2018年12月23日日曜日

大展覧会

この年末、パリではびっくりするような大規模な展覧会が催されている。

一つはルイ・ヴィトン財団のエゴン・シーレとバスキア。「何故この二人が同時に?」という素朴な懐疑心ゆえに(ヴィトン財団の企画は「人気取り」みたいなところがいつもあるしで)、なかなか行かずにいたのだが、結局二人とも28歳でなくなったから? シーレは1918年に亡くなったので没後100周年、バスキアは1988年だから30周年と切りは良いのだが????  シーレはあまり目にすることができない個人蔵の初期のデッサンを中心に100点ほど、バスキアは作品が大きいから120あまりの作品が4階にわたって展示されている。だから無茶苦茶つかれる。(ヴィトン財団は小さなカフェがあるだけでくつろぐところがない。夏なら展望テラスがあるが今は寒すぎる)

展覧会の教科書的紹介は「美術手帳」の記事にでも譲ることにして、私の思ったところは二人ともあっという間に自らのスタイルを確立した。シーレは卓越したデッサン力で、バスキアは飛ぶ抜けて斬新なグラフィックなセンスで。
会場でグループを案内しているガイドの説明を耳に挟むと、「バスキアの作品は、読めないように消された文字や散りばめられた現代社会のシンボルやアフリカ系のルーツへのリフェランスなど、見れば見るほど『読み解き』がある」とそれらしく「美術評論家」に都合のよい解釈をしていたが、バスキアのすごいところはそんな記号論ではなくて、あんなに無茶苦茶に落書きしたり紙や板を貼ったりしているだけに見えるのに「絵になっている」ところでしょ?(それが証拠に部分の写真を撮ったりするともう一つきまらない) 今や亜流が一杯だが、80年代前にあんなのなくて(もちろんラウシェンバーグをはじめポップアートでそういう作品はすでに沢山あったがアプローチがもっと知的で「絵画的」だった)、みんなびっくりしたんだよ〜(老人の証言!)

そしてもう一つは「いまさらピカソ?」なんて思って行くとびっくりの、オルセーの「ピカソ、青とバラの時代」展。つまりピカソ初期の作品、1900〜1906年の作品のみ。特に青の時代があんなに集まったのは見たことがない。この時代のピカソは分かりやすいからか圧倒的に人気があるようだが、個人的には感傷的過ぎ、かつデッサン力はシーレの方が上なんじゃないかな〜? 画面構成もすっきりしないものが多くて、、、ピカソもこれだけで終わっていたらモンマルトルのローカルな画家として終わっていたかもしれないと思う。と文句を付ける割に2度も行った(笑)それだけ展覧会として圧巻。


そうそうグランパレではミロ、これは回顧展だから勿論作品数は膨大。「所謂ミロ」になる前の、初期の仔細にこだわるカタロニアの農家の絵がシュール的でもあり郷土芸術のようでもあり面白い。後半はミロでなかったらゴミ箱行きのような絵が幾つもありますけどね〜。

Miro © Grand Palais
結局長生きしたピカソ、ミロは自らのスタイルを探しあぐみ、シーレとバスキアは簡単にゴールインしていたような:長生きしたら全く違うことできたのかは?疑問符。

それから「ジャポニズム」で縄文土器(素晴らしかったが、これはもう終わった)も宗達の「風神雷神屏風」も見ました〜。でも後者「京都の宝―琳派300年の創造」展(チェルヌスキ美術館、1/27まで)は20世紀の某作家さんの宣伝のために仕組まれたような展覧会で変でしたよー。

シーレ 1/14まで 
バスキア 1/21まで 
ミロ 2/14まで

それから私のイラン出身のカタユンさんとの二人展もあるんですけどね〜 1/26まで。ただし年末年始お休み。前回の投稿をご参考に

私も時々は展覧会で写真を撮るけど、最近のパリは写真撮影だけが目的としか思えない人が多すぎる。絵を見ていると肩口から腕がニョーと出て来きたかと思うとカチャリ、急に後ろから距離を計る為の赤い光が発され「青の時代」が「赤の時代」になったり、もう酷い状況だ。イライラして展覧会行くの嫌いになりそう。


上は「青い部屋」とその女性の為の習作(?)
ピカソ、青の時代に入る前、19歳のときの作品。後ろの壁に張られているのはロートレックのポスターだそうだが、初期はロートレック風の酒場の女も描いたし、色調とか単純化とかセザンヌの「水浴する女たち」を思わせる。  色々研究してたんですね〜。
この「青い部屋」を赤外線写真したらベッドの辺からヒゲの男の顔が現れたそうな。その解析の結論が「ピカソも他の貧乏な画家同様に同じキャンバスに上書きしていた」ということで、馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった(次のビデオ)


ピカソ、好きじゃないと言いながら3枚も写真入れましたが、実は12月初めに札入れをなくして「アーティスト協会」のカードもなくし、一度目は泣く泣く事情を話して5分以上粘ってやっとこさ入れてもらったのです。新しいカードが意外に早く出来て2度目に行ったら列にも並ばずにすっと入れてくれた。カンゲキですね。それに比べて日本文化会館は大きなボードを持っていると言う理由で玄関払いになって、、、縄文展は出直し〜。現地採用のガードマンなのに、厳しいねー。 逆に縄文展はしっかり写真撮影禁止だったのでそれはよかったけど。。。(笑)

しかし最近つくづく思うに、こんな正直な美術ブログってないと思うのですが、どうでしょうか?

2018年12月10日月曜日

マクロンショーを待ちながら

 結局土曜日の「黄色いベスト」運動は12/1とほぼ同じ規模の人数が参加し、警備の厳重さにもかかわらず各地区に飛び火するので結局は先週より「壊し屋」による被害が多いという結果になった。それにもかかわらず「黄色いベスト」は国民の支持を失っていない:各人の政治的意見は兎も角、こんな大変なことになったのはマクロンの責任だということに世論が一致しているからのだ。

そのマクロン君、夜8時からTVで国民に向けてスピーチをする。何言うのかな?というか何が言えるのかな? 今までのリベラル路線を棚に上げ、国民の目にはっきりとした実質所得の向上政策を出すしかないけど、そのために増税はできないし、国に蓄えはないし、、、。無責任な私なら匙投げますけど。マクロンは金持ち階級の使命執行人みたいなものと多くの人に憎まれているようだが、彼になったつもりで「今晩どうする?」と考えるとかなり楽しい(苦しい?)ので「心優しき私」は同情してしまう。だから今晩のマクロンショー、かなり期待しています。
それをつまみに何食べようかな〜

さて運動の影響をもろに被った土曜のオープニングだったが、便利さに慣れたパリから交通の混乱にめげずわざわざ来た人はほぼ皆無。だが、サンドニ住民や不便になれた(?)もっと遠くの近郊都市に住む人でそれなりに賑わった。以下既にFBに投稿した写真ですが(ただし賑わっているときは写真を撮り忘れた)

二階からパノラマ。私のドレスは階段に沿って
中央の白いドレス分かるでしょうか? 5年前の作品だが今回世界で初発表!
これは画廊のスザンヌと去年一緒に展示したシルヴィが考えたスライドショー。写真は私のもの


Note pour les photos :

 * La robe blanche au centre réalisée il y a 5 ans est exposée ici à Saint-Denis pour la première fois dans le monde !

** Le diaporama conçu par Susanne de la galarie HCE et Sylvie Pohin. Les photos projetées à intérieure de la forme de robe sont les miennes :)





2018年12月7日金曜日

マクロンのワーテルロー

昨日はずーっと展覧会の飾り付けをしていて、夜は展覧会パーティーみたいなのに行ってその後外食。そこで「作品4点(メインはそれだけ)に何故一日中かかったのよ?」と問われ、我ながら「???」 よく考えてみたら午前中は名古屋で3年前にしたように「死海の水」で窓ガラスへのドローイングに費やしたのだった。多分雨降りだったので湿度の所為かと思うのだが、なかなか上手く行かず(すぐに水滴が流れ出してしまう)、それを克服するために新たなテクニック(そんなおおげさなものでもないが)を生み出したのだった。

というわけでまたまた知らなかったのだが、昨日の夜のニュースインタビューでフィリップ首相はガソリン税値上げを「取り止める」とはっきりさせたらしい。一日違いでこうだから「忙しい私」(笑)がついて行けない筈。そして明日の土曜の4回目の「黄色いベスト」のパリでのデモはバスチーユでされるとか。バスチーユのデモは「恒例茶飯事」* だが、明日はちょっと意味が異なるかも。というのは詩人の友だちが「悪いけど明日はデモするから君のオープニングには行けないよ」とメールしてきたように、「運動」の矛先がどんどん君主的だった「マクロン」に一極集中し、多くの市民の不満を吸い上げる求心力が加速的に働いているように思われるから。多分マクロンは、暴力集団の破壊に嫌気をさせて一般世論は離れると思っていたのだろう(多分これが先週までに打った唯一の対応策で、デモ隊は見事に「罠」にはまったよう見えたが、「政治的結果」はまったく違った)。
先週はマクロンは環境会議でアルゼンチンに行っていていなかったが、今回はエリゼー宮にいる。 機動隊や軍隊も「テロ」以来の過労でうんざりしているだろうし、一触触発!? 過剰にセンセーショナルに言う気はないが、明日はマクロン君の運命の日かも。

*注:「黄色いベスト」は普通のデモのように許可を求めず、ツイッターなどで言い広められて集まる。これも従来の運動と全く異なる 

というマクロンのワーテルロー(?)の日に始める私の展覧会はイラン出身の女性画家との2人展で、2016年来2度グループ展をしているパリ郊外サンドニのHCE画廊にて。含みがありすぎて何と訳せば良いか分からない"Quand la Nature se dérobe"というテーマで、Nature(自然)と Robe(ドレス)がビジュアルな作品が並びます。私は勿論「海水ドレス」がメインですが、ビデオで昔のインスタレーション作品と「海水ドローイング」の融合を目指します。

明日は何が起こるかわからないのでルーブルもオルセーも閉館。いつも社会問題が取りざたされがちなサンドニは逆にクリスマスムードで静かなものだが、きっと誰も来ないよな〜

HCE画廊での展覧会に関する参考投稿
サンドニの町の紹介もある 2016/4/10「今度はサンドニ!」
昨年のグループ展のパノラマ写真 2017/1/15「工事人嘘つかない」

"Quand la Nature se dérobe" Katâyoun Rouhi / Eizo SAKATA

2018年12月5日水曜日

パリ燃えて諸行無常の響きあり

 「黄色いベスト」と訳されているらしい「gilets jaunes」の先週の土曜日のデモがシャンゼリゼを中心に、あたかも内戦のような状況に化した様子は私が改めて言うこともないと思うが、実はそれどころか「運動」の発端が私が日本にいる間に起きたのでなんか訳が分かっていない。まあこれも私が繰り返すことでもないが、「黄色いベスト」というのは工事作業員などが着る黄色い蛍光色の安全ベストで、車が事故った時に外へ出る時に着用義務があるので車に常備していねばならない。自転車族の私も安全のために何処かでもらって一応持っている。つまり誰でも持っているこのベストを「ユニフォーム」としたことが運動の爆発的拡大に貢献したことは確か。

このベストが意味するように発端は「ガソリン税値上げ反対運動」。運動の中心は地方で仕事の為に毎日車を使う人たちで、電気・ガスをはじめ節約することの出来ない出費の上昇に加えて「もう生活やっていけれない!」という切実な不満が一線を越えたように溢れ出した。というのがありきたりの説明だが、私は車はないし、車がないと暮らせない地方の住民でも、かつ普通の「勤労者」でもないので、正直白状してしまうとどのぐらい大変なのかピンとこないのだ。 パリから地方に行くと物価がぐんと安くなるので「田舎なら給料安くても暮らせるんじゃないの」なんて言ったりするとビンタをくらいそうな世相なのだが、多分マクロン君も「無理解度」は私と同じぐらいだったのでは? というのも対処がまったくなく、今になって急に折れ出した。でも歯切れが悪すぎるというか、政府は面目を保つように「増税は6ケ月停止して再検討する」といいながら(これでは運動はおさまらない)、その一方「来年度予算からは除外」(ならば論理的には中止でないの?)。そして運動が拡大するに連れてやり玉に上がって来た、私も昔「なんで〜?」と理解できなかった、マクロン君が一番最初に施行した富裕層優遇の資産改正も(参考投稿)、昔に戻すとは言えず、「効果があったか検討して、、、」と、庶民にわからない言葉で懐柔しようと試みているのだ。だから「運動」はおさまりそうもない。(国民の2/3が運動を支持)
かつ一般の「運動家」がデモに乗っかって破壊活動をする暴力集団を否定しているとしても、凱旋門が破損されるような信じられない暴動となったからマクロンが「黄色いベスト」の要求を聞くようになった(それがなかったら折れなかっただろう)という印象は免れない。

一時は飛ぶ鳥を落とすようなお二人でしたが
しかしこのマクロンの失墜、カルロス・ゴーンもびっくりでしょう。つい1ケ月前は労働者の突き上げをうけても二人ともへっちゃらな顔していたのに。。。実際口べたで彼のように機敏な受け答えが出来ない私は、「マクロンは会話対決が得意でうらやましい」と、政治的な意見は異なれどもそれなりの評価をしていたのだがだが、、、自信満々に言い返すのも逆に嫌われる要因かもねー。くわばらくわばら。

久しぶりのブログでしたが、日本から戻ってから、作品の販売努力はせねばならなかったし、来年の本の企画、今度の土曜日からの展覧会、それに2年ぶりにカレンダーを急に作ることになって、かつ札入れもなくして、私のレベルでは大忙しで、これも「運動」を理解できていない理由の一つです 。

最後に何が起っているか(如何に怒っているか)の理解の糧にビデオを一つ追加します



2018年11月11日日曜日

西条祭り

La fête de la ville de Saijo (Préfecture d'Ehimé sur Shikoku) est assez remarquable par sa dramaturgie. En bref le dieu descend du temple qui se situe dans la montagne sur l'autre rive de la ville, les chars des quartiers de la ville l'accueilli. Et le soir du 16 octobre, le dieu quitte la ville, et quatre-vingtaine chars se réunissent sur la digne du fleuve Kamo pour lui adresse des adieux. Lorsque le dieu traverse le fleuve, les 11 chars entrent dans l'eau pour l'empêcher de partir ...  (pour savoir plus, consultez le site anglais de ci-dessous)
Certes c'est très intéressant d'aller la voir, mais je me demande comment un simple touriste pourrait s'y débrouiller, car pratiquement tous les citoyens y participent, tous les magasins sont fermés sauf des supermarchés, je n'ai pas vu les bus circuler,  je ne sais pas s'il y a assez de hébergement ... (Heureusement je connaissais quelqu'un qui habite dans la ville voisine.)
Selon moi, si la ville de Saijo veut faire la promotion touristique de la fête, il lui faudra organiser "home-stay parcitipatif" ☺

réf : https://en.japantravel.com/ehime/saijo-festival/3349


愛媛県西条市の祭りは例年10月14〜16日で、週末とは限らないが「各地に散った西条出身者は有休を取って帰って来る」、そればかりか「西条市のカレンダーは10月始まり」と聞き、「やっぱり四国にはそんなカーニバルのブラジル人みたいな日本人がいるのか〜」と感嘆めいた印象をうけたのは数ヶ月前。母の法事および家族宴会(?)(これが帰国理由だった)が終わった翌日に「宮入」と呼ばれる一番のクライマックスの神輿の川渡りがあり、この祭りを教えてくれた西条の隣町出身でパリに住むKさんもちょうど実家にいる。かつ天気もいいときたからには、こんな千載一遇のチャンスを見過ごす手はない。

という訳で西条の「伊曽乃神社例大祭」を見に行った。詳細は以下の参考ページに譲るが、祭りの特徴はその「ドラマ性」にある。私の理解したところで簡単に言うと、山麓にある伊曽乃神社から神様(神輿)が降り来るので、各地区で奉納されている「だんじり」と呼ばれる山車はそれを出迎える。サイトによれば15日に「だんじり」が迎えに行く。そして翌日神輿が川を渡り山に戻るのを惜しみ80台もの山車が河岸に来て並び見守る中、11台のだんじりは「まだ帰らないでくれ」と川の中で神輿に「すりよって」川渡りを妨害するが、結局は神輿は渡りきる。これが壮麗なクライマックス「宮入」だった。




昼間は「だんじり」が市内を行進
私はお昼に西条に着いて駅、市役所辺りをぶらつきながら山車の行進を見物、晩に車で「宮入」のある河岸に連れて行ってもらったが、 市民総出の祭りだから普通のお店は開いてなくて、スーパー、コンビニもので食事を済ますしかない。だから「観光客」にはちょっとつらいというか味気ないと言うか、、、市民は山車を停めてテントでピクニックとかして楽しそうなのだが。
勿論祭りは参加することに意義がある。もし西条市がこれを観光事業に結びつけようとしたいなら参加型でみんな雑魚寝の「ホームステイ」形式にするしかないかな〜? 結構行けるかも(笑)

町々の「だんじり」どおしが時々競いあう
医院の前で勇姿を見せて金一封?
太鼓の山車

御神輿の行進
加茂川の堤に集まって来るだんじり

ここで提灯をつける
点きました
だんじりの包囲をくぐり御神輿が岸に着くところ

参考:
祭り案内ページ  http://www.saijomatsuri.jp/matsuri/

2018年10月12日金曜日

ミラベル名古屋上陸

 日曜日にはあったのに(前回称した)「奥手」のミラベルはなくなっていた! 「超完熟」の方は運搬難しそうだから自転車ヴェリブ(一時より少しはまともになってきたがまだまだ問題は多い)に乗って界隈をくまなく探し廻ったが、でも全然なかった。というか小さな店はミニスパー化し、八百屋たるものがいかになくなったを実感。イタリア広場の朝市も遅くてすでに掃除お片付け。結局 1時間後に「超完熟」を買いに戻った。それから何とか運べそうなものを厳選し、他は食べ、小さなプラスチック容器に小分けして丁度動かないぐらいの個数を入れ、それをお土産に混ぜて隠し、我ながら見事なパッキング。ここまでして税関に見つけられたらつらい(それは荷物全てを開かされない限りありえないのだが、、、どうなるか?) 

以上10月9日(火)記。



名古屋 Lギャラリーでの試食会
そして今日、10月12日(金):
この苦労して空を旅したミラベルを名古屋にて9人の方に味見をしてもらった。ひょっとしたら歴史上初かもしれない大事件だったが(笑)、「完熟」だから「甘ーい」という声は聞かれても「美味しい!」という歓声は起らなかった * 。苦労したけどまあこんなもんか。
一人2〜3粒という貴重なれど些細な試食品に対し、私の「ミラベル振興活動」の成果と言おうか、お菓子、果物、コーヒーなど、過分なお返しを頂き何と申して良いものやら。。。

* 数に限りがあるので私は食べなかったのだが、ひょっとしたら空の上の飛行機の荷物格納庫空で冷却されて美味しくなくなったかもね。ある果物屋さんは「ミラベルは冷凍したら味が落ちる」と言っていたのを思い出した かつ8/14に書いた通り、甘いばかりだとミラベルらしくないんですよね〜。

2018年10月8日月曜日

日本へ行くミラベル?

今年の夏はパリでも暑かった(我が地下アトリエには理想的だった)が、9月になっても夏が多かれ少なかれ続き、肩の調子が良くなって来たので一挙に大きな作品を作った。先週はアトリエの壁にそれを皆掛けてみたのだが、結構迫力ありました!


そしてもう10月なのにまままあ以上の天気で、週間予報では明日の火曜は24度、明後日は26度、その後も上々の天気は続く見込み。「これならまだまだ仕事できた〜」という感じだが明後日私は日本に発つ。。。

超完熟ミラベル
この「夏の延長」で朝市で買うトマトはまだ美味しいし、なんと「わが愛するミラベル」が近所の八百屋の二軒の店頭にまだ残っている。だから持って帰ろうと思っているのだが、一軒のは黄色が黒ずみブヨブヨで触ると潰れそうでとても甘い「超完熟ジュース状態」。もう一軒のものは黄色くきれいだが硬くて皮が硬めの「奥手」。味では前者だろうが輸送には後者。うーん、日本で初めて食べる人にはどっちもどっちで「ミラベル振興会日本会長」としては悩むところ。明日店頭から消えていたり(今日は月曜で八百屋はお休み)、勿論税関で取り上げになるという可能性がありますが、是非味見してみたい方はご連絡ください。何れにせよ長持ちしません(+目前にあると食べてなくなる☺):金曜日にLギャラリーで試食会とか???

それからこういうこともします。

案内文のコピペになりますが:

3月以来「海水ドローイング」を数点預かってもらっている大田区石川台のコミュニティサロン「セレンディピティ」で作品の入れ替えを機会に「アーティスト・トーク」なるものをします。内容的には2011年まで主に続けていた「自然の中のインスタレーション」の作品をスライドを見ながらの解説します。「何を今更古いことを」と思われるかもしれませんが、5年前から続けている「海水」を使うという特異なテクニックが「奇を衒った」ものではなく、20年以上続けて来たアプローチの延長上にあると言うことがお話しできればと思っています。2007年にはそのアプローチを「能動的受動」と名付けてそれ以前の作品について語った本をフランスで出版しましたが、今更ながらその紹介もさせてもらいます。

アーティスト・トークは10月21日(日)午後4時より。30分ぐらい(?)
そのあと小パーティーもあります。

10月20日(土)と 21日(日)は今まで置いてあった作品6点と新しく持って行く6点の両方を見てもらえます。私もいます(笑)












2018年9月23日日曜日

若冲見るなら金曜日19時以降

Si vous êtes intéressé à l'expo de Jakuchu au Petit Palais, il vaudra mieux y aller le vendredi après 19h. Il y a trop de monde dans la journée. A propos de l'expo et du peintre, je réfère à un article sur le Parisien qui n'a pas la grosse tête :)

今日の投稿は実はタイトルで十分。
それではあまりにも愛想なしなので少し書くと、、、:

こんな展示です
今「ジャポニズム2018」の一環でプチ・パレで伊藤若冲の「動植彩絵」全部が展示中(絵のことなどはウィキを参考に)。パリだからと油断して行ったら長蛇の列。若冲展と並んで「ロンドンの印象派」なんていう観光客に人気のありそうな企画展もまだ開催中だったので混んでいて無理はない。私は若冲ファンでもなかったし、先日友人と一緒だったので並んで入った展覧会がとんでもないものだったのでそれに懲り、一人では到底待つ気はしないので係員に尋ねると「夜9時まで会館の金曜日の19時以降に来い。それ以外はいつでも混んでいる」とのこと。そのアドバイスに従って行き直した19時15分頃、本当に行列なしですんなり入れた! 
あーあ、若冲ファンでなくて(つまり昼間簡単に諦めて)よかった(笑)

つまり私は、若冲の絵は、ゴタゴタしていてけばけばしくて、つまりバロック趣味で好きでなかったのだ。とはいっても写真でしか知らなかったので、本物を見たら違った! 勿論本物もすっきりしていないし、派手派手なのだが、大きいとバロック趣味にもすんなり入れる。それにあんなに色が輝いているとは思わなかった。特に白い鳥や菊の花など光が絵から出て来る感じで「これ絶対金泥で下地してあるよね」と偶然会場で会った友だちに言ったら「何を馬鹿なこと。入り口のビデオに『裏から黄土色で塗ってある』と説明があった」とたしなめられ、、、。あとで調べたところこれは最近の科学調査で判明したもので、それまでは専門家も金だと思っていたそうで、ちょっと安心。多と色もものすごく鮮やか。おそらく光沢のある最高級のシルクを使っているからだと思う。

それはともかくあの複雑な梅の枝振りや妙な遠近法やこれ見よがしな雄鶏たちにも、あまりにもマニアックな描写故か全く飽きが来ず見らた。驚き。見直しました。

10月14日まで
 参考:Petit Palaisのサイト
勿論入場予約できるが昼間は館内の混み様大変だろう

(注:写真はサイトから転載)

2018年9月13日木曜日

Aubrac / 愛しのオブラック

Vous trouvez ici plein de photos d’un coin d’Aubrac, entre Saint-Urcize, Nasbinals et Marchastel. J’adore son paysage à la fois doux et austère, où un simple arbre, une roche ou une vache dépasse à peine l'horizon ouvert.  En fait il n’est pas photogénique, surtout il le n'est pas de tout au format Instagram. Formidable, cela le protège davantage d’un afflux de tourisme !
Si vous aimez ce type de paysage, je pourrai vous le faire découvrir. J’ai besoin d’un chauffeur sur place (Là-bas, même le service de taxi n’est pas très pratique...)
 

今日は珍しく写真を満載。「我が愛しのオブラック(Aubrac)」のことは何度も書いたし、今読み直してみると付け加えることもないし、、、再読して下さいと言うのは甘い期待だが、その価値あり(笑)


オブラックの概要をつかむためにせめて「あこがれのオブラック」だけは読んで欲しい。加えてヤフーの旧ブログはその頃は写真一枚しか載せられなくて欲求不満になっていたから今日は昔の写真も混ぜてうっぷんを晴らします。

実は今回はいつものように誘ってくれたオブラック通のMさんが、娘と彼氏の相手で忙しく、かつ何度も行っているので歩くコースがあまり知られない 「上級編」(?)となって木が茂る谷沿いコースを探索することになったのだが、これはあまりオブラックらしくなくて面白くなかった。やっぱりオブラックの 風景の一番の魅力は、掲載写真のように、ひょっこり岩や木や牛がそこから飛び出る広々と開かれた地平線!(嬉しいことにこれは普通の写真映えもインスタ映えしない:これもオブラックが観光地 になれない資質の一つ。素晴らしい!)

私だけが彼らのレンタルハウスと別の、勝手知ったるサン・トゥルシーズ Saint Urcize に泊まったので、朝は一人で私の好きな広々として何もない景色の中を歩き回り、午後からはグループと合流、結局ダブルでかなり歩いた。(といっても「我が心のオブラック」で書いたようの高低差は少ないから楽勝)

景色は相変わらずのオブラックだったが、サン・トゥルシーズの町には「時代の波」が微妙に。釣り客のメッカだった「シェ・ルミーズ (Chez Remise)」(「オブラックの宵」参考)は娘夫婦が後を継いで、インテリアも料理の盛りつけもパリのビストロ風になっていたし、街頭には大きなプリント写真が飾ってあったり、、、売り家の看板がメインストリートにもいくつもあった*。華奢なB&Bも増えたようだ。(「あこがれのオブラック」参考) 
娘夫婦にシェ・ルミーズを委せたフレッド夫婦はTVに出たこともあって(?)大きな館を改造したセレブ用の高級宿を経営とか。
でも私の泊まるヴァレット夫人の民宿は昔通り、ごく質素なままで値段も格安、ガイドブックにもインターネットにも出ていない:知る人ぞ知る(笑)

このサン・トゥルシーズは中世の教会があるのに巡礼路に入れてもらえず、それに入ったナスビナルに比べるとずっと静かで、それでいて食品店もパン屋も肉屋も薬屋もある。良い町です。


パリに戻って朝のジョギングをはじめたが(参考投稿)、バカンスが終わって交通量も増え、空気が臭い。本当に健康に良いことをしているのか不安になる :(
それからカンヤもサン・トゥルシーズも携帯見ながら歩いている人なんていなかったな〜


 
* 10年前には不動産の出物などはないと言われていたのに。「蟹江の実家売って買おうかな」なんて言うと草葉の陰で私の将来を案じて残してくれた母が嘆くかもしれないが、自分の余命を数え何度使えるかを考えると別荘レンタルした方がよっぽどいいのでそのオプションはなし(笑)
そういえばパリに戻って有機八百屋に行ったらレジのお姉さんが50年ほど前(?)に母が作った皮の財布を「手作りで素敵〜」と褒めてくれた。自分も捨ててあるソファーの皮を切り取って作るとかで(さすがエコ)。母の命日も近いので冥土へのメッセージでした


 


丘の頂上に牛が一匹



サン・トゥルシーズ。左奥に教会の鐘楼
サン・トゥルシーズの小道
仏人は日本に来ると電線を喜んで撮るが、、、(我が部屋から)

Une petite aquarelle pendant la balade 一人歩きだと余裕でスケッチ

2018年9月10日月曜日

News from Cunlhat

注意:今日は日本語が下の方です

Je viens de passer Cunlhat (en Auvergne) où j'ai participé deux fois à sa manifestation "Chantier d'Arts", en 2005 et 2006. Puis j'ai travaillé avec Fûdo Editions qui s'y situe pour publier mon livre "Passivité Active" en 2007. Depuis lors j'y suis passé une fois, je ne sais plus à quelle année. Par ailleurs "Chantiers d'Arts" n'existe plus. Par contre il y a des vrais chantiers ! Le collectif d'architectes et d'autres talents travaillent, les jeunes gens s'y installent. Vous verrez la vision optimiste sur la vidéo suivante☺ : elle est très marrante.




Cette vidéo est une annexe des études sur la commune de Cunlhat (dans le cadre du programme Habiter autrement les centres-bourgs) réalisées par "collectif etc"


Je vous rappelle également mon travail "Pompe à Eau de Cunlhat" réalisé au Chantiers d'Arts 2008 qui occupe un chapitre dans "Passivité Active". Le livre n'est pas encore épuisé, on peut toujours le commander sur le lien ci-dessus ☺



ミニミニバカンスで我が愛するオブラック地方(その話は次回)に行ったのだが、パリに戻るついでに、2005、06年の2度にわたり村興しのアートフェスティバルに参加した、オーヴェルニュ地方のカンヤ村に寄った。特に2006年の「カンヤの水ポンプ」の制作はTさんの紹介で雑誌「ソトコト」に記事を書くことになり、毎日丹念に「制作レポート」を記した。(村のこと、フェスティバルのことを含め旧サイトにリンクした上の頁で読んでもらえます)

その翌年は「制作レポート」に書いてある出版社で私のインスタレーションの仕事に関する本 "Passivité Active"(「能動的受動」)を出すことになり、泊まり込みでレイアウトの仕事に行ったが、その後はいつ訪れただろうか?

随分久しぶりのカンヤ村だったが、若者の建築家やアーティストなどのグループが集まるようになり、普通の田舎の村に比べるとよく頑張っている。上のビデオはそうしたグループの一つ"collectif etc"が作った「村興し研究」の付録として制作したビデオ。フランス語解る人にはかなり笑えますので見てあげて下さい。ただの真面目な「研究」にこういうのを加えるというのは若い世代らしくなかなかのもの。「才能多彩」と感心しました。

なかなか良い変化だと思ったのだが、ばったり出会った昔の村長さん、自分の持っていた村興しのビジョンとは違って評価していないようで、、、難しいもんですな〜。 彼は08年の選挙で敗れ、私の参加したフェスティバルもなくなった。今の村長はまた別の若い人らしい。

「カンヤの水」は上の写真のように「能動的受動」の一章をなしている。本はまだ売り切れていませんので(笑)、注文引き受けます。日本語テキストもPDFでお送りします☺

そして「すべての道はミラベルに通ず」。「今年は豊作でー」と最後の収穫の処分に困っている(?)奥さんに出会って一杯貰ってパリまで持って帰って来た。ちゃんとミラベルの本場であるロレーヌ地方(参考投稿)の苗木屋で買った正真正銘のものを植えたというのが旦那さんの自慢(「でもそれは秘密だ」と言われた ☺)外観のみならず味も市販のものより野生を感じさせます。

最後のビデオはカンヤの通りで撮られた、これもカンヤの若者が参加しているミュージッククリップ 。みんな才能あるな〜。こういう元気なの見ると急に歳取った気がする。。。


On m'a donné de la mirabelles à Cunlhat !  J'adore cette fruit aussi bien par le goût que par le fait qu'elle symbolise la saison. Elle n'existe pas au Japon, j'en parle souvent dans ce blog :)  

Et voici le clip musical génial tourné à Cunlhat avec la participation de la jeune bande cunlhatoise ! Ils ont du talent et la pêche. Et moi, j'ai l'impression d'avoir pris un coup de vieux...







2018年8月28日火曜日

ミラベル、川端、ランボー

前回のミラベルの記事は思った以上に日本の知合いの方の食指を誘ったようで、、、

ちょっと美味しいと言い過ぎたかな?
まあ私が「ミラベルが美味しい」と言うのと誰かが「坂田英三の作品は素晴らしい」というのは同じぐらい「ゆるぎある」真実なので、嗜好が違えばそれまでだと思うのだが、私がミラベルが好きなのは「味」だけの所為ではない。それは分かってもらっていると思うが、念を押せばその「季節感」。

季節の移ろいに心動かされるのは日本人特有とよく言われるが、勿論ヨーロッパにもこういう果物もあるし、花ではミモザとか季節柄華やかなものがある。だから同じような感覚は絶対にどこの国の人にもあると思うのだが、それが文学の規範にまでなっているのかどうかが大きな違いだろう。

前々回の井上有一の書道展の投稿で道元禅師の短歌

 「春は花 夏ホトトギス 秋は月 冬雪さえて涼しかりけり」

の書を写真に挙げたが、この詩は川端康成がノーベル賞受賞講演の冒頭で引用し、日本人の季節(その自然)への感受性は欧米のそれと対峙すると主張した。こういう「花」、「月」という単なる単語だけで心が騒ぐ共通舞台があるというのは、やはり日本文化のかなり特殊なところだろう。だからこそ井上の「一字書き」も成り立つ。
でも今更ながら川端の講演「美しい日本の私」を読んで井上の書「春は花 夏は、、、」を見ると違和感が拭えなくなる。いつも夏のような文字で、あくまでも自己に対して求心的であり、月を見て人を思うというような情緒は感じられない。道元よりランボーの詩でも書いた方が相応しいかも?

実は土曜日にかなり古い翻訳のランボー全集をもらってきて、ぱっと開けた頁が有名な「十七歳…」。冒頭はよく引用される ”On n'est pas sérieux, quand on a dix-sept ans." 直訳すると「17歳の時は、真面目でない」。貰った本の訳は「十七歳、堅気でばかりはをられませぬ」とかなりふるった(古った)ものだが、その後の一節を引用させてもらうと

「六月の夜! 十七歳! 陶酔せずにはをられませぬ
血の気は謂わばシャンパン酒、頭に上がってくるのです……
そぞろ歩きをしていると。まるで小さな蟲のやうに
ぴくぴく動く接吻を、両唇に感じます ……」

そうそう、春とか初夏とか、どうもこちらの人は自然の移ろいなんてものではなく、自分の体の中で、つまり欲望(あるいはリビドー)の変化で感じるらしい。ある意味日本人より「自然児」なんですね〜。日本人、フランス人と一般化するのは良くないかもしれないが、これは私がかつて文化ショックを受けたところ。それは兎も角、井上の書はこの方に似合っている。

サイ・トゥオンブリーの描いたイーリアッドの強者の盾
これも仏ラジオ局のサイトの宣伝に釣られてクリックしてしまった(本になったらしい)ホメロスの特集番組。ホメロスの叙事詩が如何に素晴らしく「ゆるぎなき名作」であることを熱弁し、私のミラベル以上にベタ褒め。しかし皆さんも経験あるかもしれないが、実際に読んでみると、特にイーリアッド、私の語学力の低さを別にしても(日本語訳でも多分)「血湧き肉踊る」とはいかないし、一般的には絶対に難しいと思う:本当に普及を願うならベタ褒めは良くない。神々の名は熟知していなければならないし、鎧がどうとか盾がどうとか、おそらく日本人の琴線に触れるような自然描写はないのでは(いつも戦争していて季節なんてあっただろうか?)。
何故か夏になるとホメロスが話題になることが多いのだが、どうも西洋文学の礎としてのホメロスを喰いものにしている作家が多いのではないかと私は怪しんでいる。

私はミラベルを食べているけれど喰いものにはしていない。純情そのものです。


引用した古風な村上菊一郎訳「小説」。そのRimbaudの"Roman"の原文は:

Nuit de juin ! Dix-sept ans ! - On se laisse griser.
La sève est du champagne et vous monte à la tête...
On divague ; on se sent aux lèvres un baiser
Qui palpite là, comme une petite bête...

古い訳も研究(あるいはコレクション)の対象になる方には、頂いた方には申し訳ないが、全集差し上げられますのでご連絡ください

2018年8月24日金曜日

ミラベルと私

ミラベルの最盛期になった!

(ミラベルが何かはもう説明しなくても良いかもしれないが、最近私のブログを読むようになった日本の方のために敢えてまた書くと、右写真の「ロレーヌ地方名産の8月中旬から2週間ぐらいが旬で姿を見せたかと思うとすぐに消えてしまうの黄橙色のプラム系のフルーツ」。直径は2〜2.5cmぐらい

今年はずーっとパリにいて碌に絵の仕事をしないので食べるは食べるは。価格が低くなって来た最近は少なくとも2日に一度は買っている。

ミラベルファンと自称する私にも、美味しいかどうかの店頭での判断は難しい。基本的には黄色が濃くなり橙色帯びて来た熟成したものしか買ってはいけない。勿論一粒頂戴して味見はするが、この抜き取り調査のばらつきは結構大きい。

私はフルーツ専門店からスーパーまで万遍なく試す。というのも値段が高ければ美味しいかと言うと私にとっては絶対そうでもないから。どうも市場のプロにはサクっとした感じと酸っぱさの少し残る、つまり「スモモ」感のある方が好まれるようで*、そのほうが高価な気がする。また一方ではフランス人好みらしいすごく甘いのも良い値がつく。私はジューシーで適度に甘いの好きで、だから経済的で良いのだが、一方で風味の濃さは値段に比例する傾向は否めない。かつ数週間しか市場に出回らないので、価格は最初は高く、そして低下し、また高くなるという、供給量を見事に反映したカーブを描く。

ねっ、悩ましいでしょ。だから私は一層ミラベルが好きになる。

昨日朝市で買ったのはキロ当り6.8€だったかな(?)、それが今日スーパーのモノプリに行ったら3.6€。これはかなり怪しい値段だが、粒も大きくて赤みがかり美味しそう。というわけでまた買ってしまった。結局ほぼ半額というコストパーフォーマンスは十分以上に果たしている味だったが、わざわざ買い増しするほどではなかった:これも私の作戦で、適度に買って本当に安くて美味しいときは買い足しに戻る。

この味の違い、メロンとか桃とかに比べると当たり外れの差がずっと小さく微妙なのだが**、私にとって一番信頼できる味のバロメーターは何といっても食べる速度? 例えば昨日の朝市のは今朝で終わっていた。だがこれは結果論にすぎず「美味しさ選び」の役には立たない。また日曜の朝市で同じ店に行っても同じ価格と品質は保証されない。ひょっとするともっと「盛り」になって安くて美味しくなる可能性もあるしその反対の場合も。つまりクライマックスまで行って、それを越したら「ああ、季節は終わった」と諦めて来年をいとおしく待つしかない。この切なさ(刹那さ?)、いいものです。昔書いたけど、一年中ある野菜や果物で溢れる今、その中でかたくなに「季節感」を守ってくれるのが何よりも素晴らしい! 



*  これがレーヌ・クロード(関連投稿)の方が美味しいという人が多い理由かも
** だから最初に挙げたチェックさえクリアすれば全くの外れということはないと安心してよい

最後に今までの内容ある(?)ミラベル投稿(つまり今日は内容なかったと反省しております)
を年代順にまとめると: 

「ミラベル食べ放題」2011年9月(豊作の年でした)  
「頑張れミラベル」2013年9月(私が好きな理由)
「ミラベル bis」2013年9月(ファンの多い緑のプラム、 レーヌ・クロードのことも書いている)

「バカンスもミラベル」2014年8月(クライマックスはミラベルのスフレ)


ところで昨年、一昨年、バカンスに行かせてもらったユー島の庭にミラベルを植えてもらった。下が島から送られて来たその写真。早く大きくなって沢山実を付けてもらいたいものです。島だと塩味がつくかもねー。