2026年6月2日火曜日

「キス集め」で見る時代の変遷 L'évolution des temps à travers la collecte de baisers

Vous trouvez une résumée française en bas 

ヴェニスビエンナーレで久しぶり* に復活した「キス集め」だが、この "Baisers Sans Frontièes" (「国境なきキス団」)の起源は1998年に遡る。あるイベントで偶然はじめた参加型企画だったがあまりにも面白いので自分でびっくり、ではいっそのこと2000年までに2000枚集めてキス展をするというチャレンジ目標を立て、その実現にむけてキス集め用の台車を作って色々な街頭フェスティバルなどに参加してその数年間ずいぶん頑張ったのだった。

この企画が面白い理由は、白葡萄を使った奇妙なプロセスなので、葡萄をかじってちょっとカードに投げキッス風の人もいれば丹念に唇をなぞってカードを机の上に置いて恭しくお辞儀をするようなキスをする人、はたまたベトベトに果汁で濡らした口でカードが折れるまで情熱的なキスをする人と、各人それぞれ個性あふれる反応をし、その微妙な違いの結果が二つとして同じでないキスマークを生み、性格判断まではいかないが「この人がこんなふうにキスしてこうなるのか」と収集作業をする私もやっていてなかなか楽しめるのだ。もちろん参加する人もキスがバーナーで現れてくる「あぶり出し魔術」の瞬間ばかりでなく他の参加者のキスの仕方とかその結果の「絵」を比べたりして楽しんでもらえる。私もこの人生いろいろやってきたがこれが人生一番のアイデアと自負していて、せっかくヴェニスビエンナーレという晴れの舞台で発表できる機会がもらえたのだから絶対「キス集め」もすることに決めたのはそれゆえだったが、それがちょっと不完全燃焼気味に終わったのは前々回の投稿に書いた。

ヴェニスでのキス集めが具体化しつつあった数ヶ月前、アルジャントゥーユ Argenteuil というパリ郊外の街の公園で週末にアーティストが野外制作する企画の公募があって、勢いで(?)出したのが入れてもらえた(応募に出せばほぼ100%当選の自信はあった。というのはアルジャントゥーユは1870年代モネが住み**、そのセーヌ川畔では他の印象派の画家も来て絵を描いたので「印象派の街」を市は売り物にしているのだが、今年はモネの没後100年でこの企画も「モネへのオマージュ」という副題付きで、多分ほぼ全ての企画はダイレクトペインティングだろうから「変わり種」の私の企画は絶対入るだろうと。でも問題は「何でキスがモネなの?」これに答えないと応募書類が書けないわけで、こういう妄想的発想はAIはもっとも苦手とするところのはずだからちゃんと自分で頭を捻り企画書を作文した。これに関しては言うのも恥ずかしいのでご自分で想像を膨らませて考えてください。)

ということで今週末はアルジャントゥーユの音楽院の横でキス集めをした。土曜は最高気温34度!日曜は打って変わって一気に22度の涼しさ、熱かろうと寒かろうともっとも危惧した雨天は避けられたのでそれは何よりだった。私も心配はしたが企画を組む街にとってのほうが大変な冒険だったろう。でも1週間続いた猛暑のせいか「母の日」のせいか人通りはまばらでこれには困った。キス集めは売店とは違ってスタンドたてていれば人がやってくるようなものではなくて客引き商売(笑)、百戦錬磨の私としてはせっかく来ているからには少なくとも100枚程度のキスの壁は作らねば「国境なきキス団」の名に恥じる?!😅

だから通りがかる人に声をかけるのだが、通行人が少ないのは大ハンディー、今やそれ以上に多くの人は携帯片手で歩きながら話してるでしょ、これは困る。大抵こういう人は忙しがり屋だし。そうでなくても大抵の人は、例えば子供を迎えに行くところでとか何やらでいつも忙しいのだ。これが勧誘拒絶の第一の理由。他にもブドウは嫌いだとか、糖尿病だとか、ノンの理由はいろいろあるが、今回初めて遭遇したのは:
 
「このブドウは有機栽培か?」
「注意せずに買ったのだけど多分違うと思う。でも食べなくてもいいんです。皮剥いて果汁を唇につけるだけだから」
「だめだめ農薬は表面に多いから。それにブドウの栽培は特に農薬たくさん使うんだよ」
 
という厳格な健康主義のお兄さんでした。ははは、やっと表題に辿りついた(笑) 
 
 
このぐらいのことで撃退されるのだから百戦錬磨でも何でもないが、キス集めのおかしいところは、面白がって「勧誘」に出かけてくれる人が出てくること。今回は市の係(これは半分公務だが)はもちろん、今回はオーケストラの練習に来た日本人女性が団員に声をかけに行ってくれて大助かり。ブログ読まれるかどうかわからないが、ありがとうございました!
 
 
それにも関わらず30、31日の午後のキス集めの結果は上記写真のとおり92枚にしか達しなかったのだが、今回集めたモネに捧げたキスはアルジャントゥーユ市に「寄贈」したので何かの機会に展示して使ってもらえるとしたらそのぐらいでちょうど良かったかも。
 

** 「アルジャントゥーユのモネ」についてのウィキ 

* 前回は2013年のアミアンのヌイブランシュ(白夜)フェスティバルに遡る。これは夕方から夜中まで続くイベントで、単なる通行人ではなく当から面白そうなものを見て楽しもうという人々が来ているので「客引き」などしなくても大勢の人が列をなすほどの賑わいで完全燃焼。キス集めは私自信は忙しく写真とか映像を撮る余裕がないのでアミアンでは当時仏国立映画学院をでたばかりだった(と思う)畑明宏さんに来て撮ってもらった。おかげで貴重で美しい高品質なドキュメントとして残った。その畑さんは昨年初の長編映画の"Grand Ciel"が劇場公開され評価も高いようだ。私は日本に長期滞在中だったので見逃しているのだが😅、これに関連し理知的でしっかりした彼らしい日本語でのインタビュー記事がありますのでお読みください。 

  追記:2013年は何がきっかけだったか忘れたけれどアミアンの他にイスタンブールのアートフェアと南仏で、その前は2003年のパリのヌイブランシュまで遡る。つまり2000年企画以来ずーっとやっていると誤解する人もいるのだが全然そんなことないのです。 

今度はまた十数年後?などといわず、アルジャントゥーユの企画でもらえるギャラ使って欲求不満解消にヴェニスへ再臨しようかな(笑) 


 
Résumée en français
 
La « collecte de baisers », qui a fait son grand retour à la Biennale de Venise, trouve ses origines en 1998 avec « Baisers Sans Frontières ». C'était un projet participatif lancé par hasard lors d'un événement, mais je me suis moi-même surpris à le trouver tellement intéressant que je me suis fixé comme défi de rassembler 2000 baisers pour l'an 2000 en vue d'une exposition de ces baisers. Pour y parvenir, j'ai fabriqué un chariot dédié à la collecte de baisers et j'ai participé à divers festivals de rue, travaillant d'arrache-pied pendant ces années.

Ce projet repose sur un processus inatendu utilisant des raisins blancs : certains croquent dans le raisin pour lancer vite un baiser à la carte, d’autres tracent délicatement leurs lèvres avec du raisin avant de poser la carte sur la table et de s’incliner respectueusement pour y poser son baiser, d'autres encore qui, la bouche trempée de jus, embrassaient la carte avec passion jusqu’à la plier. Chacun réagissait à sa manière, et les subtiles différences donnaient naissance à des traces de baiser toutes différentes les unes des autres. Sans aller jusqu’à juger de la personnalité de chacun, je prenais beaucoup de plaisir à collecter ces traces en me disant : « Telle personne embrasse ainsi, et voilà le résultat ». Bien sûr, les participants peuvent non seulement profiter du moment de magie où le baiser apparaît grâce au chaleur, mais aussi s’amuser à comparer la façon dont les autres embrassent la carte et les images qui en résultent. En fait je suis convaincu que c'est carrément la meilleure idée que j'ai inventé dans ma vie d'artiste . C'est pourquoi, ayant eu la chance de pouvoir me présenter sur la Biennale de Venise, j'avais décidé de ne manquer pas de montrer ce "projet de baisers" 

Et ce week-end, j’ai fait une nouvelle collecte de baisers à côté du Conservatoire d’Argenteuil dans le cadre d'un événement culturel de la Ville. Le samedi 30, la température maximale a atteint 34 °C ! Le dimanche 31, le temps a radicalement changé, avec une fraîcheur de 22 °C. Qu’il fasse chaud ou froid, le plus redouté – la pluie – a été évité, ce qui était la meilleure chose qui pouvait arriver. Par contre à cause de la canicule ou d'autre raison, il y avait peu de passants sur mon site.
 
De toute manière, contrairement à un stand de vente, la collecte de baisers ne fonctionne pas simplement en installant un stand et en attendant que les gens viennent : il faut aller chercher les clients 😀.  C'est donc je m'adresse aux passants, mais le fait qu'il y avait peu de passants était un gros inconvénient. Et puis, aujourd'hui, la plupart des gens marchent en parlant au téléphone, ce qui complique encore plus ma tâche. D'ailleurs la plupart des gens sont toujours pressés, par exemple parce qu'ils vont chercher leurs enfants ou pour une raison ou une autre. C'est la principale raison pour laquelle on refuse d'y participer. Il y a bien d'autres raisons, comme le fait de ne pas aimer le raisin ou d'être diabétique, mais voici ce que j'ai entendu pour la première fois cette fois-ci :
 
« Ces raisins sont-il bio ? »
« Je les ai achetés sans faire attention, mais je pense que non. Mais vous n'êtes pas obligé de les manger. Il suffit de éplucher et d'en appliquer le jus sur vos lèvres. »
« Non, non, il y a beaucoup de pesticides à la surface. Et puis, la culture du raisin utilise particulièrement beaucoup de pesticides. » 
 
C'était un jeune homme très soucieux de sa santé et de l'écologie. Ha ha ha, j'en arrive enfin au titre de cet article 😅 

Si je me fais repousser ainsi, je n'ai pas vraiment de talent pour convaincre les gens. Mais ce qui est drôle dans la collecte de baisers, c’est que je trouve souvent des personnes qui s’amusent à venir m’aider à recruter les candidats. Cette fois-ci, outre les services municipaux (ce qui est à moitié de leurs travail) , une Japonaise venue à la répétition de l’orchestre est allée parler aux membres de l’ensemble, ce qui m’a été d’une aide précieuse.
 
Malgré cela, comme le montre la photo, je n'ai récolté que 92 baisers lors des après-midis des 30 et 31 ; mais comme j'ai fait donation à la ville d'Argenteuil de ces baisers, si ceux-ci peuvent être exposés et utilisés d'une manière ou d'autre, ce nombre était probablement approprié.  
 
P.S. : Je ne me souviens plus ce qui m'y a poussé en 2013, mais j'ai participé à La nuit Blanche Amiens, à la foire d'art d'Istanbul et à une autre événement dans le sud de la France ; avant cela, il faut remonter jusqu'à la Nuit Blanche à Paris en 2003. Certains pensent donc à tort que je fais cela sans interruption depuis le projet pour l'an 2000, mais ce n'est absolument pas le cas.   
 

2026年5月23日土曜日

ビエンナーレ、ジョージア館の展示

ヴェニスビエンナーレ、ろくに「見学」もしてないのに自分の作品の写真もちゃんと撮ってなくて困ったなと思っていたら同僚のカリム君がしっかり紹介してくれた!!!🙏🙏🙏

彼のページにはジョージア館の展示を物語る投稿が続いていますのでご参考に

 

2026年5月16日土曜日

後悔(?)のヴェニスビエンナーレ初参加報告(笑)

ヴェニスビエンナーレ、報告したいけど実際はパリに戻って(なんかものすごく寒いです:最高気温12度ぐらいでヒーター入れてその横で書いてます)、SNSでダイジェストビデオ見て「へーえ 、こんなのあったのかー」てな具合で、、、😅

私の展示は去年のアクアムール・フェスティバルで制作したような、引きちぎったドローイングの断片からヴェニス の地図のような作品を現地で作る予定だったが、出発3日前に現地で展示作業をしているキューレーター及び先発隊から「他の作品との折り合いで普通の海水ドローイングのほうがいい」とのメッセージを受け、送られてきた作品展示予定のスペースの写真を眺めつつ熟慮した結果、去年修道院で飾った「糸杉シリーズ」のうちの三作に決定。ギリシャからジョージアへの勇士たちアルゴノートの旅との関連も付けられる(前回の投稿参考)。これらは展示されていたままの状態でアトリエにあるから取り出して早速サランラップみたいなのとボール紙でぐるぐる巻きにして梱包し、翌々日に自分で飛行機で運搬した。
こうして無事(でも早朝の飛行機は乗務員の都合と空港の停電で大遅れ)5月3日(日曜)現場に着くとその日のうちに即展示ができたので、少なくとも半日から1日かかるだろうと見込んでいた現地制作がなくなって自由時間たっぷりとなり「ヴィエンナーレを楽しもう」というモードに切り替わったのだが、実際には参加アーティストでかつビエンナーレの展示を見学するのは微妙だった。
自分の作品が飾られたとはいえパヴィリオン全体の展示は終わってなく非力ながらも手伝うこともあるし、展示アーティストの「特権」(?)でオープニング前の3日間のpreviewなるものに入れてもらえるのだが、アート関係の「特権」保持者がべらぼうに多く(笑)初日の朝雨の中でメイン会場アルセナルに入るのを待つ長蛇の列を見てあっさり退散。(私、並ぶの嫌いです!かつ現代アートごときに😅)
 
 
その後去年滞在した場所近くの大きなスーパーにはキス集めで使う白いブドウがあるのではと、そこを目指して通りがかる展示会場を眺めつつ行ったのだが、私と同様諦めた人なのか今からアルセナルに向かう人なのかでどこも結構混んでいた。
 
ジョージアパヴィリオンのあるDorsoduro地区にもいくつかの会場があって、近くの運河沿いのバハマス諸島のパヴィリオンの二人展、Zaterre岸の塩倉庫跡のレンガに投影されるNalini Malani(パキスタン生まれの映像作家のパイオニア、80歳)のiPadで描いたアニメ、アカデミア美術館すぐの館の"Still Joy - From Ukraine Into the World"という皮肉なタイトルのウクライナ&外国人のアーティストによる大規模な展示が私の推薦。
 
これはインスタのeizo_eyesで報告しましたので下の転載をご覧ください😅
  
後日一応ジャルディーニという世界主要国のパビリオンを並ぶ場所も廻ったが、ジョージア館にも行かねばならないし(のんびりボートのヴァポレットでは意外に時間がかかる)で全くの駆け足、映像作品などはほぼ完全無視で結局最初に書いた結果となったのだが、どうせ私は百点以上の作品を見ると許容量超過となって何も目に入らないも同然となるからビエンナーレも頑張って見ようというのは今から思うと全くの大変な誤りだった。というのもそれ以上にpreview期間中に来る人たちは大半は世界中からの美術関係者で、大抵「全て見てやろう」というアート巡りの強者揃い、その彼らが押し寄せるのだから多くのパビリオンでは内覧会よろしく作家さんがいることがデフォルトみたいだった。つまり私は初体験でそれを全く理解していなかった。(私の友達はアニッシュ・カプーアと記念撮影までした😮)ちゃんと展示会場にいて来場者に対応し、特に対話とまでは行かなくてもコミュニケーションをベースにした企画の「キス集め」は毎日できるかぎりすべきだったのだ。
 
とはいえ「うぶ」だったのは私だけではなくジョージア館全体で、館のオープニングを8日としたのはいいがそれに間に合えばいいというものではなくpreview期間が始まる前には展示ができていなければならなかった。そして作家はビエンナーレを見回るぞなどと欲張らず自分のポジションを守って自分たちのPRをすべし!
 
後悔後悔、というのもビエンナーレ出展、私にとってはこれが最初で最後でしょうので(笑)
若き作家の皆さん、同じ過ちを犯さぬように。 
 
これをフランス人にかこったら「お前は一生後悔ですごすのか?」 と言われたが、もちろん全然そんなことはなく、、、確かにフランス語の regretter という単語は「後悔」より強いのかもしれないなー? 「かくかくできたのにしなかった」という条件法を使う方がいいのかな???と今更疑問を持った😅 
  

 これはジョージア館近辺ドルソドロ地区の展覧館案内でしたが、失敬して最後に自分の作品を入れました😅

2026年4月27日月曜日

情けなきニュースと輝かしきニュース:雨とヴェニス

最近の私のニュースと言ったら「アレ」に決まっているがそれは後にして悲しいニュースから。
でも「悲しい」という形容詞がいいのか 「がっかり」というのがいいのか「腹が立つ」というのがいいのか「やっぱり」というのがいいのか、、、まあ全てある。
 
パリ市の美術コレクションというのがあってパリ市は毎年美術作品を買うのだが、その募集が冬にあった。私の雨の絵はほぼ全てがパリの雨だからやっぱりパリの公立機関にもあって欲しいと思っていたので昨年9月のアーティストの日に壁に飾った写真の12枚をセットで思い切って価格ゼロ、つまり寄贈の提案をしたのだが、予選(613の応募書類から100を選ぶ)に落ちたという報告が来た。この競争率からして多分「箸にも棒にもかからぬ、ただでもいらん」ってことか〜。書類を書いてるときにこれは「画廊がパリ市と取引するものかな」と思わせる条項があったので、やっぱりお仲間どうしでやってるのか? (現代美術は画廊、美術館などお互いに認め合って作品価値を高めるみんな「グル」だから)残念でした。
 
 
 
この情けないニュースに比べとても輝かしいニュース (前述の「アレ」)とは何かというと、この箸にも棒にもかからぬ坂田英三が美術界最大級のイベントと言える「ヴェニスビエンナーレ」(ウィキ)に出展するのである。もちろん日本パビリオンとか今年のテーマを扱うメイン会場ではなく、グルジア(ジョージア)のパビリオン!?
どうしてそんのことがと思われるだろうが、簡単に言えば近所のジョージア人アーティストが驚いたことに母国のパビリオンのチーフキューレータに任命され、私を誘ってくれたのだ。犬も歩けばならぬ住んでいたら棒にあたった類(笑)
 
ヴェニスビエンナーレ参加は美術の仕事をするものとしてはとても光栄なことで、これを逃しては一生そんなチャンスはない。だからロシアが参加しようとイスラエルが参加しようとアメリカがいようと、ジョージアの現体制が親露派であろうと行くしかない。「エイゾウくんいつも言っていることと違うじゃない」という後ろめたさもないではないが😅(どう自己弁護をすればいいのかヴェニスでゆっくり考えましょう)
 
友人キューレーター君が考えたプロジェクト* は、ジョージアを世界の十字路ととらえ、多くの国からの作家を招待、ジョージアへ船出して「宝」を求めにいくというギリシャ神話に基づいたもの。各国のパビリオンではその国を代表するアーティストが展示するというのが殆どで、特にジョージアのような小国が外国人アーティストの展示をするのは無理じゃないのかと思い込んでいたのでずーっと本気にしてなかったのが現実のものとなった😮
 
そこで私は何をするかというと内容ダブりますが次のとおり:
 
26年度のヴェニスビエンナーレにてパリ在住の造形作家坂田英三がジョージア(グルジア)のパビリオンに出展します。
というのもこのアジアとヨーロッパの中継点にあるこの小国のパビリオンでは、国家間の「対抗」とは逆に、様々な国から招かれたアーティストの展示をプロポーズするからです。
坂田はこの十数年来海水と墨を使ったドローイングを制作していますが、世界中の海水を使ったドローイングの何枚もを破ってその断片を再構築してヴェニスの島の地図を思わせるような作品を作ります。それに加えかつて西暦2000年のために考案した参加型プロジェクトのBaisers Sans Frontières (Kisses Without Borders)のパーフォーマンスも行います。これは以下のリンクのページにある映像を見ていただけば一目瞭然なのですが、ビエンナーレのキューレーターに任命されながら昨年没してしまったコヨ・クオの残した言葉「…人々は疲れています。私たちは皆疲れ、世界は疲れています。アートそのものも疲れています。おそらく時が来たのです。私たちには何か別のものが必要です。癒しが、笑いが必要です…」にまさに呼応する企画で、今一度ヴェニスでこの企画を行うのには意味があると思われます。

https://eizo26.wixsite.com/eizo-sakata/baisers-sans-frontieres

キス集めは5月6〜9日に断続的かつ継続的になされる予定(要確認)。作家は3日から少なくとも11日まではヴェニス に滞在します。
作家連絡先:eizo.sakata@gmail.com +33695043187

注:ジョージア・パビリオンはメイン会場のアルセナルではなくDorsoduro地区の
Palazzo Querini
Calle Lunga San Barnaba 2691 
で開催されます
 

 
ドローイングのコンポジションの方は昨年のヴェニスでのアクアムールの企画と同じ、といっても現場で割り当てられた壁に合わせて作るので同じではない(かつ学習しない性格なので設計図を作っても同じものが作れない)。
キス集めの方もバーナーを使うから歴史的建造物内で許されるかな〜???
 
こんなことならテーマとの脈略なくても大きなドローイングの代表作を一枚持って行って掛けるだけにしておけばよっぽど楽だっただろうと今更思う今日この頃😅 
ともかくドラ・マールの家もそうだったがヴェニス ビエンナーレも裏口入学っぽくて自分で気に入っている(笑)(但し大学はちゃんと表口から入ったはずです) 
 
 
付記 * キューレーターによるジョージアパビリオンでの展覧会「現代のアルゴナウタイ」の綱領
 
2026年ヴェネチア・ビエンナーレのジョージア館は、アジア、ヨーロッパ、アフリカが交わる現代のジョージアのから、「現代のアルゴナウタイ」を送り出します。神話上の旅人たちと同様に、現代のアーティストたちは、文化、政治、テクノロジーの刻々と変化する潮流を航海し、断片化、移動、そして再生の只中に新たな航路を切り開いています。アルゴナウタイや黄金の羊毛との深い神話的・歴史的結びつきに根ざした「現代のアルゴナウタイ」は、旅を原点へのノスタルジックな回帰としてではなく、交流と変容に基づく、生き生きとした継続的な航海として再構築します。
このキュレーションの提案は、交易路の交差点としてのジョージアの長い歴史に立脚しています。そこは芸術、言語、文化が、商品、象徴、そして思想として流通してきた場所です。その意味で、ジョージアの位置づけは地理的なものにとどまらず、象徴的なものでもあります。そして現代のジョージアの交差点では、古代の神話と現代の喫緊の課題と交差するのです。
 
 (ほぼDeepLの自動翻訳) 
 
アルゴナウタイや黄金の羊毛に関して知りたい方はウィキを参考に
へへへ、私も勇者なのです😅 
 

2026年3月25日水曜日

地獄で思う (雲仙、キリスタン、織部、からゆきさん)

(あーやっと書き終えた。1ヶ月に1本は最低限。でも話は2月のことです😅)
 
私の「戻る」は双方向性なことを前回書いたが、個展も終えてやっとほっとし、かつ飛行機会社の特典が2月末で切れるということがあって急遽旅行に「行った」。
 
旅先で人と話すと「どちらからですか?」という質問は避けて通れない。
私はどこからきたのか?「遠くからです」とお茶を濁したくなるがどうも無作法に思う。「京都からです」というと無難かつ正しくはあるが「新参京都人」は京都のことについてきかれると心許ない。生まれ育った愛知県かなー? 結局43年もフランスにいるのだから「フランスから来ました」と答えるのが正当なのであろうが私には期待されるべき「おフランス」のオーラもないし、人生遍歴を吐露するのも苦手で、かつそんな大した人生でもなし、、、と悩むほどのことでもないのだがなかなか面倒に思う。
かつ「フランスではどんなですか?」なんて話を振られると正直「どうなのかな〜?」あまりにも知らないことが多すぎて自分自身呆気に取られるほど。そこで突然「タコの話ししませんか?」だと怪し過ぎ(笑)🐙😅

匂いの源泉
それでどこへ行ったかというと目的地は雲仙地獄。ブツブツ吹き出す地球の息吹が大好きで。フランスでは味わえませんから。
 
悪天でバスは霧の中、バス停から前にぼんやり見えた宿に直行してその廊下を歩きながら鼻がピリピリ、咳き込みゴホンゴホン、このホテル危ないんじゃないかと心配になるほど臭い。眼、耳、頭脳、なにをとっても最近覚束なくなっているのだが実は何故か嗅覚だけ敏感になっていて、日本の街では消毒材の匂いが文字通り「鼻に触る」ことがしばしばなのだが、泊まったホテル内だけでなく町中危ないところが多く(風向きによって変わる)、そして私自身は温泉に入りすぎた結果、自分で自分が臭くなった。帰路、島原駅に降り立った時に駅のおばさんに「わかりますよ、硫黄臭いですから」と言わたほどだが、熊本行きのフェリーに乗ったらもっと臭う。結局温泉に行った全員が発臭源となりその香が漂い続けているのだろう。まあ臭い代わりに肌はスベスベしている気がする☺️
 
島原の町は背後に火山が迫り海があって私の南太平洋への夢想をそそるものがあった(行ったことないから😄)そして町の真ん中には白い外観の美しい城(1964年に再建された「新築」)が立つ。雨でとりあえず入ったこの城中、有馬氏の南蛮貿易時代から隠れキリシタン、島原の乱などにまつわる陶器、彫刻、絵画を含めた史料が展示されておりなかなか興味深かった。
えっ、これが織部!?
私としてのびっくりの発見は、郷里の愛知に近い美濃で生まれ信長・秀吉に仕え利休の後継者となったとも言える織部焼で有名な古田織部の作った写真のような南蛮風の燭台。織部は秀吉の九州征伐+朝鮮出征の供をして九州まで来ており、朝鮮から連れて来られた陶工(秀吉の前の倭寇時代から)が伝えた技術で栄える唐津焼の技術を織部は美濃に伝えたのが織部焼として結実したらしい。かつ織部好みの灯籠というのがあってこれは土に埋もれる部分に十字架が隠されている! う〜む、この時代の茶の文化を中心にしたルネッサンスを思わせる文化の開花と古田織部は私には謎の多いテーマで勉強要。
 
ところでルネッサンスといえばボッティチェリでもボッシュでも絵画的にいえば天国より地獄の方がドラマチックでアクション満載でずっと楽しめるからここでも私は地獄ファンなのだが、現実となると想像するだけで身の毛もよだつ。実際宗教戦争下のヨーロッパの現実は地獄の光景遠からずだっただろうが、雲仙地獄では現実に踏み絵を拒否した島原のキリシタンは拷問の末あのグツグツした地獄に落とされた!
私なら躊躇なく踏み絵を踏むし、拷問されればあることないこと言ってしまう(そんなことウッディ・アレンが映画多分アニー・ホールで言っていて昔大笑いした覚えがあるが本当です)。信仰なき私には全くわからない。同様に拷問する方の精神もわからない。屈辱を与えて優越感を得る輩がいることが全く恥ずかしい。
そういうことは一生無縁だろうと思っていたが「スパイ法」なんてものができたらわたしも質の悪い下級憲兵に糾問されるかもしれない。 明日貴方の住む町が戦場になっていたら誰もがそれを受け入れるのだろうか(それに慣れてしまうのだろうか)? そうならない前に専制、戦争への歯車に小石でも砂利でも投げ込んで動きを妨げるしかない。
 
宣教師がヨーロッパに惨状を伝えるために作った版画

マリア観音

キリスタン文化が栄えて頃の陶器。十字架はデザイン化しやすい?
 
話は変わり、下の写真の灯台のような八角形の塔は最上階には天竺の如来像が安置されているという「天女塔」。1990年に建立されたが資金の多くは東南アジアの「からゆきさん」の浄財によっており、塔を囲む石柱などには彼女らの名前と寄付額が刻まれている詳細こちらを参考に) 
 
天草四郎で有名な島原の乱も元々は百姓一揆。貧農地区の島原の歴史はかわいそうすぎる。だから一人の人間として認めてくれたキリスト教を信じ殉教できたのかもしれない。
 



最近戻ってきたパリ、私には不気味なほど静かな感じがしていて、何やら不安を感じる今日この頃。 ただの春の和らぎならいいのだけど。
 
ところで文化人武将として幸せに生きたように思われる古田織部、関ヶ原では東軍についたものの後家康に嫌疑を持たれ切腹を命じられました。。。
 

2026年2月18日水曜日

行くか戻るか? そして我がタ個展のこと

タイトルの注:タはカタカナの「た」です😅
 
私は「日本にいついつから戻るよ」と言うと「今でも日本に戻ると感じるのか?」と質問をしばしば受ける。逆に「今度はいついつパリに戻ります」と言うのはそれほど不思議がられないようなのは暮らした月日の長さがものをいうのか?
「日本が母国だから当然戻るのだ」という帰属意識はあまり持ちあわせないのだが、フランスの国籍もないし(日本は二重国籍を許さない)いつまでたってもフランス語は間違えるしでこちらも帰属意識なし。とはいえ根無草ともいえないのはどちらの国にも幸に暮らさせてもらえた恩義を感じる人々がいて、そこに戻ってくると懐かしさ、気安さを感じるのでやっぱり私は双方向に戻るのだ。そういう意味で確かに二拠点生活なのだ。世に言うハイソな二拠点生活をされてる方達はどう思うか知らないが。
 
という次第で今年の冬は11月中旬に京都に「戻って」来た。というのも去年は12月に戻ってすでに紅葉が落ち寂しく感じたのが第一の理由。それにフランス在住アーティストの山田さんが参加していた近江八幡のビエンナーレを見るのもいいかと。(琵琶湖ビエンナーレは結構面白かって@eizo_eyesで紹介した)
 
こうして自分の名古屋の個展には2ヶ月以上も間があくことになった。
 
いつもは日本に着いてすぐ作品の額装とか案内状書きとかの展覧会の準備にかかりあれよあれよという間に展覧会となる。しかし今回は超余裕で今回の新たな作品シリーズである自分のドローイングを貼り合わせるコラージュは大方のアイデアはできていたが、こちらについてから最終決定。手持ちの額との組み合わせ、または新たな額を調達してみたりし、台紙の色とか、作品を浮かせるとか浮かせないとか、こういうことは面倒だが嫌いでないし、人にまかせた時のバッドサプライズはないから作品の額装は私は自分でやる。でも時間的に余裕があると色々なバリエーションも試してしまうから結局客人が泊まりに来た期間以外はそんなことばかりしていた😅
 
それに名古屋のLギャラリーには高さと幅が80センチぐらいで奥行きが約60センチの奥まった中心にスポットのある大きい目のニッチがあって、普通に平面作品飾ったらダメでしょ? で、ここをどうするかが(他のアーティストの方は知らないが)私には大問題で何ヶ月も前から考ると汗がたらりたらり蝦蟇状態になる。
ちなみに今までここを飾ったのは、パリで貰ったいかにもヨオロッパした額に入れた1967年の日本のユトリロ展のモンマルトルの劇場広場の絵の絵葉書と今の劇場広場に行って私が書いたスケッチ、あるいは水の屈折でアリスが伸びる毬栗で閉じられ開けるに開けれない鏡面的な2本のワインボトル、キャンバスの布地の灰汁(?)をとってポタリポタリと黄色い水の滴を落とす死海の水で描いた砂時計、前回はダンボールにマジックで描いたドラ・マールとピカソをめぐる一座。そして今回は? 良いアイデアは浮かばず日本まで先延ばし、それどころか新年にまでもつれこんでしまった!!! つまり年末に来たマダムは我が家で白いタコ軍団など全く目にしなかった。つまりこれは年始以降に作った真新作! 
 
#キミはタコを見たか?」をマントラにして常にタコを探し続けた私、子供用の工作粘土の「びよ〜んとのびる」というパッケージングの宣伝文句がタコの足に直結。 そしてタコは環境にカムフラージュ、だから白い空間では白くなるというのがスタートポイント。その後はタコをひねり出せるかどうか?これは試行錯誤の造形の問題でどちらかというと楽なハードルとなる。 
そしてできたできた、みょうちくりんなタコ入道たちが!
でも時間があるともっと考えてしまう。京都に暮らすと和の雰囲気も入れたくなってそんなバージョンもできたが、考えすぎた時は第三者(画廊)の意見の方が正しい。かつ驚くべき超特大ワイングラス(!!!)が画廊の奥から登場し、すっきりと白のオリジナルバージョンに戻った。
 
 
‥と難題はこのニッチスペースだったが、展覧会のメインは壁でして、、、
 
 
その第一幕はこちら

 第二部はこちら

 
以上の映像にちらりとも登場しない作品もいくつもあります。  
 
名古屋名東区のLギャラリーにて2月23日までです >参考サイト 
 
最後にこれが日の目を見なかった和バージョンです(笑)


2026年2月13日金曜日

キミはトウフ屋を見たか?

我が街太秦には昔懐かしいコロッケをその場で揚げてくれる肉屋さんや野菜を一笊いくらで売る八百屋さんがあり(これは一昨年引っ越して間もない日の投稿で書いた)、それに学校の下校時間のみ開く古びたみたらし団子屋さん、それに裏道に入ると畑があって野菜の直売の店がちょくちょくあるという楽しいタイムスリップ地区なのだが、なぜか豆腐屋さんが見つからない。

京豆腐というわりに街の豆腐屋はもう存在しないのかなと思っていたのだが、今日正真正銘、写真のような薪の燃える釜のある豆腐屋さんが京都御所から遠くない裏通りで出くわせ急ブレーキ(注:自転車です)。三角の揚げ豆腐を見たら大根おろしと醤油でそれがおかずになっていた子供の頃の記憶が湧き上がり、今晩はそれで済ませた(笑)  


この豆腐屋さん、数十年前のフランスの田舎のチーズ屋と似たところもあるなー(これも懐かしい)。「いつ頃からあるの」ときくと「100年ぐらいかな〜」と。でも通りから見ると暖簾に『創業文政年間』とあるではないか! 問い直してみると「書いてあるものがないからそれはあてにならんよ」とあっさりと言われ、、、創業10年や20年で宣伝したがるお店の多い日本でのコレ、感服いたしました。 

本当は私の名古屋の個展「キミはタコを見たか?」のこと書くつもりだったのだけれど、それはまた今度 

付記:右写真の昔ながらの揚げ豆腐に比べ、普通の豆腐は時代は変わり、水から掬い出すことはなく既にパックにされていた。しかしこの豆腐屋さんは懐かしい以上、こんな店は子供の頃も見たことなかったかも。