2018年6月28日木曜日

フランス旅行での荷物預かり

最近続けて日本から知合いが来て、自分がパリの一般的観光情報に疎いことが赤裸々になった( とはいえ私しか知らないことも色々あるのだが、、、)、次の情報はフランス旅行をする人にとって役立つのではないかなー?

何かと言うと 「荷物預かり」

日本のようなコインロッカーが各地にある国から来るとフランスへ来て当惑してしまう旅行者が多いと思う。

今仏国鉄のサイト内のページで調べてみたら、コインロッカーがあるのは、パリのオーステリッツ駅、北駅、東駅、リヨン駅、モンパルナス駅、加えてディズニーランドのあるパリ近郊のマルヌ・ラ・バレ、それから大地方都市のリヨン、ストラスブルグ、マルセイユ、カンヌ、モンペリエ、トゥールーズ、ボルドー。リールとディジョンは手荷物預かり所があるらしいので、結局荷物を預けられるの駅は全国に15しかない(それもロッカーが空いているとしてのはなし)

では良い旅行を
私もずーっと困っていたのだが昨年 nanny bag という便利なサービスを見つけた。ホテルがアルバイト的に(?)泊まり客でない人の荷物を預かってくれるのだ。上のリンクのサイトであらかじめ予約する。コインロッカーでないので大きな荷物も大丈夫。但し受付時間がどこでも同じということはないので注意が必要。

これで宿泊予定でない途中の駅で降りても、町を手ぶらで観光することができる。今現在預り料は6ユーロ。

注意:国鉄の駅情報も「ナニー」も観光情報は変わるものなのでその都度確かめて下さいね。


補足:フランスではテロ対策のためコインロッカーが一時皆無になった。テロと言っても昨今のイスラム原理派の自爆テロ故ではなく、大昔、多分95年のアルジェリア内戦を背景にしたイスラム武装団が地下鉄にガスボンベを使って作った爆弾を仕掛けた連続テロ以来だと思う。私が来た83年当時にはまだあった。

ところで日本・ポーランド戦を先日見つけた大きな液晶スクリーンのあるカフェにわざわざ見に行ったらセネガル・コロンビア戦を中継、結局どこのバーも同じ。そりゃそうか、両国に比べたらここパリでは日本人なんか全然マイナーだし、ポーランドは決勝リーグ出られないのは決まっていたし、、、。かくしてこの投稿が生まれた(笑)

2018年6月26日火曜日

ワールドカップ 現代の叙事詩

こんなに天気がいいけれど Malgré ce beau temps...
 Il fait beau et chaud, c’est le climat idéal pour le dessin à l’eau de mer. Certainement vous pensez que je suis entrain de réaliser une nouvelle série de grand format. Mais non, je ne sais pas travailler à cause de la tendinite! Il s’agit de l’épaule et du bras gauche. Etant droitier, je peux dessiner, mais je ne sais pas manipuler de grandes feuilles de papier. Finalement je suis au chômage technique (sans allocation, bien sûr), je regarde le mondial…. 
Ne vous moquez pas de moi, il y a de beaux gestes auxquels je pourrais me référer plus tard☺  

Par ailleurs depuis le temps orageux avait fini, les cristaux sont revenu à mon Icare !

毎日良い天気で気温も上昇、海水ドローイングには絶好のコンディションになったので毎日大作を制作中で大忙しと思っていて下さる方もあるだろう(本当はそのはずだった、、、)が、完全に制作停止中。

というのは既に書いた「五十肩」(肩・腕の腱炎と診察されている)利き腕でない左側なのだが大きな紙をピンと張ったりするなどの操作が出来ず、色々な治療を試みたがいっこうに良くならない。作業どころか寝ると痛みでほぼ2時間毎に起きでしまい安眠できないので慢性的に睡眠不足。読書しだしても数ページでこっくりこっくり。おそらく全くの運動不足が原因の高血圧の対策に毎朝ジョギングをはじめたので余計疲れてか(?)午後からはメトロに乗っていてもブログを書こうと思っても睡魔に襲われ、試練の時なのだが、それを結構簡単に解決してくれるのがサッカーのワールドカップ!

とはいっても「スポーツチャンネル」との契約もないし、選手はみんな金持ちの「雇われ兵」に過ぎなくなったし、、、で殆ど見なくなってしまっていたのだが、今回はわざわざ大スクリーンのあるカフェにまで行ってまで観戦するなんていう事態になっていて、、、「エイゾウ、本当にサッカー好きなの?」と驚かれてしまったが、実は「嘗ての投稿」*が証明するように『本当です』。

今回は強い筈のチームが苦戦している。その試合終了間際にポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド、ドイツのクロースというチームの立役者が見事なゴールを決めると、私にはそれはほとんどイーリアッドの世界:つまりゼウスやアテーナが依怙贔屓でトロイの戦場の英雄の勝負に「ちょっかい」を出したように、神々がそっと風をそよがせボールの行方を左右したように思えてしまうのだけでど、私だけの妄想かな〜?(だって同じロナウドが違う試合ではよっぽど容易いPKを外すからねー) 日本の同点ゴールも同じほどみごとだった!

今年のフランスチームはベスト8に出られれば御の字という感じで、開会前は1998年の世界チャンピオン20周年の報道の方が目立っていたが、蓋を開けてみるとなんとか予選リーグ一位通過し、最近になって盛り上がりをみせつつある。いつものようにファン(民衆)は現金なもの(笑)


*嘗ての投稿、今読むと懐かしい♫

2009年11月 これがゲームというものさ(アンリの神の手)
2014年7月4日 サッカー vs サルコジ(欧州杯)

あれー、ジダン(ウィキ)の頭突きのことが出て来ない。書かなかったことなんてあるだろうか? 
2006年のワールドカップ決勝戦でイタリアのデファンス、マテラッチに頭突きを加えて退場になった。「売女の倅、彼女は死ね!」と言われたとか。その頃ジダンの母親は癌の疑いでマルセイユ病院に入院していたのだが、マテラッチがどうしてそれを知っていたか?本当に彼は知っていたのか??? 兎も角こうしてドラマチックにジダンは現役生活に幕を閉じた。**

同じく特集記事を読んでいたら、現代ダンスのコレグラファーのMathilde Monnier マチルド・モニエ(site)はジダンのプレーを以下の様に評したとある。訳すとややこしいけれど原文はシンプルで美しい。サッカーの記事だからって馬鹿にしちゃいけませんよということで引用させてもらいます:

 "Son talent est total et sa grâce, inexplicable pour un regard de danseur. L'égo disparait au profit du geste absolu, engagé. ça vient du coeur"

「彼にはまったきまでの才能とダンサーの眼からは説明のつかない優雅さがある。エゴはコミットされた絶対的なジェスチャーの利益の為に消滅する。それは(利己を排した)心から生まれる」

ところで前回書いたイカルス、塩の結晶が戻りました☺

** source : article d'Olivier Margo dans polka magazine #42
 後記:ジダンの頭突きは一般的には、例えばウィキペディアでも母親ではなく姉のことを罵言されたからとされています。私の参考にした記事は6月に発行された雑誌 polka にかつてのスポーツ専門紙エキップの編集長が書いた文章がソースで、説得力があるように思えるのですが、どうなんでしょうねー

2018年6月11日月曜日

イカルスの変遷 Evolution d'Icare

Mon dessin à l'eau de mer de l'Ile d'Ikaria*, "Chute d'Icare", exposé à Verrières le Buisson est revenu à mon atelier le vendredi dernier. On y voyait très clairement les cristaux du sel sur les deux taches d'encre noire. 
Mais hier j'ai découvert qu'ils étaient disparus !  
C'est vrai qu'il y a des orages depuis deux semaines, il y avait du brouillard hier matin. Pourtant les autres dessins ne bougent pas (sauf celui à l'eau de mer morte**). Donc la hypersensibilité de "Icare" est dû à sa structure spéciale : le papier japonais étant marouflé sur le toile, il y a des cristaux confinés entre les deux. Certainement cela attire et retient de l'humidité de l'air environnant. 
En fait, quand j'ai fait ce dessin en novembre 2017, il avait déjà montré une évolution spectaculaire au bout d'un mois. Maintenant je l'ai accroché sur le mur pour que je puisse observer le changement.

Note :  
 *Selon la légende,  Icare s'est tombé au large de cette ile. J'y suis jamais allé. Un ami m'a apporté de l'eau de là-bas.
 **http://eizoecrit.blogspot.com/2016/07/blog-post.html

イカルスが沖に落ちたと言われるギリシャのイカリア島の水で描いた「イカルスの失墜」、この作品は海水で濡らしたキャンバスの上に和紙を乗せて墨を垂らした。
作ったのは昨年の11月だが、一ケ月経つと墨滴の部分に白い結晶が大きく成長し、そのキラキラした状態で、3月に私は帰国中だったが郊外の「イカルス」のテーマの展覧会で展示してもらった。それから知合いが預かっていてくれて金曜日に戻って来た。
その時もキラキラ光っていたが昨日見たら真っ黒に戻った。
最近のパリ(というよりフランス全土)はほぼ毎日雷雨に見舞われ、昨日の朝は霧が立ち込めていた。つまり湿度がかなり高い。今までこんなに空気に反応するのは「死海の水」の専売特許だったのだが、、、。
考えられる原因はこの絵の構造。和紙とキャンバスの間にも結晶が散らばり微妙なマチエールを出しているのだが、そのサンドイッチ状態が吸湿効果抜群らしい。確かに絵を触るとしっとりとしている。

注意:普通の紙の上のドローイングでは死海以外ではこんなに敏感に反応しませんのでご心配なく(参考記事)


2017年11月の制作当時 (en novembre 2017)



12月から先週金曜まではこんな感じだった 
(photo prise en décembre 2017. Il reste ainsi jusqu'au vendredi dernier)
 







そしてこんなになった Et hier
 

今後どうなりますか。ちゃんと壁に掛けて観察します

注:イカリア島の水は友達が持って来てくれた。私は行ったことがない

2018年6月6日水曜日

セニョール・セラーノ

今日は前々回予告した、パリ公演はあっさり二回で終わってしまったバルセロナの劇団グループ、セニョール・セラーノ Agrupación Señor Serrano のことを書く。

パリ市の劇場からヨーロッパの若手の新しい動きを紹介する週間のプログラムが届き「15ユーロなら何か見てもいいけど、どんなものか下調べを」と幾つかのカンパニーのサイトを見だしたのだが、、、

彼らのグループ紹介がなかなか傑作だった。最初は「2006年にアレックス・セラーノによりバルセロナで創設され、、、」とまっくありきたりで始まったが、下の方にスクロールすると黄色の帯に「きっと貰うに相応しくない他の賞」と黒の太字タイトルで堂々と大きく書かれて、テクストには「2015年の貰うに相応しくないヴェニスの銀獅子賞の他にカンパニーは間違って幾つかの賞をもらっている」「色々なフェスティバルが連続して間違え続けで我々の仕事に賞を与え」などと、冗談か嫌味かわからない不思議な受賞歴を紹介している。「美術史上最強の少女」ではないが(参考投稿)、私これに釣られた〜♫

でも舞台の内容は冗談半分でない。私の見た最新作"Birdie"のテーマは移民問題! スペインは対岸北アフリカのモロッコ領に保有するメリリャ Melilla という飛地領を持っている(ウィキ)。そこには押し寄せる移民を阻止する為に立てられた国境の高さ6mの金網フェンスが存在し、そこによじ上りそこに座っているルポ写真 とヒッチコックの「鳥」のイメージをダブらせることが作品の土台となっている。今彼らのページを開くとそのクリップビデオ(予告編)が自動的に開始されるので(画面をクリックするとメニューに飛んでしまうのでそのままにして)それを見てもらうと舞台の様子がわかるだろうが:

舞台には左側にカメラを備えたデスクがあって雑誌 、写真、オブジェなどを2人の男性が操作しつつ撮影、それがバックのスクリーンに投影されて行く。それは時にはコンフェランスの資料説明のようであったり、 時にはアート的に、例えばゴルフボールに懐中電灯で照らして満ち欠けする天体の様に見せるとか。舞台の中心には動物、赤ちゃん、あるいはマスコットといった様々な模型の人形の行列するミニュチュアゴルフ場というインスタレーションがある。それもカメラで大写しされて行くが、模型の鳥をカメラの前にかざしつつその上を移動しながらあたかも自然科学映画の鳥の飛翔の如く見せたりと、潔く舞台で手のうちを全部暴露しながら披露するこのローテクが私には何とも言えない。

舞台の左側にもう一名、彼は舞台上構成されて行くイメージと、既に録画されているAVとを切り替えたりミックスしたりするDJがいる。

実際に舞台で写る画像は下のクリップビデオ(予告編)の様にバタバタしてなく、もっとテーマごとにじっくり物語られて行き、比べ物にならないほど素晴らしい。私がこの舞台で一番買ったのは繰り返しになるが、通常のビデオの利用とは違って、実際に目の前で行為される「手のうち暴露」のパーフォーマンス性の危機感あるいは緊張感。そして最後は舞台の人形たちは掃き清められてしまって、、、これはそれほど必要性があったのか疑問だが、毎晩この為に人形を並べ直すとはなかなかの勤勉さ:私ならそこまでしない(笑) 構成も緻密だし、なんかバルセロナの人とは思えない!(私の知っているバルセロナは90年代ですが、、、)
辛辣なところもある画像と歌謡曲のようなテーマミュージックのギャップもよかったなー

これはyoutubeにある予告編
 

ミニチュア人形の操作などが見えないと面白くないから小さなスペース用。煙霧を立ち込ませその中に画像投影し、自分が鳥になったような気分にさせられるところもあった。
もし何処かで見る機会があったらかぶりつき席でご覧下さい

Birdieという題はゴルフのバーディーと鳥のバードを掛けている。実際にゴルフ場の奥に移民阻止の金網フェンスがあるのだ。

Agrupación Señor Serrano

これが2014年に撮影された現実とは思えない実際のルポ写真



2018年6月3日日曜日

キーファーの新作展(もう終わってしまったけれど)

何が面白くて何が面白くないかというのは難しい。例えばアンゼルム・キーファー Anslem Kiefer(ウィキ)

80年代はじめて彼の巨大でダイナミックな絵を目にしたときは惹かれたが、暫くするとパースペクティブな構図と灰黒黄土の材質感で圧倒するいつもながらの手法に飽きが来た。そんな時に観た「大地の魔術師たち」***の鉛版に球を打ち付けて凹ませて幾層にも垂らしたインスタレーションは同展のテーマであった非ヨーロッパ諸国の土着な表現に呼応したパワフルなもので見直した。だがその後は金属、土、草木、建材、何でも使った工事現場か廃屋の様なメガロマニー的な作品に、神話やユダヤの神秘思想、ホロコースト等の解釈がくっつくようになって、無教養な私にはうさんくさと衒学的なところが鼻に付くようになった。2年ほど前のポンピドーの回顧展*も国立図書館**の大展覧会も見ていたのだが、そういう印象を新たにし、会場でブログ用にと写真は撮ったが結局「書く」気がしなかった(一応私のブログは写真より文が主体ですので)。

でも今回のパリの近郊パンタンに大きなスペースのあるThaddaeus Ropac 画廊の近作点は「文字通り」一皮むけていた。文字通りというのは絵の上に液体の鉛をぶっかけて、その縁をまさに「皮を剥く」ように曲げて張り出させてあるのだ。制作年を見ると1986-2017とか、新しめでも2015-2017とか記されていて、つまり昔の絵の上に鉛をかけた。こうして例のパースペクティブは壊され、ど真ん中に重くてかつ繊細な幻の木(あるいは気)のようなものが現れ、今までの作品のイメージが「何かが起きた後」の光景のようであったのに対し、それが「変容する光景」のような、つまり彼が興味を持つ魔術的、錬金術的なイメージがダイレクトに表現されるようになったと思う。剥がされた鉛の裏には鉛に剥がされた絵のマチエールの層がくっつき、その質感は「卵かけご飯」が「親子丼」に変わったぐらい豊かになった。明らかに鉛だけでなくいろんなものがかけられていて、表面をよく見ると六角状の結晶がピカピカと光っていたり、、、私が海水ドローイングで「塩が光ってるでしょう」なんて人に言っているのが一挙にふっとばされた感じでしたね〜。「本当に無茶苦茶やりやがって、悔しい!(笑)」

ところでこの展覧会はAndrea Emoに捧ぐとされていているのだが、エモさんはイタリアの哲学者で学会を避けた孤高の思想家だったらしい (1901-1983)。ウィキでもイタリア語しかなかった。「記憶以外には新しいものはない。新しいことは我々から生ずる。我々は未来である、もしそれを放棄できるなら」というエモの言葉にキーファーは旧作品の破壊のインスピレーションを受けたようだ。そして曰く

「私はかつてとは反対に怒りも絶望もなく、絵を地面に置き暑い鉛をそれに流した。失敗は完全に予測の中に含まれ、何れにせよ結果はあり、もはや絶望の理由はない。この破壊行為が計画ではなく激怒により生じたなら、鉛が異なる流れをしたなら、結果は違っただろうか?」

ちょっとこれ、私の創作態度と似てるところがあるような。だから今回は気に入ったのかなぁー。



絵も巨大だけど

Ropac画廊も巨大
剥け剥け具合がよくわかるでしょう


鉛の裏のハゲハゲ具合 詳細
キーファーの絵も結晶は写真では難しいけど




 * どんな感じだったかは写真が一杯のこの日本人アーティスト(面識なし)の方のブログでも
** 「本の錬金術(l’alchimie du livre)

後半のエモ、キーファーの言葉は次のページから:
http://agenda-pointcontemporain.com/11-02%E2%96%B731-05-anselm-kiefer-fur-andrea-emo-galerie-thaddaeus-ropac-paris-pantin/

***の関連投稿: 
現代「キャビネ ドゥ キュリオジテ」論 続あるいは序


右は2015年秋の国立図書館での展覧会で撮った写真。「本」もこんなに大きいから参るよね。彼は五十肩知らずだろう。。。