2016年6月30日木曜日

ジャック・ヴァナルスキの動く彫刻

On peut voir les nombreuses "sculptures animées" de Jack Vanarsky dans l'expo duo avec Mark Brusse "DEUX AMIS, UNE LANGUE" à la GALERIE ARGENTINE : 6 rue Cimarosa 75016 Paris. L'exposition sera prolongée jusqu'à fin août. Ouverte dans la semaine : 9h-13h, 14h-17h sauf le jour férié de l'Argentine. Ne pas oublier de mener la carte d'identité ! (c'est dans l'ambassade)
 
3/29のケ・ブランリ美術館での「不思議の谷」展の記事に「また書きます」と予告したジャック・ヴァナルスキ(Jack Vanarsky) の動く彫刻が沢山見られる展覧会が現在パリ16区の在仏アルゼンチン大使館のアートスペース(Galerie Argentine)で行われている。

大使館でなのはジャックがアルゼンチン人だったからだが(1936年生)、これは彼の良き友であったオランダ人作家マルク・ブリュッスとの二人展で、「二人の友、一つの言語(Deux Amis, Une Langue)」というタイトルがつけられている。
タイトルらしく言語と訳したが langue は舌でもあり、会場には写真の様に二人それぞれの大きな「舌の作品」が、、、。つまり二人ともユーモラスで皮肉っぽい作品が多いのだ。

前述の記事に書いたように、ジャックはご近所のCおばさんのご主人だったので建物で時々顔を合わせたし、パリ近郊で自主展覧会を企画するコレクター夫婦のApacc(サイト)2003年に扉やピアノの鍵盤が動いたりする大きな個展の時に話したことがある。元気だったのだが、2009年に突然亡くなってしまった。その後Cおばさんと娘さんがパリ郊外にある彼のアトリエを保管しようと「基金」を作って時々見せてくれるので作品は結構知っているつもり。知らないことは公式サイトで補い、そしていつものように独断的意見を交えて解説させてもらうと:

ジャックは62年からパリに居住(アルゼンチンでは62年に軍事クーデターが起きている)、65年から動く彫刻を作り出した。 この頃は13/4/19の投稿に書いたようなキネティック・アートが脚光を浴びるようになった時代で66年にはフリオ・レ・パルクがヴェニスビエンナーレの大賞を得ている。パルクもアルゼンチン人、ソトーはヴェネズエラ人で、南米とキネティックアートの関係は大きそうなのだが(多分南米ではリベラやシケイロスなどのメキシコ革命プロバガンダ的な壁画運動の影響が大きかったのでその反発か?)、視覚的な効果を重んじた抽象幾何学的なキネティックアートに対し、ジャックの作品は一見して「身体」、「本」といった「具象作品」で、実際ビデオを見てもらえれば感じてもらえるだろうが、見ているうちに身体がゆらりゆらり、自分もぐにゃぐにゃになりそうになってくる。 こういう不安感と自虐性を伴うユーモアと皮肉が所謂「キネティックアート」と全く異なるところ。




今回はおそらく日本で紹介されたことがないのではと思うジャックの紹介なので、マルク・ブリュッス(Mark Brusse)氏にはあまり触れないが、彼は次の日本語サイトで既に紹介されているのでこれを参考にしてもらおう。実は彼はこのブログの13年6月4の記事にも登場している。彼の作品は非常にコンセプチュエルである一方、写真の様に可愛いのや可笑しいのががあったり、もろ日本風のものがあったりして正直言って私にはもう一つ掴みどころがないのです。。。


会場では写真の様にモチーフに関連して二人の作品が交互に対話すべく上手く並べられている。
今回はこの記事を書く気になってCおばさんの許可を得て三脚を持ち込みビデオを撮影、編集で幾つかの作品を割愛しましたので会場にはもっと動く彫刻がありますよ。

会期は延長されて8月末まで
Galerie Argentine - 8 rue Cimarosa 75016 Paris

大使館内ですので
平日のみ:9時〜13時、14時〜17時
(アルゼンチンの祭日もお休みとのことです)
 入館は厳重:入り口ではインターフォンをプッシュ、受付では身分証明書の提示を求められますので忘れないように。そのかわり一旦展示会場に入ってしまうと全くのトランキーロ。


過去の関連投稿
 キネティックアート:

ジャック・ヴァナルスキ:16/3/29「不思議の谷」への旅 
マルク・ブリュッスおよびApacc:ゴムボートに乗る消費経済
 





2016年6月29日水曜日

ビゴールの黒豚ハム

日曜日の朝市で列の前の男性が生ハムを4切れ買ったのだが、新米の若いお兄さん、気前よくもう2切れ切って列をなす数人にふるまった。これが美味しかった!!! なのでさっそく私も二切れ買うことにしたのだが勘定の段になって総計が思ったよりずっと高い。どうしたのかなー(フランスでは前の人の買った物が計算されていたりという間違えもたまにある)と伝票を見たら生ハムは100g 二千円ぐらいする代物だった。

このハム Noir de Bigorre(ノワール・ドゥ・ビゴール)といって、名の示す通りピレネー山地「黒豚」から作られる。この黒豚はローマ時代から知られていたらしいが、デブで生育が遅く、大量生産に向かないため1981年には同地方にメス34頭、雄2頭を数えるに過ぎなくなっていたのを飼育者、食肉職人が共同して復活させたそうな(参考サイト)

ともかくとても柔らかで風味があり、スペインの田舎の生ハムもおいしかったけれど、ひょっとしたら私の人生で一番と思えるほど。だから全く後悔しませんが、こういう味を染めるとやっぱりブルジョワはやめられないでしょうね〜。

私の後のおばさんも買ったし、あの新米のお兄さん、意外に無茶苦茶商売上手だったのか??? その割にビゴールが何処にあるかも知らなかったのだけれど、、、(答えは後ろのおばさんに教わった)

追記:グルメの国日本で知られてないはずがないと思ったらビゴール+ハムで一杯検索されました。良く知りたい方は例えば詳しい説明のあるこのページをご参考に。
 

2016年6月19日日曜日

Mystère de l'eau de la Mer Morte

死海の水」での私の作品に関するフランス語でのまとめです 

Probablement  vous savez que je développe une technique insolite : dessin à l'eau de mer
Les eaux que  j'utilise proviennent de quatre coins du monde grâce aux amis voyageurs, parmi elles je trouve que celle de la Mer Morte est vraiment exceptionnelle : elle ne sèche pratiquement jamais.
L'été dernier j'ai dessiné la forme de sablier en appliquant de l’eau de la Mer Morte sur la toile de coton. La partie dessinée donne la couleur plus foncée, parce qu’elle reste toujours humide, mouillée.


Depuis lors, le dessin n’a pas vraiment changé son aspect, peut-être le bord est devenu un peu plus flou. Puis, tout récemment, à la suite de la grande crue de la Seine, il faisait assez humide dans mon atelier souterrain dans le 13e,  une traînée d’eau a coulé du fond du sablier!




Je sais que l’eau de la Mer Morte est très saline et qu’elle attire de l’humidité. J’ai déjà observé que, sur le dessin sur papier une fois sec, les cristaux s’étaient transformés en les rosées après du fréquent passage d’orage. 
En fait vous pourrez réaliser le portrait de La Vierge qui pleure, si vous le voulez, à l’aide l’eau de la Mer Morte.


Soit miraculeuse ou pas, pour moi, cette eau est une "performeuse". Ainsi à l’exposition personnelle au Japon en février 2015, j’ai réalisé un dessin évolutif sur une vitre, qui est constitué de gouttelettes de l’eau de la Mer Morte. Les gouttelettes sont maintenues sur la vitre par une tension superficielle plus élevée que celle de l’eau normale. Au cours du processus très lent de séchage, elles blanchissent petit à petit sous l'effet d'un air sec, et redeviennent liquides avec l'humidité ambiante.




On ne peut pas expliquer cette nature extraordinaire de l’eau de la Mer Morte par simple taux élevé de sel, parce que d’autres eaux ne réagissent pas pareil, même si elles sont condensées..


Donc, selon mes expériences, l’eau de la Mer Morte ne sèche pratiquement jamais. Par contre, Sigalit Landau, une artiste Israélienne, réalise  les objets couvertes par du sel de la Mer Morte, ses oeuvres exposées restent intactes me semble-t-il.  Le mystère m’est total.

2016年6月16日木曜日

死海の不思議:一年後

昨年7月24日に載せた布地に死海の水で描いた「乾かぬ砂時計」、ずーっと壁に掛けてあったのだが先週に異変:雫が垂れた!

前回書いたようにパリは洪水(セーヌ川も水位上昇)で、やっぱり地下アトリエは湿度が高くなっていて、大きな海水デッサンにたわみが出たりしていた(塩の結晶が水分を引きつけるので)。そのため幾つかのデッサンは地上階のテーブルに平らにしてピンとまた張るせるようにしたりしていたのだが、キャンバスのこの絵には異常は見られなかったはず。壁の湿度のは洪水のピークの後にやって来たのかもしれない。

布が濡れたままであることだけでもびっくりなのに、雫まで。昔書いたように涙を流すマリア様とか血を出すキリスト像にテクニック的には使えますので、興味のある方はお試しください(参考投稿)

水路ができた今、この絵はそのうち干上がるのだろうか??? また何年後かにご報告します。

ところで先週の水木は気温が急に上がり、一年ぶりの「海水デッサン日和」となったのだが、まだ日本から戻ってウォーミングアップ不足。だが木曜日に私の目では奇跡としか思えない大きなデッサンが描けた、というか勝手に塩水と墨が作ってくれたようなものだが、、、これは「死海」ではなくて「パンジャブの塩山」によるもの。
その後暑さがすぐさま去ったので次の奇跡は追う徒労はせず、筆を一旦置き、9月の久しぶりの自然の中でのインスタレーション用のジュースのパックでのチョウチョウ作りに精を出すことにした。そのためにアパートのゴミ箱スペースに張り紙をしてテトラパックを集めているのだが、「私のお願い」など気にせずゴミ箱にパックを捨てる人が多いようだ。残念ながらご近所の関心なんてこんなもの。それどころか私の回収用のボール箱も注意しないとゴミ箱に捨てられている☹と嘆いていたら今日は6パックも入っていた

死海の水デッサンに関する投稿
2014/5/24 湿度計になったデッサン




2016年6月10日金曜日

開幕前夜の攻防

日本からパリに戻ったのは先週の土曜日の晩、シャルルドゴール空港の郊外線の駅で、もう出たはずの列車がまだホームにいたから「ラッキー!」と思ったのは事情薄だった私の束の間の喜び。各駅停車でそれも各駅いつもにない長時間停車、列車は満杯、イライラして口論し出す人も。という状況で分かったのは郊外線、鉄道はストでダイアが大幅に乱れ、それに加えてセーヌの水位が上がり中心地区の地下鉄が浸水し止まっている路線もあるとか、、、。

私がラッキー(?)に乗った列車も中心部まで行かずに北駅止まり。乗継ぎホームはラッシュアワー並みの人(こういうことがないように私は週末に離着陸するように計画しているのだが、、、)。だから地下鉄・バスの乗換を選んだのだが、乗った地下鉄の車内放送ではオペラ近辺も浸水で途中までしか行かない(どおりで空いていると思った)。パリの地下鉄は全然バリアフリーでないですからね〜、土鍋とか、昔の日本でのクレー展のカタログなんて持って来たことを後悔(逆に持ち帰るつもりだった大きなデッサンを日本に残すはめになったのは大正解となった)。

以上私の帰宅談などどうでもいいだろうが、それ以降セーヌの水位はパリではどんどん下がっているものの、ストは続行中。
「事情薄」なのでよくわかっていないのだが、(一般的なマスコミによると)政府は仏国鉄の労働組合の要求にはほぼ完全に折れて今や何故ストが続くのかわからない状況にあるとのこと。ともかくストを終わらせて(言い忘れたが今日からサッカーのヨーロッパ杯が始まります)、不評の労働法改正案はいかにしても通そうというのが政府の戦略だったらしいが、どっこいそうは簡単にことは運ばない。労働の柔軟化を許すエル・コムリ法(関連投稿)には国民の反発が強いことは私の乗った郊外列車内の口論でも感じられたし、労働組合によるウェブを使った「ストの労働者(当然給料は払われない)を助ける寄金集め」も成功しているとのこと。

列車のストに加え、ゴミ回収のストで一部の地区はゴミの山、それからエアフラのパイロットも明日からスト! ちょっとは収まったようだが精油所のストも続いている。これがヨーロッパ杯開幕当日ですから楽しいですね♫(私にとってはすべて禅の修行のようなもので☺)

フェースブックでは経済大臣のマクロン(関連投稿)が卵をぶつけられたビデオを「これほど嫌われているのだ」ということを知らせる為に拡散させようとあった。本当にそれが一般市民の支持に繋がるのか私は非常に疑問だが、これはまさに「理解しあわない社会」の現象。
私は骨抜き左派なので誰の言うことも耳を傾けてしまうのだが、 「事情薄」を承知で総括してしまうと、今のストは労働市場自由化に対する既得権の擁護。既得権を放棄するのは「自己犠牲」でしょ、それが出来る為には「大義」がいるのです(イスラム国家樹立とか:勿論冗談ですよ)。今の改革はプラグマティックであるかもしれないが大義は全く感じられないから、オランドは本気ならサッチャーになる覚悟がいるでしょう。

政府は勿論「国民的祭典中にストを続けるとは無責任」と労働組合をなじっているが、某大臣は「フランスのイメージが落ちてオリンピック誘致ができなくなってしまう」と言っていた。それは結構、私はこれで急にスト賛成派になりました ! しかし労働権の攻防でサッカーが使われているところは面白いね〜。政治家vs労組でサッカーしたら私は「見ます」!(勝敗は明らかだが)

最後にいつもの私の持論:こんなことやっていても世界第6番目の経済大国、つまり国民がみな一生懸命働いている他国に比べて潜在的能力がずーっと大きいのです。だからおフランスの方々、悲観することはないのです




2016年6月8日水曜日

斜眼のパウル・クレー

多くの人にとってパウル・クレーといえば、繊細なカラーの幻想的な心象風景を書く画家と思われているだろう。だから今ポンピドーセンターで行われている彼の大回顧展の副題が「作品への皮肉」*とあるのを見て「なるほど」と頷ける人は余程クレーをよく分かっている人に違いない。勿論初期のグロテスクな版画がまさに「古典美」に対する風刺画であることは誰の目にも明らかだが、その後の淡い色合いキュービズム的な絵は、実はキュービストの対象物の分析解体は絵画から生命力を欠如させてしまったとみる彼の皮肉の表明であり、「芸術と技術の融合」をモットーとしたバウハウスで教えた時代ですら、彼は画面を格子状に分割する構成主義を使っていると見せかけつつ、その教義の硬直性を指摘するべく不規則な幾何学形での画面構成に精を出すという具合で、いつもクレーは時代の潮流を冷ややかに眺めていた。こういう視点からクレーの作品を時代を追って見て行くのだが、「なるほどなるほど」、解説は非常に説得力があり、かつ勿論一つ一つの作品が非常に練られた作品だから、とても見応えがある。

晩年はピカソに影響されながらピカソの歪曲による悲劇性をすっかり消し去って夢幻的な世界を生み出し、最晩年の幼い無邪気な形象はナチスが台頭しつつある世界への戦慄であり、皮膚硬化症に苦しむ作家自身が表わされていたとは、、、。
私にとってはディスカバー・クレーと言おうか、今まで何んか不可思議に思われていた彼の作品に対するわだかまりが晴れたと言おうか、、、前回の「尻取り」展覧会を褒めておいてこう言うのも変ですが、「年代順に一つのしっかりした視点で見て行く」という、最近なくなってしまった感のある「大上段の回顧展手法」は貫禄で、それにも圧倒されました。

あまりに感動したので、時代毎の短い解説のある美術展の小冊子を日本の方の為に全訳しようと思っていたのだけれども、早一ケ月。最近やることが多くて、、、(できればそのうちに。乞うご期待)

話に関係した絵の写真はすべてインターネット種々のサイトから掲載。しかしどうして多くの来場者はあんなにバチバチ写真を撮るのでしょう。個人的にカタログでも作るのでしょうかね? そういえばペルラン大臣の例もありましたね

* Paul Klee, l'Ironie à l'oeuvre : 8月1日まで