2026年2月18日水曜日

前回書き忘れた(?)自分の個展のこと

私は「日本にいついつから戻るよ」と言うと「今でも日本に戻ると感じるのか?」と質問をしばしば受ける。逆に「今度はいついつパリに戻ります」と言うのはそれほど不思議がられないようなのは暮らした月日の長さがものをいうのか?
「日本が母国だから当然戻るのだ」という帰属意識はあまり持ちあわせないのだが、フランスの国籍もないし(日本は二重国籍を許さない)いつまでたってもフランス語は間違えるしでこちらも帰属意識なし。とはいえ根無草ともいえないのはどちらの国にも幸に暮らさせてもらえた恩義を感じる人々がいて、そこに戻ってくると懐かしさ、気安さを感じるのでやっぱり私は双方向に戻るのだ。そういう意味で確かに二拠点生活なのだ。世に言うハイソな二拠点生活をされてる方達はどう思うか知らないが。
 
という次第で今年の冬は11月中旬に京都に「戻って」来た。というのも去年は12月に戻ってすでに紅葉がなく寂しく感じたのが第一の理由。それにフランス在住アーティストの山田さんが参加していた近江八幡のビエンナーレを見るのもいいかと。(ビエンナーレは結構面白かって@eizo_eyesで紹介した)
 
こうして自分の名古屋の個展には2ヶ月以上も間があくことになった。
 
いつもは日本に着いてすぐ作品の額装とか案内状書きとかの展覧会の準備にかかりあれよあれよという間に展覧会となる。しかし今回は超余裕で今回の新たな作品シリーズである自分のドローイングを貼り合わせるコラージュは大方のアイデアはできていたが、こちらについてから最終決定。手持ちの額との組み合わせ、または新たな額を調達してみたりし、台紙の色とか、作品を浮かせるとか浮かせないとか、こういうことは面倒だが嫌いでないし、人にまかせた時のバッドサプライズはないから作品の額装は私は自分でやる。でも時間的に余裕があると色々なバリエーションも試してしまうから結局客人が泊まりに来た期間以外はそんなことばかりしていた😅
 
それに名古屋のLギャラリーには高さと幅が80センチぐらいで奥行きが約60センチの奥まった中心にスポットのある大きい目のニッチがあって、普通に平面作品飾ったらダメでしょ? で、ここをどうするかが(他のアーティストの方は知らないが)私には大問題で何ヶ月も前から考ると汗がたらりたらり蝦蟇状態になる。
ちなみに今までここを飾ったのは、パリで貰ったいかにもヨオロッパした額に入れた1967年の日本のユトリロ展のモンマルトルの劇場広場の絵の絵葉書と今の劇場広場に行って私が書いたスケッチ、あるいは水の屈折でアリスが伸びる毬栗で閉じられ開けるに開けれない鏡面的な2本のワインボトル、キャンバスの布地の灰汁(?)をとってポタリポタリと黄色い水の滴を落とす死海の水で描いた砂時計、前回はダンボールにマジックで描いたドラ・マールとピカソをめぐる一座。そして今回は? 良いアイデアは浮かばず日本まで先延ばし、それどころか新年にまでもつれこんでしまった!!! つまり年末に来たマダムは我が家で白いタコ軍団など全く目にしなかった。つまりこれは年始以降に作った真新作! 
 
#キミはタコを見たか?」をマントラにして常にタコを探し続けた私、子供用の工作粘土の「びよ〜んとのびる」というパッケージングの宣伝文句がタコの足に直結。 そしてタコは環境にカムフラージュ、だから白い空間では白くなるというのがスタートポイント。その後はタコをひねり出せるかどうか?これは試行錯誤の造形の問題でどちらかというと楽なハードルとなる。 
そしてできたできた、みょうちくりんなタコ入道たちが!
でも時間があるともっと考えてしまう。京都に暮らすと和の雰囲気も入れたくなってそんなバージョンもできたが、考えすぎた時は第三者(画廊)の意見の方が正しい。かつ驚くべき超特大ワイングラス(!!!)が画廊の奥から登場し、すっきりと白のオリジナルバージョンに戻った。
 
 
‥と難題はこのニッチスペースだったが、展覧会のメインは壁でして、、、
 
 
その第一幕はこちら

 第二部はこちら

 
以上の映像にちらりとも登場しない作品もいくつもあります。  
 
名古屋名東区のLギャラリーにて2月23日までです >参考サイト 
 
最後にこれが日の目を見なかった和バージョンです(笑)


2026年2月13日金曜日

キミはトウフ屋を見たか?

我が街太秦には昔懐かしいコロッケをその場で揚げてくれる肉屋さんや野菜を一笊いくらで売る八百屋さんがあり(これは一昨年引っ越して間もない日の投稿で書いた)、それに学校の下校時間のみ開く古びたみたらし団子屋さん、それに裏道に入ると畑があって野菜の直売の店がちょくちょくあるという楽しいタイムスリップ地区なのだが、なぜか豆腐屋さんが見つからない。

京豆腐というわりに街の豆腐屋はもう存在しないのかなと思っていたのだが、今日正真正銘、写真のような薪の燃える釜のある豆腐屋さんが京都御所から遠くない裏通りで出くわせ急ブレーキ(注:自転車です)。三角の揚げ豆腐を見たら大根おろしと醤油でそれがおかずになっていた子供の頃の記憶が湧き上がり、今晩はそれで済ませた(笑)  


この豆腐屋さん、数十年前のフランスの田舎のチーズ屋と似たところもあるなー(これも懐かしい)。「いつ頃からあるの」ときくと「100年ぐらいかな〜」と。でも通りから見ると暖簾に『創業文政年間』とあるではないか! 問い直してみると「書いてあるものがないからそれはあてにならんよ」とあっさりと言われ、、、創業10年や20年で宣伝したがるお店の多い日本でのコレ、感服いたしました。 

本当は私の名古屋の個展「キミはタコを見たか?」のこと書くつもりだったのだけれど、それはまた今度 

付記:右写真の昔ながらの揚げ豆腐に比べ、普通の豆腐は時代は変わり、水から掬い出すことはなく既にパックにされていた。しかしこの豆腐屋さんは懐かしい以上、こんな店は子供の頃も見たことなかったかも。

 

2026年1月14日水曜日

マダムの見た行く年来る年

「あれれ〜、こんなにブログ書いていなかったのかな?」と自らびっくりだが、お正月にお客さんを迎えた私の今日のトピックスは「日本ではリチュアル(宗教儀式)が生きているか?」

年末年始パリから太秦に遊びに来た老マダム(実は私とほぼ同じ歳😅)、このおばさんはかつては殆ど日本に興味を持っていなかった。多分タイ、ベトナム、台湾、韓国、日本の位置関係もわかっているかも甚だ怪しかった(今は少しは認識したとは思うが、、、)。フランスでは一般教育の内容が日本と大いに異なり、高等教育を受けていてもとんでもなく地理歴史を知らない人が多くて呆気に取られることがよくあるのだが彼女はまさにその例。(日本は日本でその暗記主義の地理歴史はとんでもない教育と信じていたが、一応なんでも「名前ぐらいでも知っているは役に立つこともなきにしもあらずか」とこういう人に出会うたびに思うようになった😅)

そんな彼女とは数ヶ月前までは「なんでみんな行くのかね〜?」と近年フランスの日本旅行ブームを斜視しつつ話していたのだが、「年末ヴェカンスに孫も(大きくなって)遊びに来てくれなくなった」と寂しそうにいうので「それなら京都に来れば?」と口が滑ったのがそもそものことの始まりだった。そのまったく日本に興味を持っていなかった彼女、そのマダムが見た日本は? 

結論から行くと多分全ての仏人旅行者と同じく彼女にとっても「日本は素晴らしい国」だった。

彼女が一番感心し何度も私に繰り返し言ったのは 「日本はリチュアルが生きている!」
 

年末年始の神社仏閣、特に大神社に行くと数えきれない提灯が吊り下げられライトアップされていて彼女を圧倒、それに書かれているのが寄進者の名前でまずびっくり、一升瓶や酒樽も積み並べられていてこれにもびっくり。「これ神主が飲むのか?」マダムには神社はとても陽気な空間として映ったようだ。(笑)
それに列をなして参拝する大勢の人、人、人。(もちろん渋滞状態になるような場所、時間は避けたが) 
 
私はリチュアルと言われるとそうはそうなのだが、マダムが想像している「宗教儀式」という概念とはかなり相違があるのではないかと思う。除夜の鐘、初詣などは宗教儀式と言うより年中行事。信心、つまり神や教えを信じてというほどのことはなく、おみくじを引いたり縁起物を買ったりするのを楽しむ、言ってしまえば娯楽、余興プラン。引き述べては旅行プラン。江戸時代からの落語や膝栗毛のねたになっているお伊勢参りはいい例だ。ヨーロッパでは十字軍の時にヴェニスの商人が聖地巡礼旅行を企画したのがパック旅行の始まりと聞いたことがあるが、行楽は宗教を凌駕するのは世界中どこでものことだろう。
 
その点私も弥次さん喜多さん、熊さんとかわらない。マダムを連れて大晦日に八坂神社へ行き、縄を1000円で買ってお金持ちなのに結構財布の口が硬いマダムに信心ぶりをアピールし(笑)、長蛇の列をなして火をつけてもらったすえに(何度も曲がる列の中で「どのぐらいかかるのかな〜」と話をしたお兄さんが知らぬ間に偵察に行ったらしく「裏の方でも火もらえますよー」と親切にも教えに戻ってきてくれて😇そちらに行って点火、「これを家まで持って帰ってかまどに火をつけるのだ」とマダムに説明し実行!「これ持って列車乗っていいのかな」と縄を売っていた人にきいたら「大丈夫だと思います」と安請け合いされて「さすが歴史の街京都!」と私は感心、マダムは火事の元になるようなことが正月の行事としてまかり通るなんてことは信じられないとまたまたびっくり(それもそうだ😅)。
 
 
まずは人並みの中を人に気をつけながらも火を回しつつ歩き、まずは阪急電車に。列車の中で若いカップルに好奇の目でみられ(結構匂いもするし)、隣に座った青年にきかれて「をけら詣り」の説明(という私もマダムのために復習した一夜漬け知識にすぎないが、若い人たち意外に全く知らないことが発見だった)*
そしておっとりしたチンチン電車の嵐電の駅にたどり着きほっとしたら、なんと「煙が出ていると発車できません」と運転手に火を消すよう言われ〜、もちろん歩いて帰るなんて信仰心はないのでこれにて冒険終了。いつもヘラヘラしている私の落胆ぶりはマダムにはっきりわかるほどだったようだ。
 
大晦日にあれだけの人出があるものの京都ではパリのように深夜運行バスがないのは不思議。(勿論バスは列車以上に火の持ち込みは問題外だったろうが)
それはさておき嵐電で家に戻りマダムがフランスから持参したシャンパンを開き、「きっと沢山のお寺の除夜の鐘がきこえることでしょうね」と以前知り合いに言われていた我が家の自慢のバルコニーへ。でも不思議にほぼ全然聞こえなかった?!?
 
をけらの火は使えなかったが翌朝は家の近くの和菓子屋の特製の餅を使って京都風に白味噌で雑煮を作り、元旦はこれで始めるのだとマダムに言ったが彼女はコーヒーをいれた(笑) 
 
その後晦日の駅のプラットホームで火を消させられたのがまだ心残りだったので、同じ神社だからいいかと近所の俗称「蚕の社」へ行って再点火することにした。ここは普段人っ子ひとりいずひっそりとしてオカルト的な謎めいた雰囲気も漂って大好きなところなのだが、元旦は鳥居からとは言わないまでも域内の半分以上まで続く参拝客の列ができていた!いつもは涸れている非常に稀有な三面鳥居で囲まれた「祀られた泉」からも水が湧き出し水路に水が流れ、来た甲斐があった。これを写真に撮るおばさんをするにまかせていたら私は皮肉っぽく咎められた。 やはり信仰は生きているのかなー?
 
八坂神社のみならず松尾大社や散歩で出会う数々の神社では健康を、えびすさんでは商売繁盛、縁切り祈願の石も潜り、勿論タコ薬師のタコを撫で、京都に来てますます節操もなく神仏様を当てにしている。特に最近命以外のものはすべて何処かに置き忘れてきてしまう傾向があるので、、、。ひょっとするとその所為でマダムは背信者エイゾウの中にも意外な信仰心をみたかもしれない?
 
 
* (Googleより)
 
「をけら詣り」とは、京都の八坂神社で大晦日から元旦にかけて行われる、一年間の無病息災を願う伝統行事です。境内の「をけら灯籠」から「をけら火(白朮の香りのする火)」を吉兆縄(きっちょうなわ)に移し、火を消さないように回しながら持ち帰り、その火で雑煮を炊いたり神棚を灯したりするものです 
 
説明を最後まで読むと「現代の注意点」としてこんなことが書いてあった。ハハハ!
  • 近年では、公共交通機関への火の持ち込みが禁止されているため、火を消した後の火縄を持ち帰る形が一般的です。 
 
私の去年の京都で初めての正月(除夜の鐘と餅つき)はこちら😄

2025年11月3日月曜日

ピノー・コレクションのミニマル展

(前回と同様今日もインスタ投稿の補足ですが、色々脱線します)

Lygia PAPE
今だから私もそれなりに「ラディカルでいいなー」と鑑賞するに到っているが、私が小中学生の頃の日本の「現代美術展」はこんなのばっかりでウンザリしたものだった。そういうのがいっぱい並んでいるピノー・コレクション Pinault Collection の特別展「ミニマル」。日本の「もの派」にも大きなスポットがあてられている。

でもミニマリズムも結構広く捉えられていて、幾何学的オプティックな効果を利用したブラジルの作家 Lygia PAPE (1927-2004) のインスタレーション作品みたいな発見もあった。カルチエ財団のオルガ・デ・アマラルも昨年初めて知ったが(投稿ブログ)、この作家も知らなかった。二人とも南米の女性で時代も作風も共通している。以前書いたことがあるように科学と芸術の融合の面のあるオプティックおよびキネティックアートは現代美術から一時忘れられた存在になっていたが最近になり再び注目度を浴びている(関連投稿)。かつ二人ともその中で女性。完全に現代美術史の死角だった?  
 
全くわざとしたわけでないのにピンボケになった会場風景
先に書いたかつての「ウンザリ」は「素材とか現象だけを見せてアートになるのか?」という理科クラブの英三少年にとって素朴な疑問だった。その後50年以上を経てその疑問はまだまだ曖昧のまま(アーティストエイゾウもそんなことをしないのでもないのだが😅)。
ますます「液晶画面」は見ても「もの」を見ない今の人たち、今や土や植物を見せることにもエコロジー的意味が付帯してくるし、現代の潮流へのレジスタントにはなるのかなー? でもその現実ってとても悲しい。
 
「携帯を捨てもの派になろう!」 もの派じゃなくても「わびさび」でも前回のオロスコさんのようなアプローチでもなんでもいいけど、こうして楽しめる人が増えればも世界は平和になるだろう。 
 
 

展覧会モンタージュ風景の次のビデオも少し面白かった 

 

 

ところで前々回に突然やってくる宅配配達人のことを書いたが、デッサン用紙が到着した翌日に画材店から同じ紙が期限限定37%引きという広告が来て、あじゃぱー!やっぱりまた注文するしかないか(これで1年はデッサン用紙にこと欠くことはない)とこれもまた割引の違う用途の紙も加えてまた注文。そして同じ配達人がまた前触れなしにやってきた。段ボール箱でしっかり梱包してあるにみえたが手荒に扱われのだろう、開けてみると2つの角が傷んでいた。そんことを見込んで大きなサイズをわざと頼んでいたのだが一応お店に報告するため写真を撮った。なんたって定価一枚26€もする品物なのだから運送屋に侮ってもらっては困る。払い戻しを請求する気はないがクレームメールを書きつつ、添付した写真を「もの派」となって改めて見直すとそれなりに楽しめる。つまり怒りが静まる😅  この禅精神(?)トランプにはわからんだろうな (貴方にもわからないかも)

2025年11月2日日曜日

ガブリエル・オロスコの「楽譜」

ガブリエル・オロスコ(Gabriel Orozco)はありきたりのものから何やら不思議な物を作る、かなり賢い作家

→作家に関しては東京都現代美術館で10年前に個展がありその時のページに説明がありますのでそれを参考ください。
 
面白い視点でできた明解に矛盾したオブジェはわかりやすいが、それに比べてこの展覧会はちょいと難しい。

始まりは作家自身のピアノの即興演奏。
このぐらいの即興なら私でもできるけど、その後が私と有名な現代アーテストの間には大きな格差があった!
録音された演奏は譜面化され、それがある種のルールに則って幾何学的に絵画化される。だが完全にアルゴリズムのようなものに従ってされるのではなくかなりの遊びがあるように思われる。特にデッサンはふにゃふにゃと曲線が増殖し楽しそう (=まさに楽譜?)
 
音楽から絵:クレーやカンディンスキーの系譜にありやなしや? やっぱり賢そう😅 

11月22日までGalerie Chantal Crousel - 10 rue Charlot 75003 Paris
 
 

2025年10月25日土曜日

AIに思う

あー、やっと解放された。フランスの配達はなんでこうなのかなー??? 
注文した画材の配達日は今日で追跡サイトでは朝から我が家から多分1kmぐらいの収集所(?)に朝からあるのだがいつ配達されるかはまったくわからない。そして突然インターフォンが鳴る!つまりいないとどうしようもないのだ。トイレに入っていても困る😅 
携帯が発達したこんな便利な世の中でなぜその「文明の利器」を使い品物の受け渡しがスムーズに運ぶように10分前にでも予告してくれたら、、、
 
「文明の利器」といえばほぼ毎日話題にのぼらないことが無いAI、使わないのは宝の持ち腐れ、電力浪費の問題を承知の上でも使って便利になる場合は使うしかないと思うのだが、BBC、フランス国営ラジオなどヨーロッパの放送局が自らの放送局の報道内容に関して4種のAIに質問し、その回答を分析した結果では44%が不正確さや誤りがあった。質問は最近の時事問題。AIは放送内容を鍋でごった煮して作文するので、事実と意見がごっちゃになり、皮肉的な冗談も額面通りそのまま取ってしまって大間違い。基本的に最近の時事には事実の蓄積が少ないので今のデータ寄せ集め型のAIはだめなのだ。
専門家によれば、AIが驚くほど素晴らしい答えを出してくれるのは人類の長年の知識、知恵や文学的文章を蓄えたそれこそ質の高いデータバンクを使っているお陰、つまり我々人間のお陰で、今からAIがどんどん新たなデータを作り出して添加してしまうとそれがだんだん薄まっていき将来はAIの答えのレベルはさがっていく!
 
納得!なら使うなら今?(笑)
 
なんて思う私、先日のエクス島に行った時、島の北東端の浜辺に木の枝に牡蠣の貝殻が刺さっていて風に揺られてキラキラ光るという素晴らしい場所があったのだが(その浜辺の貝殻は真ん中に穴の空いているのが多かった)、「どうやってこんなことが起こったのだろう。自然のなせる技は素晴らしい」と感嘆する友人に対し、「そんなことはありえない。子供や観光客が遊んで作ったんだ」という夢を潰す発言をし、それに納得のいかない彼女に対しAIの判定を仰いで見せたのだった。 AIの饒舌な答えの結論はやはり私の意見に沿うものだったが「人はとても不思議ものに出会ったとき神秘的な自然のなせる現象と思いたがるものだが、、、」という注釈付きで、これは彼女を苛立たせた😅 賢い割には一言多いんだよ〜!
でも実は私もそう思う。最初から超自然現象にせず、先ずは論理的に考えて可能性を検証してみなきゃ。特に「アジアの叡智」が好きなフランス人には全然そういうことをしない(できない?)人が多すぎる! でも世の中にはそれでは解決できないものが多いばかりかそればっかり。だからこそ「宗教」や「芸術」の領域が生まれるのじゃないでしょうか・ 
 
エクス島の奇跡:何メートルにもわたって海岸近くの木の枝に貝殻がついた枝が風に揺れながらキラキラ光っていた!
 
さてそのAIを使うアートも、我がアトリエ村のお隣さんも複数の写真を合成させたりしていて、数年前見せてもらった時すごく不思議でシュールなのが出てきて、それ系の画家には創造のヒントの泉になるだろうと思ったものだったが、2年前(2024)、その頃は私は使ったこともなくほとんどわかってなかったのだが、アプローチも結果も明快で面白くAIに関する認識を新たにできた展覧会に京都写真祭で出合った。作家は嵯峨美術大学の教授(メディアアート)の三宅章介さんで、自分の撮った写真をAIに叙述させ、その文から画像を作らせる、そうすると土台になった写真とデータバンクの中の写真が混じり合ってなんだか奇妙な写真ができあがる。(コンセプトはこちらを参考に) 2年前のことだったので忘れてしまったがQRコード読むと元の写真とAIの書いた文章が出てきたのだと思う)
展覧会名は「絵空事」 つまりフェイク。AIは作っても著作権も主張しないが責任も取らない。
遅ればせながらの紹介になりますがそのとき掲載したインスタに飛ばします 。
 

2025年10月2日木曜日

牡蠣拾い エクス島の日々

エクス島(Ile d'Aix)の滞在はなかなか面白かった!
毎日海岸を歩き、スケッチをしたり宝物(=貝殻や穴のたくさん開いた石)を探したり、天気が良くて遅ればせながら今年初の海水浴もできたし、、、それに我が人生初めての経験としては、「転がる牡蠣」を採取してほぼ毎日それを食べ、、、 
 
岩は牡蠣に覆われ
 
「転がる牡蠣」とは島で習った言葉 "les huîtres roulantes" の直訳。普通は岩にしっかりくっついている牡蠣が何かの拍子で落ちたり、養殖場から波にさらわれたりして海岸に達し、岩の間の水たまりに転がっているものがそれで、私はこれを拾いに行くのが島滞在後半の毎日の日課になった(笑)
エクス島の海岸の多くは浜辺にも岩にも牡蠣の貝殻にあふれていて、牡蠣が沢山いたから養殖が始まったのか、養殖があってそれから流れて牡蠣が海岸にいっぱい生植することになったのかよくわからないが、オイスタースポットは岩肌が牡蠣だらけ。それに私と趣味を同じくする海鳥たちがたむろしているからすぐわかる。もし岩から牡蠣を剥がすハンマーナイフみたいなものがあったらあっというまに膨大な量を取れるだろうが、それのない私は水底を観察し、海藻の下をまさぐり「転がる牡蠣」を拾う。 

こういう岩と岩の間の水たまりに転がる牡蠣がいる。沖に見えるは後述のFort Boyard
 
牡蠣は自然に幾つもがくっ付き合う習性があって、そんな複合体や海藻やフジツボがいっぱい付着した野性味あるものなら結構簡単に見つかるが、商店に並ぶような平らな単体の牡蠣を見つけるのはなかなか難しい。しかしその変な牡蠣を開くのが結構面白かった(実は「牡蠣が島の名産だけれど私は開けられない」というこの島でアーティスト・レジデンスをできることになった友人画家に言われて「それでは」といつも使っている牡蠣開け用ナイフと手袋を持参してレスキューに行ったのだったのだ😄 その時点での牡蠣は養殖業者で売っている牡蠣だったのだが、、、)。毎日やると変形牡蠣を開くのも結構早くなる。けれども薬局すらもない小島で怪我するとやばいので慎重にゆっくりと眺めて楽しみながら:そんなに数食べられないし→一応これは前菜で毎日その後に炭焼きのバーベキューが待っているので。
 
と書くと別天地だが、実際には島の住民があまりにも少なすぎてか、港で漁師が魚を売るとか、島で野菜を栽培直売する店もなく、これにはがっかり。 島唯一の小スーパーの価格はべらぼうに高く、島民も島のレストランもすべて大陸で買い出してくるようだった。私がよくお邪魔するユ島(Ile d'Yeu)のぐらいの大きさがあり、ある程度の市場規模がないと現地直売経済が成り立たないことを実感した。 つまり私の牡蠣拾いは生活防御だったのだ😅
 
砂浜の小さな岩にも牡蠣がひしめきシュールな光景が
 
養殖はこういうプラスチックのトーテムに牡蠣をくっ付けるらしい

 
牡蠣の話はこの辺にして以下少し島の説明 :
 
エクス島がどのぐらい小さいかというと:人口は200人足らず、弓形をしていてその端から端まで3km、幅も600mしかないので、2〜3時間もあれば徒歩で一周できてしまう! 

島の名前からフランス人でもエクサンプロヴァンス(通称エクス)の名に惑わされて南仏の島だと思うのだが、パリから南西に向かった大西洋岸の都市ラ・ロッシェル La Rochelle から船で1時間強(もっと海路の短い他のルートもあるが不便で自動車族用:島内はノーカー、観光客は大陸の駐車場に車を置いていくシステム)
 
ユ島もそうだが、フランス南西部は13世紀以降イギリスの侵入を受けた地方で、この島も大陸を防御するための要塞が築かれた。そしてアラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラ主演の映画「冒険者たち」や、フランスではテレビの競技娯楽(?)番組で有名な、これこそまさに要塞島のFort Boyardも東海岸の沖にある(以下の観光局のヴィデオをご参考に)
 
歴史のエピソードとしてはワーテルローの戦いで破れたナポレオンが南大西洋のセントヘレナ島に送られる前に滞在し、ナポレオン博物館なるものもある(牡蠣拾いで忙しく(?)私は行かなかったが)。
 
勇壮ないでたちで小海老を撮りに来た漁師たち。でも網の中を見せてもらったら1匹だけ。趣味なのかな〜?

この地方特有カルレという網漁の小屋。これも漁している時はお目にかからなかった。(もちろん写真は干潮時だが)
これはオイスタースポットの反対側の長い砂浜
 
 
 上空から撮影された観光局のヴィデオです


こちらは私のデッサン。インスタ京巴ページに投稿中で他にもあります