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2026年9月20日日曜日

キム・ゴードン展、ロックと現代アートに関する独り言

美大は出たけれど社会事業活動の仕事につき、そしてご主人の有機農場の手伝いもし、ずーと活動的で忙しかったFさん、引退して来たる11月に初の回顧的な個展を子供たちの後押しですることになったのだが、初夏以来何故か私に何度もアドバイスを求めてきた。これも何故かだが「できない、もう諦めようか」と弱音を吐きだしたようなので何の役にたつかわからないけれど重い腰を上げ9月頭に南仏まで様子を見に行った。まずは展覧会場を見て、アトリエで作品選び、人生初の「個展コーチ?」という不思議な仕事(もちろんボランティア(笑))は意外なほどさっさと捗った。
 
その帰りにアヴィニョンのランベール財団 Collection Lambert で行われているKim Gordon展を見た。展示は下のインスタ eizo eyes のリンクをご参考にしてもらうことにするが「なにこれ〜」でしょ? 正直「こんなでいいのかね〜?」と思い呆れる反面、ちゃんとキーキーガーガーの連続のビデオを最後まで見通してしまうほどで、これも「何故か」だが決して嫌いにはなれないのだ😅。
 
キム・ゴードン Kim Gordon、彼女はソニック・ユース Sonic Youth(日本語ウィキから引用すると「1980年代以降におけるアメリカのインディーシーンにおいて、ノイズパンクの雄として君臨。後のグランジ、オルタナティヴ・ロックムーヴメントへ大きな影響を与えた」)この説明が意味を持つ人が私のブログの読者にいるかどうか不明だが、ともかくうるさいノイズの多いバンドのメンバーで、紅一点ブロンドで歌姫的な感じを与えないでもなかったがバンドの音楽性からそんな風にはなりがたく😅、73歳の今でもインスタ映像のようにギター持って舞台で暴れたりしている。この人も元々美大出で、でも南仏の友達とは違って迷うことなくラディカル路線まっしぐら、そして私の知らぬ間に現代アートの殿堂でも展示するようになっていて、、、
 
私は子供の時はピアノ教室に通ったし、親にクラッシックのコンサートにも連れて行かれてそれなりにその年齢では十分な素養があったのではと思うのだが、やっぱり反抗期あたりからかな〜、フリーでアグレッシブ(つまりノイズが多い)でジャンルを交差した「初めて耳にした音」はまさにかっこよく、それに打ちのばされて以来ロック青年になってしまった。
 
そんな私が思うに、ロックの流れというのは実は非常に現代美術とよく似ている。
 
今話しているのはロックと言っても一般受けしてただの歌謡曲とならないソニック・ユースみたいなバンドのことのことだが、一応若い層に支持されるポップミュージックだけれど、やっている人は時代の先端を行っているという意気込みがあり、聴く側の態度もWhat's next?という常に耳新しいサウンドの追いかけ思考。つまりどんどん新しいブーム、スターが生まれては廃れてゆく。かつそれが産業(商売)として意図的に仕組まれることも多く、それが上手くいくことも行かないことも:この点はひょっとしたらファンが一般大衆とはほぼ遠い「現代アート」の方が仕組まれやすいと思う。
 
南仏のコンサルタント(?)の後に寄ったイギリス人彫刻家のP君の家で話してる時にレイチェルなんとかの話になって、誰のことかポカンとしていたら「お前の世代だったら知らないということはない」と言われた*。つまりロックでも現代美術でもある時期世界を席巻するアーティストがいてそのジェネレーションでは知らぬアート関係の人間はいない、でも幾世代もはなれた若い世代で知る人はごく稀になるという時代の流れがある。

ロックに関しては60年台後半の優れたミュージシャンたちが昔のロックンロールとプルースの延長に築いた黎明期(?)はすごいパワーだったが、その後テンションが下がり、でも70年台後半からのパンクでももち直し、その後のニューウェーブと私はずーっと熱心なロックファンであり続けた。しかしそれがラップで突如ついていけなくなった!まあこれも過渡的なものと思い込んでいたらいつまでも続き、、、ラップというのはそんなに革命的なパラダイムシフトだったのだろうかと疑問を抱くようにもなったが全然興味が湧かないので研究のために聞く気にもならない。 
ロックと現代美術のアナロジーを考えるといつごろからか私が「今の現代美術」流れにもついていけなくなくなったのも仕方がないかも😅
 
この点クラシック音楽はそれなりに流行りすたりはあるだろうが土台となる曲、作曲家はほぼ永久不滅、演奏者は変わって世代が違うと誰それのコンサートは良かったと言っても通じないかもしれないが、曲の演奏の仕方とか解釈で異なった年齢層のファンでも共に蘊蓄を傾け合う会話ができる。それに反しロックの場合はバンドが主体、それが登場した時代背景も影響するので、同じ話題を分かち合う「友」を見つけるためには同じ世代の元ロック青年を見つけなければならない。かつヨーロッパと日本では状況も違い:日本では安保闘争と反ヴェトナム戦争が背景の米ロック界を背景に「反体制」の知的な若者の歌ととらえられたが、欧州ではロック好きもサッカーファンも近年までは馬鹿者のもの代名詞で知識層の話題にはならなかったものである。
馬鹿かどうかは別にして日本と欧米ではとにもかくにも実況感も違う。今ではSNSの上で昔のライブ映像などで当時の欧米の様子が分かり昔のライブ映像などで当時の欧米の様子が分かり「なるほどそうだったのか」と多少の喜びを今更世界の同世代のファンと分かち合うこともでき、一時よりは仲間(?)が増えたのかも=あくまでヴァーチュアルで(笑)。それに比べP君夫婦はハイドパークのキングクリムゾンが前座だったローリングストーンズのフリーコンサートにいたんだって、信じられん!)
 
こうしてほぼロックを聴き続けた私はロックなんて基本はエレキのディストーションサウンドだと思っているので、キム姉さんのノイズミュージックもそんなに突飛なものとは思えずそれで「ずーっとこんなのでいいのかね〜」と思うのだが普通のミュージシャンはノイズの実験みたいなアルバムを作っても普通は違う方向に向かうもので、このぐらい執拗にやり続けること自体がラディカル、それでこそ「その馬鹿らしさ」も含めて現代アートがちょうど良い落とし所になるのだ。
褒めてるのか貶してるのかわからんけれど私がブログに書くこと自体わが敬意の表れなのです(笑)  
 
 

 

先週末は友達の娘の結婚式でイタリア中央部の街に行き、その後ヴェネチアに行ってキス集めをしてビエンナーレのオープン時の欲求不満(参考投稿)を多少解消して戻ってきたのだが、その間にリタミツコという80年台に大ヒットしたフランスのロックバンドのカトリーヌ・ランジェ Catherine Ringer が亡くなっていた。68歳で私より若い。エキセントリックでエネルギッシュ、素晴らしい歌唱力でずーっと楽しませてもらった。合掌
  
 
注 * ここで話題になったのレイチェルさんは女性で初めてターナー賞を取ったRachel Whiteread、多分現代美術史から消えることはないだろう。もちろん私も知っていたが、ターナー賞を取った人をあげよと言われると私は何人言えるだろうか???
 
参考:展覧会場 Collection Lambertのページ
ご安心ください、もう終わってますので😄 

2026年8月13日木曜日

日蝕また楽しからずや

フランスでは1999年夏に皆既日蝕があった。
そのときは日本の友人N君が知り合いとそのためにパリに来るという知らせが前もってあって、「ええっーそうなのー」とびっくり。わざわざ来るほど面白いものかどうかはわからないが客人に頼られたからにはとベストスポットを研究、日蝕街道の中心線にありパリの北駅から鉄道で2時間ほどで行けるグランヴィリエ(Granvilliers)市の公園に行ったのだった。幸にして晴れわたり(これが最重要条件)、皆既時は正午近くだったと記憶しているが、確かに真昼なのに薄暗くなり鳥も鳴くのをやめ急にひんやり、静寂にみちた数分間は経験する価値はあった。
 
今年は来客通知もなくまたまた知らずにいたら日蝕日(12日)が近くなると急にマスコミが騒ぎだし、週末の報道を聞くと日蝕観測用のメガネが多くの店では売り切れているとか(眼を痛めない「正しい規格品」は主に薬局で売られる)。日曜、かつバカンスシーズン真っ只中に開いてる薬局を見つけに行くのは徒労が多そうなので月曜日早速薬局を巡り出したら全然ない。ついこないだ薬を買いに出かけたときはカウンターの横にいっぱい置いてあったのに〜、なぜ買わなかったのか悔やまれる。
 
我が13区は集団住宅多いのだが、例年なら街がガラーンしているお盆ならぬ聖母被昇天祭(休日)の8月15日付近なのに子供の姿が目立つ。今年は早くから暑かったからかもうパリに帰っている家族が多いのだ(あくまで推測)。つまり子供には何かあってはいけないから親は絶対規格品メガネを買うであろうので、元名古屋プラネタリウム「星の会」の英三少年はいかんせん?(でも昔は分厚いセルロイドの下敷き重ねて太陽観測していたような気がするが、、、)
 
どうしようかなーとググった結果、パリ中心部のリヴォリ通りの天体観測器専門店にはあるらしい。
というわけで火曜日の朝客人を地下鉄に送ったついでにその店に向かったのだがついてびっくり、僕みたいに最後に焦った人がいっぱい詰めかけていて大行列!(カメラアングル悪かったけど背後のメトロの入り口までは続いていたが、ひょっとしたら角で曲がって続いていた可能性もある) 私は正午以降は家に工事人が来るという予定だったので待っていられないので即あきらめ!
結局最後の手段、またリヨン駅に戻り駅のキオスクでメガネが付録になっている一般向け科学雑誌を買った:完璧に「星の会」に逆戻り。 
雑誌はメガネの3〜4倍の値段なので多くの人にとって最後の手段だが、これも遅かれ早かれなくなる見込み😅
 
リヨン駅は 「ここで郊外線に乗り換えて次のナシオン駅へ」というルートを客人に推薦した手前つきあって郊外線に乗せたのだが、なんと『工事でナシオン駅は停まらない〜』とのメッセージが入った。彼女は病院の検査のアポイントメントのため田舎から来たのだが、八百万の神に祈るしかなし→結局一応間に合ったとか😌 
そして工事人が一向に来ないので怒って電話したら明日だった!!!(もう将来危ないです) 
 
さて次は何処から日蝕を見るか? メガネ探しに苦労したのだから今度は抜かりなく? 今回はパリでは太陽が月の影になるピークの時間は20時25分(と思っていたら17分だった:またまた老齢痴呆性の勘違い)、つまり日没少し前で地平線に近いから西方向に大きな建物があるのは✖️、 でもフランスでは皆既日食ではなく買った雑誌によると92.2%だけだからあまり頑張らず近場でと、同じ時間に実地検分。結局あまり西方向に行かなくてもセーヌ川で視界が開けていれば近くの新国立図書館から伸びる歩行者専用橋 Passage Beauvoirのベルシー側がベストに思われたが、ここは人が多そうな気もするのでなんでもないバス道のトルビアック橋からBNのビルの間に落ちゆく日蝕太陽を見るのもいいかと結論。
 
以上日蝕前日11日(火)記述 
 
そして当日:12日 
 
大きなドローイングの加筆なんかしていたらあっという間に時間が過ぎ、アトリエを出ようと思ったら今パリで生活している甥からメッセージで近くの映画館前にいるとか(日蝕のため映画を途中で放棄したというのは英断!)。私の第一候補のpassage Beauvoirに向かったらその前の新国立図書館の広いテラスでも結構見れそう。甥のAI情報ではこの近辺での推薦スポットだとか。太陽の位置から見てビル(新国立図書館は4つの背の高いビルが立つ)の影にはなりそうにないのでそこの木製階段(これがあるのも好条件)に座り込んだ。
まだ明るいからと思っておもむろに例の眼鏡をかけたら4分の1ほど既に欠けていて驚き。パリでの日蝕率マックスの92.2%状態は太陽の上の方が残った形だったが、暗くなったと言えば暗くなったかもしれないが日没期なのでなんとも言えない。私たちの前にいた女性が日蝕メガネとスマフォにつけて随分うまくくっきりした写真を取っているので真似してみたけど腕の所為か古いスマフォの所為かぼやーっとして全然だめだった。フランスの夕食タイムにあたるし猛暑なのでピクニックがてらという人が多いだろうと想像していたが意外に純粋に日蝕を見に来ている人ばかりで変に感心した。
 
 
さてさて、オマケの(笑)科学雑誌によると日蝕は来夏にもある。それはモロッコからエジプトにかけて北アフリカ広範囲にわたるが、エジプトの「王家の谷」も日蝕街道の中心線にある。一度も行ったことないからなと思いつつネットをみたら 
 
「エジプトのルクソールでは、約6分22秒にわたって太陽が隠れる暗黒の世界を体験できます。カルナック神殿や王家の谷といった古代遺跡の真上で太陽が消えるため、歴史的なロマンも味わえる特別な場所として旅行予約がすでに殺到しています」とのこと。
 
そりゃそうでしょう。 
 
このようなことが起きるのはちょうど月が太陽をぴったり隠せるという位置関係にあるからだがこれって奇跡的! まさか力学的に意味ないよなと一応ググってみると(このような疑問は文章で書けば答えてくれるAI検索がされるようになって本当に楽になった。以前(といっても多分数ヶ月前)なら多分日蝕ページを読み通さなければわからなかったはず。ともかくそのお答えは: 
 
地球から見た太陽と月の見かけの大きさがほぼ同じ(約0.5度)なのは、太陽の直径が月の約400倍であると同時に、地球から太陽までの距離も月の距離の約400倍という「400倍の偶然」によるものです。科学的には物理的な必然性や意味はなく、偶然の一致とされています 
 
私はこれを読んで胸をなでおろす。実はフランスでは近年(いつ頃からだろうか)おそらく仏教思想の影響で、偶然の街で出会ったりすると嬉しげに「私は偶然は信じません」または「偶然は存在しません」と誇らしげに宣言する人多くて、私は「うんうん」と流しているのだが別に偶然を受け入れてもいいのではないかと思っている。特に「あなたと巡り合ったのは偶然でありません」などと言われると「勝手に決めるな!」と言いたくなるのは私かなりへそ曲がりなのだろうか? 
偶然に神秘を感じるのもクールでポエティックだと思うのだが。 
 
 

2025年9月3日水曜日

冥土への土産は羊乳のチーズ

"King of Rats" 2021, 236x125cm
Note: En bas il y a une photo déconseillée aux personnes très sensibles
注意:下の方に感受性の非常に高い方に向かない写真があります
 
 
最近台所のオーブンの下に向かってパッと黒い影が走る。最近台所へ再度出没し出した小鼠だと思うもののオーブンの下の隙間はものすごく狭い。まさか私の目の異常かと思ったが、もうこの際やけくそに今まで全く功を奏さなかったネズミ取りを二台並べて置いてみた。
餌は私の好物の羊乳のチーズ。我が家のネズミは主人と好みがあって、日本に行って帰って来たばかりの朝市のパン屋さんのパンを、吊るしておくのを忘れたら私が食する前に見事に食い散らかしたばかりだった。
 
それが今朝なんとアベックで並んで捕らえられているではないか!!!
 
一人なら慎重なところ二人なら冒険してしまうということはよくあるが、これはその例かもしれない。  
そして2匹とも本当に小さかった! 
 
衛生上可哀想とも言ってられない。水につけて完全な死を確かめて「禁じられた遊び」もせずにビニール袋に詰めてゴミ箱に行ってもらいました。
ネズミは子沢山のはずなのでまだいるのかな〜。しつこく今晩もダブルで罠をかけてみます。
 
しかし写真を見るとオーブン周り随分汚い。ネズミがいるはずか、、、。これを機に少し掃除をしよう。今日は何時に着くかわからないフランス方式の宅配待ちだし 😅
 
右の写真はこの投稿を書いていて急に思い出した「ネズミの王」。私の小さなドローイングからヒントを得てHiloéeさんが書いた詩をもう一度咀嚼して描いた、非常に天井の高い会場用にわざわざ作った巨大掛け物作品(236x125cm)。
展覧会は私がドラ・マールの家に行った時、つまりパリは外出禁止令中に企画者が焦って開催したが、一般公開されなかった。私はプロヴァンスに発つ前に作品だけ置いて展示も任せっきりだったのだが、たしかこれは展示されなかったと思う(21年5月7日の投稿で少しだけ触れている)。その後どこにしまったかも定かでなかったが今日探し出し初めて写真撮影。
これもかなり筆を入れる余地ありそう(最近そんなことばかりしているが) 
 
 

2025年6月16日月曜日

修道院の個展での仲野麻紀さんの即興演奏

(La vidéo de l'intervention musicale de Maki Nakano ci-dessous)

 

昨日に続き修道院の展覧会の最終章:

無事に開催できた5月22日の展覧会場での仲野麻紀さんが即興演奏

麻紀さんに初めて出会ったのは何十年(?)も前のこと、彼女がオペラ座界隈、日本人シェフの影山さんが作る一味違う韓国料理の店「キムチ」でアルバイトをしていた時。いつもサービスをしているVさんが骨折をして急にピンチヒッターとして登板した。「へーえサックスね〜」てな程度の会話だったのだが一度聞きに行って見たら古い渋みある光沢のサックスから時の重みを感じさせるような深みある音が奏でられて驚いたのだったが、最近は昔より軽やかな飛翔感が出てきたような気がする。 
彼女は北アフリカ、ブラックアフリカのミュージシャンとの共演も多く、それどころかアフリカからミュージシャンを日本に連れていって公演を企画したりするというヴァイタリティの持ち主。音楽のみならず旅行をしては各地の料理を学び精通し、音楽、料理。社会問題をおり込んだ本も書くし、俳句も作るし、かつ最近はネットラジオも放送する大変な才女。
 
 
かつブルターニュに住んでいるしで、いくら彼女が好んでいろいろな場所・状況で即興しているにせよおいそれと「会場に来てボランティア演奏して」とは言い出しにくいのだが、彼女から逆に提案をしてくれてとても嬉しかった! それが前々回書いた「許可問題」でしょ、はらはらさせられましたよ。
 

ところでその最初の出会いを作った骨折したVさんは今回初めて私の作品を見に来てくれてたのだが、いつも焼肉を食べながら酔っ払ってはケタケタ笑っている私しか知らないから作品が意外だったらしく「本当にあんたが描いたのか?」と何度も尋ねられておかしかった。
そういう印象を持ったのはVさんだけではないだろうから、それだけでもちゃんとした展覧会やった甲斐がありました😅
 
ははは、これが今回の展覧会の結論です
 
 


2025年3月2日日曜日

命の次に大切なものをなくした〜

日頃「命の次に大切なもの」と言っている「滞在許可証」、こともあろうにこれを落とした!*

携帯にモバイル搭乗券なるものがあり、家からパリの空港まで荷物を運んでくれるANA+クロネコの「手ぶらサービス」なるものを利用しているのでゆっくり羽田に到着、ANAの機械でモバイル搭乗券を読ませたら「存在しません」というような答えが出てきて、変だなーとパスポートを引っ張り出しスキャン。でも答えは同じ。さっぱりわからんから近くにいた係員に尋ねたら、ははは、そこは国内線カウンターだった! 
国際線は2階でそこで同じことを機械相手にしようとしたらモバイル搭乗券が入ったメールが見当たらない。どうも携帯の変なところを触ってしまったようだ。pcには入っているが、、、で紙の搭乗券を出してもらうことにした時には場内で「パリ行き最後の搭乗受付です」なんてアナウンスがあって、今までの余裕はどこぞに消え、慌てて「人のいるカウンター」へ。まあ私にはこの方がよっぽど楽だ。
 
荷物検査などを通過しゲートに行きつつふと気がついたのはいつもパスポート入れに一緒に入っている滞在許可証がない。服のポケットにもナップサックのポケットにもない。国内線でも国際線でも機械に読み込ませようと思った時は絶対にあった。そのあとパスポートを出したのは紙の搭乗券をプリントしてくれたカウンター。その時もあった。
 
情報センターに行って探してもらったが落とし物にあがってきていない。青ざめてしまったがともかくはパリ空港までは行くしかないよな〜、命はあるのだから。
 
フライトのゲートの係員にまたこれこれしかじか、、、なんとその間に落とし物情報が上がってきた! あーやれやれ、その後数分で手元に届いた。関係者の皆様に感謝の言葉がありません🙏
 
パリに着いて入国審査でこのいわくつきの許可書を出したら、我が内心の安堵も知らぬ審査官に「スゴイってどういう意味だ?」と尋ねられ、ああここはフランスだと実感!この気楽な審査官も滞在許可証なくしてたら厳しい尋問するのかな???
 
ところでパリまで勝手に運んでもらった旅行鞄だが、フライト前日にクロネコから「コロコロが壊れまして、、、」という電話があった。当然一つなくなっているのだろうと思い込んでいたのだが出てきた鞄にはコロコロがちゃんと4つある。きつねにつままれたよう。報告を受けていた空港係員がコロコロを入念にチェックしてみたところ一つが引っ張ると浮き出すことがわかり、あーこれか:つまり知らなければそのまま引っ張って行けそうな不具合。クロネコさんは修理したら代金を払い戻してくれるということだったが、パリの13区の中華街で買った素性の知れぬ既に何年も使ったこの鞄、修理するほどのことがあるのか甚だ疑問。空港側はここで修理するという。でもすぐにはできないから同じようなサイズの鞄をもらいこれに荷物の入れ替え。空港係員も私同様の疑問を抱いたのだろう 「この鞄を引き換えにして古いの廃棄してもいいのですよ」 私「いいいいそれで!」 

文章で書くと簡単だがその間書類も書かされ、色々待ち時間があるからこの成り行きは時間にすれば30分以上。
 
実は私の使う地下鉄14番線も空港からの近郊線も夜間ストップするという情報をもらって最後の最後に4時間以上の長い待ち時間のある(なぜこんな便を選んだのか?もちろん少し安かったけど。それで着くのが遅くなる)フランクフルト経由便から直行便に変更したのだが、空港係員が手薄になる夜10時半過ぎに着いていたとしたらどうなっていたのだろう? それに滞在許可書なしでヨーロッパの国境フランクフルトに着いていたら?? 
変更料払っても変えて良かった〜😅
 
というわけで全て結果オーライ。
企業宣伝など滅多にしない私だが「手ぶらサービス」ってのは本当に素晴らしいです。
しかしそんな便利な日本で一層ボケボケ状態になっているので気を引き締めねば! 


* 注: 滞在許可証は普段はなくすと大変なので必要な時以外持ち歩かないようにしている。
外国人は常にも持ってねばならないことになっているが、警官に要求されても彼らは住所氏名からドキュメントにアクセスできるので顔写真と照合され生年月日ぐらい尋ねられて終わりだ。(それもパリ市内で平常時なら滅多にないが)
このマリアンヌ像の入ったチップ入りのカードはブログにも写真紹介済みだった(笑)


内容とあまり関係ありませんが:
これはモスクではありません。旧横浜税関。建築細部も面白い。私大昔に初めて船で渡航した時こんなところを通ったかな〜?
 

2023年11月24日金曜日

荒川さんの「養老天命反転地」

私の実家は名古屋西部にあるのだが、そこから木曽三川の揖斐川を上った養老町に荒川修作と彼の連れ合いのマドリン・ギンズのコンセプトの「養老天命反転地」なる公園がある。

ところで皆さん荒川修作ってご存知だろうか? 

「私はよく知ってますよ」っというか、、、
 私の子供の頃は新聞社が美術展の大のスポンサーで、その新聞社勤務の父の役得で得られる招待券のおかげで私は名古屋で開催される美術展はピカソ、ダリをはじめ、泰西名画から浮世絵、現代アートまで総なめしていた。その頃の現代美術展はコンセプチュエルなものが主流で小中学校生の私には手に負えなかったのは当然だが、その中で特に「煮ても焼いても食えんな〜」とエイゾウ少年が思った最たるものが荒川修作だった。名古屋出身でニューヨークで活動、グラフがあったり表があったり線が引いてあって絵単語が記されていて「優秀賞」なんて受賞しているのだから、少年もそれなりにすごいものなのだろうと思って見るのだが、英単語の勉強以外には何とも致し方なしとすぐにサジを投げた。それどころか以降荒川修作は敬遠。この養老の「公園」も行きたいと思ったことがなかった。実際フランスから友だちが実家にきた時も「養老の滝」は行ったが「養老天命反転地」には足を運ばなかった。
 
ところが今回、実家に住むのも最後になるかもと思って行ってみたら、この公園はものすごくおもしろかった!^_^ 
昔の作品同様理解できないのは同じとしても、傾いた床の迷路のような建造物の中を歩くとドイツ表現主義の無声映画「カリガリ博士」
(ウィキ)にでもなった気がしてくる。歪んで奇怪、でもベッドとか冷蔵庫とか実際の調度品が壁に飲み込まれては透過し、天井にはテーブルがある反転世界というシュールな滑稽な愉快さがあり楽しめる。建造物は95年の開園以来そのままで崩壊しないか心配にならないでもないが、それもまたよし。逆に手入れのされた屋外公園は「不安定感」をキープしつつもなごめる空間になっている。今更ウィキを見てみると、私が食わず嫌いになった60年代後半から荒川修作も随分「進化」したらしい。といっても彼の理論を紐解こうとは思いませんが(絶対私には難しすぎる=煮ても焼いても食えんには変わりないので)
 
下のインスタからの掲載は空間がわかってもらえるようビデオ主体ですのでクリックして動画をご覧あれ。安全第一主義の日本でどこで転んで怪我するか分からない公園ってのはとても素敵です!!!

 

 

下の白黒写真は家を整理して出てきた(で即整理の対象となった)現代美術展のカタログにあった彼の作品の写真。 ほんとにね〜

 

公園でもどんぐりコロコロしそうになります

これは養老の滝。紅葉にはちょっと早かった:
 そうそう実は紅葉にいいかと思ったのが行ったきっかけだった。温泉もあるし(笑)

 参考

荒川修作のウィキ

養老天命反転地のウィキ

2023年8月29日火曜日

19年ぶり(?)のCap d’Ail

写真にするとたいしたことないですが
モナコはフランスの中の飛地の公国だが、Cap d’Ail(カップ・ダーユ)はそのモナコとフランスの国境にある町で no-madeというグループが毎年地中海に面した豪華ヴィラ Villa Roc Fleuri の、主に庭を使って毎年9月に展覧会をしている。

私がこれに2004年に参加したのは、同年の春にガーナのワークショップに一緒になったアヴィニョン近くのヴォークルーズ地方に住む英国人彫刻家のポール君 (Paul Stapleton) に誘われたのがそのきっかけだった。

no-madeの企画は毎年テーマが違うのだが04年はカップ・ダーユを通る廃線になった鉄道路線がテーマで、ヴィラについた時にゴミ箱で見つけた高級別荘地らしい立派な皮鞄に線路の石を詰め込んだ簡単な作品だったが、意外に主催者から高く評価されて(no-made 無製造とノマド(遊牧)をかけたグループ名にぴったり入ったのは確か)、20周年記念に編集されたカタログにも1頁まるまる掲載してもらうという光栄に預かった。
 
 
このヴィラのガーデンオープンの企画、「流石おフランス、なかなか志の高い芸術愛好家がいるものだ」と感心されるだろうが、実はヴィラを1年に1ヶ月間公開すると不動産税の控除枠があるということで、この優遇措置には期限があり、今年でそれが終わりになる。そこで展覧会も終わり! つまりそれほど家主さんの志が高い訳ではなかった(笑)
 
だから今回は最終回。

最終回ともなると、持ち出しになるような仕事は凡そ引き受けない志の低いアーティスト私も参加せざるえない。というか、私(ポール君にも?)にとってのこの企画のメリットは、普通では住むどころか滞在もできない海岸に面した高級別荘に展覧会を口実に住み込むことができることにあった。だから行くしかないのだ。

しかしカップ・ダーユの前から決まっていたルーアンのグループ展が9月2日に始まるので作品の展示にいかねばならなく、ヴィラでのんびり滞在しながらの制作には無理があり(最近そういうインスタレーションしてないし)、カップ・ダーユの水を送ってもらって海水ドローイングを飾って済ますことにした。つまりヴィラの居間での展示で、早く来た方がいい場所が取れる、ポール君夫婦もすぐ来るというので展示作業が可能となる、つまりパリ在住の家主さんのバカンスが開ける23日から行くことになったが、そうこうするうちに突然お金儲けの話が舞い込んで来てカップ・ダーユは1泊だけになりそうになった。しかしやはり私はお金とは縁がないのか、そちらは現れたのと同様儚く水泡と消え、結局1週間の骨休みを余儀なくされることとなった。というのもバカンスの終わりでパリ行きのTGVは週末は満員、金曜月曜もべらぼうな値段で 、、、😰

その骨休み、景色のいいヴィラだが、猛暑で睡眠不足、週末に避暑に行った友達の住むニースの裏のアルプスでは雨、そして今はニースの駅で供給電気系の事故とかでTGVを3時間待ちぼうけ中。これがねー、最初から3時間待ちとか言ってくれればいいのが1時間10分待ちが1時間40分、2時間10分と時間が経つに従って増えていき、かつこれが予告ではなくて単純に現時刻と出発時間との差だから言われなくてもわかる代物で、、、3時間待って改札となり、また列車の中で待たされるのかと覚悟していたら意外にすぐ出発!!! かつちょっとだけ奮発してファーストクラスにしていたから快適、よかった〜と喜んでいたのは束の間、隣のアンティーブに停車したまま全然出ないんですけど。→ パリ午前1時40分着予定、駅からどうする!?

 
参考
 
旧HPの作品説明(日本語もあったはずなのだが、、、)
 
旧ブログによると2012年にもカップ・ダーユは訪問していたがその時は滞在していない。だがタコを見たことを書いている。それで今回のドローイングにはタコが登場することになった>旧ブログの投稿
 
 
 
これが上の写真にある今はヴィラに飾られている二つのドローイングです




2022年4月13日水曜日

バーニョ・ヴィニョーニ、あーあ世界は救えなかった。

Résumé : La première destination de mon voyage était Bagno Vignoni qui a été un lieu de tournage de "Nostalgia", un film de Tarkovsky (voir la scène vers 33-39min de film youtube ci-dessous) . Les choses ne se sont pas passé comme prévu...

ロシアというよりソ連の反体制映画監督であったアンドレイ・タルコフスキー 、彼の「ノスタルジア」(83年)という作品をご存知だろうか(ウィキ:あらすじ)。その中で映画の主人公のロシア人作家が乗る車が曲がりくねった山道を登って辿り着く*、真ん中に石で囲まれた四角い温泉プールがありそこで村人がお湯に浸かっていたその村。ここに昔から行ってみたかったのだが、90年頃トスカーナに行ったとき観光案内所で尋ねてもよくわからなかった:当時映画ファンにはタルコフスキーは有名でも、観光案内所のお姉さんは知らなくて、、、。

トスカーナ地方には温泉が多くて、名前から♨️を適当に探して偶然マストロヤンニが主演、ニキータ・ミハルコフ監督(ウィキ)のこれまたソ連イタリア合作映画「黒い瞳」(98)に登場する温泉に出くわしたことは覚えているが、どこだったかな? この映画はチェーホフものでタルコフスキーと全く傾向が異なるが良い映画だった。それはともかく「黒い瞳」の撮影の温泉地はヨーロッパではよくある、贅沢で近代的な療養施設、それに対しタルコフスキーの方は片田舎の山村の温泉で全く異質だった。だから知られざる場所かと思い込んでしまっていたのだが、今回飛行機会社からの来たバーゲンに釣られて急に思い出し、、、

90年代とは違ってネットを見ればなんでもわかる今、そこは全然知られぬ秘湯どころかバーニョ・ヴィニョーニ Bagno Vignoni という有名な歴史ある「温泉地」だった。新たに購入したトスカーナとオンブリアの観光ガイドによれば「ローマ帝国以前のエトルリア時代からある温泉で、(フィレンチェのルネッサンス最盛期を築いた)ロレンツォ(・デ・メディチ)豪華王も愛した硫黄泉。町の真ん中にある広場ならぬ四角い浴場はタルコフスキーの映画で有名になった」。しかし今のフランス人は宮崎アニメは見ていてもタルコフスキー知っている人いるのかなとかなり疑問(ガイドブックの著者の年齢を疑わせる)。その割に行き方が書いてなくて、、、そこで私の挑戦が始まった。というのも私は車を運転しないので! 

Googleの「行き方」ツールも便利だが、簡単に「ない」なんてことや、なかなか厄介そうな乗り換えのものがよく出てくる(それが正しいこともあるが)。そこで色々試してわかった「うまく探すこつ」は、近くの比較的大きい街を見つけて点々と繋げてみる。かつイタリアでは田舎のバスは日曜日はほぼ運行しないという条件もあって、可能性を探るのに写真のようにメモを書いて作戦を練ったのだった。

いろいろ検索してみると日本語のブログもあって、その中に「タルコフスキーとバーニョ・ヴィニョーニ温泉」という私同様タルコフスキーに熱い思いのあるイタリア在住の方の投稿があり(映画からの写真もあり)、実はそれを読んで現状を知り少々期待が冷め、、、でも別の観光ブログでは崖のほうに温泉が流れワイルドな池同様の温泉もあるみたいで「おお、地獄谷みたいなのかな」とまた期待を取り戻し、、、かつ英仏語情報だとこのBagno Vignoniから車で20分ぐらいに Bagni San Filippo というまさに日本の露天風呂風のところがあって、一応バスも通っているし、Bagno Vignoniでレンタルの電動自転車もあるようなのでグーンと期待が再度高まり、温泉を今回の旅行の目的地として出発!

そして着いたバーニョ・ヴィニョーニだったのだが(4月8日)、芝刈り機が轟音を上げ、四角い温泉プールからは湯気も上がってなく、足湯をしている写真のあった水路にも流れる湯もない。村の下の滝も同様。湯が枯れ上がった??? どうも変だと作業服着て何やらやっている人に向かって叫んだところ、私の解釈(推測?)では「週末(あるいはシーズン?)前に湯元を切っていろいろ点検工事中」だったようで、あらま〜。貴方ならどうする?:今日はここまで=上のリンクのブログもあるし、下には「ノスタルジア」もあるし(笑) 


Bagno Vignoni
なんか湧き出てるけど? ここを蝋燭ともして渡れば世界が救えたのだが

これがお湯が流れて滝になっていたはずの崖。この池でも湯あみできたはずだった

湯量は豊富でかつては水車もあったとか


「ノスタルジア」33分〜39分ぐらいの温泉シーンをご覧あれ。私の思い入れがわかっていただけるかも。(* 注:つまみ食い的に見ると私の記憶はかなりあてにならないような気もしてきたが)

 

航空券を買ったときはまだロシア軍のウクライナへの侵略は始まっていなかった。つくづく戦争ほど愚かな行為はないと思わされる。ましてや地球規模の経済があり環境問題がある今、尚更。当然それ以上に翻弄される市民の悲劇、報道を見て涙してしまう。ちょうど今フランスでは大統領選挙、日曜が第一回の投票だったが、論点が原油上昇による「購買力」の低下などになってくると「それどころじゃないんじゃない?」と私は正気ではいられなくなってくる。そうでなくても選挙前の狂騒からの逃避が旅行を計画した一つの理由だったが、こんなことになろうとは。全くの無力だと蝋燭ともしてプールを横断して世界を救えたらと夢想もしたくなる(悲)


 

 

2022年2月14日月曜日

人生のつづれおり - Mayumi Inoué 展

楽譜のつづれ織り
Sujet principal : Exposition de Mayumi Inoué  "Motif de vie".

人生はつづれ織り、嬉しいこともあれば悲しいこともあり、、、なんて口ずさんで帰ってきて歌詞を見たらキャロル・キングの「タペストリー」は全然そんな簡単な歌ではなかった(曲の出た71年頃の日本のラジオ番組ではこんな風に紹介をしていたと思うけど〜)。彼女の曲は素朴な歌詞が多くて中学英語で大体はわかるのだがこの曲はもっと寓意的で、、、聞いてもよくわからなかったはずだ。(アルバムは当時大ヒットでよく知られている曲が多い。「タペストリー」はタイトルソングだが、シングルでもなかったのであまり聞かなかったけど←自己弁護)

それはさておき私にこの曲を思い出させたのは
織り込まれた写真はウジェニの息子
Mayumi Inoué (井上麻由美)
という若い日本女性作家の展覧会の、ウジェニさんという1人の女性の証明書とか出納書とかのドキュメントをつづれ織りした作品。ドキュメントは井上さんの友達がナントの一軒家を買った時に屋根裏にあった一個の金属箱に入っていたそうだ。それは以前の家主が引っ越ししてきたときにすでにあったという。箱の中にはウジェニさんは自分の「人生」の種々の記録と髪の毛までを残していて、井上さんとお友達はそれに基づき、1895年生まれで2つの世界大戦を経験したお針子さんウジェニの苦難多き人生を見出し再構築した(最終資料は封の切られていない1977年の封書でこの年に亡くなったと推測される)。井上さんはそれらの記録と髪で人生を織り込む作品を彼女の住んでいたその家で作ったというストーリー豊かな作品なのだ。壁に飾られた作品ばかりではなく、箱を譲り受けたお友達の俳優・監督のジョン=マリ・ ローヴェレックさんとウジェニの生涯を語る人形劇まで企画中とのことで、それが展覧会場でも開催される。この辺のお話、私が書かなくても彼女のサイトにきちんと日本語で説明されていますのでこちらを参考に。 
 
最近はドキュメントのディジタル化で事情は変わっただろうが、私が40年前にフランスに来た頃には電気・ガスの領収書、銀行出納明細、手紙も「なんでもとっておけ」と忠告されて驚いた。例えばフランスでは各人が税金の「自己申告を」するが、間違った申告をすると3年、あるいは6年、状況によっては10年遡って調べられるらしいのだ。税金でなくても何か問題の起こった時は必要になる:だからなんでも取っておく。この昔に遡る「遡及性(rétroactivité)」という単語を初めて知ったのは、以前のアパートで大家さんから3年間値上げしてなかったから急にまとめて差額を支払と請求された時。そんなバカなと思って市民相談室に行ったら家賃は6年間(だったと思う)遡及可能ということで、、、😟 滞在許可書の申請などでもその頃は窓口で本物を見せて自分で予め用意しておいたコピーを置いてくるという形式で、わんさと「紙」を持っていく。アーティスト申請も最初は落とされたが、「大きさ、量の制限なんか無視してでっかい資料持って行かなきゃだめだよ」とのアドバイスを受け、そうしたらパスした。書類は厚さで勝負! 「無用な書類の山」にはタペストリー (tapestrie) ならぬパペラスリー(paperasserie)という言葉があるほどで、我が家にもパペラスリーがはいったボール箱が一杯ある。


これも楽譜から:こういう読めない方が私の趣味

だからウジェニさんが箱の中に「紙」をいっぱい貯め込んでいたのはわかる。でも「髪」が入っていたというのは私にはかなり不思議なのだが、井上さんは癌の化学治療をする人の髪で織った作品もあって(「いのちの糸」プロジェクト) 、、、これは私にはちょっとヘビーすぎ)、そうでなくても「織り」の行為は私には自分の羽を抜いて夜中にカッタンコットン「鶴の恩返し」、自分では絶対しない忍耐の世界で苦しそう(想像しすぎかな?)

他には使われた楽譜を織ったものも。音符が踊っていると少し気が弾みますが、これでキャロル・キングになったのか? ちゃんと歌詞を読み直して信頼できそうな和訳を見ると閉じ込められていたウジェニが解き放たれたこととの類似性があると解釈できないこともないから私の「鼻歌」は正しかったのかも**(笑)

テクスチャー作家は沢山いるが(ほぼ女性、男性もたまに)、布とか糸、自然素材(蔓とか髪の毛とか)、最近はプラスチックゴミとか、様々な素材を使え、コンテクストに合わせられて結構現代美術しやすい世界 * だが、作品としてはぐちゃぐちゃと糸が絡まる増殖的でのめり込み型のものが多い。それに対し井上さんの作品はシンプルで、使った素材の由来ともある距離を置いたクールなストーリーテラー的なところが私は気に入った。(私の意見は主流派じゃないので逆にそれが弱点かも。まあまだまだ発展されるでしょう:若い人は羨ましい←またまたエイゾウのブルース)

展示スペースは画廊ライブラリーといっても書籍と独立していて、地上階に地下と規模も大きく40点もの作品を展示中。3月19日まで続く。でも水曜と土曜しかここは開かないですって。

「星の王子様」

インスタレーションも


galerie librairie IMPRESSIONS - 17 rue Meslay 75003 Paris  (01 42 76 00 26) にて

3月19日までの水曜(18〜21時)と土曜(14〜20時)

人形劇« Boucles »は3月19日(土)19時より - ウジェニがなぜ髪を残したか紐解かれるらしい
 
Exposition jusqu'au 19 mars 2022, Ouvert mercredi de 18h à 21h et samedi de 14h à 20h
 
Présentation du projet théâtre  « Boucles » 
samedi 19 mars 2022 à 19h avec Jean-Marie Lorvellec (comédien)
Une histoire qui explore pourquoi une couturière du XXe siècle nommée Eugénie, nous a laissé ses cheveux.
 
 
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注 
 
* 考えて見たらテクスチャー・アートに関し昔少しだけ書いていた:2019年3月 縫・織・編
 
** キャロル・キングのタペストリー、歌詞+和訳付きYouTubeがありました(ただし訳は前のリンクの方が正確)