2026年9月30日水曜日

こんなこと書いていいのかな〜? 私の優雅な「架空の年金生活」

朝市でもう終わりに近づいたトマト、そしてインゲン豆、それからイチジク、加えて今年はちょっと遅めで盛りを迎えているミラベル、あと何を買ったか?そうそう野菜屋さんのお姉さんの自家製のジャム、そんなものじゃない?それで会計が25ユーロつまり5000円ってどうなってんのこれ。まあともかくすごく物価が上がって野菜果物高くなっている(ググったらトマト、インゲン、ズッキーニの値上がり30〜70%とあった)。戦争と酷暑の夏のため致し方ないと言えばそれまでだが、実は今の私はこんなスーパーの2倍以上するような朝市の八百屋さんで買うような身分ではなのだ。
 
と言うのも私には降って湧いた大借金があって、それが約6800ユーロつまり約136万円。借金といってもフランスの年金機構が私に間違えて(?)『払いすぎていた』!!! そう夏前に通知きて、「そんな馬鹿な」とすぐに書いた反論の手紙を書いたが(今から思えばいきり立たずAIに書いてもらったほうがよかった:最近誰でもそうしてるらしい)その非常に「人間的」な手紙にはまともな返事がなく「委員会で取立て額を検討します」という返事が8月末にあったが今でもまだそのままなのだ。
 
何が起こったかをわかりやすいように以下すべての金額をざっくりと暗算しやすい数にして説明すると、、、私の芸術家生活は収入が極めて少なかったので年金積立て金額が低く月に400€の年金しかもらえないのだが、フランス政府はそのような低額年金者に対しては最低金額800€に達するようにするよう補助金を支給する。こうして2025年1月以来私は400€の補助金を含めた800€が毎月口座に振り込まれていた。ところが去年私は何枚もドローイングを売ったのでそのお金をもらう資格が無くなったと言うのだ。つまり年収が「ある値」に達すると突然補助金ゼロになり、達しなければ100%貰えるという明快というか理不尽というか、まあ行政ではよくあるシステムなのだ。だから400x18ヶ月=7200 (先の金額と異なるのは数を全て計算しやすい大まかな値にしたから) 納得いくと言えば納得。というのは年金もらい始めてから「定収入あるとこんなに違うのか」とびっくりしたほど生活がすごく楽になったという自覚があったからだが、初めてもらった年金、年金機構から振込み月額いくらになりますと計算書が来てそんなもんかと払い込まれるままに金額を使っていたが(そこでお上に申し立てする人いないでしょ?)、年金をもらうと同時に芸術家活動を続けるのは申告済みだし、補助金にはもらえるための制限がありますなんて最初にもらった計算書には書いてなかった! 
 
ともかく急に言われても返済できる額でないし、相手が相手だから年金を何ヶ月間か払われなかったらそれでチャラなる。だから返済せずに済ませられるわけはない。お上の慈悲で減額を待つのみ。しかしこの猶予期間にもかかわらず新年度の年金額にはまたしても補助金が含まれていて、、、もうデッサンを売るなと言う意味か? 実際プッシュすればなんとか買ってもらえそうな話もあるのだが全然その気にならない、これは明らかに「援助」の弊害だ(でもそうならないようなシステムは簡単にできるのに)。
 
しかし逆にこの大借金を背負って以来、昔のように倹約する気がしなくなり財布の紐はかなり緩くなって、、、というのも来年も同じ問題が起こり借金解消までにだらだらと続くのなら毎年同じことになり最終決済は墓場に行ってから? だから気にするだけ損だという感じるからだ。この理屈自らどこかおかしいとは思うのだが、架空の収入が振り込まれるので私は文字通り現実の収入以上の生活をすることになり、細かな費用は気にせず、朝市にもヴェニスにも出かけ「私としては」分不相応の優雅な生活を送っているのである。変なの!?! 
つまり今はドーピング状態なのだけど架空の収入は私が払う社会保険費用の算出などに影響し、これは完全にマイナス要素。年金機構が間違えたからと言って遡って修正してくれるだろうか?こうしたことも毎年起きるとするとかなり面倒。一時的にはいいのだが(笑)やっぱりドーピングはよくない😅 
 
こんなこと書いてよかったかな〜?(大笑)
 
と以上は昨日までに書いた草稿だったが、今日手紙が届いていて、、、額に冷や汗を感じつつ開封したところ、、、私の語学力のせいで読み違えしてるのではないかと何度も確かめねばならぬほどの情状酌量のお告げ=返済要求は借金の10%のみとのことで! 我がフランス愛がまたまた膨らみました😇 私はここでしか生きていけない!😀
 
もらって下さるならいくらでも作品寄贈するのですけどね〜😅 
 
緩慢エイゾウ、でもちょっと節約して前回はリドで泊まりました。ヴェニス本島はむちゃくちゃ高くていくらなんでも話にならん

 
 
 
 
 

2026年9月20日日曜日

キム・ゴードン展、ロックと現代アートに関する独り言

美大は出たけれど社会事業活動の仕事につき、そしてご主人の有機農場の手伝いもし、ずーと活動的で忙しかったFさん、引退して来たる11月に初の回顧的な個展を子供たちの後押しですることになったのだが、初夏以来何故か私に何度もアドバイスを求めてきた。これも何故かだが「できない、もう諦めようか」と弱音を吐きだしたようなので何の役にたつかわからないけれど重い腰を上げ9月頭に南仏まで様子を見に行った。まずは展覧会場を見て、アトリエで作品選び、人生初の「個展コーチ?」という不思議な仕事(もちろんボランティア(笑))は意外なほどさっさと捗った。
 
その帰りにアヴィニョンのランベール財団 Collection Lambert で行われているKim Gordon展を見た。展示は下のインスタ eizo eyes のリンクをご参考にしてもらうことにするが「なにこれ〜」でしょ? 正直「こんなでいいのかね〜?」と思い呆れる反面、ちゃんとキーキーガーガーの連続のビデオを最後まで見通してしまうほどで、これも「何故か」だが決して嫌いにはなれないのだ😅。
 
キム・ゴードン Kim Gordon、彼女はソニック・ユース Sonic Youth(日本語ウィキから引用すると「1980年代以降におけるアメリカのインディーシーンにおいて、ノイズパンクの雄として君臨。後のグランジ、オルタナティヴ・ロックムーヴメントへ大きな影響を与えた」)この説明が意味を持つ人が私のブログの読者にいるかどうか不明だが、ともかくうるさいノイズの多いバンドのメンバーで、紅一点ブロンドで歌姫的な感じを与えないでもなかったがバンドの音楽性からそんな風にはなりがたく😅、73歳の今でもインスタ映像のようにギター持って舞台で暴れたりしている。この人も元々美大出で、でも南仏の友達とは違って迷うことなくラディカル路線まっしぐら、そして私の知らぬ間に現代アートの殿堂でも展示するようになっていて、、、
 
私は子供の時はピアノ教室に通ったし、親にクラッシックのコンサートにも連れて行かれてそれなりにその年齢では十分な素養があったのではと思うのだが、やっぱり反抗期あたりからかな〜、フリーでアグレッシブ(つまりノイズが多い)でジャンルを交差した「初めて耳にした音」はまさにかっこよく、それに打ちのばされて以来ロック青年になってしまった。
 
そんな私が思うに、ロックの流れというのは実は非常に現代美術とよく似ている。
 
今話しているのはロックと言っても一般受けしてただの歌謡曲とならないソニック・ユースみたいなバンドのことのことだが、一応若い層に支持されるポップミュージックだけれど、やっている人は時代の先端を行っているという意気込みがあり、聴く側の態度もWhat's next?という常に耳新しいサウンドの追いかけ思考。つまりどんどん新しいブーム、スターが生まれては廃れてゆく。かつそれが産業(商売)として意図的に仕組まれることも多く、それが上手くいくことも行かないことも:この点はひょっとしたらファンが一般大衆とはほぼ遠い「現代アート」の方が仕組まれやすいと思う。
 
南仏のコンサルタント(?)の後に寄ったイギリス人彫刻家のP君の家で話してる時にレイチェルなんとかの話になって、誰のことかポカンとしていたら「お前の世代だったら知らないということはない」と言われた*。つまりロックでも現代美術でもある時期世界を席巻するアーティストがいてそのジェネレーションでは知らぬアート関係の人間はいない、でも幾世代もはなれた若い世代で知る人はごく稀になるという時代の流れがある。

ロックに関しては60年台後半の優れたミュージシャンたちが昔のロックンロールとプルースの延長に築いた黎明期(?)はすごいパワーだったが、その後テンションが下がり、でも70年台後半からのパンクでももち直し、その後のニューウェーブと私はずーっと熱心なロックファンであり続けた。しかしそれがラップで突如ついていけなくなった!まあこれも過渡的なものと思い込んでいたらいつまでも続き、、、ラップというのはそんなに革命的なパラダイムシフトだったのだろうかと疑問を抱くようにもなったが全然興味が湧かないので研究のために聞く気にもならない。 
ロックと現代美術のアナロジーを考えるといつごろからか私が「今の現代美術」流れにもついていけなくなくなったのも仕方がないかも😅
 
この点クラシック音楽はそれなりに流行りすたりはあるだろうが土台となる曲、作曲家はほぼ永久不滅、演奏者は変わって世代が違うと誰それのコンサートは良かったと言っても通じないかもしれないが、曲の演奏の仕方とか解釈で異なった年齢層のファンでも共に蘊蓄を傾け合う会話ができる。それに反しロックの場合はバンドが主体、それが登場した時代背景も影響するので、同じ話題を分かち合う「友」を見つけるためには同じ世代の元ロック青年を見つけなければならない。かつヨーロッパと日本では状況も違い:日本では安保闘争と反ヴェトナム戦争が背景の米ロック界を背景に「反体制」の知的な若者の歌ととらえられたが、欧州ではロック好きもサッカーファンも近年までは馬鹿者のもの代名詞で知識層の話題にはならなかったものである。
馬鹿かどうかは別にして日本と欧米ではとにもかくにも実況感も違う。今ではSNSの上で昔のライブ映像などで当時の欧米の様子が分かり昔のライブ映像などで当時の欧米の様子が分かり「なるほどそうだったのか」と多少の喜びを今更世界の同世代のファンと分かち合うこともでき、一時よりは仲間(?)が増えたのかも=あくまでヴァーチュアルで(笑)。それに比べP君夫婦はハイドパークのキングクリムゾンが前座だったローリングストーンズのフリーコンサートにいたんだって、信じられん!)
 
こうしてほぼロックを聴き続けた私はロックなんて基本はエレキのディストーションサウンドだと思っているので、キム姉さんのノイズミュージックもそんなに突飛なものとは思えずそれで「ずーっとこんなのでいいのかね〜」と思うのだが普通のミュージシャンはノイズの実験みたいなアルバムを作っても普通は違う方向に向かうもので、このぐらい執拗にやり続けること自体がラディカル、それでこそ「その馬鹿らしさ」も含めて現代アートがちょうど良い落とし所になるのだ。
褒めてるのか貶してるのかわからんけれど私がブログに書くこと自体わが敬意の表れなのです(笑)  
 
 

 

先週末は友達の娘の結婚式でイタリア中央部の街に行き、その後ヴェネチアに行ってキス集めをしてビエンナーレのオープン時の欲求不満(参考投稿)を多少解消して戻ってきたのだが、その間にリタミツコという80年台に大ヒットしたフランスのロックバンドのカトリーヌ・ランジェ Catherine Ringer が亡くなっていた。68歳で私より若い。エキセントリックでエネルギッシュ、素晴らしい歌唱力でずーっと楽しませてもらった。合掌
  
 
注 * ここで話題になったのレイチェルさんは女性で初めてターナー賞を取ったRachel Whiteread、多分現代美術史から消えることはないだろう。もちろん私も知っていたが、ターナー賞を取った人をあげよと言われると私は何人言えるだろうか???
 
参考:展覧会場 Collection Lambertのページ
ご安心ください、もう終わってますので😄