2013年3月29日金曜日

意外や意外のダリ展

ポンピドー・センターのダリ展は11月からずーっと凄い人気で連日長蛇の列、観れずじまいで最後の週になった先週末、土曜日の夜に劇を見た後「観れなければ観れなくてもかまわないのだけど、どーしようかなー」と友達Aさんに言ったら、意外に「見る価値あり」と言う。だからそのまま別れてセンターに向かい、10時に着いたが、まだ大変な人が寒中外で待っていた。「後一時間しかないのにどうして?」と思ったお陰で最終ウイークエンドで金土24時間開館していることが分かった。という訳であっさり帰宅し、日曜6時に起きて即行ったところ大正解、待ち時間なし、会場も最終日だけどまだ人影疎らでゆっくり観られました。
ビデオありオブジェあり、オルセーからミレー来ているのがわかるでしょうか?

意外にと書いたのは、自分でも「今更ダリの騙し絵」を見てもねーと思っていたし、友達仲間でも「映画(アンダルシアの犬)はいつみてもいいけど、、、」と絵を評価する人がいなかった。つまりダリは、ショーマン的な言動、お金儲け、それからフランコ独裁政権に靡いたことなどから、フランスのアーティストの間では人気がないのだ。私も「近くで見たら何とか、遠くから見ると何とか」の「騙し絵」は言うに及ばず、今となっては純粋なシューリアリズム時代の「ふにゃっと曲がった時計」も「足の細い象」も、コンピューターグラフィックの方が上手にできて余計に色あせてしまうのではないかと思っていた。それがなかなか、ダリの技術はCGを凌駕していた。重要部分(風景の中の点のような人たか)の解像度がすごい。ひょっとしたらそれ故に若い観衆が多いのかもしれない。加えて30年代前半の秀作の作品の数、この細密な絵がどうしてこんなに沢山描けたのか不思議だ(全作来ている訳ではないし)。パリの知識人の間で法螺を吹いている時間がよくあったものだ。Aさんが言ったように、小品には奇抜な効果を狙わないが圧倒的な細密画技術で見る者をシュールな世界に誘う至宝の名品が目立った。
 
かつ色々なドキュメントが充実していて、ダリがアクション・ペインティングのようなことをしたり、レーザーホログラフの3次元画像を作ったり、時代の潮流に合わせて色々なことをするのだが、それなりにそれぞれを面白く仕立て、自ら「天才」と豪語した作家の卓越した才能は否めない。私は観る前の過小評価とは逆に、今生きていたらCGで何を作っただろうと可能性さえ感じてしまう。というわけで私は24年前に85歳でなくなったが画家の現代性まで感じたのだが、この「今更ダリ?」と思った回顧展の企画者が意外なことに、1989年に先進国の現代美術と開発国の民族的美術を同レバルに並べて物議もかもした画期的な展覧会「地上の魔術師」(Magiciens de la terre) をキューレートしたジャン=ユベール・マルタン Jean-Hubert Martinであったのだが、これも腑に落ちた気がした。人の話ではユベール氏はこれを最後に引退するそうな。世界中を飛び回っていた人だから奥さん孝行かもね☺

以前から思っていたことだが、ポンピドーセンター所蔵の「ピアノに現れたレーニンの6つの肖像」は細密手腕が今ひとつ際立っておらず(6つの顔がもっと瓜二つにして欲しかった)、これが私の評価を落としていた原因でもある。どうしたことかサン・ペテルスブルグのダリ美術館に秀作が多数あることを知った (美術館の存在するも知らなかった)。ロシアに行かれたらエルミタージュの後にでも。

2013年3月27日水曜日

パリのオークションハウス

パリにドゥルーオ Drouot というオークションハウスがある。近年は超高級のものだけを扱う出店がシャンゼリゼ近くにもできたが、元々はオペラ座の近くの同名がついた地下鉄の駅近くにあり、どうしてこんなに売るものがあるのだろうと思うほど毎日毎日いくつものホールで競売が催される。絨毯だけとか、古貨幣など、専門蒐集家のみを対象にした競売もあるが、多くは壁には絵、ホール内には家具、そしてガラスケースの中には宝石というように、何でもありの競売が多い。競売の前日と当日午前は競売品展示会があるのだが、私は何でも見るのが楽しいので、近くに行った時は何となく足が向かう。先日行ったら日本の戦国時代の兜、鎧の一式が並んでいる所もあれば、こんな鳥獣戯画のような超悪趣味な蛙の皮で作った人形もあった。奇抜なものがあって結構楽しいのがわかってもらえるだろうか? 
当然展示会は誰でもただで入れます。


鎧は確か「評価額」200万円ぐらいだったが、カエルは一体いくらで誰が買うのか興味津々(流石の暇人の私も、その為に翌日競売に立ち会うことはしなかったが、ちょっと気になる)。
ドゥルーオに出入りするのはほとんどが骨董屋さんなどの商売人。当然彼らの付け値は転売を見込んだ値だから市価の半額ほど、だから一般コレクショナーも買いにくる。カエルも、世の中にはカエル好きな人がいるから、そういう人に売ることを見込んで骨董屋さんが買ったことと思う。
不景気かと思いきや、最近はロシアや中国のバイヤーも多く、ネットで写真を見て付け値をしておくことも出来るので、ドゥルーオは結構繁盛しているようだ。

この種のオークションは、それを企画するエージェンスがあって、「近代現代美術」を扱うその一つからメールが来たのでデッサンを送ってみたら電話がかかってきた。早口でわーっと契約条件をまくしたてられたが、「売れた時は半額を払う」はいいとして、納得いかないのは「売れなかった時に手数料一作につき200ユーロ」。「なんで〜」というと、写真を撮って競売用カタログをつくり、宣伝するからというのだが、大きな絵ならば別だが小さなデッサンなんか私の撮った写真で十分だ。ぼっている。まあ即答はさけ、ちょっと考えることにした。というのはオークションで売れると「市場評価額」というのが定まって、それはそれで面白いかもしれないと思ったから。「格付け会社」の評価でパニクるように、普通の人はそういうものに惑わされやすい。
それで策略を考えた。友達に私が普通に小さなデッサンを売っている値に近い400ユーロを言い値にしてウェブ経由で出してもらえば、他に買いたい人がいればそれ以上の値で売れ、売れなくて手数料で取られることを思えば妥当な「評価額」が築けるという利点がある。何となく売れるような根拠なき楽観もあって、いい作戦には思えたが、エージェンスの「本当に売る気があるのかわからないぼったくり条件」は許せぬものがある。だからメールで3作200ユーロなら参加すると答えてみたたところ、結局返事がこなかった。お陰でインチキをしなくて済んだ。 小細工には大きな落とし穴もあったかもしれないし、、、。
それより皆さん、「評価額」など気にせず、自分の眼で評価しましょうね! ドゥルーオは眼の鍛錬の場としてもいいですよ。

2013年3月23日土曜日

シャプイザ兄弟、川俣正、ラルス・ヴィルス


先日のシャプイザ兄弟の作品、写真を見て多くの日本人の方は「川俣正のマネではないか」と思ったことだろう。川俣さんは今は国立パリ美術学校の教授でフランス中でしょっちゅう作品を発表しているから、フランス人にもそう短絡する人は多いと思うから、シャプイザ兄弟は損をするかもしれない。

カッセルの美術館にある川俣さんの昔のプロジェクトの模型
その川俣さんは今年の春ヴィレットで一般市民参加型で大きな櫓を作る。最近の彼の多くの作品は、美術学校の生徒や応募市民が創作に加わり、学生参加の場合は教育実習のように企画、模型作りから一緒に行うので、フランスでは「カワマタと一緒に仕事した!」という若いアーティストによく出会う。かつ私が「普通の人」に自分の「自然環境での作品」を説明したりすると「貴方はカワマタか?」と聞かれることもある。つまり彼の名の一般的知名度は相当なものだ。私も数々の野外アートフェスティバルに参加しているが、彼と私はランクが違うので、残念ながらご一緒したことはない。
彼の作品は1997年サルペトリエル(Salpétrière)病院の礼拝堂に教会の椅子を積み上げて作った塔は素晴らしかった(写真入りサイト)が、その他は建築現場の足場みたいだったり、掘建て小屋(すべて木製)みたいだったりする。日本では高度成長以来見なくなったが、アフリカは言うに及ばず、ヨーロッパでもちょっと郊外に出ると家庭菜園の横にも適当な廃材で作った物置とかがよくあるし、開発途上国に行くと「おお〜」と迫力ある乱雑な足場もよく目にするので、巷にある「現代美術」を愛好している私は率直に言ってそれほど彼に興味を持っていない。インタビューなどで「アジアの叡智」的な薫りが漂うのも私には少々気に障るところだが、作られたイメージかもしれない。ヴィレットのバベルの塔のような櫓のワークショップ(サイトに模型の写真もあります)、どんな風か私も参加してみようかと思っている。
ラドニア

櫓の模型を見てすぐに思い出したのは3年前オランダのフェスティバルで一緒だったスエーデン作家のラルス・ヴィルクス Lars Vilks 。彼は2007年にモハメッドの風刺画を描いてアルカイダに狙われる身となり、変なことで有名になってしまったが、本当にすばらしいラルスの仕事は80年代からスエーデンの南海岸の人里離れた自然保護地区で漂流木材を集めて勝手に秘密裏に巨大な塔群を作り上げた(Nimis and Arxのサイトの写真是非見て下さい)、1996年には彼はそこをラドニア Ladonia という独立国と宣言した!(今ウィキペディアを見たらジョセフ・ボイスに売り、いまはクリストの所有とか、訳分からん!)。

シャプイザ兄弟の天上回廊

Nimis and Arxは本当に凄いと思う。私はこうしたワイルドな仕事には脱帽してしまう。そこでシャプイザ兄弟に戻ると、「身体を張って作る」のが好きなグレゴリー君は「写真やビデオにもなるけど、やっぱり身体で感じてもらわないと、、、」と「体感コミュニケーション」を強調していた。
シャプイザ兄弟、川俣正、ラルス・ヴィルスの3人の作品、写真のぱっと見は似ていても、何をやっているのかはそれぞれ違う。「こんなのよくあるよー」と簡単に言わないで欲しい(実際にFBでこういう手合いにぶつかり、英語で反論を書かされました)

2013年3月20日水曜日

シャプイザ兄弟、作るも観るも肉弾戦

シャプイザ兄弟 (The Chapuisat Brothers, Les Frères Chapuisat)という美術グループを聞いたことがありますか? 私は名前だけなんとなく知っていて、面白そうなことをしてそうだと思っていたので、 昨日パリ郊外のVal d'Oise県、モビュイソン修道院 Abbaye de Maubuisson(ゴッホのなくなったオヴェールの近く)の個展へ、記者招待の中に美術ブログライターのような顔をして潜り込んで行って来た(パリか ら記者用にバスが出るので便利だから)。
いつも作家紹介は「ウィキペデイア参考」でごまかしているが、まだ彼らはそれほど知られていないようだ。だからすご~く簡単に書くと、もともとはシリル、 グレゴリー・シャプイザの兄弟で始めたが、今はグレゴリー(1972生)が「企画原則一致」の条件で仲間とジョイントして制作するスイスのグループ(つま りいつも一定のメンバーでもない)。例えばこの個展の作品の「企画原則一致」はどういうものかというと「修道院の空間に水平、垂直、直角のない木造の回廊 を作る」というようなもの。今回は8人グループで3ヶ月かけて制作した。作品は写真ようなドラゴンがうねっているような外観で、その中を見学者は登った り、時には這ったりしながら通過する「体験型」インスタレーション。まあこのぐらいなら最近はよくあるかもしれないが、びっくりしたのはそうは簡単にトン ネル回廊を通過できない。気軽に中に入ったが、所によっては痩せた私も下手をすれば挟まってしまったり、急傾斜ですべりそうになったり、つまり流行の 「アートと称した遊園地」に比べると「正味の肉弾戦」が待っている。グレゴリー君は「誰もが通れるようなものは作らない。なぜなら作品が制限されてしまう から。そしてどこまで安全規制のリミットを伸ばせるかが戦い」と言っている。制作プロセスも「経験則」というか行き当たりばったり、この作品も全体の設計 図を描いてから始めたものではなく、スタート地点から増殖して行く形で、かつグループのメンバーの自由度も認めながら徐々に延長された。外観はドラゴン、 中は何でも斜めでドイツ表現主義映画のカリガリ博士のセットみたいだなと私は思ったが、グレゴリー君は思想背景とか影響とか、小難しいことは全く語らな い。「自分は作業者で思想家ではない」「苦労して作るのが好きだ。だから見学者はそれを体感してほしい」等など、こんなことでよく「現代アート」界で一目 置かれる存在になったものだとあきれてしまうほど単純明快。そのとおり本人も実に気さくな人だった(小さな写真にある昔のヒッピーのような長いあご髭のお兄さん)。

11月3日まで続きますから是非行って下さい。入場無料。夏は修道院の緑地でピクニックもよさそう。ともかく動きやすい服装、運動靴は必携。インスタレーションに入る前に柔軟体操をした方がよいですよ(私のアドバイス。実は今日は腿が痛い)。

シャプイザ兄弟のサイト(英・仏語)はhttp://www.chapuisat.com/x/
修道院はhttp://www.valdoise.fr/6444-l-abbaye-de-maubuisson-site-d-art-contemporao-.htm