舎ではバスや列車待ちに時間を潰す手立てもない。それ以上にトイレ! 日本のように清潔な公衆トイレがどこかしこにあるのと違って、特に女性の場合はどうする?という状況。カフェは必要不可欠な業務ではないとして閉店させられているが、一般市民にトイレを提供するという断然「必要不可欠」な仕事をしているのだ。つまり今のコロナ規制下では普通に旅行することは不可能。まあ前々回言ったように兎にも角にも外に出さないためと思えば十分効果のある政策ではあるが。

というわけで普通のバカンススケジュール通り日曜の夕、戒厳令タイムの8時前にパリに戻ってきた。これは勤め人の I さんに付き合ったこともあるのだが、パリに戻る高速は当然大渋滞、「普通の人」の生活は大変だ〜。

「年末に(スキーできない)スキー場なんて贅沢な〜」と思う人もあると思うが、11月はロックダウンで前年の月収に見合った11月の政府の助成金(参考掲載:4/30)がおりたので、それをパーっと使った感じ(低所得なのでそのぐらいでなくなる(笑))。かつアーティスト援助のため我が「公営住宅のアトリエ」の家賃も半額になっているし(実際にはその実施開始が遅れたので先月今月は家賃ゼロ)、以前にも書いたように「外出禁止」で遊びにも行けないので不思議に例年より余裕あるんです☺ マクロン様様???

しかし夜間外出禁止令だけではロックダウンとは違って助成金は僅かになるからそろそろ真面目に、、、。でもせっかく買った冬山グッズを1回しか使わないのはもったいない。どなたか山行くなら誘ってくださいね(勿論仏国内で):気楽に遊ぶなら今のうち、コロナ対策の借金で大変な時代になるのではと経済音痴でいたって真面目な私は非常に危惧しているのですが、、、。

2021年1月8日金曜日

ピレネーでの年明け

あけましておめでとうございます。今年もよろしく
 
元旦のピレネーの晴天の雪原

 

今年の年末は勿論アトリエでの大パーティーなどできない状況。パリに幽閉されっぱなしでガス抜きしないと爆発しそうと思っていた時にグループで山歩きをする I さんが「ピレネーに行くけど」という話をしてくれて、直ぐに乗った。でも実は半信半疑で、雪山用の靴とズボン、手袋を買ったが、1月末までは返品可というので値札等つけっぱなし。なんたって前々回に書いたように政府はロックダウン解禁に「新患者数が5000人未満になること」という条件をつけていて、一応クリスマスのために15日から「移動の自由」を認めたが、感染数が下がらない現実ではクリスマス後にまた新たな規制はありうると私は警戒していたのだ。かつグループ滞在なので参加メンバーは来る前にテストを受けることにもなっていて、まさかってなことも、、、。結局政府より私の方が現状認識厳しく、かつマクロン君みたいに大勢の人に会わない私はテスト結果も陰性、やっとこれで「値札」を切ってピレネーへ GO !(日本の方は知らないかもしれないがマクロンはクリスマス前に欧州首脳会議に出席して見事感染した)

「クリスマスパーティーは6人以下で」というへの政府勧告(これも前々回投稿)があったから少人数グループかと思っていたら2倍の12人。レストランはやっていないので宿泊する山のロッジで三食するしかないがどうなるのかなー?  I さんは「大晦日はパーティーするよ」と言っているし??? となんかそんなことが可能なのかよくわからなかったのだが、、、ロッジの「コロナ対応」は、客と従業員がなるべく接触しないようにしていて、食事は調理して置いてあるのを宿泊客がグループごとに取りに行く。それを自分たちにあてがわれたサロンに持って行ってセルフサービスという形式(勿論収容人数を制限しているから十分なスペースはある)。結局食べる時に「距離を置く」かどうかはお客さんまかせ。つまり客グループは家族に準ずるという前提。我々はガイドさんも一緒に宿泊してもらって完全にグループ家族体制。昼食は各自が持参のタッパーウエアにロッジが作ってくれた料理をよそってお弁当という具合。つまり「テイクアウトは可能だけどレストランはダメ」と言う規制の間をぬう:これがマクロンがよく言う"réinventer"(再発明)かー、てな感じ。

ピレネーのスキー場はアルプスと違いクリスマスシーズンにはまだ雪がないことも多いのだが、私たちが着いた29日の夜の間に降雪、パウダー状のさらさらした新雪が20センチ以上積もり「かんじき」(フランス語では形通りラケットという)で歩くには絶好のコンディションとなった。 

 

 
降雪の中を行ったMont村の教会の壁画。勿論内部も絵で覆われていたがスタイルが多少異なる

 

ググると出てくる温泉 Balnéa の写真
30日は雪曇り(この日は宿泊地のHautes-Pyrénnés県 Germ村から3.8キロの、Montという壁画が残る12世紀のロマネスク教会のある村まで往復。戻り道で「まだ元気のある人は」というガイドの誘いに乗ったら、高齢層のメンバーの実力を甘くみていた。私だけバテバテ) 31日は晴れだったが私は  I さんと温泉へ(ネットの露天風呂の写真があまりにも素晴らしかったのではじめから絶対に行くつもりだった。写真に嘘はないのだがやっぱり「趣向プールの遊園地」でれっきとした日本人の「温泉ファン」としてはなんとも〜)その後Arreau(アロー)という町へ。町というのは「市」も出て、色々なお店、本屋もある。この田舎の本屋も例年になく繁盛だとか(第二次ロックダウンで貧乏くじを引いたようで文句をあげた町の本屋(参考掲載)だったがその後市民の同情をひいてコロナが追い風になったことは知っていたがこの山村でもとは! 私もピレネー関係のエッセイを一冊購入) 大晦日は常連メンバーがシャンパン、フォアグラ、鮭などを持ってきておりパーティー。でも明日の雪山ハイキングがあるので夜中の乾杯の後すぐお開き) そして元旦はほぼ快晴で景色のひらけた山登りで爽快な年明けになりました。

この若そうに見える写真を年賀の挨拶メールに使ったら意外に大きな反響があった(笑)

 

雪原は結晶がピカピカ。雪で絵描いてワクチン用冷蔵庫付きで展示したくなった☺

 

 



2020年12月16日水曜日

論理と非論理を超えて

 前回のブログ、夜に書いて翌日読み返してみるといくつか間違えあって。一番は「今日までの行動範囲は1km」なんて書いたが考えてみると20kmまでよかった(これ幸に街に出たりしていたのにすっかり忘れていた)、と思って修正、でもよくよく考えるとこの制限緩和は11月末からで最初は1kmだったのだ(また修正)。ほんとに牛(スペイン語ではvaca)になってしまったかとも思うが、無為な日々を送りつつ首相がなんか言うととルールがころっと変わってしまい、あれまー:これもブログが書けなくなった理由の一つ。

政府の決断は「論理性がない」と誰でも批判できる。例えば「スキー場はオープンしていいが、リフトは動かさない」(勿論カフェ、レストランは開いていない)とか、スーパーや通勤メトロに比べてよっぽど空いていて人数・距離制限が容易にできるのに美術館、劇場はダメとか。でもねー、基本的にはウィルスは人を通して感染するので、できるだけ「動くな」ってことでしょ? つまり難癖をつけてでも人が移動したがらないようにする。これが政府の非論理的論理性で、わからないってことはないと思うのだが? 簡単な上げ足取りして笑ってもさほど面白くないんだよな(これが私が牛になった理由の一つ)。

なんかもっと心から楽しく笑いたいなーと、昔好きだった落語をyoutubeでみだしたらビデオになっている古典落語は全部知っているようで、ちょっと驚きだった(学生時代よっぽど暇だったからか、有名な題目は限られているからか)。まあ知っていても笑わせられるのが「話芸」の素晴らしさで、その話をかつての学友(私と同じくかつては世間からは優秀とみなされる頭脳を持っていた(笑)。理科系なのに出版社に就職、側から見るといい仕事に思われるが辞めてしまい今は介護の実践の場にいる)にしたら、落語を伏線にしてこんな文章を書いたことがあるとリンクをもらった。

また堅い内容だろうと思って読み始めたが、これがなかなか愉快。落語好きの登校拒否の女の子が蹴った小石を追って世界と宇宙の果てまで駆け巡ることになる。空想の大風呂敷の上方落語、論理非論理のアリス、あるいは寓意と批判に満ちたガリバー旅行記かドンキホーテかというと褒めすぎ? いえいえそれに匹敵すると思われるぐらいなかなかの名作。真面目なK君にこんな奔放な空想力があったのかと私はただただ感嘆。

自己発見の旅でもありエコロジーがテーマでもあるこのお話、「誰に読んでもらってもいい」と言うので宣伝したいのだが、ブログやフェースブックで宣伝に努める私とは違い、能ある鷹は爪を隠す、アクセスしにくいんです:

http://boubou.cafe.coocan.jp/sonota.htmlの2番目の「こうしてマイは…」へいって一話一話ダウンロードせねばならない。

それほど期待していなかった薄情なる私は、最初は一話しかダウンロードしなかったのだが、冒険が本格的に途方もなくなってくる第三話ぐらいからどんどん複数話チャージした。

これが今回のロックダウン中の一番の成果だったかな〜。

 

今日は解禁されたのに自発的に「蟄居」。昨日宅配から「明日配達します」との連絡があったが日本のように配達時間指定ができない。留守していて「すぐよこせ」というと「集配所まで取りに来い」ということになりかねない凄いサービスなので、これがよく私が日本の人に「フツウの小包」で送って欲しいという理由。考えてみるとフランスには日本のような敏速正確な宅配がないからアマゾンがロックダウンで一人勝ちするのが余計にうなずける。前々回書いたAmazon primeの引き落としも1日で切りがついたし。全然アマゾンの宣伝する気ないですよ、ただ「フランスの事情」ということで。

それにしても仏郵便局はせっかく国内を網羅する既存の集配システムがあるのに、悪しき「経営合理化」でどんどんサービスを下請化し、その下請けに託された小包は郵便局に行ってもどこにあるかわからないと言う有様。実は今待っているのもそれ。「まさか郵便箱に入れて帰ったとか?」と念のため見にいったらホールの扉に「小包が郵便箱から直接盗まれるケースがあったので、できれば違う住所を使うように」と張り紙がしてあった(よくある話かもしれないが、わがビルとしては新手)。悩ましいなー。なぜそんな国が好きなのと思うでしょ? 最後に少し郵便局も褒めておくと、流石に何も考えてないということもないのか、書留書簡をネットで注文して郵便箱に入れておくと郵便配達が持っていってくれるというサービスができた。これは名案。特に大家さんへの文句の手紙なんか盗まれるはずないから便利で安心(笑)、、、のはず。

そしてとうとう朝から待った小包、16時にしてやっと配達された☺ こんなことで喜びを感じられるなんて、フランスならでは♫

注:写真は街頭に貼ってあったマクロンがアマゾンの今年のベストワーカーとして表彰されているポスター :こういうのもフランスならでは

 


 


2020年12月14日月曜日

明日解禁ってボージョレではありません(今年は可哀想なぐらい何の話題にもならなかった)

 あらあら、ロックダウン中は暇だからブログを少し盛り立てようと思っていたのに、何も書かないまま、もう明日は先月30日に始まったフランス第二回目の「甘いロックダウン」の解禁日。しかしこの解禁もお笑いで。というのもマクロン君は10月28日の演説で、「解禁は新患者数が5000人未満になること」という条件をつけていたのだけれど、実際の状況は10月末になって下がり止まりで到底達成不可能(どころかその2倍以上で停滞または増加傾向)、「人の言葉を信じる(信じたいと思う)」ナイーブな私は「こりゃダメだ」と絶望していたのだけど、結局政府は「国民がクリスマスを祝えるように*」移動の自由を認めた。何たって原則としては(実際面では街頭に人が多すぎてかほとんどチェックがなかったが)今までは自己申告だけど外出許可書要で、蟄居住所から移動制限が最初は1km、先月末から20kmだったが、明日からは全国どこへでも行けるようになるので確かに解禁だ。だがまた「夜間外出禁止令」が敷かれ、夜8時以降の外出禁止となる。ただイブの晩だけは例外。伝統的にフランスではクリスマスは家族の大集会なので、田舎の両親のところへ集まったりはできるが「会食メンバーは6人以下にしましょう」なんていう勧告付き。大晦日は我がアトリエのみならず、大勢の人が集まって騒いで12時にキスし合う習慣があるが、もちろんそれを妨ぐべく例外にはならなかった。

それから文化・スポーツ施設(例えば美術館)なども閉められたまま(書き忘れたが本屋さんなどのいわゆる「お店」(画廊も含め)は11月28日から開店)。もちろんカフェ・レストランなどははじめから1月20日とされており、私はクリスマス休みが終わってまた感染者が増えるだろうからここで5千人の壁にぶつかると思っていたのだが、もうこれだ。今回のロックダウン中のピークは開始から1週間から10日でその後下がっていったのだが、これはちょっと早すぎて、多分ロックダウンではなくそれに先行した「外出禁止令」の効果だったのではとも推測されている。

上のグラフは私が参考にする各国ごとのデータが集められているworldometersのサイトより。毎日の変化(棒グラフ)で一喜一憂しても意味がないからだろう、7日平均の折れ線グラフも出してくれる

 

一方厚生大臣は、クリスマス前に国民が検査に殺到してラボがパンクする可能性もあるという背景から、「すぐに結果が出る抗原検査」は無症状の感染者をパスしてしまうことが多いので、陰性だったからと言ってそれを過信して近親者を感染させてしまう危険は大きく、テストを受けるのが必ずしも良いアイデアではない」と、正しくはあるが微妙なことを言い(マスクの時と同じく不足しているのをカバーするような論理)、当然諸種の政令も職種などでぶった切るから矛盾は当然。当事者からは「政府は国民を子ども扱いにしてけしからん」(罰則ばかりでコントロールしようとする)文句が吹き出し、、、でも今までの経過を見ていてフランス国民が一般的にそれほど裁量ある「大人」とも思えないのが。。。

しかしコロナというのは誰でも自分の意見が言えて百家争鳴とさせる話題のスーパースターだろう。マスコミ関係者には願ったり叶ったり? 私とてもたまに人に会ってもロックダウン下の食っちゃあ寝の「家畜生活」では大した話題もなく、共通項はコロナで因数分解されてしまい、だからもう話したくも書きたくもないのだが、我が心するにあらずこんな記事を書いてしまった。残念無念。もうやめます。お後がよろしいようで 

 


 

注*:宗教心の毛頭ない私はどこら辺が政教分離なのかと訝しく思ってしまうのだが、そういうことで批判する声は聞いたことがない。高校の地理歴史の先生がマホメットの風刺画を扱った所為で教鞭を持つ学校の前でテロ虐殺されるというおぞましい事件は起き、ロックダウン直前にコロナを第一面から数日間消し去った。この大事件でLaicitéというフランスの政教分離の原則が再度議論されたが、やっぱり私はその意味がわかってないのかな〜 

 

後記:長いテーマをつけたので補足。基本的にボージョレ・ヌーボーはカフェなんかで話の種に解禁日あたりに飲むもので、今年はカフェは閉まっているし、かつボーヌ市での「お祭り」も開催できなかったから何の話題にもならなかったです


2020年11月5日木曜日

禁じられた商品棚とまたまたマスクのお話

1)散歩がてらモノプリに行ったらこんな風になっていた。

昨日の続きになるが、甘いロックダウンでも外された本屋などの小売店は、スーパーや大手量販店が同じものを売っているのに不公平だと文句をあげた。それに対し政府は小売店を開けるのではなく、必需品のリストを作り、スーパーでそれ以外は売らないよう通達を出した。写真はその結果。ちょっとお笑い。多分商品をとって自動レジに行ったら絶対買えそう。

まあそんな実験はせず、マイクロフィルター・ミルクだけを買った。わざわざモノプリに散歩して行くは同店のこのミルクは絶対美味しいと思っているから。実は展覧会用の「牛の頭」の制作中は包装デザインで選んだパック入りのミルクを仕方なく飲み続けていたのだ。それから解放されて幸せ!

 

2)マスクが郵便受けに。政府が貧民世帯(800万人?)に配布してくれるマスクの第二弾!(5・21に少し記載)六枚入っていて20回洗濯可で6ヶ月使えますと書いてあった(日曜除き1日二枚ってことか?)

パリ市がくれた青い「鴨嘴型マスク」は醜いのと、呼吸のたびに縮んだり膨らんだりで滑稽すぎて使用していなかったのだが、口先のスペースの余裕が魅力で私は愛用するようになった(6・15記載参考)。春はダックマスクが主流だったのに秋には全然姿を消し、私がしていると珍しがられるほどだっだ。だが嘴型はフィルター機能の高い医療用に多いからか再ロックダウンとなって少し盛り返している。パリ市のマスクは医療用ではなく洗濯可のペラっとした布製で、使っていたら大きな不具合を発見。風に弱い! とがっているから抵抗大きくて風を受けてぺっちゃり。秋の低気圧が通過するようになってからは✖️✖️。

唇の周りにスペースを作るためのプラスチックの半円球カップみたいなのものがネットで宣伝していたので安いものだし買ってみたら、なかなかいけて、コレ(mouth bracketと送られてきた封筒に書いてあった)を使うと、化学繊維(?)の少し毛羽立っている(使い捨てを洗っていたからか?)安物マスクは肌にこそばゆくてダメだったが、政府支給の厚めの布マスクはそれがなく、また耳にかけるところもゴムでなくて布でしっかりしていて完璧。鴨はやめてこのコンビにして喜んでいたのだが最近寒くなって息がプラスチックに露結するようになった。でもまあ今はこれを使用中(洗うのが当然となってちょうどいいかと)。かつカップを上の方にしてすると目の下までぴったりとマスクで覆われ、こうするとメガネが曇りにくいことを発見(ちょっと眼鏡を鼻先かけ気味にした方が良い)。実際目のギリギリまでマスクしている人がいるのの謎が解けた(ただのスタイルの問題ではなかった)。

こう書くと私はもらった無料マスクしか使ってないと思われるかもしれないが、薬局で買った使い捨てマスクも何枚もあるし、隣人アーティストのデザインマスクも購入、街角で「きれい!」と思って買ったが布がゴワゴワで使わないもの、最近では開催予定だったグループ展の「Hybridation(混種化)」というテーマに合わせて会場で着用しようとインターネットで見て買った黒猫の鼻から下が印刷されたマスク(キャットピープルになろうと思ったのだが、これはちょっと詐欺まがい:印刷も悪いし、黒猫なのに白糸で縫製してあるという至極杜撰な中国製だった。結局これは「牛頭」を作ったので用途もなくなった)と色々あるのだ(名誉挽回のため)。だが結局もらったマスクが一番なのはやっぱり貧乏性か?

 3月には「感染防止効果なし」とフランス政府にみなされていたマスクが4月には「着用義務」になった「出世」のことは大昔に書いたが(マスクの復讐)、私は未だ懐疑的で 、一般のマスクは唾などは防げるからないよりはマシかと思うがそれ以上の効果があるとは思えない(ウイルスの大きさから考えて)。こんな非難されそう意見(正しくなかったらいいのだけど、、、)を言うのは、着用が義務化して以来「マスク過信」があると思うから=距離が取れなくてもマスクしてるから大丈夫という過信。オフィスも学校も地下鉄も閉鎖できないけど、マスクも絶対じゃありませんからと強調した方が、個人が各々状況に合わし警戒するようになっていいと思うのだけど。となるとまた○✖️式でなくてわかりにくくなって、マスクしない人や職務拒否が増えるのだけかな〜? だから嘘ついて?:政府も大変だなあと私は正直同情しています。

でもこれだけ感染(第二波)が大きくなるとなんか大間違えしているのではと疑りたくなりますよね:これに関する私の勝手な詮索はまた今度 

 

追記:上記のマスクなどをアマゾンで買ったら49ユーロ払い込まされていた。知らないうちにAmazon Primeってのになっていて、、、なんかの拍子に間違ってクリックしてしまったのか? ともかくプライム解約したら「貴方は特典を使ってないから49ユーロ払い戻します」というメールがきた。何なんでしょうね、こう言うやり方って?(油断がならない) 


マスクに関する掲載例(の一部)

3・23 コロナと私 II

4・1 マスクとコロナのオーバードーズ

4・4 マスクの復讐(復習) 

4・9 マスクの復讐 II

5・31 パリ市のマスク

2020年11月4日水曜日

秋深し 画家なき 牛の目に泪 (フランスの甘いロックダウン)

 私の予想より厳しくフランスはまたロックダウンされてしまい(つまり外出は証明書要、散歩は1キロ圏内)、私はほぼノックダウンされてしまった。一般的には今回のロックダウンは、小中高と学校は開いているし、お店はスーパー、食料品店、薬局以外にもタバコ屋(電子タバコ専門店も)、情報機器の店もオーケー。通りを歩いたらキッチン用品屋も、メガネ屋も、チョコレート専門店もコインランドリーも開いていた。鍵を降ろ(ロックダウン)したのは本屋、服屋、美容院、日焼けサロンと少数派といえる。もちろんカフェ・レストランは閉まっているから通りにいつもの賑わいはないものの、学校の子供の送り迎えの親たち(これはフランスでは親の義務:行くのは親自身でなくてもいいが)、はしゃぐ高校生達をはじめ、午後の通行人の数はいつもより少し少ないかなと言う程度で、「ええっ、なんで私は閉じこもっているの?」と思ってしまうぐらいなのだ。とはいえマスクを顎に下ろしてタバコを吸う、あるいは携帯で話しながら歩く通行人やジョガーがいる歩道に私はわざわざ出かけはしないが。

つまりかなり甘いロックダウンで〜、スーパーみたいに込み合わないのに商売禁止となった街の小売店が文句を言いたくなるのは当たり前。でもこれを許してしまうと何が残る? つまりはカフェ・レストランと興行関係のみになって(ラジオ聞いてるとサッカーもテニスもやってる。もちろん観客制限(関係者のみ?)してだろうけどこれもなんか不思議)、本当に感染防止効果がありそうなのはカフェ・バーだけじゃない?(これもどれほどかは定かではない)「密室環境」がよくクラスターの槍玉になるが、それは因果関係が容易に「追跡」できるからという理由もある。こういう根拠が明白でない状況で「コレはいいがコレはダメ」というと文句が噴出する。例えばこの通りはダメだけどこちらはいいとなると「平等でない」と反逆精神旺盛となるが、全部ダメとなると「仕方がない」と意外によく従順される。このフランス人の「平等意識」(?)は私にとって3月以来の大発見だった

かくなる「貧乏くじ」的因果(?)で、昨日搬入で明日木曜がオープニングの予定だった私のグループ展も中止になったが、3月(その時のグループ展は一応始まったが翌々日からカフェは閉まり5日後から完全ロックダウンになった)に比べると、展覧会というのはオープンまでにエネルギーをさくので、オープン寸前キャンセルの今回はずっとがっくりくる。人によるかもしれないが、オープンしちゃえばそれで一段落で次の目標に向かえると思うのだが、少し後に延期ではズルズル企画を引きずるばかりで、、、(実は今度の展覧会はもともと5月の予定が11月になった。その時はさすがに半年もずれたので新しい企画として取り組めたのだったが)。 かつ日もどんどん短くなるばかりで、そうでなくても地下生活画家にはつらいのに。

ところでこの展覧会中止をfbにも載せたご覧の涙する(?)牛の写真をつけて送ったらいつもにない数多くの返事が来て、、、ロックダウンで暇なのかな〜? 私は暇なのでお一人お一人丁寧に返事させていただいております(笑) 

 




Cela va sans dire que l'exposition est annulée 新たに禁足令がでたので展覧会はキャンセルになりました

Publiée par Eizo Sakata sur Vendredi 30 octobre 2020