2022年8月16日火曜日

精神性と数寄者精神

この数年(?)「金継ぎ」がブーム になってヨーロッパでも金継ぎをする人やワークショップが開かれるようになった。私の参加したエルバ島のフェスティバルでも「金繕い」のアトリエがあった。「金繕い」も「金継ぎ」も同じだろうと思っていたが、ローマ字の"kintsukuroi"はちょっと違っているみたい。というのはkintsukuroiには「自分の過去の失敗などを隠すことなく、それを新たなものに変貌させ、新しい人生を築く」という哲学があるということで、、、私としては初耳、金継ぎ発祥の地日本を代表する私は同意を求められたが、「よく知らんけど〜」としか答えようもない(「金繕い」の先生と論議するほどの知識もないし、姑息にも穏便にことを図ろうと、、、😅) でもこのワークショップ、自分が大事にしていた陶器を持ち寄るのではなくて、用意されていた器を地面に落として割ることから始まるというのでかなりの違和感を感じた * 。 ごく常識的解釈では「金継ぎ」は「日本人のものを大切にする意識のあらわれ」で、日本のワークショップで器を割ることはないんでは?
 
結局は問題を克服するための心理的過程をアナロジーして心のしこりを解こうとする療法的ワークショップなのだ。なんでも「道」になってわかったようなわからないようになる日本特有の文化環境で育ち、そこで何も極めようともしなかった私は「そういう思想も奥にはあるのかも?」と自らの浅薄なる知識を疑ってしまうのだが、この例のように私の常識を逸脱した「日本文化解釈」に遭遇することは珍しくなく、私は西洋のスピリチュアル志向の人は「東洋」のものを拡大解釈しすぎだと疑っている。このワークショップの「kintsukuroiの思想」は検索したところ某スペイン人心理学者が普及せしめたようで、彼は「ワビサビ」の本も書いていて、副題が「不完全を認めるアート」となっていた。そうかもだが、やっ
ぱり変だ。
 
色々考えていたら「金」ではないが、「繕い」の器のことを思い出した。2004年にガーナでのレジデンスに行かせてもらった時(参考)、食器などに使われる大小様々の丸いアフリカの瓢箪に興味を持って街頭の瓢箪売りを色々みたが、同行の彫刻家のポール君は割れた瓢箪を紐でつなぎ合わせた「繕い瓢箪」に特に興味を持ち購入。造形的に面白いと思ったからだ。
そうそう、これですよ。通常の美から外れたところにある美を愛でる美的センス、ポール君はつまり「数寄者」なわけで、普通の人が思わない「変なもの」に美を発見する。安土桃山の茶人もそう、「わびさび」も「金継ぎ」も「ちょっとこれ面白くない?」という遊び心が素晴らしく、現代性がある所以だと思うのだが、kintsunagiの心的解釈だとこの「遊び心」は皆目なくなってしまい、「心理的問題克服」へのアプローチに換骨奪胎されてしまっているのではなかろうか? kintsukuroi講座で桎梏が解かれる人がいるようならそれはそれで良いのだが、日本の伝統文化とされると「?」。かつ日本が精神性のとても高い国だと思い込んでいる人も多いしな〜。(こちらの人が考える精神性と日本人の一般的自然観・死生観とのギャップか)
 
これは楽焼ワークショップ。楽の起源は中国だと言う人がいて一瞬汗。「日本です」:あっててよかった。陶器、子供の頃以来
 
これもスピリチュアル傾向の「迷路ワークショップ」:ギリシャ由来なので何を言ってもらっても異存はございません
 
私も精神性高くないのです😄 自分の「海水ドローイング」に関し「自然に仕事をしてもらってるようなもので 」と言っているので、スピリチュアルな脈略で解釈したがる人もいるのだが、純粋な南極の海水の方が地中海の汚染度の高い水よりきれいな結晶ができてなんてことは絶対言いませんし、事実そんなことはなく(温度湿度など色々なファクターに大きく影響されるので)、怒って描いてもいいデッサンができる時はできるし(注:こんな変なことを書くのは「水に優しい言葉をかけるときれいな結晶ができて、侮辱的な言葉を浴びせるとできないという某日本人学者の研究(?)を信じている人が多くて、、、。私としては世界の害にならない限り何を信じてもらっても結構なのだけど、自分の仕事の誤った解釈に同意を求められると閉口する)
 
これは初めての経験の海水ドローイングデモ。作品、他の写真はこちらを
 
私の結論:アートの道は数寄者の精神、ニラヴァナには至らないでしょう
(でも精神性で売ってる現代アーティストも沢山いますけどね)
 
時にはのんびり観光も。湧き水のある内陸部のRio Nell'Elba村にて
 
 
* 注:私「金継ぎ」やったことはなかったし、レジデンスの美術館で開かれるので参加するつもりでいたのだが、シエスタで熟睡、陶器をみんなで一斉に割っている音で目が覚めた:潜在的な行動不能か? これを治すための講座だったかもしれないのに傍観して終わりました(笑)


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