2022年11月24日木曜日

言動一変(ボージョレとW杯)

前回書いたボージョレ・ヌーボーのこと:月曜の朝コーヒーが切れていたからスーパーへ行ったらレジの横にひっそりと数本並んでいた。売り切れでなかった!!! 即買ったけど、それがなんか土曜日に人のところで飲んだほど美味しくなくて、、、いつもの癖というかトランプ遊びでのモットーに従い、わからないときのセカンドベストで行ったのだけど、このぐらいのレベルのことはやっぱりベストを選ぶべきだったのかな?(価格のことです)

そして今日、国立図書館の大通り沿いにあるインフルエンザのワクチンを打ってくれる薬局に行ったついでに、少しハイクラスのスーパーのモノプリに行ったら、一杯ボージョレの箱が積んであって、いつも通り2本目半額セールになっていた! 日本に長くいたので私のワイン鑑定力鈍くなっていたのかも。何れにせよ前回の「今年のボージョレ・ヌーボーは美味しい」というのは取り下げ。今回は「フツー」のワイン、何年か醸造されたボルドーワインを買いました:やっぱりこのほうがよほど味わい深い。

ところで日本に戻るとマスコミでスポーツが世界の重大時と同じほどの扱いを受けているので戸惑ってしまうが(かつこれは私が去った40年昔と全く変わっていない)、これでは日本人が「スポーツ好き」にならずにはいられないのがわかる気がする。その一つのサッカーのWカップだが、日本やりましたね〜!!! 
日本と違ってここフランスでは、カタールの人道人権問題 * でボイコットすべきだ(代表チームがしなければ視聴者としてマッチを絶対見ないぞ〜)とか凄んでみていたわりに蓋を開ければフランスチームの第一戦のテレビ中継は1250万人の超高視聴率だったそうで(笑)。私は見てませんよ〜、ボイコットモードです:といっても相手がオーストラリアだったから興味なしで。だが日本・ドイツ戦は困ってすでに早々とボイコットの幟は下ろしました。
八百屋に行くとモロッコ系のお兄さんが「引き分けちゃったー」と悔しそうにしていて(携帯で韓国チームを応援しながらレジしてる😄 やっぱりいいなーフランスは)、私が漢字が読めなかった😓三苫選手のことも知ってるし、、、まあWカップ、普通じゃあまり話すことのない人の間に共通の話題を提供するというメリットは否めないですね。
 

注 * その一つは移民労働者の労働条件の問題:ガーディアン紙によるとカタールW杯開催が決まった2010年から2020年の間にインドとパキスタン、ネパール、バングラデシュ、スリランカからの移民労働者6500人以上が、死亡したと報じている(政府や現地大使館の数字を集計したもので、移民労働者が多いフィリピンやアフリカ諸国などの数字は入っていない)これに対し、カタール政府は病気や交通事故などによる死者も含まれており、不正確だと反発。W杯開催に向けた整備事業での死者は3人にとどまっていると主張

 

こちらの八百屋のお兄さんの推す三苫選手、これみると立派なんです。日本では政治家よりサッカー選手の方がよっぽどレベルが高いみたい=少なくとも世界で通じる政治家いないし。日本のニュース番組があんな風になってしまうのもあながち仕方ないのかも?


 

2022年11月20日日曜日

こんな年もあるんだ〜(ボージョレの教訓)

 昨日人のところでボージョレ・ヌーボーを飲んだら、あれれ?! 随分美味しかった。だから今朝ニコラ(大手ワインショップチェーン)に行ったらもう売れ切れ! 「今年の速さは記録破りだった」とお兄さんが言っていた。普通は売れ残ってスーパーで「2本目半額」何て風な悲しい運命を辿るものなのだが、そのスーパーでも売り切れ。いつもは「水みたいだ」とバカにしているフランス人なのに、美味しいとなるとすごいな〜。ちょっと感心。いつも気にしてるわけではないけど、こんなことって私が住み出した40年間で初めてじゃないかな? あるいは情報の流れが変わった?
 
「ボージョレ入りました」といういつもの張り紙も皆無なので「人気ないからやめたんだ〜」と思うところだった(笑)→人気ないからって諦めちゃダメですね、いいもの作れるよう努力します。

というわけで瓶の写真もないので

 
  Eizo Nouveau est arrivé


2022年11月16日水曜日

日本滞在のレジュメ

お久しぶりです。パリに戻りました。浦島状態の日本*から、急にウクライナ、地球温暖化という世界的問題がシャワーのように降ってくるとショックではありますが、ほっとします。

さては東京での個展ですが、昨年のプロヴァンスの「ドラ・マールの家」での2ヶ月の滞在中に発展させたモチーフをベースにした作品を中心に展示して、ドラ・マールへの一種のオマージュでしたが、会場ではドラ・マールとは誰かの説明から始まって、ドラ・マールの住んでいた家がアーティストレジデンスとなったこと、そして私のそこでの滞在とメネルブ村の紹介を含め来場の皆さんにPCの写真も使って話しているうちに、展覧会かパーマネントなトークパーフォーマンスかわからないという「新境地」に達しました(笑)。

 

 

個展の招待状に使った作品を陶芸家の桐谷さんが買ってくださったのですが、「私の家にあるよりもっと多くの人に見てもらえた方が」ということで、桐谷さんの作品が展示されている舞鶴の Seis × Cine Grulla という映画・イベントホールに送(贈)られ、現在その入り口を飾っています。この作品はドラマールの家の空気を吸って塩の結晶が消えたという「因縁付き」のもので、かつ以上のような経過に小生ちょっと戸惑いもしていたのですが、Seisさんからまさしく「トークショー」を依頼され、「文化の日」にここではプロジェクターも使って、ドラ・マールとピカソドラ・マールの家、私の作品のことなど存分に話させてもらいました! 突然の企画なのに多くの人に集まってもらい、かついつもの私の観客と違って若い人がほとんどで、嬉しくなって話しすぎ、名古屋に帰れなくなって天橋立翌日観光プランと相成りました。

そのほかの時間は大体愛知の実家にいたのですが、コロナで3年間ほぼ誰もいなかった家が急に使い出されたからか水回りの問題が続発し、おらららら〜。近所から苦情のある雑草とも闘い、何をしているのやらという感じでした:まあ運動にはなりましたが。

 

* 注:日本に行くと私は浦島太郎になってしまいますが、その一方で日本自体が世界の中で浦島太郎になっているのではないかと思われます

 

2022年9月24日土曜日

歳を取らないムンク

 
 ベッドに座るか細い少女、その後ろに大きなバルーンのような不可思議な影が、、、この結構大きな絵、これを初めて見たのは1970年大阪万博でだったはず。「万博なんて〜」とバカにしていたのが行ってみると意外に面白くて、学校からと家族でと2度も行った。 ムンクの「思春期」こんな素晴らしい絵が見られるならそれだけでも来た甲斐があったと思った。ノルウェー館だと思っていたが、今調べてらそんなものはなく(スカンジナビア諸国の合併館があったが、そこはエコロジーがテーマだったらしい。さすが北欧諸国はエコの根が深い。「温暖化」ではなく「環境汚染」と言う意味では先進国はその頃から目覚めていたはずなのだがこの様だ。それはさておき)、世界の大美術展なるものがあってムンクの作品もきていたようだから、多分記憶に間違えはない。(だが作品目録は不明)
 
この「思春期」。オルセー美術館で始まったムンク展に行って再会したが、我が思春期の感動が蘇る:それだけでも大したもので、ムンクの絵は今見ても新鮮だ。 ムンクは自分自身でもそう言う傾向があったのか、キス(抱擁)とか吸血鬼とか、橋の上の少女とか30歳ぐらいで描いたモチーフを何度も何度も同じものを繰り返し描いている、、、。風景もいつも同じですごい狭い世界(村?)に住んでいたのか、リテイクの所為か疑問に思ってしまう。
 
リテイク(1901-03)なのに昔より具象的。「田舎のマリリン」の気持ちがわかる?

 「かつムンク展ってあったばかりじゃないかい?」ググってみるとポンピドーの結構見るのがしんどかった大回顧展(写真とかもいっぱいあって)は2011年、私にとってはついこの間だが、若い人を思うと10年に一度、ムンク級だとそのぐらいあった方がいいのかも。
 

この紫色の横線は何なんだ?キャンバス束ねて絵具がくっついたとしか思えない?(部分)

雪なんかぺっぺっぺです。写真にしたらわかんないけど(部分)
 
ムンクの絵は「ぞんざい」だ。でもそのぞんざいさが確かなデッサン力に支えられているのが私が好きな理由だろう。特に版画はすべてを擦り落としエッセンスに走っている。だから大好き(上のインスタ内の写真もご参考に)
 
ごく初期の作品、ほっぺたの白は何でしょう?やっぱり保管が悪かった?モチーフ的には既に「メランコリー」
 
ドキュメント的意味で面白かったのは私のコメント同様(?)みんなに「なんだこれは〜」と最初不評を買ったムンクも「国民的(国家的)画家」となって、晩年モニュメンタルな仕事をこなすようになり、、、「叫び」はしなくても不可思議な風景をチョコレート工場の食堂(?)にちりばめたりするようになる。
 
チョコレート工場の壁絵。従業員は幸せだっただろうか?カルフルだからいいのかな?

今回のオルセーの回顧展は比較的小さく、十分一つ一つ堪能できて心地よい。
 
我老いたり 私もこんな感じかな〜? 髭なし草間彌生カットで頑張ってますけど
 
あんまりいい写真撮れなかったし、出発前なのでまた端折りましたが、今更ながらムンクには脱帽です。
 
しつこいですが私の東京の個展もよろしく(笑)

 
参考
 
 
「叫び」は来ていません。そういえば数年前こんなのありましたね二つのダンス、二つの叫び
 

2022年9月19日月曜日

偉人を祀るパンテオンの現代美術

おフランスおよびヨーロッパには毎年9月の第3週のウィークエンドに「文化遺産の日」というのがあって、大統領のエリゼー宮とか普段は入れないような歴史的建造物を見学できる。そういう珍しいところに入れる機会なのだが、私はどこに行ったかと言うとフランスの偉人が眠るパンテオン(ウィキ)。ここは入場料払えばいつでも入れるのだけど、推薦された現代アートのインスタレーションがありまして、、、でもこれが地球の自転を証明するフーコーの振り子(ウィキ)の下の床にガラスを引いただけに思われるインスタレーションで、それ見るだけに11.5€ って高いよなと、この週末を利用。きれいな作品でした。

 
こちら振り子が動いているのが見えるビデオ

 

それが知らなかったけどキーファー(Anselm Kiefer)のガラス箱もあって、またキーファー詣でしてしまった。半端じゃない設置と思ったら、これは2022年11月以来の常設らしい。
 

 

そのあとは地下の墓参り 
 
こちらルソー

 
こちらヴォルテール
 
まあこんな立派なのはこのお二人だけで、ユーゴ、ゾラ、デュマの三大作家は相部屋で眠っています(笑) 

パンテオン Panthéon のサイト: https://www.paris-pantheon.fr/
Ann Veronica Janssensのインスタレーションは10月31日まで
 
 

2022年9月9日金曜日

クールでシュールな恭子さんの絵画

あれれ、いるはずの動物がいない。フレームから出てしまった。つまりひょこっといるのです
恭子 (Kyoko Dufaux) さんに初めて会ったのはいつだったかな〜? その後名古屋でちょうど個展をされていたので顔を出したが、その時は単なるイラストという印象しか受けなかった。その彼女が最近急成長、風景の中に動物(達)がぽつりといる何とも不思議な「クールでシュールな世界」* を描き出すようになった。エドワード・ホッパー調の孤独とメランコリーあり、アンリ・ルソーの素朴派ぽいエキゾチックさあり(ルソーは南国に行ったことはなかったが、彼女はナイジェリアだったかな?アフリカ生活の経験がある)、そして動物が猿鳥犬の桃太郎トリオだったり、宙を浮いたり、そりに乗ったり、一体動物たちは何を目指しているのだろう? 昔のメルヘン調を残しつつとても暗示的な世界を作っている。こういうのってありそうでなかったような気がする。

最近あまり余裕がないのでこれにて終わり、写真もインスタにて割愛しますが、パリのみなさん、見に行って考えてみてください。18日まで

Galerie Treize-dix : 13 rue Taylor

 

 

注:女性シュールレアリストの世界は葛藤および魔術的な世界が多いですからね〜(参考投稿

2022年8月23日火曜日

もう終わってしまったので余計に捉え難いタチアナ・トゥルヴェ展

写真ではありません、鉛筆で描き込んでいます
 
私の死活路線であるメトロ14番線の夏季集中工事が終わって昨日になってやっと走りだした! 一方ポンピドーセンターのタチアナ・トゥルヴェ(Tatiana Trouvé) 展は昨日までだったので趣味の美術鑑賞に。 

床にも糸線模様、全体が大インスタレーション?
タチアナ・トゥルヴェは頭に名前が刻まれているので嘗てどこかで何かをみて印象に残ったはずなのだが、近年目にするインスタレーション作はピンと来なくて「どうでもいい作家」になっていたのだが(2007年にマルセル・デュシャン賞をとっているフランスでは有名な作家なので展示はよくあるのです)、この展覧会は最終日に来たのを後悔させるほど「平面作品」の力作揃いだった。基本的にはデッサンで、そして何が描かれているかと言うと、、、これが皆目捉えようがない。仔細にリアルに描かれた建築、石、自然や不思議な糸線模様からなる風景は、記憶の拠り所になるものが沢山散りばめられているのに、それを物語ろうとすると夢の記憶が消えていくように、たちまちにして脳細胞の間をすすり抜けてしまう。会場は写真のように大きなスペースに大きな絵がいくつも吊り下げられていて、2度目に見ても「あれっ、これ見たかなー?」と戸惑わされつつ彷徨うことになった。
この展覧会には「方向喪失大地図 (Le grand atlas de la désorientation)」という副題がついていたがまさにそのものだった。その技術、構成力はなかなかのもの。映像も使ったインスタレーションの青写真的な感じもするが、現実には不可能なものもデッサンなら可能で一層描かれた世界の基盤が揺らぐ。彫刻、インスタレーションではそうはいかない物の具体性と重力空間の現実にひきよせられるのでその分つまらない気がした。
推薦したいけどもう終わり。しかし私の周りで推薦した人がいなかったのは不思議。同じポンピドーセンターの何人かから話をきいた「ドイツ、1920年代」展は会期あと2週間=まだ行ってません。タチアナさんだけで疲れた(笑)

(部分)
(部分)

 インスタには違う写真も入っていますのでご参考に
 

 

ポンピドーセンターのこの展覧会サイトはこちらです

2022年8月16日火曜日

精神性と数寄者精神

この数年(?)「金継ぎ」がブーム になってヨーロッパでも金継ぎをする人やワークショップが開かれるようになった。私の参加したエルバ島のフェスティバルでも「金繕い」のアトリエがあった。「金繕い」も「金継ぎ」も同じだろうと思っていたが、ローマ字の"kintsukuroi"はちょっと違っているみたい。というのはkintsukuroiには「自分の過去の失敗などを隠すことなく、それを新たなものに変貌させ、新しい人生を築く」という哲学があるということで、、、私としては初耳、金継ぎ発祥の地日本を代表する私は同意を求められたが、「よく知らんけど〜」としか答えようもない(「金繕い」の先生と論議するほどの知識もないし、姑息にも穏便にことを図ろうと、、、😅) でもこのワークショップ、自分が大事にしていた陶器を持ち寄るのではなくて、用意されていた器を地面に落として割ることから始まるというのでかなりの違和感を感じた * 。 ごく常識的解釈では「金継ぎ」は「日本人のものを大切にする意識のあらわれ」で、日本のワークショップで器を割ることはないんでは?
 
結局は問題を克服するための心理的過程をアナロジーして心のしこりを解こうとする療法的ワークショップなのだ。なんでも「道」になってわかったようなわからないようになる日本特有の文化環境で育ち、そこで何も極めようともしなかった私は「そういう思想も奥にはあるのかも?」と自らの浅薄なる知識を疑ってしまうのだが、この例のように私の常識を逸脱した「日本文化解釈」に遭遇することは珍しくなく、私は西洋のスピリチュアル志向の人は「東洋」のものを拡大解釈しすぎだと疑っている。このワークショップの「kintsukuroiの思想」は検索したところ某スペイン人心理学者が普及せしめたようで、彼は「ワビサビ」の本も書いていて、副題が「不完全を認めるアート」となっていた。そうかもだが、やっ
ぱり変だ。
 
色々考えていたら「金」ではないが、「繕い」の器のことを思い出した。2004年にガーナでのレジデンスに行かせてもらった時(参考)、食器などに使われる大小様々の丸いアフリカの瓢箪に興味を持って街頭の瓢箪売りを色々みたが、同行の彫刻家のポール君は割れた瓢箪を紐でつなぎ合わせた「繕い瓢箪」に特に興味を持ち購入。造形的に面白いと思ったからだ。
そうそう、これですよ。通常の美から外れたところにある美を愛でる美的センス、ポール君はつまり「数寄者」なわけで、普通の人が思わない「変なもの」に美を発見する。安土桃山の茶人もそう、「わびさび」も「金継ぎ」も「ちょっとこれ面白くない?」という遊び心が素晴らしく、現代性がある所以だと思うのだが、kintsunagiの心的解釈だとこの「遊び心」は皆目なくなってしまい、「心理的問題克服」へのアプローチに換骨奪胎されてしまっているのではなかろうか? kintsukuroi講座で桎梏が解かれる人がいるようならそれはそれで良いのだが、日本の伝統文化とされると「?」。かつ日本が精神性のとても高い国だと思い込んでいる人も多いしな〜。(こちらの人が考える精神性と日本人の一般的自然観・死生観とのギャップか)
 
これは楽焼ワークショップ。楽の起源は中国だと言う人がいて一瞬汗。「日本です」:あっててよかった。陶器、子供の頃以来
 
これもスピリチュアル傾向の「迷路ワークショップ」:ギリシャ由来なので何を言ってもらっても異存はございません
 
私も精神性高くないのです😄 自分の「海水ドローイング」に関し「自然に仕事をしてもらってるようなもので 」と言っているので、スピリチュアルな脈略で解釈したがる人もいるのだが、純粋な南極の海水の方が地中海の汚染度の高い水よりきれいな結晶ができてなんてことは絶対言いませんし、事実そんなことはなく(温度湿度など色々なファクターに大きく影響されるので)、怒って描いてもいいデッサンができる時はできるし(注:こんな変なことを書くのは「水に優しい言葉をかけるときれいな結晶ができて、侮辱的な言葉を浴びせるとできないという某日本人学者の研究(?)を信じている人が多くて、、、。私としては世界の害にならない限り何を信じてもらっても結構なのだけど、自分の仕事の誤った解釈に同意を求められると閉口する)
 
これは初めての経験の海水ドローイングデモ。作品、他の写真はこちらを
 
私の結論:アートの道は数寄者の精神、ニラヴァナには至らないでしょう
(でも精神性で売ってる現代アーティストも沢山いますけどね)
 
時にはのんびり観光も。湧き水のある内陸部のRio Nell'Elba村にて
 
 
* 注:私「金継ぎ」やったことはなかったし、レジデンスの美術館で開かれるので参加するつもりでいたのだが、シエスタで熟睡、陶器をみんなで一斉に割っている音で目が覚めた:潜在的な行動不能か? これを治すための講座だったかもしれないのに傍観して終わりました(笑)


2022年8月11日木曜日

エルバ島知らずのエルバ島便り

 「エルバ島はどうでしたか?」ときかれると、7月21日以来3週間もいたもののどう答えていいやら困ってしまう。というのも私の今回の滞在は一ヶ所集中、ほぼ100%イタロー・ボラーノ美術館にいて、島のことあんまり知らなくて〜。島一番の観光名所のナポレオンの家も行かなかったし(美術館から近い別荘は散歩で行ったが休館日だった)、かつ車で連れて行ってもらうと自分で探して行くのと違って印象薄い気がする。かつ「連れて行ってもらったところ」もほとんどは「浜辺」だからなー。エルバ島はシシリア、サルジニアについでイタリア第三の広さの島、だから浜辺はいっぱいあって、子供の頃から島に来ている企画者のBさんも行ったことのない浜辺もざらにある(というか知らないビーチを開拓するよりお気に入りの浜辺にハマってしまうものだ)

では美術館のレジデンスはどうだったかというと、なんと言っても蚊と暑さに悩まされた(笑)。以上非常にネガティブに聞こえてしまうだろうが、いつもにましてなかなか良い作品が生まれたのは周りからのバックアップが良かったことの証。

ただのデモンストレーションでも秀作が生まれたし:パーフォーマンス中の写真もあるデッサンブログ見てください

ところで島(海岸)に住む人はどこでも日没が好きな気がする。

難しい話をしているとは思えないのに何もわからなかったな〜。やっぱり少し勉強しないと
岩盤海岸からの夕日

 

昨夜パリに戻ったのだが、バカンスのピークでお店は閉まってるし、一番の移動頼りのメトロ14番線も工事中だし、帰ってきたのを一瞬後悔。そんな中、今年は旬が早いのか「我が愛するミラベル」(参考投稿)はもう安くて美味しかった〜:これはエルバ島ではないからなー。それに我が地下アトリエは断然快適で、島の暑さを蓄えた肌だけが熱っている。

2022年8月4日木曜日

エルバ島便り

これが私の野外アトリエ。左に住居あり
 ナポレオンが追放されたエルバ島に来てはや2週間、水の貴重さをアピールする運動(?)をしているカップルのアクア・アート・アムールというフェスティバルに呼ばれ、それなら私は島の海水でドローイングすることにして早々と到着。滞在先はイタロー・ボラーノ Italo Bolanoというエルベ島出身で3年前亡くなったアーティストのオープンミュージアム(アトリエ、展示会場、彫刻の庭の複合体)というと聞こえはかっこいいが、彼が自分で建てたバラック小屋的建造物の複合体。ちょっと「ピカソっぽい表現主義(?)」のイタローさんの作品は島の街の壁画などになっており、分厚いカタログもあるし、ローカルな有名作家なのかなと思ったら先日留守番中にベニスの近くに住む夫婦が「作品を買いたい」と言って現れた! 館長(奥さん)が留守だから私の作品を見せたが、代わりにこれにするってことにはならなかったな〜(笑)*

その私の作品は泳いだ時の、浜辺近くなのに青・黄の柄の魚とか普通の(?)食卓に上がる感じの魚とか、いろいろな魚の泳いでいた水底の世界。思ったほど結晶が出てこないのはやっまり島の湿気のせいだろうか?(かなり濃くした海水で描いた1作は毎朝波打っているが昼間展示しているうちに平らになる)

先週金曜からフェスティバルが始まってパリから他のアーティストも来ているのだが他の人は家族連れのバカンスで、、、私は他所でも展示できる作品も作ろうなんて思っているのでいつものように孤独に過ごしています(笑)。私はほぼボランティア活動、有給はないし、もらえるはずのフランスの造形芸術基金からの援助金も全然届かないし、来る前に日本へのフライトも買ったしで「おバカンス」は他の人みたいにできないけど、実際外出する気も起きないほど暑い!!!


写真はfbで紹介したのでそちらをリンクします。

 
 
コンサート、アトリエなどのイベントの様子は

Italo Bolano (https://www.facebook.com/Fondazione-Italo-Bolano-ETS-109859354830398) と

のページをご参考に
 
こちら私の三部作
 
 

 私の野外制作テーブル

 

 *注:後で奥さんに聞いたら「買うのなら生前にしろー」と怒っていた。「絵を一枚や二枚売ったからって新しい美術館はたたないし」とのこと

 

エルバ島のローマ遺跡。ともかく暑くて日向恐怖症になりつつあります

2022年7月17日日曜日

Histoire de l'œuf たまごの秘話

Pouvez-vous voir la relation entre l'image de droite et celle de gauche ci-dessous ?
Les carrés blancs dans l'image de gauche est en fait des coquilles d'œuf. Le photographe M. Yamamoto a d'abord peint une toile de fond ressemblant à une rangée de cubes, puis il a posé des œufs dessus et pris la photo de droite. En suite, lorsqu'il a retiré les œufs, les coquilles de la partie collée restaient. 
Mais une coquille d'œuf se casse en un carré comme celui-ci ??? 
Si vous allez à l'exposition et que vous lui demandez, il vous dira le "secret de la production". 
Un œuf peut-il flotter, couler ou rester en équilibre ? Plus on lui demande, plus il vous étonnera.
Par ailleurs le lieu de l'expo est un véritable cabinet de curiosités.

上の右図と左図の関係わかるでしょうか?
左図の四角い白は実は卵の殻で。写真家の山本さんはまずキューブの並んだようなバックの絵を描きその上に卵を並べて右の写真を撮影。そのあと卵を取ったところ貼られていた部分の殻が残った。でも卵の殻がこんなうまく四角に割れるか? 展覧会見に行って聞くとそんな「制作の秘密」を物語ってくださいますよ。そもそも卵は浮くか沈むか、バランスよく自然に立たせたりできるか? いやいや聞けば聞くほど大変なものです。
しかしアーティストのこだわりっていったいなんなんでしょうね〜? 感慨無量
 
注:卵といえば私も無関係じゃないのだけどこんな執着ないからな〜 >参考投稿「卵の取り持つ‥」

写真でガラスの額に入っているのでうまく写真撮れないとからダメと思っていたけど彼のFBから埋め込みっていう手があったのでそれで作品紹介。(残念ながら私の好きな鳥籠にはいった卵はなかったけど)
展覧会スペースもただの「本屋」でなく、不思議な骨董類が蒐集されたまさしくCabinet de Curiosités(キャビネ ド キュリオジテ)で見学の甲斐あり。 
よく画廊におられるそうですが連絡とってから行ったほうが無難でしょう
 

”EGGSPOSITION”
YUTAKA YAMAMOTO
Du 7 juillet au 27 juillet
Librairie Alain Brieux 48 rue Jacob 75006 Paris

Site de Mr.Yamamoto : FB Insta

2022年7月14日木曜日

終了間近、完璧なるトワイヤン展ガイド😄

前々回のカルチエ財団の展覧会の投稿で「15分のために15€!」と答えた女性に私が推薦したのはパリ市近代美術館のトワイヤン Toyen 展。彼女は見に行ってごく満足、感謝された(笑)。
この展覧会はかなり私のお気に入りで実は5月に行ったのだが携帯を忘れて写真が撮れず、かつヴェニスの女性シュールレアリスト展の投稿時に予告しながらずるずると遅れ、そのため最近もう一度見に行ったが、またまた大満足だった。でも女性シュール‥の時に紹介した3分でわかる美術史ブログのトワイヤンでは「作品もあまり個性的ではありません」否定的な厳しい評価を下されているのだが、イマジネーション+技術力で全くそんなことないと私は思う。チェコの同胞ではなくエルンストとかシュールレアリストの中心にいる男の恋人になったらもっと有名になっていたと思うな〜(でもあいつら面喰いが多いから、、、)
 
まあそんな下世話な推測はさておき、トワイヤンは1902年チェコで生まれ、プラハのシュールレアリスム運動の中心で活動、戦後47年に共産主義国家を逃れてパリに移住、80年にパリで亡くなった(日本語ウィキで詳しいのでご参考に)。彼女の作品の核は「性」でチェコ語に翻訳したサドの「ジュスティーヌあるいは美徳の不幸」に挿画を描いた頃以降、女性、鳥、魚、猫、狼、貝、闇、霧、壁、漠なる地平などがモチーフのいわゆるシュールレアリスム絵画を描くようになり、時代とともにイメージを更新しつつ最後までそれを貫いた。それができるほど彼女のイマジネーションは豊かだったと思うし、確かな線で捉えるデッサン力がそれを支えた。第二次大戦中隠れて描いていたデッサンは秀逸だ。

ではそこから始めましょう。39〜40年の「射撃 (Tir) 」シリーズ(ウィキに石版画と書いてあったが???)
 



 次の二作はその少し前の37年の油絵で既に危機を予感させる。
 
「Effroi (怯え)」1937年

「La Dormeuse (眠る女)」37年

 これはサドの訳本(32年)
 

どんぐりコロコロどんぐりこ、XXにハマってさあ大変?

 その前はこんな形とマチエールを探求する抽象的絵画だった
 
「Le jardin du lac (湖の庭)」1933年

 戦中デッサンの直後の作品。この壁から出てくる狼が彼女の作品では一番有名か?
 
Chateau La Coste (ラコスト城にて) (サドのお城ですよ)
 
 これも壁から出現 「Relâche (休み)」 43年

壁にこだわる? これはインスタレーション作品になりそう
 
「Le coffre fort (金庫)」 1946年

 
これもインスタレーション用?

「Avant printemps (春前)」45年

パリでも得意なモチーフをデッサンして新たな構想を練った(48年)


 それがこんなになって?(鏡像的なのも彼女のテーマ)

「Nouent et dénouent (結んでと開いて)」1950年

 縦長、横長、いろいろなサイズでシュールします

「La dame blanche (白い婦人)」1957年

「Enfouis dans leurs reflets (反映に埋もれて)」1956年 

「Ils me frôlent dans le sommeil (私の眠りにかすめる)」(部分) 1957年

 
こんなソファー作れば売れそうではないでしょうか

「Les affinités électroniques (電子親和性)」1970年


そして最後は可愛いいエロティシズム。この歯磨きチューブも作れば‥と思うが今やMe tooで✖️でしょう
 
「Reflet de marée basse (引き潮の反映)」1969年

これで懸案のトワイヤン終了! 24日までだしバカンスだしでもう行ける人いないでしょうから今日はごく丁寧にガイドいたしました。これで私も来週から心置きなくエルベ島流しに甘んじることができます(一応仕事ですよ〜)
 
 
追記:この展覧会、延長にもならない、つまりあまり人気なさそうなんだけど、ポスターのイメージの選択を見事にミスったからじゃないかな〜(3月に始まったのに私も最初は全然行く気がなかった)