2019年1月20日日曜日

歴史はかくして作られる?

マクロンと「黄色いベスト(gilets jaunes)」のこと、12月10日以来書いていなかったけど、笑っていいのか悲嘆すべきか、あるいは怒るべきなのかわからないような事件がありすぎて〜。「黄色いベスト」のデモは土曜ごと、私のサンドニの画廊のイベントも土曜ごと、「黄色いベスト」たちの実態はインタビューや統計では「個」か「平均」かになって私にはやっぱりよくわからなくて、、、かつ運動メンバーも変わって来たとかでなかなか手に負えないのだが、まだまだ続きそうなので中間報告(?)。

12/10に戻ると、マクロン、12/10のTV演説で、その前の発言で私はそうとしか解釈できないと思ったガソリン税引き上げを取り下げを確約、また最低賃金100ユーロ引上げ:これは演説ではそうとしかとれない内容だったが、その後一律に上げるのではなくて「手当」で、例えばカップルでもう一人が収入が多い場合は対象外となる。理にはかなっているのだが「運動」の大きさ、激しさに対応するには分かり難い。加えて「黄色いベスト」運動の主体は最低賃金より少し稼ぎが多い層とされているのでこれだとその層に対する波及効果はあるのだろうか? これまでも「住宅援助を減らすけど住宅税をなくしますから」とかで、プラスマイナス分かり難いんだよなー。そう思っていたら、そんな私をなじるかのように、マクロンの政党のLRMの議員代表のルジャンルLe Gendreって男が「財政上の理由から購買力増大対策は分断されすぎていたので理解されなかった。われわれの誤りはあまりに知的で微妙で技術的過ぎたこと」と正しいとしても人を馬鹿にした発言をして(12/18)** 小スキャンダル。私がこの男を聞いたのは実はマクロンのTV演説の直後の討論会が初めてだったが、このときも人を見下した態度で「黄色いベスト」を応援する訳でもない私の気分を悪くさせるような発言を繰り返した。こいつは早く「代表」から降ろした方が思ったのだが、もっと強力に足を引っ張るのが元マクロンのお付きのガードマンのベナラBenalla君。彼は昨年のメーデーでデモ警備隊を随行し(勿論こんなことは職務管轄外)、デモに参加したアベックに暴力を加えた。その後のマクロンの彼に対する処置が明快ではなく、この事件でマクロンの人気はグッと下がった(世論調査のグラ フを見た記憶があるのだが、再発見できず)。そのベナラ君、仕事を辞めさせられた後も外交官パスポートを保持したままで、12月にマクロンが行く前にチャドに行って大統領と面会していた(かつ入国時に外交官パスポートを使ったらしい)という事実が発覚。マクロンはベナラと切れていないのではとの疑惑が。。。一昨日のニュースではベナラはバスポートの一冊を偽の申請書で作ったとか!(爆笑)

それから5日(土)のデモでは、元ボクサー(元仏チャンピオン)が 「黄色いベスト」の参加して警備隊(憲兵)に素手で殴り掛かり、そのビデオが流れて翌日自首し拘留されたのだが、この「勇士」の為にサイトで募金が組織され1日たらずで10万ユーロ(1300万円)を越えるお金が集まった。(圧力で確か募金ページは自主閉鎖? 法律により募金は罰金には使えないが裁判費用などには使えるらしい)かつ本人は自首する前に自己を弁護し「黄色いベスト」運動を擁護するビデオも録音していて。。。

日本的に見ると「とんでもない」だが、フランスでは以前から、エコロジーの闘士がマクドナルドの店を壊したり、労働組合員が社長の服を引っ剥がしたり、暴力行為に至ることは後が絶たず、「抑えきれない怒りの爆発」は情状酌量の対象になるようで、、、この続きはどうなりますやら。

私が12/10に「マクロンショー」と呼んだTV演説は先に述べたように、運動を何とか抑えようと緩和政策を神妙に訴えて生彩がなかったが、今週まさにマクロンショーと呼べそうな 全国ツアーが始まった。
皮切りは火曜日、ノルマンディーの人口4000人に満たない小さな村で653人の同地方の市町村長と6時間に渡り討論会(というか質問要望への応答演説会)、今日は南西部の同じような田舎で同規模で。
そもそも「黄色いベスト」運動「政府は田舎の現状をわかっていない」という住民の不満に火がついたのだが、これに対しマクロンは役場に「陳情書」を置いて国民の声を聞くことにしてそれをもとに市町村長と討論する。こういうことをやるとマクロンは水を得た魚と言おうか、元気にしゃべりまくって勢力を持ち直すようにも見えるが、、、市町村長はマクロンを「嫌悪」する「黄色いベスト」たちとは違うからなー。

だから国民が誰でも参加できる「全国大討論」というのも企画されていて、既にサイトで各人意見が言えるが、これがどういう風に終決できるのだろう?いかに政策に反映するか?成功すれば未来の政治モデルともなりかねない試みだが、討論が始まる前から企画責任者に任命された元スポーツ大臣への手当が高給(月180万円)すぎると非難され、早々辞退してしまった(笑)

10日にはカルロス・ゴーンが所得税を減らすため2012年以オランダ住民であったというニュースもあったなー。

本当に書ききれないほどの楽しいニュースの連続で、、、これがフランス暮らしやめられない理由かなぁ?(このハチャメチャさはダンマリの某国に比べて「自由」の証ともいえますからね。でもつかれるな〜)


**この種の大衆を見下した態度はマクロン自身にも昔からつきまとっていて、経済大臣の時に例えば「交渉する労働者のなかには文盲もいるから難しい」という内容の「大発言」をした。「それを言っちゃあおしまいだよ」と私は思ったが、「事実」だからなのか大したバッシングがなかった。それほど若い大臣には勢いがあったのかもしれない。


2019年1月8日火曜日

こいつぁ春から縁起がいい(かも)

「春から」と言っても1/5日、寒い中サンドニの展覧会 * に行くのに道を急いでいたらサッカーボールが転がって来た。そのボールが後ろ足の踵に触れたのだが、その足を前に出すとそれに吸い付いたようにボールが移動し、足の間に挟まったようになりもうワンステップ移動、第三ステップ後にボールを後ろにやったら、周りにいた(ディーラーらしき?)黒人のお兄さんたちが「すげ〜!!!」と大声で喝采。本人も全く意識していない、偶然がなした「オリジナルなマルセイユルーレット」だから「観衆?」はぶったまげただろう(勿論私も)。おそらく私の人生で路上サッカーで時間をつぶす若者たちに尊敬の念を抱かれるのはこれが最初で最後であることは100%絶対確実。かつてのサッカー少年、結構気分高揚しました(笑)

それから昨日、G君が注文したカレンダー**を取りに来て語るに、脳神経科医と精神科医と食事をしたのだが、結局「キチガイのアートというのはあるのか?」という彼の素朴な疑問は解決しなかったとか。それに対して私は「フランスだろうとドイツだろうと日本だろうと、キチガイの定義は異なっても精神病患者たちに絵を描かせると、人種、文化、教育によらず同じような(多くは偏執狂的な)作品を生まれる。だから『キチガイのアート』はある!」と断言。でも「気違い」でなくてもそういう絵を描けるだろうという反論に対し、「そういうのはpréméditation ***(予めの熟慮)がある。それがアーティストとキチガイの違い」といつもの私にはない明瞭な説明、G君は感心。私も自分ながら結構良いこと言ったと意外。

だから今年は足も頭も調子いいかも。

といいながら夏休みに始めたのだがあまりにも空気が悪いのでやめてしまったジョギング(参考記事)の代わりにはじめたアトリエ内での縄跳びでは、50回もすると足も頭も朦朧として来る。。。かついつもの大晦日のパーティーで朝寝・昼起きで、新年早々したことといえば「後始末」のみ。それ以降もその時間帯に染まり、早く寝ても昼まで寝るような体たらくで、、、だから以上はその中でキラっと輝いた唯二のことがらでした。

では皆様、今年も宜しく

大晦日以来アトリエはこんな感じに片付いています
12/28の最後の美術愛好家の訪問までは9月に描いた巨大ドローイングが飾ってあった


 
* サンドニのHCE画廊の展覧会は12/10に写真あり。と言っても見てもらえないので一枚再掲載


** 人気の少数限定絶版カレンダーはこのビデオをご覧あれ
*** この単語は「計画犯」なんていう場合の「計画」にあたります

それから旧ブログに7年前に書いた記事
アートのユートピア
これはアールリュットについてでしたが精神病患者のアートアールリュットはイコールではありませんが内包されるので。

2018年12月23日日曜日

大展覧会

この年末、パリではびっくりするような大規模な展覧会が催されている。

一つはルイ・ヴィトン財団のエゴン・シーレとバスキア。「何故この二人が同時に?」という素朴な懐疑心ゆえに(ヴィトン財団の企画は「人気取り」みたいなところがいつもあるしで)、なかなか行かずにいたのだが、結局二人とも28歳でなくなったから? シーレは1918年に亡くなったので没後100周年、バスキアは1988年だから30周年と切りは良いのだが????  シーレはあまり目にすることができない個人蔵の初期のデッサンを中心に100点ほど、バスキアは作品が大きいから120あまりの作品が4階にわたって展示されている。だから無茶苦茶つかれる。(ヴィトン財団は小さなカフェがあるだけでくつろぐところがない。夏なら展望テラスがあるが今は寒すぎる)

展覧会の教科書的紹介は「美術手帳」の記事にでも譲ることにして、私の思ったところは二人ともあっという間に自らのスタイルを確立した。シーレは卓越したデッサン力で、バスキアは飛ぶ抜けて斬新なグラフィックなセンスで。
会場でグループを案内しているガイドの説明を耳に挟むと、「バスキアの作品は、読めないように消された文字や散りばめられた現代社会のシンボルやアフリカ系のルーツへのリフェランスなど、見れば見るほど『読み解き』がある」とそれらしく「美術評論家」に都合のよい解釈をしていたが、バスキアのすごいところはそんな記号論ではなくて、あんなに無茶苦茶に落書きしたり紙や板を貼ったりしているだけに見えるのに「絵になっている」ところでしょ?(それが証拠に部分の写真を撮ったりするともう一つきまらない) 今や亜流が一杯だが、80年代前にあんなのなくて(もちろんラウシェンバーグをはじめポップアートでそういう作品はすでに沢山あったがアプローチがもっと知的で「絵画的」だった)、みんなびっくりしたんだよ〜(老人の証言!)

そしてもう一つは「いまさらピカソ?」なんて思って行くとびっくりの、オルセーの「ピカソ、青とバラの時代」展。つまりピカソ初期の作品、1900〜1906年の作品のみ。特に青の時代があんなに集まったのは見たことがない。この時代のピカソは分かりやすいからか圧倒的に人気があるようだが、個人的には感傷的過ぎ、かつデッサン力はシーレの方が上なんじゃないかな〜? 画面構成もすっきりしないものが多くて、、、ピカソもこれだけで終わっていたらモンマルトルのローカルな画家として終わっていたかもしれないと思う。と文句を付ける割に2度も行った(笑)それだけ展覧会として圧巻。


そうそうグランパレではミロ、これは回顧展だから勿論作品数は膨大。「所謂ミロ」になる前の、初期の仔細にこだわるカタロニアの農家の絵がシュール的でもあり郷土芸術のようでもあり面白い。後半はミロでなかったらゴミ箱行きのような絵が幾つもありますけどね〜。

Miro © Grand Palais
結局長生きしたピカソ、ミロは自らのスタイルを探しあぐみ、シーレとバスキアは簡単にゴールインしていたような:長生きしたら全く違うことできたのかは?疑問符。

それから「ジャポニズム」で縄文土器(素晴らしかったが、これはもう終わった)も宗達の「風神雷神屏風」も見ました〜。でも後者「京都の宝―琳派300年の創造」展(チェルヌスキ美術館、1/27まで)は20世紀の某作家さんの宣伝のために仕組まれたような展覧会で変でしたよー。

シーレ 1/14まで 
バスキア 1/21まで 
ミロ 2/14まで

それから私のイラン出身のカタユンさんとの二人展もあるんですけどね〜 1/26まで。ただし年末年始お休み。前回の投稿をご参考に

私も時々は展覧会で写真を撮るけど、最近のパリは写真撮影だけが目的としか思えない人が多すぎる。絵を見ていると肩口から腕がニョーと出て来きたかと思うとカチャリ、急に後ろから距離を計る為の赤い光が発され「青の時代」が「赤の時代」になったり、もう酷い状況だ。イライラして展覧会行くの嫌いになりそう。


上は「青い部屋」とその女性の為の習作(?)
ピカソ、青の時代に入る前、19歳のときの作品。後ろの壁に張られているのはロートレックのポスターだそうだが、初期はロートレック風の酒場の女も描いたし、色調とか単純化とかセザンヌの「水浴する女たち」を思わせる。  色々研究してたんですね〜。
この「青い部屋」を赤外線写真したらベッドの辺からヒゲの男の顔が現れたそうな。その解析の結論が「ピカソも他の貧乏な画家同様に同じキャンバスに上書きしていた」ということで、馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった(次のビデオ)


ピカソ、好きじゃないと言いながら3枚も写真入れましたが、実は12月初めに札入れをなくして「アーティスト協会」のカードもなくし、一度目は泣く泣く事情を話して5分以上粘ってやっとこさ入れてもらったのです。新しいカードが意外に早く出来て2度目に行ったら列にも並ばずにすっと入れてくれた。カンゲキですね。それに比べて日本文化会館は大きなボードを持っていると言う理由で玄関払いになって、、、縄文展は出直し〜。現地採用のガードマンなのに、厳しいねー。 逆に縄文展はしっかり写真撮影禁止だったのでそれはよかったけど。。。(笑)

しかし最近つくづく思うに、こんな正直な美術ブログってないと思うのですが、どうでしょうか?

2018年12月10日月曜日

マクロンショーを待ちながら

 結局土曜日の「黄色いベスト」運動は12/1とほぼ同じ規模の人数が参加し、警備の厳重さにもかかわらず各地区に飛び火するので結局は先週より「壊し屋」による被害が多いという結果になった。それにもかかわらず「黄色いベスト」は国民の支持を失っていない:各人の政治的意見は兎も角、こんな大変なことになったのはマクロンの責任だということに世論が一致しているからのだ。

そのマクロン君、夜8時からTVで国民に向けてスピーチをする。何言うのかな?というか何が言えるのかな? 今までのリベラル路線を棚に上げ、国民の目にはっきりとした実質所得の向上政策を出すしかないけど、そのために増税はできないし、国に蓄えはないし、、、。無責任な私なら匙投げますけど。マクロンは金持ち階級の使命執行人みたいなものと多くの人に憎まれているようだが、彼になったつもりで「今晩どうする?」と考えるとかなり楽しい(苦しい?)ので「心優しき私」は同情してしまう。だから今晩のマクロンショー、かなり期待しています。
それをつまみに何食べようかな〜

さて運動の影響をもろに被った土曜のオープニングだったが、便利さに慣れたパリから交通の混乱にめげずわざわざ来た人はほぼ皆無。だが、サンドニ住民や不便になれた(?)もっと遠くの近郊都市に住む人でそれなりに賑わった。以下既にFBに投稿した写真ですが(ただし賑わっているときは写真を撮り忘れた)

二階からパノラマ。私のドレスは階段に沿って
中央の白いドレス分かるでしょうか? 5年前の作品だが今回世界で初発表!
これは画廊のスザンヌと去年一緒に展示したシルヴィが考えたスライドショー。写真は私のもの


Note pour les photos :

 * La robe blanche au centre réalisée il y a 5 ans est exposée ici à Saint-Denis pour la première fois dans le monde !

** Le diaporama conçu par Susanne de la galarie HCE et Sylvie Pohin. Les photos projetées à intérieure de la forme de robe sont les miennes :)





2018年12月7日金曜日

マクロンのワーテルロー

昨日はずーっと展覧会の飾り付けをしていて、夜は展覧会パーティーみたいなのに行ってその後外食。そこで「作品4点(メインはそれだけ)に何故一日中かかったのよ?」と問われ、我ながら「???」 よく考えてみたら午前中は名古屋で3年前にしたように「死海の水」で窓ガラスへのドローイングに費やしたのだった。多分雨降りだったので湿度の所為かと思うのだが、なかなか上手く行かず(すぐに水滴が流れ出してしまう)、それを克服するために新たなテクニック(そんなおおげさなものでもないが)を生み出したのだった。

というわけでまたまた知らなかったのだが、昨日の夜のニュースインタビューでフィリップ首相はガソリン税値上げを「取り止める」とはっきりさせたらしい。一日違いでこうだから「忙しい私」(笑)がついて行けない筈。そして明日の土曜の4回目の「黄色いベスト」のパリでのデモはバスチーユでされるとか。バスチーユのデモは「恒例茶飯事」* だが、明日はちょっと意味が異なるかも。というのは詩人の友だちが「悪いけど明日はデモするから君のオープニングには行けないよ」とメールしてきたように、「運動」の矛先がどんどん君主的だった「マクロン」に一極集中し、多くの市民の不満を吸い上げる求心力が加速的に働いているように思われるから。多分マクロンは、暴力集団の破壊に嫌気をさせて一般世論は離れると思っていたのだろう(多分これが先週までに打った唯一の対応策で、デモ隊は見事に「罠」にはまったよう見えたが、「政治的結果」はまったく違った)。
先週はマクロンは環境会議でアルゼンチンに行っていていなかったが、今回はエリゼー宮にいる。 機動隊や軍隊も「テロ」以来の過労でうんざりしているだろうし、一触触発!? 過剰にセンセーショナルに言う気はないが、明日はマクロン君の運命の日かも。

*注:「黄色いベスト」は普通のデモのように許可を求めず、ツイッターなどで言い広められて集まる。これも従来の運動と全く異なる 

というマクロンのワーテルロー(?)の日に始める私の展覧会はイラン出身の女性画家との2人展で、2016年来2度グループ展をしているパリ郊外サンドニのHCE画廊にて。含みがありすぎて何と訳せば良いか分からない"Quand la Nature se dérobe"というテーマで、Nature(自然)と Robe(ドレス)がビジュアルな作品が並びます。私は勿論「海水ドレス」がメインですが、ビデオで昔のインスタレーション作品と「海水ドローイング」の融合を目指します。

明日は何が起こるかわからないのでルーブルもオルセーも閉館。いつも社会問題が取りざたされがちなサンドニは逆にクリスマスムードで静かなものだが、きっと誰も来ないよな〜

HCE画廊での展覧会に関する参考投稿
サンドニの町の紹介もある 2016/4/10「今度はサンドニ!」
昨年のグループ展のパノラマ写真 2017/1/15「工事人嘘つかない」

"Quand la Nature se dérobe" Katâyoun Rouhi / Eizo SAKATA

2018年12月5日水曜日

パリ燃えて諸行無常の響きあり

 「黄色いベスト」と訳されているらしい「gilets jaunes」の先週の土曜日のデモがシャンゼリゼを中心に、あたかも内戦のような状況に化した様子は私が改めて言うこともないと思うが、実はそれどころか「運動」の発端が私が日本にいる間に起きたのでなんか訳が分かっていない。まあこれも私が繰り返すことでもないが、「黄色いベスト」というのは工事作業員などが着る黄色い蛍光色の安全ベストで、車が事故った時に外へ出る時に着用義務があるので車に常備していねばならない。自転車族の私も安全のために何処かでもらって一応持っている。つまり誰でも持っているこのベストを「ユニフォーム」としたことが運動の爆発的拡大に貢献したことは確か。

このベストが意味するように発端は「ガソリン税値上げ反対運動」。運動の中心は地方で仕事の為に毎日車を使う人たちで、電気・ガスをはじめ節約することの出来ない出費の上昇に加えて「もう生活やっていけれない!」という切実な不満が一線を越えたように溢れ出した。というのがありきたりの説明だが、私は車はないし、車がないと暮らせない地方の住民でも、かつ普通の「勤労者」でもないので、正直白状してしまうとどのぐらい大変なのかピンとこないのだ。 パリから地方に行くと物価がぐんと安くなるので「田舎なら給料安くても暮らせるんじゃないの」なんて言ったりするとビンタをくらいそうな世相なのだが、多分マクロン君も「無理解度」は私と同じぐらいだったのでは? というのも対処がまったくなく、今になって急に折れ出した。でも歯切れが悪すぎるというか、政府は面目を保つように「増税は6ケ月停止して再検討する」といいながら(これでは運動はおさまらない)、その一方「来年度予算からは除外」(ならば論理的には中止でないの?)。そして運動が拡大するに連れてやり玉に上がって来た、私も昔「なんで〜?」と理解できなかった、マクロン君が一番最初に施行した富裕層優遇の資産改正も(参考投稿)、昔に戻すとは言えず、「効果があったか検討して、、、」と、庶民にわからない言葉で懐柔しようと試みているのだ。だから「運動」はおさまりそうもない。(国民の2/3が運動を支持)
かつ一般の「運動家」がデモに乗っかって破壊活動をする暴力集団を否定しているとしても、凱旋門が破損されるような信じられない暴動となったからマクロンが「黄色いベスト」の要求を聞くようになった(それがなかったら折れなかっただろう)という印象は免れない。

一時は飛ぶ鳥を落とすようなお二人でしたが
しかしこのマクロンの失墜、カルロス・ゴーンもびっくりでしょう。つい1ケ月前は労働者の突き上げをうけても二人ともへっちゃらな顔していたのに。。。実際口べたで彼のように機敏な受け答えが出来ない私は、「マクロンは会話対決が得意でうらやましい」と、政治的な意見は異なれどもそれなりの評価をしていたのだがだが、、、自信満々に言い返すのも逆に嫌われる要因かもねー。くわばらくわばら。

久しぶりのブログでしたが、日本から戻ってから、作品の販売努力はせねばならなかったし、来年の本の企画、今度の土曜日からの展覧会、それに2年ぶりにカレンダーを急に作ることになって、かつ札入れもなくして、私のレベルでは大忙しで、これも「運動」を理解できていない理由の一つです 。

最後に何が起っているか(如何に怒っているか)の理解の糧にビデオを一つ追加します



2018年11月11日日曜日

西条祭り

La fête de la ville de Saijo (Préfecture d'Ehimé sur Shikoku) est assez remarquable par sa dramaturgie. En bref le dieu descend du temple qui se situe dans la montagne sur l'autre rive de la ville, les chars des quartiers de la ville l'accueilli. Et le soir du 16 octobre, le dieu quitte la ville, et quatre-vingtaine chars se réunissent sur la digne du fleuve Kamo pour lui adresse des adieux. Lorsque le dieu traverse le fleuve, les 11 chars entrent dans l'eau pour l'empêcher de partir ...  (pour savoir plus, consultez le site anglais de ci-dessous)
Certes c'est très intéressant d'aller la voir, mais je me demande comment un simple touriste pourrait s'y débrouiller, car pratiquement tous les citoyens y participent, tous les magasins sont fermés sauf des supermarchés, je n'ai pas vu les bus circuler,  je ne sais pas s'il y a assez de hébergement ... (Heureusement je connaissais quelqu'un qui habite dans la ville voisine.)
Selon moi, si la ville de Saijo veut faire la promotion touristique de la fête, il lui faudra organiser "home-stay parcitipatif" ☺

réf : https://en.japantravel.com/ehime/saijo-festival/3349


愛媛県西条市の祭りは例年10月14〜16日で、週末とは限らないが「各地に散った西条出身者は有休を取って帰って来る」、そればかりか「西条市のカレンダーは10月始まり」と聞き、「やっぱり四国にはそんなカーニバルのブラジル人みたいな日本人がいるのか〜」と感嘆めいた印象をうけたのは数ヶ月前。母の法事および家族宴会(?)(これが帰国理由だった)が終わった翌日に「宮入」と呼ばれる一番のクライマックスの神輿の川渡りがあり、この祭りを教えてくれた西条の隣町出身でパリに住むKさんもちょうど実家にいる。かつ天気もいいときたからには、こんな千載一遇のチャンスを見過ごす手はない。

という訳で西条の「伊曽乃神社例大祭」を見に行った。詳細は以下の参考ページに譲るが、祭りの特徴はその「ドラマ性」にある。私の理解したところで簡単に言うと、山麓にある伊曽乃神社から神様(神輿)が降り来るので、各地区で奉納されている「だんじり」と呼ばれる山車はそれを出迎える。サイトによれば15日に「だんじり」が迎えに行く。そして翌日神輿が川を渡り山に戻るのを惜しみ80台もの山車が河岸に来て並び見守る中、11台のだんじりは「まだ帰らないでくれ」と川の中で神輿に「すりよって」川渡りを妨害するが、結局は神輿は渡りきる。これが壮麗なクライマックス「宮入」だった。




昼間は「だんじり」が市内を行進
私はお昼に西条に着いて駅、市役所辺りをぶらつきながら山車の行進を見物、晩に車で「宮入」のある河岸に連れて行ってもらったが、 市民総出の祭りだから普通のお店は開いてなくて、スーパー、コンビニもので食事を済ますしかない。だから「観光客」にはちょっとつらいというか味気ないと言うか、、、市民は山車を停めてテントでピクニックとかして楽しそうなのだが。
勿論祭りは参加することに意義がある。もし西条市がこれを観光事業に結びつけようとしたいなら参加型でみんな雑魚寝の「ホームステイ」形式にするしかないかな〜? 結構行けるかも(笑)

町々の「だんじり」どおしが時々競いあう
医院の前で勇姿を見せて金一封?
太鼓の山車

御神輿の行進
加茂川の堤に集まって来るだんじり

ここで提灯をつける
点きました
だんじりの包囲をくぐり御神輿が岸に着くところ

参考:
祭り案内ページ  http://www.saijomatsuri.jp/matsuri/