2024年2月14日水曜日

今更だがピカソのデッサン展は

私はピカソに泣かされたドラ・マールには大変お世話になっていて(参考)ピカソの片棒をかつげないのだが😅😅😅、ということは全くありませんが(笑)、、、正直言って最近のピカソへの風当たりは「彼はセクハラ、パワハラの親分だったのか?」と疑問をもたせるほど厳しい。

これかなり若い時の作品。やばいかしら?😅
基本的には、歴代の奥さん、彼女のほとんど全員を不幸に陥れ、かつ女性を凌辱している絵が多いと Me too の槍玉に上がっているが、超有名画家になったピカソの元には甘言で唆さなくとも「絵を見てアドバイスして欲しい」とかモデルになりたがる若い女の子がワンサかと訪れ、加えてその頃の、特にシュールリアリスト関係のアーティストたちは恋人を交換しあったり男女関係無茶苦茶なところがあるから、ピカソもそんなにご多分に漏れたことでもないと思うのだが。かつ問題される絵も半身半獣のミノトールがドラ・マールらしき女性を犯そうとしている絵とか、それこそこの手のものは神話主題の絵では一杯ではなかろうか?
 
前回書いたように私はボナールファンなので、先日ボナールがテーマだった番組を聞いた。その番組のゲストの研究家によると「ピカソがボナールを前近代的画家と貶したことで、ボナールはブルジョワ趣味の絵描きとのネガティブなレッテルが貼られ、戦後の美術界で何十年もの間見下されることになった」というのだ。つまりピカソは美術界を帝王の如く牛耳っていたということで、セクハラのみならずパワハラまでも!!! これが本当なら戦後美術界全体がかなりだらしないものだった気がする。私は実際にはこれもピカソがどうのというより、常に「過去の転覆」の連鎖の美術界全体の潮流だったからと思うのだが、、、。

加えてこの研究者によると、ボナールの後世への影響は大きく、彼曰く「ロスコをみればわかるだろう。彼は参考にした画家について多くは語っていないが、最晩年のボナール、特に太陽のように輝く海の黄色が印象的な”Le Golfe de Saint-Tropez”(「サントロペの湾) がなければ、彼の絵は違ったものになっていただろう」。ボナール好きの私、喜んでいいような悪いような。あまりにも断定的で、例としても私は「この一枚が?」写真 と驚く。色彩のみならず、見る人を誘う内・外のある平面的空間構成(もちろんドガやマチスから踏襲されている)が一層重要ではないかと思うのだが。ま、私がオルセー美術館の博識なる学芸研究員に楯突いても仕方ないけど(笑)

それはさておき、最終間際に行ったのでブログに掲載しなかった先月15日までポンピドーセンターで開催されたピカソのデッサン展はこういう逆風を跳ね返してしまうほどすさまじくパワフルだった。片棒担ぎついでにそれをごく簡単に振り返ると:
 
デッサンに関係した絵、版画、彫刻、映像も
 
美術展の題も「ピカソ、無限にデッサン Picasso, dessiner à l'infini」で、なんと1000点ほどの作品が、右の見取り図のように展示室に仕切られず、星座の如く、テーマあるいは技法ごとに作品が配置されていた。実際様々な潮流をサーフしたピカソの作品の幅の広さはもちろんのことだが、なんでも試みてみるピカソ、すでにしたことを後でリテークしたり、描いては壊し、つぶしては描き、「よくやったなー」と感嘆するしかない。その時代時代で仕切られない奔放さがあるのがこの展示順序なき展示方式になったのだろう。子供にピカソの絵を見せると即触発されて突然絵を描きだすことがままあるものだが(実際私もそうだった)、少年時代が遥か彼方となった老人の私の子供心をも再び呼び覚ますパワーを持っていた。その1番の理由は「何やってもいいんじゃないの」と思わせる自由さだろう。

ところで私みたいなぐーたらアーティストでも「いろいろよく作るね?」と「普通人」が言われることがあるが、思うに、誰でも半日も何も食べなかったら、餓死するとは思わなくても、腹が減ったから飯でも食うかとなる。「我々」の場合、絵を描くのもそんなようなもの。痩せの私は普通1日ほったらかしても全然大丈夫だがしばらく経つとそろそろ描くかという気になる。ピカソ自身は超大食漢、描いたり描いたり!!! 
 
とはいえ、、、
 
若き天才とはいえど研究は欠かしません
 
主題のギターは当然だが細かい柵の模様まで拘っている
 
時代は変われど研究研究。
 
マンガになっても研究研究
 
こんな変な「点々結び」も研究したこともある。ちょっとミロ風?

天才ピカソ、研究せずにスラリと描いている印象強いですけどね

一筆描きもうまいもの。やっぱり空間感覚?
 
と思ったら天才ピカソも結構練習してる

 
発展させてこんなこともしてしまう(写真Gjon Mili)

と思うとかたやこの偏執狂ぶり。アール・ブリュットに近くないですか

 
こんな楽しそうな女性もいましたけど。。。
 
 
沢山のスケッチ帳もあって、スライドショウで中も見れた。
下は若い頃のスケッチ帳:
 
私の「趣味のスケッチ」のようなたわいのもあった(笑)

バルセロの水彩画集もピカソがお手本か?
 
 
インスタでは一枚一枚にコメントできないので、結局少しだけの掲載でしたがご参考に。「点々結び」の研究の発展した裸婦もあります

 

 

「今更ピカソ」と思って終幕間近までいかなかったこの展覧会だったが、私にとって極めて強力かつ即効の制作意欲促進剤だった。 それ以来なかなか自分でもよくやっている:童心の戻って、コヴィッド で配られた布マスクを使った人形とか、いつもよりアホなことばっかり(笑) 例えば(他にもインスタで前後掲載してますのでご覧ください)

 

 

実際は私はピカソに幼少期より感化はされているが大ファンでもなく、ピカソマンガは本当に人の心に触れるのか疑問を持っている:例えばゲルニカの誇張された動物や人の叫びよりゴヤのナポレオン軍が処刑されようとするスペイン人の表情の方がよほど心打つと感じる:私はボナールよりもっと前近代でしょうかね? 実際ピカソは「ボナールは前近代画家で、自然に従い超克できていない」と批判したのだが、「全然それでOK、褒め言葉じゃない?」という感じがしますけど

 

最後にドラマールの後釜、ピカソを捨てて最後まで元気に生きた「フランソワーズ・ジローの肖像」ただし作者はピカソでなくピカゾウです 😄

"Portrait de Françoise Gilot" non pas fait par Picasso mais par Picaso

このフランソワーズがポスターでした

 

こちらはお世話になった「ドラ・マールの家」からのニュースです

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