アートだけではありません。40年以上も住んでしまったパリから、役立つ展覧会案内、アトリエの日常生活、旅日記、それにフランスの政治社会問題など、色々とりあげる、美術作家、坂田英三の正直な主観的ブログです。 C'est un blog d'Eizo SAKATA, un artiste-plasticien japonais de Paris. Les articles sont quelquefois écrits avec son français : cliquez "bilingue" sur la colonne de droite.
2026年9月20日日曜日
キム・ゴードン展、ロックと現代アートに関する独り言
2026年7月21日火曜日
ゆめうつつ 夜毎に描く地図(寝小便の話ではありません)
ご存知かどうかしれないが、私は以前(95年から2010年あたり)よく田舎のアーティスト・レジデンスに行っていた(田舎の畑や山やらで自然素材を使ったインスタレーションをしていた)。私は車を運転しないのでその周りをともかく歩き回る。今のようにいつでもGPSで位置が確認できる時代ではなかったので見える風景とランドマーク(廃屋とか大木とか)をもとに頭の中で地図を描き動き周り、2週間もすれば普通の村の住人よりはいつも地形をよく知るようになっていたと思う。一応土地勘・方向感覚があると自負している。そのくせ夢の中ではやっぱりそんなふうに歩き回っては、、、いつも道に迷うのだ!
「この怪しいバラック街を通り抜けて左に折れてしばらく行くと畑の中に唐突なビルが建っているはずなのだが」と見渡しても見えなくて戻ってバラックで仕事していた青年に聞くと「あれは1年前取り壊された」とか。「この民家の庭を突っ切った後の建物にはいると地下道があってこれがずーっと向こうまで行く近道」とか。つまり夢で見る土地は何度も行ったかなり馴染みの場所なわけ。そしてそれがレジデンスに帰ろうとかしているのことが多くて、ひょっとして本当に行ったところと関係あるのだろうか、あるいは子供の頃遊んだ野原とかとは? と夢の地図を描いてみて現実に行った場所を比較検討し始めたのだが、現実も四半世紀も経ってしまうとその記憶はかなりあやうく「あれはレジデンスの時の想い出と思っていたのが実際はただの夢の中だったのか???」とまことにおぼつかないことになってきた。
うつつの世界でもヴェニスに行くようになってから「方向感覚がある」という私の自負は木っ端微塵に粉砕されたが、その所為の「よろめき」か、日本の私の新拠点の京都の太秦も小ベニス (笑)、洛中の碁盤の目とは大違いで運河や用水路に沿って道が湾曲し、「自負」のせいで知らない道を選んではもう自宅の間近なはずなのにGoogle マップを見ても堂々巡りをすることしばしば。そして日本に何ヶ月か戻っていた後パリに戻っきて自転車に乗ったりすると街の真ん中で「何でこんなところで間違えるの!?」ということが起こり頭の中は完全にブラックアウト!←ヴェリブは30分間という制限時間もあるからそのストレスがあったりするともうあかんです。私どうなっちゃうんでしょうか?
ともかく日は東から昇り西に沈む、それだけが夢でも現でも唯一の頼り。
ところでどんなことがあろうと道に迷わず行けるご近所のフランス新国立図書館で先日まで「想像の地図 CARTES IMAGINAIRES」という展覧会が催されていた。地図を描くことは、知っている場所と知らない場所の境界を引く。昔の地図では未知の世界には色々な怪獣がわんさかと暮らしていて、それが地図上にも描かれている。そんな楽しくもある世界だったが、大航海、探検探索が続くにつれ怪獣たちは追い払われ、未知の場所は既知の場所の間のただの白い空間、情報で埋められることを待つただの空きのスペースとなってしまう。これで第一章の終わり。第二章は語りつがりや古代の書の叙述を元にした伝説の地の地図。第三章では文学での地図。空想の文学でその世界を構築するのに作家には地図を描いて確かめる方が便利らしく、宝島やロビンソン・クルーソーのみならず、プルーストも自分の空想を織り混ゼるノルマンディ、その地理を誤らないように原稿に鉄道路を書いていた(ここまでくると描くと言うより書くだろう)。その後の章は省略(笑)
それにしても私の夢の世界の地図は一筋縄ではいかなく思われる。知っている世界と知らない世界が曖昧で穴だらけと言おうか、ゼロから1の線の間にも有理数より無理数の方が多いが如く無限の穴のスポンジ構造をしているのだ。というわけで地図は描けても境界はあってなし。
猛暑のせいか(ただそのせいだといいのだが)先週は眠くて眠くて、、、そして夢の中を彷徨うと歩きすぎて足がつって目が覚めること屡々で。これを普通の人にいうと「ちゃんと水飲みなさい」で終わりだけど。
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1595年にアントワープで出版された出版の世界初の私もいつか行ってみたいアイスランドの地図。 まあまあ普通になってきたけどまだまだ変な怪獣(海獣)がいます。右上の流氷も芸が細かい! |
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| これは解説不要でしょう。さすが国立図書館いろいろなもの持ってます |
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| プルースト、迷子にならずバルベックに戻らねば(笑) |
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| キミはタコを見たか? 1900年の漫画地政学図 |
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「道化(狂人)の頭の中の世界」(16世紀後半) 地図は人間の情熱の鏡であり瞑想の助けだと解説にありましたが。 しかし世界地図見るとなぜか日本を探してしまいますねー |
展覧会の写真はいつもながら隣人アーティストのカリム君が綺麗な写真をfbに沢山出しているのでそれを参考にしてください😄
2026年7月5日日曜日
アートもスポーツも全ては政治に関わる!
今年のヴェニスビエンナーレは「マイナー・コード」というテーマで聞こえぬ声を汲み上げようとしたチーフ・キューレーター故コヨ・クオの意図に反して開幕早々政治的な大きな声が圧倒する結果になった。それはやはりビエンナーレが国を代表したパビリオンを持っているということに起因している。スポーツや音楽でも国の代表となると国のプロパガンダの一環になりかねないが、現代アートは政治社会的問題はそのテーマであること多々であり、独裁的政権下でプロパガンダとして使われた歴史を持つアートにおいてアーティストは常に虐げられる側の表現であろうとし、決して政治とは関係ないとは表明できない。
まあ普通の情報ソースに信をおく人ならロシアはウクライナに侵略戦争を行い、イスラエルはガザで虐殺を続けると考え、そのパビリオンにはブーミングしたくなるだろう。
私としては、いくらちゃんと機能していないとはいえ国際法を国家が守る国連体制は実際の制裁機能がないとしても、それゆえになおさら人民を治める国家としては法治体制の見本を示す意味でも当然のことだと思うので、その意味ではアメリカもブーミングするのが当然だと思っている。
でもこんな優等生的な解釈は本来的にアートとは相反するのかもしれない。基本的には「現代アート」は一般的規範への逸脱行為をモットーとしているからだ。そういう意味ではちゃぶだいをひっくり返し続けるトランプは大アーティスト、アメリカパビリオンに彼が出てきたら面白かったかもだが彼はアートなんて興味ないから、、、まあ冗談はさておき「規範からの逸脱」といっても「人間の生命・生活を尊重する」というのは規範を超えた一般合意のはずなのだ。
アートは世界と隔離されないという証左でもあろうが、「現代アート」の世界では女性差別、植民地主義、LGBTの権利とか社会・歴史・環境問題を扱うことが定番になってしまった感もある。イメージ、表現モードで観衆をギョエーと仰天させても、主旨は正しく、私にはそれは結局「良い子」になっているかの疑問に感じないではない。例えば環境問題に対して警鐘を鳴らすとスキャンダルなアート行為がおこなわれてもそんなこと誰でもわかってるのだから私は地道に産業資本の横暴ぶりや政府の欺瞞を具体的に告発する環境保護団体に耳を傾け支持した方が良いと確信している。まあ現代アートファンはアートの形をとらないと物が見えない人たち(例えば天井に四角い穴が開いて初めて青空や雲の流れを楽しめる人たち)だからその人たちへの警鐘になるかもしれないが。
ところで「規範からの逸脱」なぞと難しいことを言わなくても一般的に芸術家は自由な生き方をする=規則を守らないと解釈される風潮があるらしく、「我がアトリエ正面のゴミ捨て場が臭いし捨て方がむちゃくちゃだ」と文句を言って張り紙をしたアパートのガーデイアンにその後状況が良くなったか尋ねてみたら、よっぽどご機嫌斜めだったのか「あんたの側はアーティストたちが住んでいるから、、、」なんてどう見ても偏見としか思えない意見が飛び出してきてびっくり。「私はちゃんと捨ててるよ」と言ったら「あんたのことじゃない」と → 私はアーティストじゃないのか〜😅
この投稿の写真には腐心しました(笑)アメリカ館もロシア館のコーラスも撮っているのだけど日本語読めない人に大きな誤解を与えかねないし。で、写真は我が団地に住むお兄さんのTシャツ、ハンバーガー店で働いていて仕事着らしいが、バーガー好き(といわれる)トランプにはいいメッセージじゃないでしょうか。 フランスではハンバーガー作りも政治に関わる???(笑)
注
* 5月16日の投稿でビエンナーレでの後悔を書いたが、ここでの「後悔」も言葉としては強すぎるような。私の日本語ボキャブラリーが貧弱なせいか?フランス語だと〜し損なったという意味に繋がるmanquer、英語のmissを使うのがいいのかな?と今更ながら考えましたがどうでしょうね?
2026年5月23日土曜日
ビエンナーレ、ジョージア館の展示
ヴェニスビエンナーレ、ろくに「見学」もしてないのに自分の作品の写真もちゃんと撮ってなくて困ったなと思っていたら同僚のカリム君がしっかり紹介してくれた!!!🙏🙏🙏
彼のページにはジョージア館の展示を物語る投稿が続いていますのでご参考に
2026年5月16日土曜日
後悔(?)のヴェニスビエンナーレ初参加報告(笑)
これはジョージア館近辺ドルソドロ地区の展覧館案内でしたが、失敬して最後に自分の作品を入れました😅
2026年3月25日水曜日
地獄で思う (雲仙、キリスタン、織部、からゆきさん)
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| えっ、これが織部!? |
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| マリア観音 |
| キリスタン文化が栄えて頃の陶器。十字架はデザイン化しやすい? |
2025年11月3日月曜日
ピノー・コレクションのミニマル展
| Lygia PAPE |
| 全くわざとしたわけでないのにピンボケになった会場風景 |
展覧会モンタージュ風景の次のビデオも少し面白かった
ところで前々回に突然やってくる宅配配達人のことを書いたが、デッサン用紙が到着した翌日に画材店から同じ紙が期限限定37%引きという広告が来て、あじゃぱー!やっぱりまた注文するしかないか(これで1年はデッサン用紙にこと欠くことはない)とこれもまた割引の違う用途の紙も加えてまた注文。そして同じ配達人がまた前触れなしにやってきた。段ボール箱でしっかり梱包してあるにみえたが手荒に扱われのだろう、開けてみると2つの角が傷んでいた。そんことを見込んで大きなサイズをわざと頼んでいたのだが一応お店に報告するため写真を撮った。なんたって定価一枚26€もする品物なのだから運送屋に侮ってもらっては困る。払い戻しを請求する気はないがクレームメールを書きつつ、添付した写真を「もの派」となって改めて見直すとそれなりに楽しめる。つまり怒りが静まる😅 この禅精神(?)トランプにはわからんだろうな (貴方にもわからないかも)
2025年11月2日日曜日
ガブリエル・オロスコの「楽譜」
2025年10月25日土曜日
AIに思う
| エクス島の奇跡:何メートルにもわたって海岸近くの木の枝に貝殻がついた枝が風に揺れながらキラキラ光っていた! |
2025年8月16日土曜日
16世紀の城の現代美術、オワロン城
「初めてビートルズのサージェント・ペパーズを聞いたときの感動は一生忘れられない」と言う友達がいたが、彼は私よりいくつか年齢が上だし英語ネーティブだからまさにエポックメーキングなイベントに出会った感動というのがずーっとあるのだろう。
美術展に関しての私のそうした感動は1989年の「大地の魔術師たち(Magiciens de la terre)」にある。これもその時代を経験をしないと、つまりその以前と以降の空気を肌で感じていないとカタログを見たからと言ってその感動は伝わらない。とはいえ各人個人史の違いがあるからをその時サージェント・ペパーズ聞いて感動しなかった人も「大地の魔術師たち」をみて感動しなかった人も大勢がいるのは当然だが。
まあともかく 「大地の魔術師たち」はその後の美術展の一つの節目、融解点であり、その後はかつての美術展のフレームが溶けて色々な方向に流れ出したように私には思われる。
その融解零度の感触を守った感のある場所がフランスの何処とも説明しがたい片田舎に忽然と立つルネサンスのお城にあった! それもそのはず、そのコレクションの基礎は「大地の魔術師たち」のキューレーターだったジャン=ユベール・マルタン Jean=Hubert Martin によるものだからだ。
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| 16世紀の天井画 |
そのChateau D'Oiron(オワロン城)、その現代美術はおフランスの国立コレクション、つまり国立美術館なのだが、周りはほぼ真っ平らな畑が広がり近辺にこれといった街も観光地もない田舎で、知る人ぞ知る(?:実は私も最近まで知らなかった)。車でしか行けないのだが8月で駐車場の車の数が指折り数えられる程度だったからよっぽど興味を持つ人以外は来ない。(このままだと好き勝手言いたい放題の今の嫌な女性文化大臣に予算をカットされてしまうのではないかと心配になってしまうので非力ながら宣伝致します)
ここは16世紀に栄えた地方領主のお城、その頃はラファエロとかその時代のアートのコレクションがあった。その盛衰は歴史通でなければチンプンカンプン😅、有名どころとしてはルイ14世の寵姫のモンテスパン伯爵夫人が凋落後この城を買って最晩年に住んだ。
それはともかく国が1943年に廃墟化していたこの城を買いフレスコ画や装飾を修復し、今やなかなか絢爛。だからポンピドーセンターとヴィレットというニュートラルな展覧会場で開かれた「大地の魔術師たち」とはかなり趣を異にするはずなのだが、ここでは城の建築も含めてキャビネ・ド・キュリオジテ的な融合というマルタンさんのエスプリがどっぷり。このコレクションが立ち上がったのが1993年だから時代的には「大地の魔術師たち」のすぐ後で、おそらく展示品も重なっているものもあると思う(確証なし&記憶に自信なし)。
アーティト側からそれに応えて作った作品もある。例えば2階に上って最初の大広間 「軍隊の間」、この立派な装飾豊かなサロンにはかつてルイ13世時代の戦争の英雄の絵が飾られていたらしいのだが、今ではそれを漫画化したような辻褄のない物品を組み合わせて作った可笑しな鎧のようなオブジェが飾られている。それら自体はそれぞれかなりゴタゴタしたものなのだが、空間の広さもあってか不思議にあっさりと極彩色の天井画と調和している。これは食事後のテーブルをそのまま固定した作品で有名な Daniel Spoerri で、ちょっと意外なようなやっぱりのような(笑)
この投稿の一番最初の百姓一揆みたいなBraco Dimitrijevicの作品もここだけのサイトスペシフィック。
こんなふうに書いていくとキリないし、大きな空間の展示は写真も難しく、その場のハッとする感覚がでないのでごく簡単に終えてしまおう。ともかく見るものたくさんあって3時間以上いたけど最後は多少端折り、、、というのもここはカフェテリアとかいう洒落たものもなく近くの村もほぼ何もなし、じっくり長期戦するならお弁当持参で庭でピクニックしかない!
インスタで上げた写真は:
最初の動画はランプをワイングラスの影に映し出すBill Culbertの作品
次の写真二つは先の述べたDaniel Spoerriのアッサンブラージュで、動画は「軍隊の間」全体
「王の間」のイカルスの墜落がテーマの17世紀の天井画、その次が「美の女神達の間」
Thomas Grünfeldの怪物
鏡の中で青い曲線が円になるFelice Varini
Tom Shannonの反重力彫刻
Charles Rossのレンズを通して太陽光が木を焼くのを毎日記録した作品
オワロン城に招かれて食事した人のプロフィルが青線で描かれたRaoul Marekの作品
足で絵を描く白髪和男と川名温の日付画があったのはちょっと意外だった!
最後は私が苦手とする Marina Abramovic、クオーツのバイブレーションを感じて心の旅に出てくださいって、、、石の枕、痛いだけで何も感じないのですが
結局ここを私が非常に気に入ったのは史料では計り知れない「大地の魔術師たち」の「あの時」の新鮮味が保たれていることがあるのだが、単にノスタルジーを超えて私はやっぱりサイトスペシフィックな作品が大好きなのだと自ら確認するに至った。10年以上続けた海水ドローイングばかり続けてきたが、少し転換の兆しあり?や否や?











