2026年8月3日月曜日

猛暑と訃報

 今年のパリは5月にすでに猛暑第一波に襲われ、私はその所為かと疑っているのだがその直後に何人ものこちらでは馴染みのある著名人の逝去のニュースが続いた。そう人に言いつつ誰がなくなったか忘れてしまい、、、pcに尋ねていたら、そうそうこの人たちだった。
 
  • Edgar Morin 5月29日 104歳:社会学、哲学者で104歳、最後まで頭脳明晰、現代世界に向かって発言をし続ける座標となる最後まで尊敬された知識人だった ウィキ どんな人だったのかわかりやすく知るのはこの方がいいかな?
  • André Santini 6月1日 85歳:シラク内閣で大臣職にもついた右派の政治家だが、有名なのはイッシー・レムリノというパリの西南に位置する町の市長職を1980年から死ぬまで46年間も続けた!市政的にはセーヌ河沿いの工場跡地に大企業、先進企業を誘致して再生させたユーモアに富む昔タイプの政治家。外国語学院で日本語も学んでおり、非常に親日家だった
  • Areski Belkacem 6月1日 86歳:音楽家、作曲  ブリジットフォンテーヌの連れ。
  • Marjane Satrapi : 6月3日 54歳 映画化もされた自叙伝BD(フランス式漫画)ペルセポリスを描いたイラン生まれのBD作家 Vogue Japonの記事
  • Bernadette Chirac : 6月5日 93歳: ジャックシラク元大統領の夫人、地方議会員でもあった
  • 四人目のSatrapiさんは近親者の発表で「悲嘆で亡くなった」というので政治的闘士の彼女なのでイランの現状のためだと思い込んだら最愛の夫を1年前亡くしたその後の悲しみということ。何にせよ私には想像できないドラマチックな死因でまだ若くて話は全く別だが、他の方々は高齢だったのでやはり猛暑が堪えたのではないかと私は思い込んだのだった。しかしその後6月、7月に再度2波の猛暑が襲ったが鬼籍に入る有名人が続いたということはなかったので本人および周囲が体調管理に特に気をつけるようになった、あるいは単純にただの偶然だったのかもしれない。

    その後最近になって私の近親、リト(石版画)を習い出したときに同じく生徒だったイギリス人のSさんの訃報がアメリカから、そして小学校からの親友だったY君の訃報が日本から相次いで届き、心にぽっかり穴が開いた。二人のことを追想すると上記の有名人たちのような簡略な羅歴ではすまなくなるので今日も簡単にこれまで。

    遠くより二人に合掌

     

    写真はKyo_Pasの趣味の水彩絵葉書 この教会は5年前に亡くなった舞踏ダンサーの岩名さん参考投稿のスタジオ近くにある田舎の村の教会。横で手をあげているのはフランスではどんな小さな村にでもある、第一次大戦で亡くなった村出身の兵士への記念碑の像です   

    (追記:前回気掛かりと書いたFさんは元気だとのお便りをもらった。よかった〜。それにブログを読んでの便りなので嬉しい)

     


    2026年7月31日金曜日

    私が夜な夜な京マチコにうなされるわけ(笑)

    私の太秦のマンションはかつての大映の京都映画撮影所の跡地に建っているというのが一つの自慢(?😅)だが(24年の過去投稿)、今日fbを見ていたらそれこそ羅生門のセットの建築中の写真があった。それがコレ:
     
     
    そして下は私のアパートのバルコニーから北西方向を眺めた写真だが、この左側の穏やかな山並みは先の写真のセット建築中の裏側の山並みだ! 「私の建物は映画撮影所の跡地にあるのではないか?」というのは友人Fさんがメールで私に投げかけた疑問だったのだが、彼はこの写真を知っていたのかも???(最近音沙汰ないけど元気かな???) 
     
    注:中央右の高い山は愛宕山 
     

    セットの工事の写真が載っていた記事は「羅生門」の製作からヴェニスの金獅子翔受賞前後の状況のエピソードが書かれてあり面白いのだが、どうやってリンクすればわからない。先の白黒写真のリンクは

    https://www.facebook.com/photo?fbid=1565175435077859&set=pcb.4396140660647346

    で、続いてセットが建ってくる様子の写真があるが、大映の社長はベネチア映画祭に出品には全く興味がなかった等々のエピソードにはどうやって辿るつけるのか? 掲載者の「三品Mishinaゆきひろ」をクリックするしかないか?

    撮っているはずのマンション入り口付近にある石碑の写真も出てこないし、今日はごく簡単ですが諸種の事情によりこれにて「終」 (7月も猛暑とW杯であっという間に終わったし😅) 

    2026年7月21日火曜日

    ゆめうつつ 夜毎に描く地図(寝小便の話ではありません)

    ご存知かどうかしれないが、私は以前(95年から2010年あたり)よく田舎のアーティスト・レジデンスに行っていた(田舎の畑や山やらで自然素材を使ったインスタレーションをしていた)。私は車を運転しないのでその周りをともかく歩き回る。今のようにいつでもGPSで位置が確認できる時代ではなかったので見える風景とランドマーク(廃屋とか大木とか)をもとに頭の中で地図を描き動き周り、2週間もすれば普通の村の住人よりはいつも地形をよく知るようになっていたと思う。一応土地勘・方向感覚があると自負している。そのくせ夢の中ではやっぱりそんなふうに歩き回っては、、、いつも道に迷うのだ! 

    「この怪しいバラック街を通り抜けて左に折れてしばらく行くと畑の中に唐突なビルが建っているはずなのだが」と見渡しても見えなくて戻ってバラックで仕事していた青年に聞くと「あれは1年前取り壊された」とか。「この民家の庭を突っ切った後の建物にはいると地下道があってこれがずーっと向こうまで行く近道」とか。つまり夢で見る土地は何度も行ったかなり馴染みの場所なわけ。そしてそれがレジデンスに帰ろうとかしているのことが多くて、ひょっとして本当に行ったところと関係あるのだろうか、あるいは子供の頃遊んだ野原とかとは? と夢の地図を描いてみて現実に行った場所を比較検討し始めたのだが、現実も四半世紀も経ってしまうとその記憶はかなりあやうく「あれはレジデンスの時の想い出と思っていたのが実際はただの夢の中だったのか???」とまことにおぼつかないことになってきた。

    うつつの世界でもヴェニスに行くようになってから「方向感覚がある」という私の自負は木っ端微塵に粉砕されたが、その所為の「よろめき」か、日本の私の新拠点の京都の太秦も小ベニス (笑)、洛中の碁盤の目とは大違いで運河や用水路に沿って道が湾曲し、「自負」のせいで知らない道を選んではもう自宅の間近なはずなのにGoogle マップを見ても堂々巡りをすることしばしば。そして日本に何ヶ月か戻っていた後パリに戻っきて自転車に乗ったりすると街の真ん中で「何でこんなところで間違えるの!?」ということが起こり頭の中は完全にブラックアウト!←ヴェリブは30分間という制限時間もあるからそのストレスがあったりするともうあかんです。私どうなっちゃうんでしょうか?

    ともかく日は東から昇り西に沈む、それだけが夢でも現でも唯一の頼り。

    ところでどんなことがあろうと道に迷わず行けるご近所のフランス新国立図書館で先日まで「想像の地図 CARTES IMAGINAIRES」という展覧会が催されていた。地図を描くことは、知っている場所と知らない場所の境界を引く。昔の地図では未知の世界には色々な怪獣がわんさかと暮らしていて、それが地図上にも描かれている。そんな楽しくもある世界だったが、大航海、探検探索が続くにつれ怪獣たちは追い払われ、未知の場所は既知の場所の間のただの白い空間、情報で埋められることを待つただの空きのスペースとなってしまう。これで第一章の終わり。第二章は語りつがりや古代の書の叙述を元にした伝説の地の地図。第三章では文学での地図。空想の文学でその世界を構築するのに作家には地図を描いて確かめる方が便利らしく、宝島やロビンソン・クルーソーのみならず、プルーストも自分の空想を織り混ゼるノルマンディ、その地理を誤らないように原稿に鉄道路を書いていた(ここまでくると描くと言うより書くだろう)。その後の章は省略(笑)

    それにしても私の夢の世界の地図は一筋縄ではいかなく思われる。知っている世界と知らない世界が曖昧で穴だらけと言おうか、ゼロから1の線の間にも有理数より無理数の方が多いが如く無限の穴のスポンジ構造をしているのだ。というわけで地図は描けても境界はあってなし。

    猛暑のせいか(ただそのせいだといいのだが)先週は眠くて眠くて、、、そして夢の中を彷徨うと歩きすぎて足がつって目が覚めること屡々で。これを普通の人にいうと「ちゃんと水飲みなさい」で終わりだけど。

     

    1595年にアントワープで出版された出版の世界初の私もいつか行ってみたいアイスランドの地図。

    まあまあ普通になってきたけどまだまだ変な怪獣(海獣)がいます。右上の流氷も芸が細かい!

    これは解説不要でしょう。さすが国立図書館いろいろなもの持ってます


    プルースト、迷子にならずバルベックに戻らねば(笑)


    キミはタコを見たか? 1900年の漫画地政学図

    「道化(狂人)の頭の中の世界」(16世紀後半) 地図は人間の情熱の鏡であり瞑想の助けだと解説にありましたが。

    しかし世界地図見るとなぜか日本を探してしまいますねー

    2026年7月5日日曜日

    アートもスポーツも全ては政治に関わる!

    今年のヴェニスビエンナーレは「マイナー・コード」というテーマで聞こえぬ声を汲み上げようとしたチーフ・キューレーター故コヨ・クオの意図に反して開幕早々政治的な大きな声が圧倒する結果になった。それはやはりビエンナーレが国を代表したパビリオンを持っているということに起因している。スポーツや音楽でも国の代表となると国のプロパガンダの一環になりかねないが、現代アートは政治社会的問題はそのテーマであること多々であり、独裁的政権下でプロパガンダとして使われた歴史を持つアートにおいてアーティストは常に虐げられる側の表現であろうとし、決して政治とは関係ないとは表明できない。

    まあ普通の情報ソースに信をおく人ならロシアはウクライナに侵略戦争を行い、イスラエルはガザで虐殺を続けると考え、そのパビリオンにはブーミングしたくなるだろう。

    私としては、いくらちゃんと機能していないとはいえ国際法を国家が守る国連体制は実際の制裁機能がないとしても、それゆえになおさら人民を治める国家としては法治体制の見本を示す意味でも当然のことだと思うので、その意味ではアメリカもブーミングするのが当然だと思っている。

    でもこんな優等生的な解釈は本来的にアートとは相反するのかもしれない。基本的には「現代アート」は一般的規範への逸脱行為をモットーとしているからだ。そういう意味ではちゃぶだいをひっくり返し続けるトランプは大アーティスト、アメリカパビリオンに彼が出てきたら面白かったかもだが彼はアートなんて興味ないから、、、まあ冗談はさておき「規範からの逸脱」といっても「人間の生命・生活を尊重する」というのは規範を超えた一般合意のはずなのだ。

    アートは世界と隔離されないという証左でもあろうが、「現代アート」の世界では女性差別、植民地主義、LGBTの権利とか社会・歴史・環境問題を扱うことが定番になってしまった感もある。イメージ、表現モードで観衆をギョエーと仰天させても、主旨は正しく、私にはそれは結局「良い子」になっているかの疑問に感じないではない。例えば環境問題に対して警鐘を鳴らすとスキャンダルなアート行為がおこなわれてもそんなこと誰でもわかってるのだから私は地道に産業資本の横暴ぶりや政府の欺瞞を具体的に告発する環境保護団体に耳を傾け支持した方が良いと確信している。まあ現代アートファンはアートの形をとらないと物が見えない人たち(例えば天井に四角い穴が開いて初めて青空や雲の流れを楽しめる人たち)だからその人たちへの警鐘になるかもしれないが。

    ともかく国際的規範の国際法を守る世界をよしとする私はアメリカなんぞもにビエンナーレに参加する権利なし!
    だからアメリカで主催される巨大主義の反エコロのワールドカップなぞ絶対にボイコット! 
     
    の心意気だったのだが、夜でサッカー中継してるとついついつられてみてしまうのは不甲斐ないと言おうか根性なしといおうか、昔のサッカー少年の致し方ないところ(弁明:私の世代は1968年メキシコオリンピックで釜石というその頃のレベルでは秀でたアタッカーがいて三位銅メダルになったという「事件」があって野球一辺倒だった子供のスポーツ志向に影響を与えた)。しかしなぜサッカーがそんなに面白いか? だらだらたらと90分も見てしまうのか?  私の思うところ、得点がはいりにくく、ちょっと見ていないうちに点数が入ってしまって「その時」を見ないと後悔 * が残る?! 録画見て納得というわけにはいかないのだ。そしてゲーム展開の予想はあっても結局その通りには行かない。これがスポーツがいわゆる「シナリオのある芸術」と違うところ。私は何につけてても薄情な人間なのでゲームの大勢が決まっているとどうでも良くなって最後まで見ないのだがW杯は接戦多いから、、、というわけ私はほぼ毎晩の如くサッカーの「罠」にはまっているのだ。なさけなや〜
     
    しかしそれ以上に、、、告白しますと:W杯より不甲斐ないことに私はビエンナーレの一般公開前での「駆け足メイン会場巡り」(参考投稿)で実はアメリカ館にもロシア館にも入ってしまったのだ! アメリカ館 ** は建物の前を通った時に作品が気になった:彫刻家アルマ・アレンの個展で純粋に造形性が追求されていて私のような現代アートの落ちこぼれにはこういう作品は嬉しい。それに対しロシアは何をしでかすかの興味本位:厳重な警備のパビリオンの中は花が飾られ合唱団が歌を歌っていてドリンクサービスもという「えせユートピア」でプロパガンダなのか、すごい皮肉なのか??? こうして両方楽しめ、またまたなさけなや〜。
     
    この反骨精神を全く貫けない私が周りの人にいくら推薦されても最近行く気がしないのがルイ・ヴィトン財団。2014年の開館時にフランク・ゲーリーの建築に感動してこのブログでも数回にわたり取り上げたが(ブーローニュの森の一等地に建設されることになる不思議な経緯も含め)、LVMHグループ所有者ベルナール・アルノーはトランプとは就任式に家族で招かれるほどの仲で、最近耳を疑うほどのイデオロギー的な発言をするので私はまだ矜持を保ちブーミング中(一庶民としてわずかにできることなので)
     
    フランスでよく言われ、日本では全く耳にすることない言葉に「tout est politique : すべては政治に関わる」というのがあるが、アートもスポーツも政治と関わらないものはないのです。

    ところで「規範からの逸脱」なぞと難しいことを言わなくても一般的に芸術家は自由な生き方をする=規則を守らないと解釈される風潮があるらしく、「我がアトリエ正面のゴミ捨て場が臭いし捨て方がむちゃくちゃだ」と文句を言って張り紙をしたアパートのガーデイアンにその後状況が良くなったか尋ねてみたら、よっぽどご機嫌斜めだったのか「あんたの側はアーティストたちが住んでいるから、、、」なんてどう見ても偏見としか思えない意見が飛び出してきてびっくり。「私はちゃんと捨ててるよ」と言ったら「あんたのことじゃない」と → 私はアーティストじゃないのか〜😅

     

    この投稿の写真には腐心しました(笑)アメリカ館もロシア館のコーラスも撮っているのだけど日本語読めない人に大きな誤解を与えかねないし。で、写真は我が団地に住むお兄さんのTシャツ、ハンバーガー店で働いていて仕事着らしいが、バーガー好き(といわれる)トランプにはいいメッセージじゃないでしょうか。 フランスではハンバーガー作りも政治に関わる???(笑)

     

    * 5月16日の投稿でビエンナーレでの後悔を書いたが、ここでの「後悔」も言葉としては強すぎるような。私の日本語ボキャブラリーが貧弱なせいか?フランス語だと〜し損なったという意味に繋がるmanquer、英語のmissを使うのがいいのかな?と今更ながら考えましたがどうでしょうね? 

    ** アメリカ館に関して:「これがアメリカの最善か」https://artnewsjapan.com/article/70028
    (アートに関して「最善」とかいうのは意味ないと思いますが)

     

     

    2026年6月2日火曜日

    「キス集め」で見る時代の変遷 L'évolution des temps à travers la collecte de baisers

    Vous trouvez une résumée française en bas 

    ヴェニスビエンナーレで久しぶり* に復活した「キス集め」だが、この "Baisers Sans Frontières" (「国境なきキス団」)の起源は1998年に遡る。あるイベントで偶然はじめた参加型企画だったがあまりにも面白いので自分でびっくり、ではいっそのこと2000年までに2000枚集めてキス展をするというチャレンジ目標を立て、その実現にむけてキス集め用の台車を作って色々な街頭フェスティバルなどに参加してその数年間ずいぶん頑張ったのだった。

    この企画が面白い理由は、白葡萄を使った奇妙なプロセスなので、葡萄をかじってちょっとカードに投げキッス風の人もいれば丹念に唇をなぞってカードを机の上に置いて恭しくお辞儀をするようなキスをする人、はたまたベトベトに果汁で濡らした口でカードが折れるまで情熱的なキスをする人と、各人それぞれ個性あふれる反応をし、その微妙な違いの結果が二つとして同じでないキスマークを生み、性格判断まではいかないが「この人がこんなふうにキスしてこうなるのか」と収集作業をする私もやっていてなかなか楽しめるのだ。もちろん参加する人もキスがバーナーで現れてくる「あぶり出し魔術」の瞬間ばかりでなく他の参加者のキスの仕方とかその結果の「絵」を比べたりして楽しんでもらえる。私もこの人生いろいろやってきたがこれが人生一番のアイデアと自負していて、せっかくヴェニスビエンナーレという晴れの舞台で発表できる機会がもらえたのだから絶対「キス集め」もすることに決めたのはそれゆえだったが、それがちょっと不完全燃焼気味に終わったのは前々回の投稿に書いた。

    ヴェニスでのキス集めが具体化しつつあった数ヶ月前、アルジャントゥーユ Argenteuil というパリ郊外の街の公園で週末にアーティストが野外制作する企画の公募があって、勢いで(?)出したのが入れてもらえた(応募に出せばほぼ100%当選の自信はあった。というのはアルジャントゥーユは1870年代モネが住み**、そのセーヌ川畔では他の印象派の画家も来て絵を描いたので「印象派の街」を市は売り物にしているのだが、今年はモネの没後100年でこの企画も「モネへのオマージュ」という副題付き、多分ほぼ全ての企画はダイレクトペインティングだろうから「変わり種」の私の企画は絶対入るだろうと。でも問題は「何でキスがモネなの?」これに答えないと応募書類が書けないわけで、こういう妄想的発想はAIはもっとも苦手とするところのはずだからちゃんと自分で頭を捻り企画書を作文した。このでっちあげ(笑)に関しては言うのも恥ずかしいのでご自分で想像を膨らませて考えてください。)

    ということで今週末はアルジャントゥーユの音楽院の横でキス集めをした。土曜は最高気温34度!日曜は打って変わって一気に22度の涼しさ、熱かろうと寒かろうともっとも危惧した雨天は避けられたのでそれは何よりだった。私も心配はしたが企画を組む街にとってのほうが大変な冒険だったろう。でも1週間続いた猛暑のせいか「母の日」のせいか人通りはまばらでこれには困った。キス集めは売店とは違ってスタンドたてていれば人がやってくるようなものではなくて客引き商売(笑)、百戦錬磨の私としてはせっかく来ているからには少なくとも100枚程度のキスの壁は作らねば「国境なきキス団」の名に恥じる?!😅

    だから通りがかる人に声をかけるのだが、通行人が少ないのは大ハンディー、今やそれ以上に多くの人は携帯片手で歩きながら話してるでしょ、これは困る。大抵こういう人は忙しがり屋だし。そうでなくても大抵の人は、例えば子供を迎えに行くところでとか何やらでいつも忙しいのだ。これが勧誘拒絶の第一の理由。他にもブドウは嫌いだとか、糖尿病だとか、ノンの理由はいろいろあるが、今回初めて遭遇したのは:
     
    「このブドウは有機栽培か?」
    「注意せずに買ったのだけど多分違うと思う。でも食べなくてもいいんです。皮剥いて果汁を唇につけるだけだから」
    「だめだめ農薬は表面に多いから。それにブドウの栽培は特に農薬たくさん使うんだよ」
     
    という厳格な健康主義のお兄さんでした。ははは、やっと表題に辿りついた(笑) 
     
     
    このぐらいのことで撃退されるのだから百戦錬磨でも何でもないが、キス集めのおかしいところは、面白がって「勧誘」に出かけてくれる人が出てくること。今回は市の係(これは半分公務だが)はもちろん、今回はオーケストラの練習に来た日本人女性が団員に声をかけに行ってくれて大助かり。ブログ読まれるかどうかわからないが、ありがとうございました!
     
     
    それにも関わらず30、31日の午後のキス集めの結果は上記写真のとおり92枚にしか達しなかったのだが、今回集めたモネに捧げたキスはアルジャントゥーユ市に「寄贈」したので何かの機会に展示して使ってもらえるとしたらそのぐらいでちょうど良かったかも。
     

    ** 「アルジャントゥーユのモネ」についてのウィキ 

     

    * 前回は2013年のアミアンのヌイブランシュ(白夜)フェスティバルに遡る。これは夕方から夜中まで続くイベントで、単なる通行人ではなく当から面白そうなものを見て楽しもうという人々が来ているので「客引き」などしなくても大勢の人が列をなすほどの賑わいで完全燃焼。キス集めは私自信は忙しく写真とか映像を撮る余裕がないのでアミアンでは当時仏国立映画学院をでたばかりだった(と思う)畑明宏さんに来て撮ってもらった。おかげで貴重で美しい高品質なドキュメントとして残った。その畑さんは昨年初の長編映画の"Grand Ciel"が劇場公開され評価も高いようだ。私は日本に長期滞在中だったので見逃しているのだが😅、これに関連し理知的でしっかりした彼らしい日本語でのインタビュー記事がありますのでお読みください。

     

     追記:2013年は何がきっかけだったか忘れたけれどアミアンの他にイスタンブールのアートフェアと南仏で、その前は2003年のパリのヌイブランシュまで遡る。つまり2000年企画以来ずーっとやっていると誤解する人もいるのだが全然そんなことないのです。 

    今度はまた十数年後?などといわず、アルジャントゥーユの企画でもらえるギャラ使って欲求不満解消にヴェニスへ再臨しようかな(笑) 


     
    Résumée en français
     
    La « collecte de baisers », qui a fait son grand retour à la Biennale de Venise, trouve ses origines en 1998 avec « Baisers Sans Frontières ». C'était un projet participatif lancé par hasard lors d'un événement, mais je me suis moi-même surpris à le trouver tellement intéressant que je me suis fixé comme défi de rassembler 2000 baisers pour l'an 2000 en vue d'une exposition de ces baisers. Pour y parvenir, j'ai fabriqué un chariot dédié à la collecte de baisers et j'ai participé à divers festivals de rue, travaillant d'arrache-pied pendant ces années.

    Ce projet repose sur un processus inatendu utilisant des raisins blancs : certains croquent dans le raisin pour lancer vite un baiser à la carte, d’autres tracent délicatement leurs lèvres avec du raisin avant de poser la carte sur la table et de s’incliner respectueusement pour y poser son baiser, d'autres encore qui, la bouche trempée de jus, embrassaient la carte avec passion jusqu’à la plier. Chacun réagissait à sa manière, et les subtiles différences donnaient naissance à des traces de baiser toutes différentes les unes des autres. Sans aller jusqu’à juger de la personnalité de chacun, je prenais beaucoup de plaisir à collecter ces traces en me disant : « Telle personne embrasse ainsi, et voilà le résultat ». Bien sûr, les participants peuvent non seulement profiter du moment de magie où le baiser apparaît grâce au chaleur, mais aussi s’amuser à comparer la façon dont les autres embrassent la carte et les images qui en résultent. En fait je suis convaincu que c'est carrément la meilleure idée que j'ai inventé dans ma vie d'artiste . C'est pourquoi, ayant eu la chance de pouvoir me présenter sur la Biennale de Venise, j'avais décidé de ne manquer pas de montrer ce "projet de baisers" 

    Et ce week-end, j’ai fait une nouvelle collecte de baisers à côté du Conservatoire d’Argenteuil dans le cadre d'un événement culturel de la Ville. Le samedi 30, la température maximale a atteint 34 °C ! Le dimanche 31, le temps a radicalement changé, avec une fraîcheur de 22 °C. Qu’il fasse chaud ou froid, le plus redouté – la pluie – a été évité, ce qui était la meilleure chose qui pouvait arriver. Par contre à cause de la canicule ou d'autre raison, il y avait peu de passants sur mon site.
     
    De toute manière, contrairement à un stand de vente, la collecte de baisers ne fonctionne pas simplement en installant un stand et en attendant que les gens viennent : il faut aller chercher les clients 😀.  C'est donc je m'adresse aux passants, mais le fait qu'il y avait peu de passants était un gros inconvénient. Et puis, aujourd'hui, la plupart des gens marchent en parlant au téléphone, ce qui complique encore plus ma tâche. D'ailleurs la plupart des gens sont toujours pressés, par exemple parce qu'ils vont chercher leurs enfants ou pour une raison ou une autre. C'est la principale raison pour laquelle on refuse d'y participer. Il y a bien d'autres raisons, comme le fait de ne pas aimer le raisin ou d'être diabétique, mais voici ce que j'ai entendu pour la première fois cette fois-ci :
     
    « Ces raisins sont-il bio ? »
    « Je les ai achetés sans faire attention, mais je pense que non. Mais vous n'êtes pas obligé de les manger. Il suffit de éplucher et d'en appliquer le jus sur vos lèvres. »
    « Non, non, il y a beaucoup de pesticides à la surface. Et puis, la culture du raisin utilise particulièrement beaucoup de pesticides. » 
     
    C'était un jeune homme très soucieux de sa santé et de l'écologie. Ha ha ha, j'en arrive enfin au titre de cet article 😅 

    Si je me fais repousser ainsi, je n'ai pas vraiment de talent pour convaincre les gens. Mais ce qui est drôle dans la collecte de baisers, c’est que je trouve souvent des personnes qui s’amusent à venir m’aider à recruter les candidats. Cette fois-ci, outre les services municipaux (ce qui est à moitié de leurs travail) , une Japonaise venue à la répétition de l’orchestre est allée parler aux membres de l’ensemble, ce qui m’a été d’une aide précieuse.
     
    Malgré cela, comme le montre la photo, je n'ai récolté que 92 baisers lors des après-midis des 30 et 31 ; mais comme j'ai fait donation à la ville d'Argenteuil de ces baisers, si ceux-ci peuvent être exposés et utilisés d'une manière ou d'autre, ce nombre était probablement approprié.  
     
    P.S. : Je ne me souviens plus ce qui m'y a poussé en 2013, mais j'ai participé à La nuit Blanche Amiens, à la foire d'art d'Istanbul et à une autre événement dans le sud de la France ; avant cela, il faut remonter jusqu'à la Nuit Blanche à Paris en 2003. Certains pensent donc à tort que je fais cela sans interruption depuis le projet pour l'an 2000, mais ce n'est absolument pas le cas.   
     

    2026年5月23日土曜日

    ビエンナーレ、ジョージア館の展示

    ヴェニスビエンナーレ、ろくに「見学」もしてないのに自分の作品の写真もちゃんと撮ってなくて困ったなと思っていたら同僚のカリム君がしっかり紹介してくれた!!!🙏🙏🙏

    彼のページにはジョージア館の展示を物語る投稿が続いていますのでご参考に

     

    2026年5月16日土曜日

    後悔(?)のヴェニスビエンナーレ初参加報告(笑)

    ヴェニスビエンナーレ、報告したいけど実際はパリに戻って(なんかものすごく寒いです:最高気温12度ぐらいでヒーター入れてその横で書いてます)、SNSでダイジェストビデオ見て「へーえ 、こんなのあったのかー」てな具合で、、、😅

    私の展示は去年のアクアムール・フェスティバルで制作したような、引きちぎったドローイングの断片からヴェニス の地図のような作品を現地で作る予定だったが、出発3日前に現地で展示作業をしているキューレーター及び先発隊から「他の作品との折り合いで普通の海水ドローイングのほうがいい」とのメッセージを受け、送られてきた作品展示予定のスペースの写真を眺めつつ熟慮した結果、去年修道院で飾った「糸杉シリーズ」のうちの三作に決定。ギリシャからジョージアへの勇士たちアルゴノートの旅との関連も付けられる(前回の投稿参考)。これらは展示されていたままの状態でアトリエにあるから取り出して早速サランラップみたいなのとボール紙でぐるぐる巻きにして梱包し、翌々日に自分で飛行機で運搬した。
    こうして無事(でも早朝の飛行機は乗務員の都合と空港の停電で大遅れ)5月3日(日曜)現場に着くとその日のうちに即展示ができたので、少なくとも半日から1日かかるだろうと見込んでいた現地制作がなくなって自由時間たっぷりとなり「ヴィエンナーレを楽しもう」というモードに切り替わったのだが、実際には参加アーティストでかつビエンナーレの展示を見学するのは微妙だった。
    自分の作品が飾られたとはいえパヴィリオン全体の展示は終わってなく非力ながらも手伝うこともあるし、展示アーティストの「特権」(?)でオープニング前の3日間のpreviewなるものに入れてもらえるのだが、アート関係の「特権」保持者がべらぼうに多く(笑)初日の朝雨の中でメイン会場アルセナルに入るのを待つ長蛇の列を見てあっさり退散。(私、並ぶの嫌いです!かつ現代アートごときに😅)
     
     
    その後去年滞在した場所近くの大きなスーパーにはキス集めで使う白いブドウがあるのではと、そこを目指して通りがかる展示会場を眺めつつ行ったのだが、私と同様諦めた人なのか今からアルセナルに向かう人なのかでどこも結構混んでいた。
     
    ジョージアパヴィリオンのあるDorsoduro地区にもいくつかの会場があって、近くの運河沿いのバハマス諸島のパヴィリオンの二人展、Zaterre岸の塩倉庫跡のレンガに投影されるNalini Malani(パキスタン生まれの映像作家のパイオニア、80歳)のiPadで描いたアニメ、アカデミア美術館すぐの館の"Still Joy - From Ukraine Into the World"という皮肉なタイトルのウクライナ&外国人のアーティストによる大規模な展示が私の推薦。
     
    これはインスタのeizo_eyesで報告しましたので下の転載をご覧ください😅
      
    後日一応ジャルディーニという世界主要国のパビリオンを並ぶ場所も廻ったが、ジョージア館にも行かねばならないし(のんびりボートのヴァポレットでは意外に時間がかかる)で全くの駆け足、映像作品などはほぼ完全無視で結局最初に書いた結果となったのだが、どうせ私は百点以上の作品を見ると許容量超過となって何も目に入らないも同然となるからビエンナーレも頑張って見ようというのは今から思うと全くの大変な誤りだった。というのもそれ以上にpreview期間中に来る人たちは大半は世界中からの美術関係者で、大抵「全て見てやろう」というアート巡りの強者揃い、その彼らが押し寄せるのだから多くのパビリオンでは内覧会よろしく作家さんがいることがデフォルトみたいだった。つまり私は初体験でそれを全く理解していなかった。(私の友達はアニッシュ・カプーアと記念撮影までした😮)ちゃんと展示会場にいて来場者に対応し、特に対話とまでは行かなくてもコミュニケーションをベースにした企画の「キス集め」は毎日できるかぎりすべきだったのだ。
     
    とはいえ「うぶ」だったのは私だけではなくジョージア館全体で、館のオープニングを8日としたのはいいがそれに間に合えばいいというものではなくpreview期間が始まる前には展示ができていなければならなかった。そして作家はビエンナーレを見回るぞなどと欲張らず自分のポジションを守って自分たちのPRをすべし!
     
    後悔後悔、というのもビエンナーレ出展、私にとってはこれが最初で最後でしょうので(笑)
    若き作家の皆さん、同じ過ちを犯さぬように。 
     
    これをフランス人にかこったら「お前は一生後悔ですごすのか?」 と言われたが、もちろん全然そんなことはなく、、、確かにフランス語の regretter という単語は「後悔」より強いのかもしれないなー? 「かくかくできたのにしなかった」という条件法を使う方がいいのかな???と今更疑問を持った😅 
      

     これはジョージア館近辺ドルソドロ地区の展覧館案内でしたが、失敬して最後に自分の作品を入れました😅