2022年4月25日月曜日

外国人の私のヤキモキ

あ〜久しぶりにヤキモキした〜:なんのことかというと昨日(4月24日)の大統領選挙。
 
ベルギーのしゃがれ声で哀愁に満ちたかすれ声で歌うArnoというロック歌手が土曜日に亡くなったことがあって、午後にベルギー放送のサイトをチラチラ見ていたたのだが、フランスでは前日と当日の48時間の選挙に関する報道は禁止されているが外国放送局、つまりベルギーでは可能でフランス大統領選決戦投票当日の「予想」もあり、それによるとマクロンと極右のマリー・ルぺンは大接戦。。。ルぺンに私が賛同するところがないのはもちろんだが、それどころか彼女が言う「フランス人第一政策」が実施されたら、「外国人」の私は家賃援助手当がなくなるとか、ひょっとしたら公団住宅であるわがアトリエからも追い出されるかもしれないという直接的危機がある。もし私に選挙権があったなら、棄権とか白紙投票とかなんて考えずマクロンに投票したところだが、投票権ないから、、、ヤキモキするしかなかった。
 
かつマリー・ルぺンは選挙運動で「フランス人第一政策」を表に出さず、「購買力の維持」を第一の目標としたから、現在のウクライナ戦争の影響でインフレが必至の展望下では一般国民に訴えることは明らか。幸にしてテレビ討論会でルぺンはまたしても精彩を描いたようなのだが、マスコミの意見と「大衆の印象」はズレがあって当てにならんし、、、。
 
結果が出るのは夜8時、その15分前からテレビ(アイフォン)をつけてそわそわ、こんなこと私に以前あっただろうか? 結局はマクロンが58%で当選。2017年の66%に比べたら差が小さくなりルぺンは大躍進、インタビューで選挙に勝ったような勢い。一方マクロン側のスポークスマンも現役の大統領としての再選としては大勝利と主張。「いつも通りの各々が自己正当化か」と即テレビを切った。だが翌日の報道によるとマクロン君はその夜「私を支持するのではなく極右に歯止めをかけるために私に投票した人が多いことを真摯に受け止めその責任を受け止めている」と「自粛」した当選演説をしたそうでのことで、我が家の近くの街頭の候補者ポスターの掲示板にも「皆さんありがとう」という紙が貼られていた。
 
このマクロン君の反省、どこまで本気に受け取ったらいいのだろうか? 私は実を言うと「黄色いベスト」運動対策のマクロンの低収入者への援助金をあやかったし(過去掲載)、それ以上にコロナのロックダウン中前年度のアーティスト収入を保証してもらえたし(関連投稿)で、危機にあたって「社会的政策」をとったと思っているから「金権政権」一言で斬り捨てるのは酷に思うだが、「庶民階級に対し侮蔑的」であると私の想像を超えて憎まれているのは明らかなのだ。それがゆえに今回は低姿勢に徹したスタートなのだと思うが、新しいことする前に、5年前就任して一番にし、かつ財政的に大きな財源ではないのに固執し「お金持ちのための政治」とのレッテルを貼られる大きな原因となった資産税改正(過去投稿)を撤回することから始めるのがいいと思うよ(エイゾウのアドバイス(笑)。かつ5年前に国会の圧倒的多数をとった時に比例代表制を導入しておけばよかったのに(これも彼の果たさなかった公約の一つ)
 
しかし私が毛嫌いしていたサルコジーの時もリーマンショックで、マクロンはコロナという大きな危機があって結局2人とも財政出動で自国の経済を救うと言う「左派政策」をとり、幸にして思いの通りにネオリベ路線への国家改革を推し進められなかった。今回の選挙を見ると国民はラディカルに右と左、それとネオリベ中道の三極に分裂、一方ウクライナ戦争は続き物価高騰が続き、国民の不満はますます高まるばかりだろうから、マクロンは選挙戦で第一目標に掲げていた定年延長とかはまずできないだろう。やりたいことできないのになんでなりたがるのか? 私なんかにはさっぱりわからん。一方仏大統領任期は連続2期までで彼は5年後には出馬できない、でも今の制度のままだと10年後に再出馬は可能。権力の魅力に囚われると大変だな〜 (若いのが仇かも)。
 
フランスの選挙では候補者ポスターの「つぶしあい合戦」なるものがあって(本当は非合法だろうが)、掲載した写真はそんな破り貼りされたポスターを撮ったGilles-Henri Polge のもの。もっと見たい人はこちらへ:
 
右は選挙当日の私のデッサン。右がルペンで左のブリジットが乳をつままれ、その下にマクロンと解釈する人がいたが、ほんとかよ!?

2022年4月15日金曜日

ついに果たした「春」との再会

先々日書いたように私の今回の旅行の目的地は、タルコフスキーの映画の撮影地のバーニョ・ヴィニョーニだったが、もう一つの要件はフィレンツェのウフィチィ美術館、特にボッティチェリの「春」。私は大学時代に初めてイタリアに旅行して以来、あまりの観光客の多さにおじけて入ったことがなかったのだが、「春」は19世期に使われたニスのため全体が茶色くなっていたのを(つまり私はかつてそれを見ていたはずだがたいして覚えがない、泰西名画ってのは茶色いものだと思い込んでいたし)、80年代に修復されて鮮やかな色を取り戻したことを写真で見知っていたのだが、、、今はルーブルもがら空きだから、ウフィチィだって。「このコヴィッドのもたらした千載一遇のチャンス(?)を生かさなくてボッティチェリが泣く」とパリの昨年秋ジャックマール・アンドレ美術館のボッティチェリ展を見たときに思った。この展覧会のことは10月5日の投稿に2行書いただけだったが、結構混んでて、かつ同行人(ハンディキャップのあるご婦人でそのおかげでタダで入れてもらえる)に「このヴェールが、、」なんて絵の前で指差したら大声で監視に注意され、「注意人物」とみなされて以降本当に感じ悪かったのだ。ウフィッチ美術館、私の着いた6日の昼は「春」の前にも「ヴィーナスの誕生」の前にも、ガイド付きグループ、修学旅行(?)の若者をいなせばこの写真の通り。来てよかった! (アドバイス:団体はランチを普通の時間に取るのでそれが狙いどきのような気がするが、私の言ったのは予約もなしですぐ入れた特別な状況下だから参考になるかどうか)

ウフィチィ美術館、ボッティチェリの「春」の間

ウフィチィのこと夕食を食べつつ以下のメモを携帯にしたが、これは掘り下げず自らの備忘録としてコピー(だから読まなくて良いです):

名画は名画なのかなー
驚いたな〜、波いるルネッサンス名画が並ぶウフィチィ美術館、私の好みではやっぱり胸を肌けた女神が真ん中に御座する「ヴィーナスの誕生」の方かなと思っていたが圧倒的に「春」に驚いた。やっぱりボッティチェリは透かしヴェールの布のたなびきが、、、それにこの絵には金箔テクニックもあるし。次のびっくりはホールに入ってはっとしたダヴィンチが17歳で描いた受胎告知。なんでも出来る彼だが若年だったからかシンプルに、かつ遠近法が遠くの山に向かっていくのはスピリチュアルじゃないかい?そして最後が。ドラマチックすぎて特に好きな作家ではなかったカルヴァジオの首切りのジュディスは想像を越す驚きだった。まあともかく本物は違う。この三作はそれぞれの時代を画して美術史を斬っている。カルヴァジオが油を注いだ感もあるが最盛期の後に生まれた作家は奇に走らざるえず堕落する(現代美術も同様)
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』

カラヴァッジオ「ホロフェルネスの首を斬るユディット」

 
 
ついでに私の好きなピエロ・ディ・コジモの「アンドロメダを救うペルセウス」
 
ピエロ・ディ・コジモ「アンドロメダを救うペルセウス」

ウフィツィ美術館の回廊

イタリア紀行、キリないのでこれにてさようなら

ところで昨日会った人たちは「ノスタルジア」は昔見たけど温泉なんてあったかな?って答えで。 あの映画から温泉消したら何が残るのだろう? 僕なんかは古い映画(新しいのも)、見たかどうかも忘れてしまうことが多いから人のことは言えないが(笑)

2022年4月14日木曜日

なんか楽しかったバーニ・サン・フィリポ (Bagni San Filippo)

さて昨日の続き。温泉が目標だったこの旅、お湯も出ていないバーニョ・ヴィニョーニにあっさり見切りをつけ、バーニ・サン・フィリポ (Bagni San Filippo) に行くしかなくなったが、、、

去年ベリル島で電動自転車を貸してもらって、こんな便利なものはないと思っていたのだが、島と大陸は大違い、なだらかなトスカーナといえどバスに乗っていても起伏の差がずっと大きくて私の今の体力では叶わんことは明らか。

結局バーニョ・ヴィニョーニではあの石囲いのプールを見ながらカフェしただけで、大体の目安で山道を辿って宿泊先のサン・クイリコ・ドルシア (San Quirico d'Orcia) へ徒歩約1時間。(もし行くならサン・クイリコで泊まる方がいい:旧市街の他に新市街もあって宿泊、食事のバラエティがある。バス路線も種類多)

ゆっくりランチして3時過ぎのバスに乗ってバーニ・サン・フィリポに。バス停でぼけっとしていたら急に全く路線バスらしからぬシルバーのミニバスが止まってびっくり。乗客の少ない路線はこんなもので十分と、イタリアしっかりしています。(フランスの地方は、鉄道は駅を減らし、バスは通学用に朝晩に1本づつとか、「コヴィッドで乗客減ったからローカル線の頻度を減らす」なんていう仏国鉄の方針がまかり通るぐらいで、公共機関なくした過疎化路線を邁進していおり、車がないとどうしようもない。これが「黄色いベスト」運動(18年の関連投稿)の原因にもなった。だからフランスでは田舎のバスの旅なんてほぼ不可能。その点イタリア、スペインは私の経験では、乗客が私のような迷える旅行者、老婦人、移民系労働者、総数多くて4、5人しか乗ってなくても一応日に数本はある)

Bagni San Filippo
2段目の風呂
バーニ・サン・フィリポは楽しめました!!! 岩を掘った風呂場が棚状に5段に繋がって(だからbagnoが複数形のbagniなのか?)、谷側から入ったので先ず一番下の池に入ったら、水温は低くおそらく30度もないかな?グッピーみたいな小魚が泳ぎ、小さなカエルまで泳ぎながら鳴いていて、水の底にはちょっとドロドロした土がたまり、熱帯の池のような雰囲気を醸し出していた。棚を登るにつれて池(風呂)の温度は上昇、一番上の小さな池は私には適温、42度はあっただろう。こちらの人には少し熱すぎ? 英語圏のツーリストも多く(確か私もtripadvisorで発見したのだった)家族向きプールのような雰囲気がある一方、風景眺めてお湯にのんびり浸かるれっきたる露天風呂でもある。まだ外気温が低いこともあってかイタリア人の若者諸君は日本人のように随分長湯している様子だった。

Bagni San Filippo
最上段の小さな風呂の奥:唐三彩のような岩の上からお湯がポツポツと滴れてきていた

Bagni San Filippo
第3、4、5段の棚風呂

お湯が流れて風呂から風呂へとの岩の上が歩きにくいので、地元の人は岩場のビーチ用のスポーツサンダルを履いていた。さすがー。でも履いたままお湯に入ってしまうのがおかしい(まあ水着も来てるけど)。水底にも泥が溜まっているしな。

Bagni San Filippo
これも日本の温泉では見られない風景ですなー(笑)
お湯に大満足して、かつ2時間後の帰りのバスの時間(終バス)もあるのでこれまでにしたのだが、もう少し奥には「白い象」とよばれる、昨日のバーニョ・ヴィニョーニの写真のようなお湯の流れる白い岩崖のような場所があるそうで、今から思うとそちらが本殿で私は山門止まりしてしまったのかも、、、行くべきだったかな〜?

サン・クイリコでもらったパンフにはユネスコマークがあり、風光明美、名産ワイン、チーズのあるこの辺はオルシア渓谷 Val D'Orcia としてここもまた世界遺産になっていた。旅行客の少ないコヴィッド余波期に来ておいてよかった〜

ところで今回、バス(乗る方のバスです)がコヴィッドのために運転手との接触不可:単純に1段目のシートあたりで紐が張ってある(笑)。つまり乗車下車後部から。だからいつものように運転手から乗車券が買えない。どうもQRコード写してバス用アプリ入れて、、、という仕組みらしいが、風の向くままの私、そんな面倒なことやってられるか! 運転手に「チケット持ってない」と宣言しても降ろされることはなかったので、結局すべてキセル乗車。バス停で待っているのはいつも私1人だったから、妙なところから乗って妙なところで降りるユネスコ遺産無賃乗車長髪アジア人としてバスドライバーのカフェあたりでは話題になっているかも😄 公共機関維持大賛成派だから払いたいのだけどな〜

 

2022年4月13日水曜日

バーニョ・ヴィニョーニ、あーあ世界は救えなかった。

Résumé : La première destination de mon voyage était Bagno Vignoni qui a été un lieu de tournage de "Nostalgia", un film de Tarkovsky (voir la scène vers 33-39min de film youtube ci-dessous) . Les choses ne se sont pas passé comme prévu...

ロシアというよりソ連の反体制映画監督であったアンドレイ・タルコフスキー 、彼の「ノスタルジア」(83年)という作品をご存知だろうか(ウィキ:あらすじ)。その中で映画の主人公のロシア人作家が乗る車が曲がりくねった山道を登って辿り着く*、真ん中に石で囲まれた四角い温泉プールがありそこで村人がお湯に浸かっていたその村。ここに昔から行ってみたかったのだが、90年頃トスカーナに行ったとき観光案内所で尋ねてもよくわからなかった:当時映画ファンにはタルコフスキーは有名でも、観光案内所のお姉さんは知らなくて、、、。

トスカーナ地方には温泉が多くて、名前から♨️を適当に探して偶然マストロヤンニが主演、ニキータ・ミハルコフ監督(ウィキ)のこれまたソ連イタリア合作映画「黒い瞳」(98)に登場する温泉に出くわしたことは覚えているが、どこだったかな? この映画はチェーホフものでタルコフスキーと全く傾向が異なるが良い映画だった。それはともかく「黒い瞳」の撮影の温泉地はヨーロッパではよくある、贅沢で近代的な療養施設、それに対しタルコフスキーの方は片田舎の山村の温泉で全く異質だった。だから知られざる場所かと思い込んでしまっていたのだが、今回飛行機会社からの来たバーゲンに釣られて急に思い出し、、、

90年代とは違ってネットを見ればなんでもわかる今、そこは全然知られぬ秘湯どころかバーニョ・ヴィニョーニ Bagno Vignoni という有名な歴史ある「温泉地」だった。新たに購入したトスカーナとオンブリアの観光ガイドによれば「ローマ帝国以前のエトルリア時代からある温泉で、(フィレンチェのルネッサンス最盛期を築いた)ロレンツォ(・デ・メディチ)豪華王も愛した硫黄泉。町の真ん中にある広場ならぬ四角い浴場はタルコフスキーの映画で有名になった」。しかし今のフランス人は宮崎アニメは見ていてもタルコフスキー知っている人いるのかなとかなり疑問(ガイドブックの著者の年齢を疑わせる)。その割に行き方が書いてなくて、、、そこで私の挑戦が始まった。というのも私は車を運転しないので! 

Googleの「行き方」ツールも便利だが、簡単に「ない」なんてことや、なかなか厄介そうな乗り換えのものがよく出てくる(それが正しいこともあるが)。そこで色々試してわかった「うまく探すこつ」は、近くの比較的大きい街を見つけて点々と繋げてみる。かつイタリアでは田舎のバスは日曜日はほぼ運行しないという条件もあって、可能性を探るのに写真のようにメモを書いて作戦を練ったのだった。

いろいろ検索してみると日本語のブログもあって、その中にタルコフスキーとバーニョ・ヴィニョーニ温泉」という私同様タルコフスキーに熱い思いのあるイタリア在住の方の投稿があり(映画からの写真もあり)、実はそれを読んで現状を知り少々期待が冷め、、、でも別の観光ブログでは崖のほうに温泉が流れワイルドな池同様の温泉もあるみたいで「おお、地獄谷みたいなのかな」とまた期待を取り戻し、、、かつ英仏語情報だとこのBagno Vignoniから車で20分ぐらいに Bagni San Filippo というまさに日本の露天風呂風のところがあって、一応バスも通っているし、Bagno Vignoniでレンタルの電動自転車もあるようなのでグーンと期待が再度高まり、温泉を今回の旅行の目的地として出発!

そして着いたバーニョ・ヴィニョーニだったのだが(4月8日)、芝刈り機が轟音を上げ、四角い温泉プールからは湯気も上がってなく、足湯をしている写真のあった水路にも流れる湯もない。村の下の滝も同様。湯が枯れ上がった??? どうも変だと作業服着て何やらやっている人に向かって叫んだところ、私の解釈(推測?)では「週末(あるいはシーズン?)前に湯元を切っていろいろ点検工事中」だったようで、あらま〜。貴方ならどうする?:今日はここまで=上のリンクのブログもあるし、下には「ノスタルジア」もあるし(笑) 


Bagno Vignoni
なんか湧き出てるけど? ここを蝋燭ともして渡れば世界が救えたのだが

これがお湯が流れて滝になっていたはずの崖。この池でも湯あみできたはずだった

湯量は豊富でかつては水車もあったとか


「ノスタルジア」33分〜39分ぐらいの温泉シーンをご覧あれ。私の思い入れがわかっていただけるかも。(* 注:つまみ食い的に見ると私の記憶はかなりあてにならないような気もしてきたが)

 

航空券を買ったときはまだロシア軍のウクライナへの侵略は始まっていなかった。つくづく戦争ほど愚かな行為はないと思わされる。ましてや地球規模の経済があり環境問題がある今、尚更。当然それ以上に翻弄される市民の悲劇、報道を見て涙してしまう。ちょうど今フランスでは大統領選挙、日曜が第一回の投票だったが、論点が原油上昇による「購買力」の低下などになってくると「それどころじゃないんじゃない?」と私は正気ではいられなくなってくる。そうでなくても選挙前の狂騒からの逃避が旅行を計画した一つの理由だったが、こんなことになろうとは。全くの無力だと蝋燭ともしてプールを横断して世界を救えたらと夢想もしたくなる(悲)


 

 

2022年4月3日日曜日

ガッテンできないガッレン=カッレラ評

Note française : Même si je ne recommande pas vraiment cette exposition, je montre ici nombreux tableaux de paysage neigé. C'est parce que le peintre est plus connu par sa peinture romantico-mythologique qui me semble très peu intéressante. En fait elle prend une grande partie de l'expo.
 
嘘ではなく本当に4月1日にパリで雪が舞った!(ノルマンディーでは積雪)
その雪の中、8区にある19世紀の「金持ち屋敷」であるジャックマール・アンドレ美術館にフィンランドの画家、アクセリ・ガッレン=カッレラ Akseli Gallen-Kallela の展覧会を見に行った(=予約日だから仕方がない)。
 
書かなかったがルイヴィトン財団で、フランスでは評価されていない頃に印象派からマチスにかけ近代絵画を買いまくった(つまり目があった)ロシアの富豪 モロゾフ兄弟のコレクションの大展覧会があって(参考)、ほとんどが美術全集にあるような有名な絵または作家達の連続なのだが、その中で異色なカッレラが描いた清々しい湖の風景が目を引いたのが開いて間もないこの展覧会に行った由縁。
 
日本語ウィキの短い紹介をコピーすると(名前のカタカナ表記はウィキに従いました。フランス人は促音してないみたいですけど):
 
アクセリ・ガッレン=カッレラ(1865年4月26日 - 1931年3月7日)は、フィンランドで最も有名な画家の1人。同国の国民的叙事詩カレワラ」に関連した絵画を数多く描いたことで知られている
 
とのことで、そのとおり展覧会の半分以上がロマン的あるいは世紀末的なタッチの伝説神話絵画で占められ、これはまあ印象派画家たちが(あるいは「を」)目の敵にしたような絵でして、、、「なんでこんなもの見にきてしまったのか?」と大落胆。確かに地下鉄通路に貼ってあったポスターも目キラキラの金髪少女が満月(?)の前で万歳していて、ヤバいかなと思ったのだったが。(注:手に聖痕があって万歳ではなく「十字架絵」だった(笑))
 
私の目にはこうしたどうしようもないと思われる絵画が続き、最後の最後になって雪の風景画の展示室にいたり、その後が私が見たかった湖の風景、そのあとはもう出口。
 
湖に映る湖畔もいいが雪景色が圧倒的によかった。モネやシスレーに雪景色もあるが、ここでは全然違う、樹木や岩を覆うもっこりとした雪の感触が見事に表現されていて、思わず雪を取って舐めてみたくなる。さすが北国の画家だけのことはあると感心。

アクセリ・ガッレン=カッレラ Akseli Gallen-Kallela

アクセリ・ガッレン=カッレラ Akseli Gallen-Kallela

 
アクセリ・ガッレン=カッレラ Akseli Gallen-Kallela

アクセリ・ガッレン=カッレラ Akseli Gallen-Kallela
細部:ラフなタッチで背景の方が盛り上がっている。白の多い雪景色の絵の写真の色バランスは難しいみたい
 
展覧会としてはお薦めでもないのだが、どうしてこんなに沢山写真を紹介するかと言うと、フランス語ウィキなどを見ても出てくるのは伝説画ばかりで、なんか間違っているのではないかと思うから。「北欧作家は最近までムンクを除いてほとんど紹介されなかったのはフランス中心の美術観の弊害」という論評を聞いたが、フィンランド国民画家としての伝説画の類いばかりで、風景画を対比させてがっぷり勝負させなかったらそうなるのがあったりまえじゃないかい?
 

参考  :ジャックマール・アンドレ美術館サイト  ガッレン=カッレラ展は7月25日まで

私のアドバイス:もし行くことがあったら入って二部屋目を左に入り出口の前の2つのホールを見れば十分です。美術館自体も見る価値あるし、イタリアルネッサンスの名作などがありますから余力を残して😄