2017年12月30日土曜日

エイゾウ改め 猿方英郎

町・村興しの野外インスタレーションをしなくなってから方々に書類を送ることはしなくなったが、先日フランス中央部の町の美術館でのレジデンス+個展の公募があって、これが不思議なことに書類提出は郵送でとのことだった。現代では提案、予算、作品集など大抵一つのpdfファイルにしてメールで送るのが99.9%。「郵送のみだと意外に競争率低いかも」何て思い、それにその町が、私がこよなく愛する地平のみが広がり、普通の人には何もないオブラック地方 * に近い所だったので応募してみた。

その返事が来まして、、、勿論ダメだったのだが、返信封筒の宛名が写真のごとく、住所、氏名、間違えだらけ。おいおい、これって中のプリントされた書類を見たらあり得ない。どうみても私のミミズの這ったような字で書かれた封筒の住所を見て書いたとしか思えない。中もまっさらで検討どころかページを開いたような感じも受けないし、、、つまり私が確信するところでは、私の書類は往信した封筒から返信封筒にそのまま移動した。おそらく公募でも入選者は既にほぼ決まっていたのだろう。メールで書類を受付ないどころかおそらく決定機構も旧態依然。こういうのってやめてほしいな〜。メールだと「旧態依然」の事実をすっかり隠せるのに(笑)

はい、以上今年最後の厄払いの為に。

では良い大晦日、お正月を。


* オブラックに関する過去の投稿 
あこがれのオブラック 
オブラックの宵 
Aubrac in my mind - 2 
我が心のオブラック


 

2017年12月25日月曜日

真っ赤なお鼻の、、、

この季節になると流れてくるクリスマスソングの大多数がアメリカに移民したユダヤ人によって書かれたと言うことをご存知だろうか?

今の様にアメリカ社会に順応していなかった20世紀初期のユダヤ移民はキリスト教の祭であるクリスマスは祝わず、クリスマスイブはもてあまし、同じくクリスマスに関しない中国人移民のレストランへ家族で食べに行くというのが一つのパターンだったらしい(ちょっと私みたい*(笑))。
そうしたユダヤ人家族で育った作曲家の書いたクリスマスソングは、キリスト生誕などの宗教性テーマはなく、一歩距離を置いて冬の叙情やクリスマスの雰囲気を描写した。かつ米国の歌謡曲界で既に活躍していたユダヤ人ミュージシャン達は流石に商売上手、そのマーケットの巨大さに眼をつけてクリスマス用のポピュラーソングなる領域を作り上げた。(以上文化放送アルテのTV番組**からの受け売り☺)

数ある中で私が一番好きなのは「真っ赤なお鼻のトナカイさんはいつも皆の笑い者、、、♫」なのだが、この「赤鼻トナカイ」の生みの親はロバート・メイ Robert May (wiki)という人で、広報デザイナーとして勤めていた百貨店チェーンがプレゼントする色塗り絵本のためにルドルフというトナカイの話を創作した。これは1939年のことで、曲が出来るのはずっとあとの1949年、義理兄弟のクリスマスソングの専門家と言われるジョニー・マークス Johnny Marks(ウィキ)が作詞作曲した。

アルテのTV番組で語る某ユダヤ人によると、この話は作家自身の幼年期の経験に根ざしており、「鼻」を馬鹿にされるルドルフは他の子供から差別を受けたユダヤ人の子供の姿に他ならず、その鼻を変える、つまり他に合せて迎合するのではなく、彼自身本来の姿で受け入れ評価されることになるという、ユダヤ人としては涙なしでは語れない内容であるというのだ。

いやー、おそれいったなー。楽しい曲だと思っていたけれど。ひょっとしたら私がこの歌が好きなのも、自分の出来の悪かった幼年期に鑑み、知らずとそう言うメッセージを受け取っていたのかもしれないと感じる次第。

ところで先日亡くなった前回取り上げたジョニー・アリディ、CD、DVDが60万部も売れてクリスマス商戦ダントツだそうで〜。本離れ、CD離れのご時世だが、やっぱり当たり障りないプレゼントの定番。私などうんざりする大消費イベントのクリスマスだが、それなりに出版などの文化産業を支えているのかもしれない。兎に角マーケットが巨大ですからねー、来年までになんか考えよう(笑)


* 注:異邦人坂田英三のクリスマスの悲哀に関しての参考投稿:
2013年12月28日 メリークリスマス、ミスターエイゾウ
2012年12月15日 オペラ座のクリスマスイヴ

** Hits de Noël Les succès musicaux des immigrants juifs ( Larry Weinstein,2017)

2017年12月8日金曜日

ジョニー・アリディの場合

「国際的資本主義で起きていることは、不定住民たち(私もその一員であったし、そう言う生活を経験したのだが)、彼らはもはや責任がないと考えている。株主に対する責任はあるが財政面、まさに利益蓄積だけでの責任で、つまり隣人に、彼らの住んでいる社会に対する責任、環境の、正義に関する責任など、完全な意味での責任は担わない(…)
もし経済的社会的政治的エリートが彼らの現在の自由と彼らの責任の分担を両立させないとしたら、その場合は望む望まないにかかわらず彼らはその自由を失うだろう」*

以上はマクロンの大統領になる直前5/5のインタビューでの発言。結局私が前回「グローバル社会のお金持ちは『どこでも一番資産の増やせるところに移動すればよい、つまり自分たちは医療も教育も何でも自力で解決できるから公共サービスなどどうなってもいい』と思っている」と書いたが、ほぼ同じようなことを経済エリートで大銀行に勤めていたマクロン君が断言してくれている訳で、私の憶測も全くの妄想ではなかった。。。

最後の2行は「資本主義が崩壊する」ということなのか、私の政治ではそうは行かないと言うことなのか? 今のところ政策としては制約を作るどころか緩める方向だけ。お金持ちの社会責任に目覚めさせるのは私も同意するところだが、、、。

ところで一昨日の6日に、60年代の仏版ロックンロールのアイドル(その頃はシルヴィ・ヴァルタンと結婚していた)で、最近までコンサートでスタジアムなどを満員にできる人気歌手のジョニー・アリディ(ウィキ)が亡くなって、驚くほど民衆の心が揺るがされている(少なくともそのように報道されている)。そのため明日は霊柩車がシャンゼリゼからコンコルド広場を経てマドレーヌ寺院に到り、マクロンも同教会前で演説すると言う国家的葬儀顔負けのイベントが「大衆的哀悼」(hommage populaire)なる名で行われる。

こんな「大事件」だったのだが、私のフェースブックの掲示板には一切出て来なかった。唯一はその前日亡くなった仏アカデミー会員作家で楽しい語り口でこれも「人気」のあったのオルメソン Jean d’Ormesson が「ジョニー・アリディと同じ日には死にたくない。私のことを誰も話さないだろうから」と言ったいう本当か嘘がわからない逸話のみ(予言通りでかなり影が薄くなったが今日国家的哀悼式が行われた)。
おそらく私が共有していないネット上では政府に国民の「一般的意思」としてくみ上げられるほど「ジョニーへの哀悼」が殺到していたのだろう。異邦人でマージナルな存在とはいえ、ちょっとこれで良いのだろうかとネットが提供してくれる「閉鎖空間」に心配せざるえなくなる。ちゃんとオルメソンも先月亡くなった大女優ダニエル・ダリュー(ウィキ)も幾つものfbの投稿に登場したのに、、、。

つまりそれほどに、私はジョニー・アリディとは関わりがないのだが、話を元に戻すと、彼も「不定住民」で、スイス、それからカリフォルニアと現住所を替え**、税金逃れ(?)かどうかは知らないが、フランスに所得税を払わない人なのだ。それはフランス国民皆が知っている筈なのにこの人気だから、私の持論「スポーツとしての釣り」ならぬ「スポーツとしての資本主義のススメ」が変えたいとする「税金を払うのは阿呆だ」という意識がいかに一般に浸透しているかがよくわかる。「あくまでも合法的」なパラダイスペーパーで「私だって金持ちだったらそうする」なんてコメントする倫理なき貧乏人もいると書いたが、そんな貧乏人が圧倒的多数かと一層悲観するのみ。

その85年のコンサート、ネットにありました
ところでそのジョニーさん、私は一度ライブで聞いたことがある。特集記事で知ったのだが、それは1985年9月15日のこと。友達に誘われて行った共産党のお祭りのFête de l'Humanitéで、ステージに上がったアーティストの中で段違いに歌唱力があったので覚えている。サルコジを支持したほどの「右翼の筈なのにどうして?」と後になって思っていたのだが、「反抗する若者」の代表時代の1966年に同党の「お祭り」に来る筈だったのが自殺未遂して来れなくなり19年目の罪償い(?)だったらしい。私は運がよかった(笑)

偶然と言えば、先週ラファエル某という現代アーティストに出会ったのだが、彼はマドレーヌ寺院のクリスマス用のキリスト生誕記念の飾り付け(クレッシュCrèche と呼ばれる群像模型)を準備していて、今週末に開幕されるという話だったのだが、それが明日の葬儀の会場となる。これはラファエル君にとっての千載一遇のチャンスになるだろうか???

ジョニー・アリディは自分で曲も少しは書いたが、基本は歌唱力抜群の絶唱型の歌手。若い人気ミュージシャンに曲を書かせたのも寿命の長い芸歴の秘訣で、それがつまりは今回の国民的衝撃に繋がったらしい。私は曲名を聞いて1曲しか思い出せる歌はなかったのだけれど。


 * 引用原文 « Ce qui s’est passé dans le capitalisme international, c’est que les nomades — j’en ai fait partie, j’ai connu cette vie — considèrent qu’ils n’ont plus de responsabilité ; ils ont une responsabilité vis-à-vis de leurs actionnaires, mais elle est purement financière, accumulative (sic) justement, ils n’ont plus une responsabilité au sens plein du terme, c’est-à-dire vis-à-vis de leurs voisins, de la société dans laquelle ils vivent — responsabilité qui est environnementale, qui est en termes de justice… Si les élites économiques, sociales, politiques, ne réconcilient pas leur liberté actuelle avec leur part de responsabilité, alors elles perdront cette liberté, qu’elles le veuillent ou non. »

 ** あくまでも彼は仏国内の超有名人でカリフォルニアでは知られていないから気楽だったには違いないが。国内での葬儀の後は本人の希望によりカリブ海の仏l領サンバルテルミー島に埋葬されるそうです

2017年12月3日日曜日

アブナい私の秋

もう12月になってしまった。今年の秋はアブナかったな〜。
いつも10月はフランスも「芸術の秋」、パリではfiacという大現代アートフェアなどがあって賑わう(参考:2011年の旧ブログの投稿)のだが、私はツンボ桟敷に置かれるので不調になる(一種の嫉妬?:笑)。

今年は同時期に丁度マクロンの大資産に対する税改正法案があって、「資産と言えど株式などは経済に投資しているので免除し不動産だけにする」という論理だったのだが、自家用ジェットや豪華ヨットはどうなんだという批判に対し、ヨットは長さ何メートル以上はダメとかの改正案があり、、、、でも結局パラダイスペーパーが教えるところではお金持ちはジェットもヨットも既に「対策済み」だったから(11/20投稿)、本当にあの議論は何だったのだろう?

美術品はどうかと言うとこれは従来から特別扱いで資産から除外される。売買も所得税控除の対象になる。fiac特番でラジオのインタビューに出て来た美術館の館長だったか誰かさん(古い話で確定できず)は「美術品から税を取れば収集家は外国の画廊で買うだけだから意味はない」と「税金を高くしたら金持ちは外国に出るだけ」という「グローバル世界の合意」と同じ論理を引き出し、「存命作家の作品を買うことは美術振興のメセナ行為だから」と結構なことばかりを並べていたが、現代美術フェアで話題になる作品の値段を考えるとそれらが投機の対象でしかないことは明らか。先述の「外国で買う」という論理はまさにその証拠で、私は美術家ながら賛成できない。どこからが投機になるかと言い出すと豪華ヨットの長さと同じような話になりそうだが、何か方法ありますよ。

そもそも今までの「個人資産税」は正確には「資産に関する連帯税 impôt de solidarité sur la fortune (ISF) 」* という立派な名前だった(「連帯」が何を意味するかは知らないが)。それが改正されて「連帯」がなくなり、「不動産資産に関する税 IFI」と呼ばれる代物となってしまった。そもそもグローバル社会のお金持ちの論理は「どこでも一番資産の増やせるところに移動すればよい」、つまり自分たちは医療も教育も何でも自力で解決できるから公共サービスなどどうなってもいいと思っているとしか思えない。でもねー、なんだかんだと言って生まれてこの方育った社会の恩恵に被っていないことはないと思うのですがねー。自分たちは「幸福な星の下に生まれた」と自覚して(世界を見回せばそう思わざる得ないと思うのだが)「連帯意識」持ってほしいなー 。

それから11月は誕生月で、また無駄に歳だけ重ねたと気が滅入り、、、。
そんな時にデッサンが売れて、作品を届けに行ったら「歴代の大コレクター」でお宅は美術館みたいだった。ピカピカの現代美術もわんさとあって、何故エイゾーの作品が入れてもらえたか不思議。 こういうコレクションを見ると毎年美術資産に課税があるとフランスでは悲鳴を上げる「名家」の方が大勢いるのは容易に察せられる。美術投機を念頭に入れるとやっぱり所得税で還元してもらうのが筋ではないかと私は思うのだが。

現金なものでこれでちょっと元気回復したのだが、財布が少し暖かくなったのにアトリエはどんどん寒くなるばかり、かつ日照時間も短いでしょ、「仕事の時間」をミスってはだらけきっていて、お天道様に申し訳ない、と言いたいところだが天気も悪くてお天道様を滅多に見ることもない。

はい、ではここで珍しい晴天の朝に作った私のフランス語俳句(ショートポエム)を:

Le matin
regardant en l'air frais
Mes yeux sombres
deviennent les soleils bleus


 (直訳)
 朝
冷たい空を見上げ
暗い私の瞳は
青い太陽となる


* 注:例えばフランス語ウィキではこの税は他国ではあまりないフランス特有のものでイデオロギー的としばしばされるとあったが、このへん私は全く知識なし。ご存知の方はコメントでもして下さい。資産というのは「評価」の問題もあるので素人の私にもプロブレマティックな感じはします(美術品なんか特に)。

2017年11月29日水曜日

税務の曲芸

「パラダイスペーパー」のテーマ作品、前回書いたようにやる気満々だったのだが、これというアイデアが出て来ず久しぶりに相当悩んだ。最近のドローイング作品はアイデアなしで描き始めるほぼ「即興」なのでその悪い癖が付いたかも?
一応自分で月末を締め切りとしたのでまた悩み直し、できたのがこれ。


 作品は写真も撮らずに送ってしまったが、 税法の目をかいくぐるのはブスブス刀を刺された箱からニコニコして出てくる「曲芸師」のような仕業と、サーカスの写真を見ては色々描いたみたのだが、「何これ!」というほど曲芸師の柔軟な身体の不気味な不思議さが出て来ない。「ピカソは上手いこと描いていたよなー」と思い出してサイトで見たら脱帽。これには適わぬし、「曲芸師」を描くことが目的でもないのであっさり頂戴し、下手に似顔絵描いて誰か分からないのもいただけないのでアルノー氏もサイトからこれも写真で頂戴*し、いとも簡単にできあがり。でもピカソの有名な言の如く「それまでの何十時間もの思索がありましてー」。考えたから良いってものではないが、自分としては結構満足。

「天才」と称されるピカソ、私は意外に頭でっかち(戦略的)と思うので褒めないことが多いのだが、次の「アクロバット」とか「ミノトール」とかのグラフィズムではまさに天賦の感性がほとばしり目を見張らせる。



 以上順に1930年、28年の作品だが、今パリのピカソ美術館ではその直後の「ピカソ 1932年 エロチックな年」という特別展を開催中。あまりにもタイトルが酷い(観客を馬鹿にしている?)が、考えを改め参拝してみようかなー。(2月11日までだから超余裕)

話を元に戻すと、こんなに税金を免除できるという「曲芸」も良いんですよ、法の不備を指摘して「エライエライ、拍手!」しますので、アルノーさん、やっぱり地位に見合った社会貢献してくださいな。

以上作品説明をしてしまったが、これは事情を知らぬ日本人向け。展覧会(南仏ヴァール県のロルグ Lorgues という田舎町にて)では「無題」で、各人の解釈にまかせます。 →画廊サイト


注*:実は写真を拝借した「笑顔のアルノー氏」はマクロンと握手しているところでした〜

2017年11月20日月曜日

悲しきパラダイス

前回防衛大臣の給料の話で我田引水的に私の持論「スポーツとしての資本主義のススメ」を持ち出したのだが、その直後にパラダイスペーパーが発表されたて「何これ!」。だって私の「ススメ」とまったく正反対のことをお金持ちが精を出して行っているのだから。(私の「逆転の思想」の逆だからまっとうなのだけど、、、)

昨年のパナマペーパが収入隠しの「犯罪」だったのに対し、今回の「パラダイス文書」は法の不備をつく「ウラワザ」。だから「合法的」で後ろ指をさせない(のかなぁ?):誹謗として訴えられる可能性があるのだろう、ニュースの解説なんか何度も「あくまでも合法的」と「おことわり」が入り、何とも滑稽で、、、(悲)。

にもかかわらず気分を害するお金持ちは当然いて(?:そう言う意味では人間性がまだある?)、我がブログでお馴染み、フランス一の資産家のベルナール・アルノー(Bernard Arnault)氏**は、豪華ヨットを税金の安いマルタの会社の所有として自分はレンタルしているという手口など、コンサルタント会社を通して資産を6カ所もの「パラダイス」に布石していると「紹介された」のだが、その為にアルノー氏率いるLVMHルイヴィトングループは「年末までルモンド紙の宣伝を切ることにした」と某紙にすっぱぬかれた。ルモンド紙は「パナマ」「パラダイス」の膨大な機密流出情報を調査するメンバーの一員なのである。
でもLVMHはその後「従来紙の記事削減は長期展望による決定で某紙の勝手な解釈」でしかなく、「ちゃんとルモンド紙上の宣伝は続いています」とのこと。だからあくまで「?」です(笑)。

こんな具合で、友達が「パラダイスペーパー」をテーマに展覧会をするから何か作れと言って来たときはやる気満々だったのだが、こういうふうに「憤懣」というか、言いたいことがはっきりしていること*って文章で十分で「美術作品」にならないんだよなーと朝から悩み、結局今日はブログで終わり。


*言いたいことは勿論「お金持ちの倫理高揚」施策。でもブログを書く為にネットで記事を見ていたら「私だって金持ちだったらそうする」なんてコメントする倫理なき貧乏人もいて悲しい限り。
 この「合法的行為」の仕方は参考にこのルモンドの記事をご参考に。下の方にイラストもあるのでフランス語読めなくても大体分かる(私は読めても大体しかわからないが)。掲載写真も同記事より。

しかし先月のマクロンの「大資産税」改正で豪華ヨットがどうのこうのと言っていたがあれは何だったのだろう??? これはまた気が滅入るので次の機会に


**アルノー氏が登場する既掲載記事
2015年5月23日土曜日 身も心も 
2016年4月11日月曜日 I ♥ Bernard

 

2017年11月5日日曜日

給料は5分の1!

マクロン大統領下の防衛大臣は5月に Sylvie Goulard 女史を任命されたが、加入する中道政党 Modem の不正雇用の疑惑が起こり即辞任。
まだ半年なのに記憶の外に遠ざかってしまったように思えるが、マクロンが当選したのはそもそも右派共和党のフィヨンが奥さん子供を「架空雇用」していたことが、新聞の暴露され、法的「取り調べ」までに至ったのにもかかわらず候補を下げず、特攻隊的に選挙に猛進したからだった(参考投稿)。だからマクロンにとって「政治道徳の回復」が最初のモットーで、防衛大臣だけでなく法務大臣になったModem党首のフランソワ・バイユーも就任1ケ月で辞任したのであった。

その後を受けて6月に新たな防衛大臣になったのはまたまた女性:Florence Parly。シルヴィーさんは外務畑出身らしかったが、フロランスさんは財務のプロで、エアフランスそして仏国鉄という赤字に悩む国営企業の経営再建に当たっていた人だったのでかなり異色の抜擢だった。

マクロンは「政治界一新」の旗印の下、経済界から大臣を多く募ったので、お金・利害関係が「うさんくさい」ことは避けられないのだが、最近の新しいスキャンダル(といっても「話題」程度で今のところおさまっているが):フロランス・パルリが大臣に就任するまでの今年度6ケ月の仏国鉄での収入が315 418€(つまり月当たりにすると約680万円)で、2016年度の年間収入が365 561€だったの対し異常だというのである。それに加え2014年に仏国鉄総裁に任命されてエアフランスを辞任した時の退職見舞いが675000€(税込)というのもあがってきて、、、。先に書いたように「両方とも職員には緊縮を強いる赤字企業ですからね〜」

だが実は豈図らんや、私がこの話題を、1ケ月のブログの休みをブレークして紹介するのは、フロランス・パルリの「高所得」を非難するためではない。
フランスの大臣の月給は現在9 940€(約130万円。といっても手当などの優遇処置があるから複雑だが)。フロランスさんの就任前の6ケ月間の収入を月割りにすると約680万円、つまり5分の1以上の減給を受け入れても大臣になったという事実ゆえ! つまり高額所得者にとっても「金」だけがすべてではない(それだけが評価レベルではない)のではという一縷の希望が私に芽生え、、、。
 
というのは私が度々引き合いに出す持論「スポーツとしての資本主義」* のススメは、ふつう「高額所者の課税を増やすと海外に逃げるだけだから」と一蹴されるのだが、事実がそうでも(参考投稿)そんな嘆かわしい論理がまかり通ってはいけないのだ。そういうことをする金持ちは世界中の侮蔑の対象になるべき。「経済人としてのもっと高いモラルがあるでしょ、それをもっと高揚せねば」というのが私の唱えるところなのだ。
だからフロランス・パルリのこの例、「醜聞」にするより、「超減給に甘んじても国・社会への貢献を選んだ行為として褒めるべき」だと思うのです。(この逆転の発想、分かってくれる人いるかなぁー? 勿論これは人の何十倍、何百倍もの収入を是としない私の主張と矛盾するものでは全くありません)

この記事を書く為に写真を探したら彼女、54歳なのにいやにカワイいですね〜。でもそれには私の意見はまったく影響されていませんよ(笑)、だってアップの写真なんか今まで見たことなかったから。(しかしこれも女性蔑視発言になるのかなァ…)

ところで彼女の収入はスキャンダルと言っても「暴露」というより、オランド政権でのカユザック経済大臣の隠し口座スキャンダル(参考投稿)があったので「政治の透明性」を高めるため大臣は資産を報告せねばならなくなった結果で、健全な兆候とも言えます。
それから経済界といっても彼女の場合は生え抜きエリート育成の「国立行政学院」出身で、経営者というより高級官僚と言った方がよいでしょうから、その分モラルが高くないと困りますけどね。 かつ社会党(今でも?)だし、、、(苦笑)。


* 注:「スポーツとしての釣り」が捕った魚を測ってから河、海に返すように、儲けたお金は評価・表彰した後に社会に還元してもらう。
テーマとしてこちらもご参考に: 2013年10月7日100歳の税金