2026年3月25日水曜日

地獄で思う (雲仙、キリスタン、織部、からゆきさん)

(あーやっと書き終えた。1ヶ月に1本は最低限。でも話は2月のことです😅)
 
私の「戻る」は双方向性なことを前回書いたが、個展も終えてやっとほっとし、かつ飛行機会社の特典が2月末で切れるということがあって急遽旅行に「行った」。
 
旅先で人と話すと「どちらからですか?」という質問は避けて通れない。
私はどこからきたのか?「遠くからです」とお茶を濁したくなるがどうも無作法に思う。「京都からです」というと無難かつ正しくはあるが「新参京都人」は京都のことについてきかれると心許ない。生まれ育った愛知県かなー? 結局43年もフランスにいるのだから「フランスから来ました」と答えるのが正当なのであろうが私には期待されるべき「おフランス」もオーラないし、人生遍歴を吐露するのも苦手で、かつそんな大した人生でもなし、、、と悩むほどのことでもないのだがなかなか面倒に思う。
かつ「フランスではどんなですか?」なんて話を振られると正直「どうなのかな〜?」あまりにも知らないことが多すぎて自分自身呆気に取られるほど。そこで突然「タコの話ししませんか?」だと怪し過ぎ(笑)🐙😅

それでどこへ行ったかというと目的地は雲仙地獄。ブツブツ吹き出す地球の息吹が大好きで。フランスでは味わえませんから。
 
悪天でバスは霧の中、バス停から前にぼんやり見えた宿に直行してその廊下を歩きながら鼻がピリピリ、咳き込みゴホンゴホン、このホテル危ないんじゃないかと心配になるほど臭い。眼、耳、頭脳、なにをとっても最近覚束なくなっているのだが実は何故か嗅覚だけ敏感になっていて、日本の街では消毒材の匂いが文字通り「鼻に触る」ことがしばしばなのだが、泊まったホテル内だけでなく町中危ないところが多く(風向きによって変わる)、そして私自身は温泉に入りすぎた結果、自分で自分が臭くなった。帰路、島原駅に降り立った時に駅のおばさんに「わかりますよ、硫黄臭いですから」と言わたほどだが、熊本行きのフェリーに乗ったらもっと臭う。結局温泉に行った全員が発臭源となりその香が漂い続けているのだろう。まあ臭い代わりに肌はスベスベしている気がする☺️
 
島原の町は背後に火山が迫り海があって私の南太平洋への夢想をそそるものがあった(行ったことないから😄)そして町の真ん中には白い外観の美しい城(1964年に再建された「新築」)が立つ。雨でとりあえず入ったこの城中、有馬氏の南蛮貿易時代から隠れキリシタン、島原の乱などにまつわる陶器、彫刻、絵画を含めた史料が展示されておりなかなか興味深かった。
私としてのびっくりの発見は、郷里の愛知に近い美濃で生まれ信長・秀吉に仕え利休の後継者となったとも言える織部焼で有名な古田織部の作った写真のような南蛮風の燭台。織部は秀吉の九州征伐+朝鮮出征の供をして九州まで来ており、朝鮮から連れて来られた陶工(秀吉の前の倭寇時代から)が伝えた技術で栄える唐津焼の技術を織部は美濃に伝えたのが織部焼として結実したらしい。かつ織部好みの灯籠というのがあってこれは土に埋もれる部分に十字架が隠されている! う〜む、この時代の茶の文化を中心にしたルネッサンスを思わせる文化の開花と古田織部は私には謎の多いテーマで勉強要。
 
ところでルネッサンスといえばボッティチェリでもボッシュでも絵画的にいえば天国より地獄の方がドラマチックでアクション満載でずっと楽しめるからここでも私は地獄ファンなのだが、現実となると想像するだけで身の毛もよだつ。実際宗教戦争下のヨーロッパの現実は地獄の光景遠からずだっただろうが、雲仙地獄では現実に踏み絵を拒否した島原のキリシタンは拷問の末あのグツグツした地獄に落とされた!
私なら躊躇なく踏み絵を踏むし、拷問されればあることないこと言ってしまう(そんなことウッディ・アレンが映画多分アニー・ホールで言っていて昔大笑いした覚えがあるが本当です)。信仰なき私には全くわからない。同様に拷問する方の精神もわからない。屈辱を与えて優越感を得る輩がいることが全く恥ずかしい。
そういうことは一生無縁だろうと思っていたが「スパイ法」なんてものができたらわたしも質の悪い下級憲兵に糾問されるかもしれない。 明日貴方の住む町が戦場になっていたら誰もがそれを受け入れるのだろうか(それに慣れてしまうのだろうか)? そうならない前に専制、戦争への歯車に小石でも砂利でも投げ込んで動きを妨げるしかない。
 
宣教師がヨーロッパに惨状を伝えるために作った版画

マリア観音

 
話は変わり、下の写真の灯台のような八角形の塔は最上階には天竺の如来像が安置されているという「天女塔」。1990年に建立されたが資金の多くは東南アジアの「からゆきさん」の浄財によっており、塔を囲む石柱などには彼女らの名前と寄付額が刻まれている詳細こちらを参考に) 
 
天草四郎で有名な島原の乱も元々は百姓一揆。貧農地区の島原の歴史はかわいそうすぎる。だから一人の人間として認めてくれたキリスト教を信じ殉教できたのかもしれない。
 



最近戻ってきたパリ、私には不気味なほど静かな感じがしていて、何やら不安を感じる今日この頃。 ただの春の和らぎならいいのだけど。
 
ところで文化人武将として幸せに生きたように思われる古田織部、関ヶ原では東軍についたものの後家康に嫌疑を持たれ切腹させられました。。。
 

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