2019年5月15日水曜日

卵は黒豚に化けるか?

昨日描いた芋虫
ウダンの展覧会が始まって一段落、不得意のミドルサイズのドローイングを再開したらまた傑作が出来てしまって、、、。でも4/28に書いたようにアトリエでシミュレーションすると、「さなぎ」も「芋虫」もテンション高すぎて来た人がすぐ逃げて行きそう。
プレッシャー少なくするようにサイズ小さくしたんだったけどな〜。東京の個展、どうなるんだろう???

ところで朝市の豚肉屋さんに作品の話をしたら、本当にサイトを隅から隅までちゃんと見て(話したらわかる)、「卵を一つ家に飾りたい」んだって。その後ウダンの展覧会の招待状にちゃんとメールで返事まで送って来て、本気みたい! 
ちょうど南仏から1年ぶりに戻って来た卵が3つあるからこれを提案しようと思うが、「割引」と交換にどういう条件を持ち出そうか? 例の3年前に書いたビゴールの黒豚ハムを死ぬまでサービスでつけてもらう? 「幸せ!多分あれ以来食べてないのでは?クリスマスで一回買ったかな?」なんて考えていたら、ニュースで明日発表になる仏国会調査事務所のレポートをまとめた議員さんが「グリフォサート(モンサントの除草剤のラウンドアップ(ウィキ)で使われている化学物質)はハムや牛肉より発癌性が少ない」とインタビューで語ったとか!(Source
嘘でしょ〜、私が身体を張って証明してみせる!!! か〜?

でも発ガン性以前にハム・ソーセージは高血圧のもと。そういえばイタリア旅行以来血圧測るの忘れていた。それにこの数日、本のこと、個展のこと、肉屋さんとの交渉、この数日色々決断に迫られることばかりで(おおげさ(笑))、 ひょっとすると芋虫以上に自分がすごいハイテンションなのかも(怖)

2019年5月11日土曜日

卵が取り持つ Houdanのグループ展



昨日から Houdanというモンパルナス駅から1時間の郊外の町でグループ展が始まったのだが、これが何とびっくり、昔このブログで取り上げた有名アーティスト、フリオ・レ・パルク (掲載記事はこちら)ジャック・ヴァナルスキ(掲載記事のリンク)とご一緒させてもらうという、記事を書いた時には想像もできなかったことになった!

Krasno はまだ取り上げていなかったが、彼は70年代に活躍したが比較的若くなり、今回息子さんが彼の作品を中心に展覧会を企画した。一言でいうとKrasnoさんのお友達展なのだが、パルクも立体作品はないものの大きな絵が4作でただ名を貸すという以上、他にも南米の有名作家が多く参加しており、軍事政権を逃れてヨーロッパへ来て助け合った作家たちの団結精神が表れていると言えよう。結果として展覧会としてすごく質が高く、参加させてもらって大変光栄なのだが、そこに私が何故?
 
実はKrasnoは卵をモチーフにした彫刻を多く作ったので私の卵シリーズが息子のG君の眼にとまった。 ということで私の作家としてのランキングが上がった訳では全くなくので誤解のないように(笑)。 

明日の昼がオープニングパーティーで、何か作って持って行かねばならない。私はやっぱり卵料理かな? つまり極めてファミリアルな「大」展覧会なのです。

Houdan(ウダン)へはモンパルナス駅から毎時58分に列車がある 。
展覧会は6月16日まで。但し金土日のみ。詳細は下のカード写真をご覧あれ

2019年4月28日日曜日

展覧会に向けて

こうやって片付けるとアトリエ、ものすごく広く見える!
今度の7月に銀座の画廊で個展をさせてもらう*。秋に伺ったのだがだが、まさかすぐにさせてもらえるとは思わなかったので、何となくどんな空間だったか裏覚え。図面をもらったのだが、その時の印象とスペース感が合わなくて、、、結局アトリエの床に図面の寸法に合わせてテーピングし、やっと場の感じが再体験できた。その結果、縦1mの大きいドローイングでは圧迫感がありすぎるように思われ、、、。ミドルサイズが合うと思うのだが、「卵でも砂時計でも小さくすれば」と思われるかもしれないがそう簡単にいかない。 海水と墨が生み出す不思議なマチエールの繊細さとダイナミックさが中途半端となり、どうもミドルサイズでは成功したためしがないのだ。だから何か新しいモチーフで挑戦できないかなと試行錯誤する日々。

つまり自分の一番良い作品を飾ったからと言っていい展覧会にならない。「場所固有」とまでは言えないものの、展覧会も画廊空間との折り合いをつける為に頭を悩ます。凝る人は会場の縮小モデルを作るぐらいで、、、。つまり展覧会は準備するのもそれなりの仕事で、これは普通の人にはわかってもらえないだろう。

実は早くから作品を取りに来たいと言っていたドイツの画廊の個展のためにアトリエにての簡易シミュレーションをしていたのだが(こちらはずっと広かったので壁の部分部分を想定して。壁に飾ってあるのはそのための作品)、それがキャンセルになり、ギャラリーの下見に行く理由もなくなったのが、急にイタリア旅行へ行った原因だった。

ところで3/24に書いた本のクラウドファンディングだが、4日で目標達成!!!
目標は必要最低限予算で低めの設定だったが、そう簡単に行くとは思わなかったのでびっくり。その後イタリア旅行している間に150パーに達し、、、でもキックスターターから「アクティヴィティがありませんけど?」と毎日催促が来る。何をすればいいのか? 折角だから4ページ内容を増やしたのだが、急に増やすと全体の整合性が崩れたような感じもあって、ありがたいことですが、新たな悩みが生じた(笑)

というわけで頑張ってます(と言わないとそうは思われないので) 。

* 予告:7/3日から13日まで フォルム画廊にてですので宜しく応援ください。本もその時には見てもらえる予定です。


2019年4月19日金曜日

アマルフィかミノリか?

前回書いたソルジェート温泉以外に、「絵葉書」のようにあまりにも美しそうなアマルフィ海岸も、それから童話の国のような白亜の壁に円錐型のトンガリ屋根あるアルベロベッロも昔からの行ってみたい場所だった。 知らないうちに後者ニ箇所はユネスコ世界遺産のお墨付きをもらい、そのせいか昔からかは知らないが、行ってみたら大観光地だった。アルベロベッロは絵葉書の様な写真から勝手に寒村というイメージを抱いていたので、お墨付き地区が大きな都市の一区画でかなりびっくりした(本当に何も勉強せずに飛び出てしまうので、、、)。実際にはあの可愛い伝統家屋のトゥルッリ Trulli はアルベロベッロのみにあるのではなく、イトリア Itria の谷に広がっており、街周辺の農家、あるいは別荘風の家屋の半数以上はトンガリ屋根をキープしていて、その風景の方が旅心に馴染んだ。

これが現実?アルベロベッロの目抜き通り
こういうところもあったけど
またアマルフィの半島の絶壁海岸はあのぐらいの美しさなら地中海岸に幾つもあるような気がするのだけれど、、、アマルフィの特有なところはそこにカラフルな建物が段々に重っているところ、そのインスタ映えぶりは例がないかな?(最近風景もアートもインスタ映えだけで値打ちが決まるとますます思うようになって来た)。かえって私はドゥオモの正面とクリプタ(納骨堂)の立派さに驚いたけど。
と言う訳で双方ともにちょっとがっかり。

こんな風に田園にとんがり屋根が散らばっている
私はガイドブック片手のいとも平凡な旅行者だから完全に観光コースからそれてしまうことはないけれど、街の人で賑わっているキャフェやレストランを覗いて入ってみるのが好きだから、客引きも辞さないような土産屋の並ぶ「お墨付き」の街は遠慮してしまう。それでアマルフィではバスで10分のミノリ* Minori、アルベロベッロではバス20分の綺麗で華奢な白亜の建物がまるでオペラのセットのようなマルチナ・フランカ Martina Francaで泊まった。観光地であっても普通の生活の生きる街をという選択。

ミノリ* は名前が親しみやすいのと、ブッキングサイトで山の上みたいな写真を載せる宿に興味が惹かれ予約したのだが、庶民的な小さな村で「わたくし的」には大正解。街の人も買いに来るテークアウトの店から、(私の嫌いなスパまであるからか)一流のレストランもある。崖の上からアマルフィ海岸を望めるラヴェッロ村へハイキング路を登って行けるし(ゆっくり歩きでも1時間弱)、そこからアマルフィにも下りられる。アマルフィからバスは朝から晩まで少なくとも1時間に一本はある。ビーチもある。なかなかいい立地だと思うのだが、何と泊まった宿は4月開業して以来私が初めての客であることが発覚。売店で絵葉書を求めると棚の奥から黄ばんだ代物が出て来るし、、、楽しすぎるほどやばいよねー、「ここだ!」と思った我が選択のマージナルさも含め。だから何かの役に立てれば幸いと(そうなるとは思えないが)、同村の宣伝を買ってでているのです^ ^

宿から降りる階段から見たミノリの町とビーチ
ミノリは人が親切だったし、何故か夜中に花火も上がって余計印象を良くした(笑)
日本人団体もいたラヴェッロのヴィッラ・チンブローネの公園。珍しく記念撮影
マルチナ・フランカで若い兵隊さんたちが肉屋で串刺しを注文して
その場で焼いてもらっていたので、私も真似をした。
勿論私のは右端の小さいもの


マルチナ・フランカは目抜き通りから一歩入ると細い道が折りくねっており、
ナビを見ても何度も迷子になった。
 これはそれでで出会えたアートしてる不思議な飾りつけ。イースタだったからか??? 

納骨堂って簡素なことが多いと思うが、アマルフィのデゥオモは違って、流石バロック、絢爛豪華。
 海洋王国時代の繁栄を伺わせる。
でもこれで驚いていたら実はサレルモは同じ様式でもっとすごかった(笑)


今日書いたところ、地名をググれば色々丁寧な案内ブログが出て来ますので旅のメインストリームはそちらをご参考に。 

*ミノリはないと思っていたら、一般的表記(発音?)はミノーリらしく、幾つも出て来た(心配することなかった!でもあのゲストハウスは心配だな→部屋は広いし、景色よし:花火の写真も宿の窓からです)

さてここまで言われて皆さんはどちらに行くか?
 

2019年4月17日水曜日

ソルジェート温泉海岸(イスキア島)

 去年から海水取りをかねてふらふら海岸地方に旅行するようになったが、ギリシャ、スペイン西岸の旅に比べて今回はもう一つだった。

一番の理由は最初に楽しさのピークを迎えてしまったことにありそうだ 。

そのピークとはナポリから30km沖合のイスキア Ischia 島の、岩場の波打ち際に温泉が湧くバイア・ディ・ソルジェート(Baia di Sorgeto)。温泉好きの私としては長年一度行ってみたいと思っていたところなのだが、ほんとうに火傷しそうな熱い湯が岩と岩のあいだからノズルで噴出したように出て来ており、そこに波がざんぶりことやって来てお湯と水が混ざる。だから適度な水温になりそうな場所を探す。でも熱くなったり冷たくなったり。一定の温度でゆっくりお湯につかるという習慣を持つ私ども日本人ならば岩でしっかり囲って適温の温水が貯まる場所を作ることになるのだろうが、ザブーンでお湯と水が混ざるどころか身体も揺られ、、、つまり「とても面倒な温泉」なのだ。

この野趣に加えて、流石イタリア、知らない人どうしでぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、とても庶民的で、老人たちが健康の為プールの中を歩いたりマッサージを受けたりする所謂こちらの「スパ」(これで実はイスキア島は有名)とは全く違うし、日本の温泉とも違う。単にお湯の湧く変わった海岸と言った方が正しいだろう。勿論入浴料なんてないし、結局は甲羅干しをしている人の方が多い。最後に良い席を取ってずーっと入りっぱなしでしゃべりっぱなしの、風呂場を仕切っていたようなおじさんを記念撮影して機嫌良く帰って来たのだが、何故か写真がない。浮かれすぎて誤操作したか???

© tripadvisor より転載
掲載写真がないのでインターネットで調べたら、ちゃんと岩で風呂場が囲ってあるような写真もある。私の行っていたときは満ち潮で、荒天のあとだったから波もそれなりに高かったということか? 右の写真は私の見たソルジェートに一番近い感じ。

場所の写真も行き方も次の日本語サイトに完璧に載っているのですべて譲ります:

https://amoitalia.com/naples_island/ischia_baia_sorgeto.html

今読むと「足下が滑るのでビーチサンダルを持って行くと便利かも」と書いてあるが靴みたいに履けるサンダル絶対あったほうが良い。幸い大事には至らなかったが、私は直ぐに滑って転んだ。岩場だから危険。それから左回り巡回バスCSのほかに1番、21番もパンツァに行く。小さい村落で乗り過ごさないか心配になるが、バスは内陸のパンツァからサンタンジェロというこぎれいな港町に下って、そこからまた戻ってくるのでもし降り損なってもあまり問題はないだろう。(私はそこへ行って海水採取(笑))

実はこの温泉海岸は私がいつも持ち歩く、フランスのすごく役立つ旅行ガイドブックの「ルター」(Routard)に記載がない(スパは紹介しているのに)。ちなみにtripadvisorサイトの「イスキア島のベストアトラクション」のトップ10にも入っていない! 他に大したものないはずなのだけど、、、。日本人以外の気はそそらないのかな?

先に触れたようにイスキア島を訪れる一般旅行者は健康施設の「スパ」(島内にいっぱいある)に来る人が多く、町を歩いて年寄りばかりでうんざりする(今や私も一員だが)。スパはお金の余裕のある欧州の年寄りの交際サイトでもあるようで、バスに乗っていると老人夫人ハンターの会話が聞こえて来た。うんざりうんざり。
ありがたいことに当然こういう人たちは長い階段を上り下りするソルジェート温泉海岸には来ない(来れない?)。

つまり島自体は好きにはなれなかったのだけれど、この温泉は格別だった。

今回の旅行は出発前の天気予報では天気の良いはずの南イタリアなのに例外的に雨が多かったのだが、実際そのとおりで、天気予報が翌日は良しとするのでそれを信じてナポリに着いて翌日荒れた海をフェリーで渡り(それがFBに載せた下のビデオ)、快晴の一日を午前は島の中心のエポメア山に登って(フォンタナFontanaという村から登山道が整っている。ゆっくりあるいても山頂まで1時間だろう)、午後は温泉で過ごしたのだった。
それに結局この一日がおそらく10日間の旅行で一番の好天だったのだ。。。

エポメア山への山道こんなところも。ここは学校の遠足コース?

2019年3月24日日曜日

初めてのクラウドファンディング

2013年の「海水ドローイング」の始まりの逸話から去年の夏に至るまでの発展経過を本にしようと思うのだが、その出版にクラウドファンディングなるものを試してみることにした。
本の内容は既に肩が痛くて仕事にならなかった夏に書き始めたが、秋になって結末の大転回があり、書き直し(何のことかは本が出来上がってからのお楽しみ)。年末にカレンダー * を作ってこちらで予約購入を募ったのだがそれほど集まらず、マージンが小さかったので30部だけ刷ったのだが新年になってからほしがる人が幾人も登場し、、、私はこういう管理運営(?)に向いていないので、はじめからファンディングを募って余裕で事を運んだ方が良いと(笑)。
それにクラウドファンディングの大先輩 ** にきくと、ファンディングだけでなく知らない人に企画を知ってもらう手段でもあるとのこと。私の本は日仏2カ国語なので日本のファンディングサイトを使うかフランスのかと迷って調査検討した結果、色々な言語を(必要ならばページ下方で)チョイスでき、手続き・条件などを日本語でもフランス語でも読んでもらえ、そしてわざわざアカウントを設けなくても融資できることからキックスターターを使うことにした。デメリットとしてはアメリカの会社なので利用者の大半が英語圏の人であること。でも「やっぱりこれか」と決めたのが1月で、それから他の人の企画を見て研究、でもやってみないとわからないことも多くてもたもたしていたが、やっと一昨日に立ち上げた。



だから今晩で丸2日なのだが、出版に最低限必要な目標金額20万円の半額を越えた!!!嬉しい! 融資者に大感謝。とはいえ直ぐに協力してくれそうなファンの方のあとが大変なのかもしれない。

普通の人は「英三君は寄付しなくても生活に困る訳ではないし」と思うに違いないが、キックスターターの他の企画をみてもらってもわかるように音楽とか映画とか新アイデア商品とか、これは「寄付」ではなくて「企画への支援・参加」。今日出資して下さった方では40ユーロの枠なのに150ユーロも寄金して下さった知人もいて(大感謝)、そういう風にポジティブな参加意識で考えて下さいね〜。
そしてこれは "All or Nothing" で、目標に到達しなかったらボツ、つまり集金されないという徹底したシステム。
だから融資希望者の意思を無駄にしない様に頑張らねばなりません。

参考:
* カレンダーとはこれのこと




** クラウドファンディングの大先輩で集める金額も少なくとも一桁は違うの岩名さんの映画『すさび』は今大阪上映中です

2019年3月18日月曜日

謎のビデオ?



これはFBに先週水曜に掲載したビデオだが、「何を言っているのか知りたい」というリクエストに応えて。
大体のところは:

「今度またHCE画廊でドローイングを展示するのですが、その作品の一つは昨日までここに飾ってあったものです。グループ展は『オルフェの歌』というテーマがあって、作品は卵型のモチーフのシリーズの一つですが、オルフェの竪琴の様にも見えますよね。上の方の黒い部分は地獄の景色、地獄への回廊を思わせるでしょう。勿論いつもの様に白い部分に結晶があってバリエーションがあるのですが、この作品では黒い部分も様々に異なりを見せています。こういうところは実際の作品を目にしないとわかりませんのでサンドニまで来て下さい」

という宣伝でした。
編集なしの一発流し撮りにしては私としてはよく演じれた(笑)但し3回NGだしましたが



上は土曜日のオープニングの模様。いや〜、パノラマ写真も本当に簡単にFBからコピーできる! (嬉)
私の「オルフェ」は端の方でよくわかりませんけどね

2019年3月11日月曜日

「奈良の宝」展


ちょっと新しい方法発見。FBの写真と書いたことがブログに写せるみたいなのだ。
写真の興福寺の筋肉もりもりの金剛力士像に関して私は特に書けるほどの視点をもってない。その前日に行った「キュビズム」もは既に終わってしまったし、今更私が書くことないでしょう。強いていえばこのポンピドーの年代順に追った展覧会、膨大な数の絵を前に数年間のピカソとブラックの色々な新技法試みのおびただしいスピードを再認識。
実は「今更キュビズム」と思って最後の週まで放っておいたので、最後まで到達するまで頑張った。つまり法外の量の作品があって本当に疲れた。
その翌日は「奈良の仏像展」と思って行ってみたら、金剛力士像と地蔵像の3作が円形図書館ホールに鎮座するのみ(今サイトを見ると展覧会名は「奈良、3つの仏教の宝」となっていた〜)。興福寺の開陳ではどうなのか知らないが、ギメ美術館では横からも後ろからも、かつ空いているのでゆっくり衣類の装飾の詳細まで眺められる。それに右のような中綴じA4版の立派な冊子(仏あるいは英語)までも貰えた! まだ残ってるかな? 会期は後数日、16日まで。

2019年3月10日日曜日

Hicham Berrada 展

3年前に書いたことがある、「化学の実験」をアートに仕立てるヒシャム・ベラーダHicham Berradaの個展が6区の画廊で行われている。彼の「出世作」(?)は「présage(兆候)」と呼ばれるシリーズで、酸の中に金属(鉱物)粉を垂らして、泡立ったり色が変わったりたりしつつ、突然にょきにょきと新たな海中で新たな生物でも発生したかの様な金属化合物の不思議な動きをビデオで捕らえた作品。実はこれは小さなビーカーの中の世界なのだが、大きな画面にプロジェクトしてスケール感を変える。今回は画廊地下でほぼ360度円形に投射して、見る人がその幻想的な空間に入り込みやすくしてる。


ただの化学現象と言えば化学現象だが、こういう唐突な美しさを探して酸度を変えたり鉱物を調合したりする科学者はいないから、アーティストの彼がいなければこんな魅惑的世界は我らの前に現れなかった。
画廊の地上階はというと、ビーカーの中の「にょきにょき化合物」みたいなブロンズ彫刻が並んでいる。これは溶かしたワックスを水中に落としてオリジナルを作った。これまたロウの組成、温度、水のpHで生成が変わるらしい。
もちろんすべて化学者にサポートしてもらい技術探求したのだが、どこまで制御されているかは謎?

私は結局前回取り上げたような「織ったり編んだり」の手仕事で作り上げる世界より、こういう偶然性が高い、パラメーターは考えるけど後は自然にお任せする作品の方が好きみたいだ。(自分の作品でもかなりそうだが(笑))
といってもビーカ内の小宇宙をビデオできれいに再現するのも一筋縄ではないと思う。

ブロンズ作品は幾つもあったが、ひとつだけ真っ白の、珊瑚かイソギンチャクのミュータントみたいな作品がある。これは「発生学」の数理研究から生まれたアルゴリズム* を使った作品で、3Dプリンターで作られた。そう聞くと簡単そうだが、複雑だからプリントにすごい時間がかかり、幾つかの部分に分かれていて手仕事するところもあるそうでこの一作に3ケ月(4ケ月だったかな?)かかったとか。だから一点のみ。貴重だからなのか上の方の手の届かぬところに飾ってあった。壁も白いから見逃しますよ(笑)。

彼は若き(86年生)売れっ子現代アーティストなのだが、シャイな少年風で、話すとただただ実験的制作が大好きでという気さくさが表れすごく好感が持てる。1年半前に郊外の町の修道院が改造されたアートセンター abbaye de maubuisson** で個展があり(あのときは記事にしなかったけど)、そのオープニングの時にも色々質問に答えてくれたので今回もちゃんとオープニングに行って話をして来ました。

kamel mennourのセーヌに近い第二スペース画廊
6, rue du Pont de Lodi 75006 Paris
にて4月13日まで


* 実は私は大学の時そういう方向に進む可能性があって「イソギンチャクの触手発生モデルやるか?」なんて担当教授に勧められたことを思い出した。今は昔

** そうそう、この旧修道院のアートセンターは2013年にシャプイザ兄弟の展覧会で大きくとりあげてました

2019年3月8日金曜日

縫・織・編

Judy TADMANとソーニャ・ドローネ
前々回に一つの流行とも言えそうな「縫い物アート」について触れたが、まさに「織る、編む」をテーマにした展覧会に遭遇した。テーマも手法も作家の世代も、幅広く紹介という感じで、数少ない作品で傾向を一望。私が皮肉めいたことを述べた「手芸ドローイング」の類いは不思議になかったが、その道の一人者を中心に集めた割にはインパクトがない。それぞれの作品は悪くはないが、「織る、編む」という行為は(展覧会では避けているが美術界一般に見て)似通った作品を産むようで、作家の個性が出にくい世界のようだと再度思った。
この展覧会はEspace Monte-Cristoという、20区の庶民的エリアに新しくできたスペースで行われているが、ここは南仏のアヴィニョンから近いきれいな町の Isle-sur-la-Sorgueに2014年にできた財団 Fondation Villa Datris のパリ出張所(?)で、昨年開催されたテーマ展の一部ということ。

Tissage/Tressage
6月29日まで続きます。入場無料(笑) 
Marinette Cueco 彼女は草を絡ませて繊細な作品を作る。今回の展覧会では特別大きく取り上げられている


Cathryn BOCHの地図を縫い合わせた作品
Stéphanie Maï Hanus ゴミ袋の結びあわせたドレス
この展覧会の参加の圧倒的大多数は女性で、だから概してジェンダー問題に発展させられがちなのだが、ごく少数ながら男性作家も。最後の丸い作品はSupport/ Surface シュポール/シュルファス(美術用語辞典)というフランスの70年代の運動の作家の一人のPatrick Saytourのもの。こういうほぼ何も手仕事してない作品の方が結局私の趣味かな。男性らしいと言おうか(笑)*

この展覧会でちょっと異色だったのはジョアナ・バスコンセロス Joana Vasconcelos
ポルトガルを代表するこの現代作家は今、2年前に塩田千春のインストレーションが行なわれた百貨店のボン・マルシェ(Bon Marché)のエスカレーターが行き交う大きな吹き抜け空間に、ディズニーのアニメ漫画の美意識から産まれたような超巨大でLEDが光るキッチュでバロックなオブジェをぶら下げている。この悪趣味さ、あまりにあまりなので面白い。空虚な装飾性がテーマなのかとは思うが、その(批判的行為)のためにこんな空虚なものを創るというのは「現代アート」ならではと、今更ながら驚く。作家の写真・ビデオを見る限りそんなにシニックな人には見えないのでコワイ:あるいは私の完全な読み間違えか?と今調べたら、これの宙に浮く作品は「シモーヌ」と言うそうで、アウシュビッツを生き、妊娠中絶を合法化したフランスの政治家シモーヌ・ヴェイユ(日本語ウィキ)と「第二の性」のシモーヌ・ド・ボーヴォワールへのオマージュだとかで、彼女は社会問題を取り上げる作家だそうだ。全然わからんけど。

3月24日まで。勿論これも無料です

参考


ボン・マルシェの展覧会サイト

先にもリンクした私の2017年1月の投稿

当然ながら最初に取り上げた展覧会には塩田千春の作品も含まれています。

* 注: 「編む」でも竹や藤となると男性の仕事になる。ケ・ブランリ博物館で日本の竹細工の展覧会 "Fendre l'air" が催されていたが、これは逆に全員男性だったのではないかな。竹とは思えない繊細な工芸品が一杯でした。(最後の写真は一番現代アート的作品):4月7日まで

前々回の投稿も宜しく




2019年2月24日日曜日

ストリートアート雑感

私が展覧会をした場所で界隈として最もリッチだったところは、シャンゼリゼから伸びるジョルジュ・サンク通りのBarclays(銀行バークレイズ)の支店だった(2015年のこと:参考投稿)。昨日偶然前を通ったら、バークレイズは無くなって違う銀行になっていた! 私の展覧会をして閉めた画廊はいくつかあるが(全然私の所為でなく少しは存命に貢献したはずなのだが)、「銀行ってのはね〜」とびっくりして調べたら2017年にバークレイズ・フランスはMilleisという投資銀行に「変身」したそうで、、、知らなかった!

graffiti chic au 32 George V
そのMilleis銀行、「黄色いベスト(gilets jaunes)」の運動の壊し屋にガラスが割られたらしく入り口右に木のパネルが張られていて、その上にグラフィティがなされているのだが、何かこれが写真の様に「近代絵画」風で可笑しかった。こんなの見たことない。流石富裕地区!

実は私が住むパリ13区は区長さんがグラフィティが大好きで(?)、建物の壁などに大規模な壁画などを作らせ、 ストリートアートの首都と称し、ガイド小冊子もあるようで、それ故か週末などはカメラを持って撮りに歩いている人によくでく合わす。

この種のものは後で紹介するShepard Faireyのように、意匠に優れたものもあるが、「装飾芸術」と言ってしまえば終わりで、ふつうびっくりするようなものもないので私はあまり関心(感心?)がないのだが、その中で珍しく面白かったものにメトロの駅の前に作られた写真の「ビーバー」がある。プラスチックの容器(ゴミ箱)とか椅子、はたまたヘルメットとか様々な都市の収集ゴミのリサイクルで作られたレリーフ作品で、雑多性と工作の工夫に◎。加えてこれが作られた壁は数ヶ月後に建替えの為壊されて、ストリートアートの「かりそめ性」も保っていたので評価を高くしたのだった。

その作家 Bordalo II(ボルダロ・セコンド)が私の家の近くで個展をしていた。ちょうどビルの前を通ったら大勢の人が押し掛けていたので、初めて画廊に入った(画廊の存在は認知していたが今まで外から見て入りたいと思った作品があることはなかった)。会場は地上階+地下700平米もあって、この1987年リスボン生まれの作家のアール・ブリュット風の初期(といっても数年前だが)から大成功している巨大な動物たちまでが一杯あった。画廊なので売っているのだが、完売! 13区は勿論、建築業者もスポンサーになっていて、地区、ビル、作家が供託して「興業」しているようなで、あんまり後味良くなかったな〜。

やっぱりストリートアートは街角にないと。特にそこにあるものを生かした場所特有なものになっているとよりよい。それに壊されたり上書きされたりする運命であること、つまり誰に注文されるでもなく勝手に壁に落書きするという行為がバイタリティーの根源になっていると思うので、これも大事ではないかな?
 
実際大壁画となって毎日見せられるとうんざりするものも多く、我がアトリエから地下鉄に向かう通りにあるグラフィティは見るに耐えなくて私は常に目をそらせている。グラフィティが自分たちの名前を書いたりして存在を無理にでも知らせるという暴力的なメッセージとするならそれは大成功ともいえるのだが、、、。どんなに醜い絵かここで紹介、てなことをする気は毛頭しないが、当然ながらよくその写真を撮っている人がいる。

つまりアーバンアートと呼ばれるものの美意識は私にはかけ離れていて(前記画廊を無視していたのもその所為)、わざわざ遠くやってから来て見廻っている人たちを見ると、美術作家として「生きながら葬られ」たような気分になる。この間なんか地方から来た知合いから「近くにいるよ〜」(実はボルダロを見に来た)とメッセージが入ったので「徒歩5分、アトリエ見に来たら」と提案したところ、「今からストリートアート巡りをするからダメだ」と応えられた。これほどに13区のストリートアートは人気があると言おうか私の作品が人気がないと言おうか、ああミゼラーブル。

ともかくポルトガルのボルダロ君のみならず、13区は世界各地からこの業界の「有名どころ」を招いて壁画を作らせていて、例えば米国のシェパード・フェアリーShepard Fairey(別名をObeyといい、何となく旧共産国のプロパガンダ風で、皮肉を感じさせないこともない。オバマの選挙ポスターHOPEのデザインもして有名)の写真の巨大壁画も近くに幾つかあるのだが、右の壁画は自由平等博愛と書いてあるからかマクロンのお気に入りらしく、2017年エリゼー宮からの大統領の年末の挨拶では彼のオフィスにこの複製と、ちょっと懐かしいピエール・アレシンスキー(コトバンク)の2品が飾ってあった。いったい私の関心は何なのか?だが(笑)。

かくして「お墨付き」のものになった我が界隈の「落書き」に対し、ジョルジュ・サンクの銀行のは「黄色いベスト」デモで壊れた窓ゆえという「今」性、だからそれが直されればなくなる運命の過渡性、かつほのぼのとした地方都市を描いたかの様なクラシックな美意識で全然アーバンアートしていなくて、かなり新鮮に思えたのだが、こういうのを面白がるのは私ぐらいか。誰が描いたのかな? ひょっとしたらバークレイズで展覧会したアーティストかも(笑)


参考リンク: 

・私の写真はピンボケだったので良く見たければパリジャン紙の写真でもご覧あれ。この記事のお陰でネズミだと思っていたのがビーバーであったことがわかった。作家は人間の環境汚染で命を失う動物たちを作るというのがモットーで、この「政治的コレクト」路線も成功の理由でしょう)

Bordalo II(ボルダロ・セコンド)のサイト 

画廊のサイト(展覧会は3月2日まで)

・シェパード・フェアリー:【美術解説】

2019年2月10日日曜日

手芸からアートへ (宮脇綾子とYveline Tropea)

Note : L'exposition extaordinaire des oeuvres (de tissu recoudu) d'Ayako MIYAWAKI que je presente ici à la première partie est prolongée jusqu'à 30 mars :
Galerie Moisan  72 rue Mazarine Paris 6

宮脇綾子のアップリケ作品、野菜や魚などがテーマで所謂「手芸」なのだが、それが主婦の営みとか趣味の範疇を越えてアートになっている理由は、ひとえに彼女の布の組み合わせの大胆で見事なセンスにある。 例えば大根を絵にしたら普通の人ならば、根は白、葉は緑で描き、普通の主婦がアップリケしたら白と緑の布を選ぶ。それが彼女の作品は大根が見事な入れ墨でもしたような装飾性あるモチーフで満たされ、細いひげ根がちょっとぎくしゃくした縫い糸で描かれる。すべては色彩と形のコンビネーションの問題と片付けたいが、具象画題の野菜のみずみずしさは保たれたまま。ここがエライところ、つまりずば抜けた芸術的才能(としか言い様がない)。



刺繍や編み物などはすぐにジェンダーの問題に絡むので、それを武器にした女性の現代アート作家は今どきうんざりするほど一杯。縫い物ドローイングの作家は私が知っているだけでも何人いることか、、、。その多くはその政治性抜きではアートでもなんでもないような作品なのだが、宮脇綾子の作品はその対極で気持ちがすっきりする。

(掲載写真は次のサイトから拝借 photos empruntées du site suivant : artcommunication's blog)

Galerie Moisan 宮脇綾子展 72 rue Mazarine Paris 6
3月末まで会期延長!!!

いつもながら言わずもがなの批判をしてしまったが、ジェンダー性あるいはそれ以上のトラウマにがんじがらめでも、見事にそれを視覚作品に昇華させる人作家が知合いに一人、Yveline Tropeaさん。  
彼女はビーズ刺繍で私は苦しくて直視していられない類の光景を描くのだが、細部にわたる色彩、素材感が素晴らしく思わず見入ってしまう。こちらは全然「ほのぼの」せず、「ぎょえ」で、本当の意味で宮脇綾子の対極かも? 
彼女は自分で刺繍するのではなくアフリカ、ブルキナファッソにもアトリエを持って、現地の縫子さんに作らせているところも非常に現代アート的。とはいえデッサンから最終作品へ導くビーズとその縫い方のチョイスに職人技術に精通した冴えがある。昨年秋にデッサンとビーズ作品を並べた展示があって写真はその時のもの。



(デッサン、ビーズとも作品の細部)




2019年2月1日金曜日

アップリケの謎

数年前に某美術館で宮脇綾子のアップリケ展が行われた時に、「ポスターにフランス語でappliquéと入れるけどこれでいい?」との相談を受けた。そのとき「フランスでappliqué(アプリケ)ていう言葉聞かないけど、、、patchwork パッチワーク(この言葉はよく使われる)の方がいいのでは」と答えた(勿論仏人の友人にもきいたが彼女も同意)。いま6区の画廊街にあるGalerie Moisanでその宮脇綾子の展覧会が開かれていて、FBでの案内に"Oeuvres en tissus appliqués"とあって「これはいい加減なことを言ってしまったのか」と心配になった。早速 appliquéとtissu(布)でグーグルしてみるとアマゾンでマンガの柄みたいな布地、多分私の語彙ではワッペン(これはドイツ語)がappliquéとして売られているし、チュートリアルビデオにも"appliqué en tissu"なんてあるし。。。展覧会に連れて行ったアクセサリも作るS嬢に聞くと「アプリケと言うよ〜」でますます形勢がわるくなってきたのだが、画廊のおじさんも「アプリケっていうと貼ったみたいに思えるよね」と言うので少し挽回、一昨日絵を見に来た夫人にA4以上もある立派な案内カードをあげて質問してみたら彼女も「アプリケ?貼るって感じ」例えば壁紙を貼るみたいな。。。
ちなみにこのカードに印刷された豊田市美術館の館長さんの仏語紹介文は、アプリケという言葉を上手くかわしている(笑)
というわけで私の結論:アプリケはフランスでは一般的ではなく「専門用語」 

この展覧会、素晴らしいので書きたいのですが、写真がないのでまた今度

宮脇綾子のことは白鳥正夫氏のこの紹介文をご参考に。名古屋周辺でしか知られていないと思ったら1997−98年に日本各地で展覧会がされ、今や全国的に有名らしい。世界制覇もしてほしいですね。

最初の「某美術館」、愛知県内には間違いないので、これもグーグルしたら、面白いブログに当たった。12月23日の投稿(大展覧会)で「こんな正直な美術ブログってないと思う」と書いたが、「はるひ美術館の館長ブログ」も「ピカソは天才ではなく、「ピカソは天才になった」と思う」とか、忌憚なき独自な見解が述べられていて面白かった。
でもはるひが「某美術館」ではなかったと思う。多分三岸節子記念館???


 

2019年1月24日木曜日

Quand la Nature se dérobe

(今日は日本語が後ろ)


Voici la vidéo que je projette dans l'expo à HCE galerie actuellement.
En fait "la robe" me revient d'un temps à l'autre dans mes création. Malgré la différence des modes d'expression, soit le dessin soit l'installation insitu, il y a les intérêts communs de ma part. Ce diaporama a pour but de les mettre en évidence.

Par ailleurs j'ai déjà montré quelques photos sur l'article du 10 décembre, je les publie de nouveau ci-dessous.

Vous serez de bienvenu à 
la Clôture de l'exposition : le samedi 26 janvier 2019 /
à 18h  Danse contemporaine par Golestan Outil

今回のHCE画廊が決めた2人展のテーマは多義的だが、語感的に訳すと「自然がドレスを脱ぐ時」。画廊の念頭にはカタユンさんの「子供の服と系統図 のような木」の描かれた絵と私の海水ドローイングのドレスシリーズがあったのだが、私はそれに加えて嘗ての「自然の中でのインスタレーション」作品のドレ スも見せたいと思った。ドローイングとインスタレーションという違った表現の中の共通項を探り出すような形で作ったのが上のヴィデオでした。今週の土曜日 は最終日で在廊します。18時からダンスもあります。
写真は既に12/10に掲載したものですが再掲載は簡単なので再び。

最近頻繁にブログしますが、最近寒くなったので内職?です(笑)


 La robe blanche au centre réalisée il y a 5 ans est exposée ici à Saint-Denis 
pour la première fois dans le monde !


 Un autre diaporama: il est conçu par Susanne de la galarie HCE et Sylvie Pohin. 
Les photos projetées à intérieure de la forme de robe sont les miennes :)


HCE Galerie

7 rue Gibault,
93200 Saint Denis, France.
Téléphone :
+33 6 20 78 91 54
+33 6 81 94 63 06



2019年1月23日水曜日

すべては車から?

「黄色いベスト」運動は地方の人々が、実施されようとしていたガソリン税値上げ、それと既に施行された一般道での最高速度が90kmから80kmに制限、この二つの不満がそもそもの出発点だった。つまり田舎の車族の反乱である。
この車というものがキーであるという大胆な仮説を私は立てている。

フランス語で人を侮辱する言葉を覚えたいなら、車に乗せてもらうのが一番。いつもは穏やかだと思われる人でも一旦ハンドルを握って通りに出るや、前や横の車に対し悪口雑言。時にはこの豹変、感動的でもあるが、ボルテージが上がって来ると自分の運転も荒くなり、助手席に座っているのも怖くなる。他人のマナー、あるいは渋滞、自動車の運転は圧倒的多数の人間をナーバスにする要因が一杯だ。こんなことは誰も言わないが、私はこの車の魔力(心理操作)と「黄色いベスト」運動は無関係ではないのではと憶測しているのだ。 勿論私が知るのはパリ市内のことで、田舎では車の量が比較にならないからのんびりかもしれないが、ちょっとした渋滞が不測の事態になるし、レーダーの速度監視器とかもあるし、田舎の人もそれなりに神経を高ぶらせる要素がある。

そもそも車社会自体が社会的に逆説的なものであるというのは、イリイチ Ivan Illich(ウィキ)が1970年代にすでに指摘している *。

つまり、車があると遠くまで速く行けるので時間が節約できる。そして車が一般化するに連れて道路網が整備され国土開発が車中心になされる。すべてが車での移動性をもと再編成され、郊外に大きなスーパーができ、町村の小店舗がなくなり、結局はかつては徒歩で日常食品の買い物ができ、それに加えて遠くまで行って買い物が出来ると言う可能性を車が生んだのだが、一旦町に店がなくなってしまうと、車で日常品も遠くまで買い物で行くしかなくなった。つまり移動時間は短くなる一方、車に乗っている時間が増えた。結局時間は節約されたのだろうか?というのが車の生むパラドックス。

かくして制限時速、ガソリン代は、車に首根っこをつかまれた田舎の人には譲れない問題となったが、それには「ナーバス増進剤」としての車が導火線になったのではというのが私の仮説です(笑)

私としては、マクロンはフレキシブル社会の推進者だからモビリティという言葉が大好きだが「移動できる」ということと「移動するしかない」というのは違うのだということを認識して欲しい。 一方「黄色いベスト」には車の移動性が選択肢の一つとなるように、車社会の見直しに運動を持って行って欲しい。というのが私の希望。(フレキシブルであることとフレキシブルであるしかないという違いも同様のこと)

便利な道具が必要不可欠なものになり、それに首をしめられるようになったというのはなんかの童話みたいだが、車依存と同じくインターネット依存もますます大きくなって **、もうWi-Fiないと何も出来ない。でも低所得者には接続契約援助があるとはきいたことないけど。うんこれ「全国大討論会」で提言しようかしら。

「エネルギーと公正」(1979)
* 思想家としてのイリイチは、学校、交通、医療といった社会的サービスの根幹に、道具的な権力、専門家権力を見て、過剰な効率性を追い求めるがあまり人間の自立、自律を喪失させる現代文明を批判。それらから離れて地に足を下ろした生き方を模索した。(ウィキ)からの抜粋) 。
イリイチは現代の問題をよく言い当てていると思うのに、最近名前を聞くことがなくなった。そうと思っていたらラジオで彼の上記の「車社会の逆説」が急に流れて来て嬉しくなった。「黄色いベスト」のお陰(笑)。 **  その放送は特に現代のネット社会での「効率化と時間」に関するものでした。 
https://www.franceculture.fr/emissions/la-grande-table-2eme-partie/gagner-en-vitesse-est-ce-perdre-du-temps 

追記:
「黄色いベスト」のお陰といえば、前回書いたように、マクロンが約束した「最低賃金」の値上げが「手当」になったのだが、このお陰で「手当」が給与所得者のみでなく自由業者にも及ぶことが判明。びっくりして社会給付事務所のサイトでそれを確認し、そのまま申請開始。最近の収入欄にうまく数字が入れられなくて色々やっていたら突然サイト自体がダウン!(私の年寄りMacの所為でなかった) 今週金曜までにせねばならないので膨大な数の申請が押し寄せているそうなのだ。結局私はインターネットが空いているだろうと思われる夜中に再トライアル。収入欄の疑問は解けなかったがまたポシャるとはじめからやり直しなので、急いでとばして最後のページまで行った。どうなるかなー? 私は貰えれば大助かりだが、TVインタビューでは「100ユーロなんてないも同然」と言う「黄色いベスト」が何人もいて、これも私が運動にあまり好感がわかない理由ですねー。


マクロンと黄色いベスト」に関する以前の投稿
12月10日  マクロンショーを待ちながら
1月20日 歴史はかくして作られる?

2019年1月20日日曜日

歴史はかくして作られる?

マクロンと「黄色いベスト(gilets jaunes)」のこと、12月10日以来書いていなかったけど、笑っていいのか悲嘆すべきか、あるいは怒るべきなのかわからないような事件がありすぎて〜。「黄色いベスト」のデモは土曜ごと、私のサンドニの画廊のイベントも土曜ごと、「黄色いベスト」たちの実態はインタビューや統計では「個」か「平均」かになって私にはやっぱりよくわからなくて、、、かつ運動メンバーも変わって来たとかでなかなか手に負えないのだが、まだまだ続きそうなので中間報告(?)。

12/10に戻ると、マクロン、12/10のTV演説で、その前の発言で私はそうとしか解釈できないと思ったガソリン税引き上げを取り下げを確約、また最低賃金100ユーロ引上げ:これは演説ではそうとしかとれない内容だったが、その後一律に上げるのではなくて「手当」で、例えばカップルでもう一人が収入が多い場合は対象外となる。理にはかなっているのだが「運動」の大きさ、激しさに対応するには分かり難い。加えて「黄色いベスト」運動の主体は最低賃金より少し稼ぎが多い層とされているのでこれだとその層に対する波及効果はあるのだろうか? これまでも「住宅援助を減らすけど住宅税をなくしますから」とかで、プラスマイナス分かり難いんだよなー。そう思っていたら、そんな私をなじるかのように、マクロンの政党のLRMの議員代表のルジャンルLe Gendreって男が「財政上の理由から購買力増大対策は分断されすぎていたので理解されなかった。われわれの誤りはあまりに知的で微妙で技術的過ぎたこと」と正しいとしても人を馬鹿にした発言をして(12/18)** 小スキャンダル。私がこの男を聞いたのは実はマクロンのTV演説の直後の討論会が初めてだったが、このときも人を見下した態度で「黄色いベスト」を応援する訳でもない私の気分をも悪くさせるような発言を繰り返した。こいつは早く「代表」から降ろした方がと思ったのだが、もっと強力に足を引っ張るのが元マクロンのお付きのガードマンのベナラBenalla君。彼は昨年のメーデーでデモ警備隊を随行し(勿論こんなことは職務管轄外)、デモに参加したアベックに暴力を加えた。その後のマクロンの彼に対する処置が明快ではなく、この事件でマクロンの人気はグッと下がった(世論調査のグラ フを見た記憶があるのだが、再発見できず)。そのベナラ君、仕事を辞めさせられた後も外交官パスポートを保持したままで、12月にマクロンが行く前にチャドに行って大統領と面会していた(かつ入国時に外交官パスポートを使ったらしい)という事実が発覚。マクロンはベナラと切れていないのではとの疑惑が。。。一昨日のニュースではベナラはバスポートの一冊を偽の申請書で作ったとか!(爆笑)

それから5日(土)のデモでは、元ボクサー(元仏チャンピオン)が 「黄色いベスト」の参加して警備隊(憲兵)に素手で殴り掛かり、そのビデオが流れて翌日自首し拘留されたのだが、この「勇士」の為にサイトで募金が組織され1日たらずで10万ユーロ(1300万円)を越えるお金が集まった。(圧力で確か募金ページは自主閉鎖? 法律により募金は罰金には使えないが裁判費用などには使えるらしい)かつ本人は自首する前に自己を弁護し「黄色いベスト」運動を擁護するビデオも録音していて。。。
日本的に見ると「とんでもない」だが、フランスでは以前から、エコロジーの闘士がマクドナルドの店を壊したり、労働組合員が社長の服を引っ剥がしたり、暴力行為に至ることは後が絶たず、「抑えきれない怒りの爆発」は情状酌量の対象になるようで、、、この続きはどうなりますやら。

私が12/10に「マクロンショー」と呼んだTV演説は先に述べたように、運動を何とか抑えようと緩和政策を神妙に訴えて生彩がなかったが、今週まさにマクロンショーと呼べそうな 全国ツアーが始まった。
皮切りは火曜日、ノルマンディーの人口4000人に満たない小さな村で653人の同地方の市町村長と6時間に渡り討論会(というか質問要望への応答演説会)、今日は南西部の同じような田舎で同規模で。
そもそも「黄色いベスト」運動「政府は田舎の現状をわかっていない」という住民の不満に火がついたのだが、これに対しマクロンは役場に「陳情書」を置いて国民の声を聞くことにしてそれをもとに市町村長と討論する。こういうことをやるとマクロンは水を得た魚と言おうか、元気にしゃべりまくって勢力を持ち直すようにも見えるが、、、市町村長はマクロンを「嫌悪」する「黄色いベスト」たちとは違うからなー。

だから国民が誰でも参加できる「全国大討論」というのも企画されていて、既にサイトで各人意見が言えるが、これがどういう風に終決できるのだろう?いかに政策に反映するか?成功すれば未来の政治モデルともなりかねない試みだが、討論が始まる前から企画責任者に任命された元スポーツ大臣への手当が高給(月180万円)すぎると非難され、早々辞退してしまった(笑)

10日にはカルロス・ゴーンが所得税を減らすため2012年以オランダ住民であったというニュースもあったなー。

本当に書ききれないほどの楽しいニュースの連続で、、、これがフランス暮らしやめられない理由かなぁ?(このハチャメチャさはダンマリの某国に比べて「自由」の証ともいえますからね。でもつかれるな〜)


**この種の大衆を見下した態度はマクロン自身にも昔からつきまとっていて、経済大臣の時に例えば「交渉する労働者のなかには文盲もいるから難しい」という内容の「大発言」をした。「それを言っちゃあおしまいだよ」と私は思ったが、「事実」だからなのか大したバッシングがなかった。それほど若い大臣には勢いがあったのかもしれない。


2019年1月8日火曜日

こいつぁ春から縁起がいい(かも)

「春から」と言っても1/5日、寒い中サンドニの展覧会 * に行くのに道を急いでいたらサッカーボールが転がって来た。そのボールが後ろ足の踵に触れたのだが、その足を前に出すとそれに吸い付いたようにボールが移動し、足の間に挟まったようになりもうワンステップ移動、第三ステップ後にボールを後ろにやったら、周りにいた(ディーラーらしき?)黒人のお兄さんたちが「すげ〜!!!」と大声で喝采。本人も全く意識していない、偶然がなした「オリジナルなマルセイユルーレット」だから「観衆?」はぶったまげただろう(勿論私も)。おそらく私の人生で路上サッカーで時間をつぶす若者たちに尊敬の念を抱かれるのはこれが最初で最後であることは100%絶対確実。かつてのサッカー少年、結構気分高揚しました(笑)

それから昨日、G君が注文したカレンダー**を取りに来て語るに、脳神経科医と精神科医と食事をしたのだが、結局「キチガイのアートというのはあるのか?」という彼の素朴な疑問は解決しなかったとか。それに対して私は「フランスだろうとドイツだろうと日本だろうと、キチガイの定義は異なっても精神病患者たちに絵を描かせると、人種、文化、教育によらず同じような(多くは偏執狂的な)作品を生まれる。だから『キチガイのアート』はある!」と断言。でも「気違い」でなくてもそういう絵を描けるだろうという反論に対し、「そういうのはpréméditation ***(予めの熟慮)がある。それがアーティストとキチガイの違い」といつもの私にはない明瞭な説明、G君は感心。私も自分ながら結構良いこと言ったと意外。

だから今年は足も頭も調子いいかも。

といいながら夏休みに始めたのだがあまりにも空気が悪いのでやめてしまったジョギング(参考記事)の代わりにはじめたアトリエ内での縄跳びでは、50回もすると足も頭も朦朧として来る。。。かついつもの大晦日のパーティーで朝寝・昼起きで、新年早々したことといえば「後始末」のみ。それ以降もその時間帯に染まり、早く寝ても昼まで寝るような体たらくで、、、だから以上はその中でキラっと輝いた唯二のことがらでした。

では皆様、今年も宜しく

大晦日以来アトリエはこんな感じに片付いています
12/28の最後の美術愛好家の訪問までは9月に描いた巨大ドローイングが飾ってあった


 
* サンドニのHCE画廊の展覧会は12/10に写真あり。と言っても見てもらえないので一枚再掲載


** 人気の少数限定絶版カレンダーはこのビデオをご覧あれ
*** この単語は「計画犯」なんていう場合の「計画」にあたります

それから旧ブログに7年前に書いた記事
アートのユートピア
これはアールリュットについてでしたが精神病患者のアートアールリュットはイコールではありませんが内包されるので。