2024年11月26日火曜日

オルガ・デ・アマラルの回顧展

テキスタイルアート?ってのはは大雑把に「布と糸を素材とするアート」でいいのかな?織ったり縫ったり紡いだり、もしくはほどいたり染色したり、伝統的に女性の携わってきた仕事あるいは職人芸という概念を免れえない。だから現代アートではそれに反発して女性問題の提示するとか、職人的技術を否定したラフなテクニックで表現されることが多いような気がするが、今カルチエ財団で大回顧展が開かれているオルガ・デ・アマラル Olga de Amaral は先に述べて伝統的な意味でのテキスタイルをいかにアートに昇華するかに腐心してきた作家と言えよう。素材も綿、麻から馬のたてがみ、そして金箔やパラジウム、それにプラスチックと様々な素材を導入。新たな独自の技巧を探究しテキスタイルアートの領域を拡大し、モニュメンタルな作品を作るに至った。

オルガ・デ・アマラルは1932年コロンビア、ボゴタで生まれ。1954年に政治変動のためアメリカのミシガンに移住。そこのアートスクールでテキスタイルデザインに出会う。ミシガンで出会ったポルトガル出身のご主人とその後ボゴダに戻り装飾テキスタルの会社を始める。60年代になって新しいテキスタイル技術を実験して異なる素材を混ぜて3次元的要素を導入した大規模な作品を作るようになる。1973年に奨学金を得てパリに滞在。81年にはパリ近代美術館でも大作が発表されるが、その割にはその後フランスであまり作品を大規模に発表される事はなかった。つまり今回のカルティエ財団の展覧会が初めての大回顧展で、 コロンビア以外では今まで発表されたことのなかった作品も数多く含めれている。

研究された「技術」に裏づけされた彼女の作品だが、それは幾何学的なモダンアートとともに南米の伝統的な色彩豊かな織物、それに中南米古代文化を思い起こさせる世界を作り出していることも目を引く。

特に下に掲載するビデオのような、通常は数学的で冷たい感じのするオプティックな効果をソフトな糸・布で再現し、自然な光や波のような親しい感じのものとしたのはとてもユニークだと思う。

作品解説でおおっと思ったのは、テキスタイルとテキストは「織る」と「物語る」という二つの意味を持つtexereを語源としていて、このことはすでにインカ文明が文字がわりに結び目で記録をしたことに現れている! でもラテン語語源だから我田引水みたいな気がするが、、、アマラルには一本の糸は一つの単語であり、コードを知った人しか理解できないインカの結び目文字の意味的表現を言及するとか、、、そういう難しいことは言わずもがなの直截的に理解可能な作品と思えるが、皆さんいかがでしょうか?

 

テキスタイルが醸し出す微妙な揺れとか現実に体感しないとわからない。写真じゃ全く伝わらないです。 
 
かつまた今回は文句のつけようのないほど全作品美しく展示されている。私がこんなにカルティエ財団褒めたこと今までなかったんじゃないかい(大笑)
 
 
 
2025年3月16日までカルティエ財団にて→財団の展覧会サイト
 
フランスではほぼ知られていなかった作家なのに展覧会大人気ですので予約要でしょう(私も知らなかった😅)
  


2024年11月1日金曜日

私の細腕とカイユボット展

今やっているパリ15区(モンパルナス駅方面)の本屋さんの展覧会の近くの薬局にインフルエンザ用のワクチン接種予定の張り紙がしてあった。実は私の家の近くでは経営者の顔がわかるような古い薬局が次々とコンビニののような雰囲気の薬局に代わり、まさに「店員」という感じの若いスタッフに事務的に応対されることが多くなった。と同時に(?)ワクチン接種もしなくなった。こうなると薬局でワクチンを買って看護師さんを予約して接種してもらいに行くことになって、めんどくさがりの私にはぐっと敷居が高くなる😅
65歳以上はワクチンが奨励されていて無料接種用のレターをもらっているのでそれを持って出直し。
若い店員に「何を打つか」ときかれて「抗インフルエンザでしょ?」 実はワクチンは「インフルエンザ+」となっていて、+とはコロナ用だった。いつものように「右左どちらの腕に打つか?」ときかれて「左」と答えたところ、横にいたおばさん薬剤師から「2つ打つなら右と左一つずつ」と訂正が入った。えっ、ひょっとしたら初めての経験かな?
それはいいのだがそのおばさん薬剤師がワクチンを打つ段になって、「あなたすごく痩せてるじゃない。骨まで行ったら大変、ちゃんと打てるかな〜」と言い出した。それはないでしょ今更。血液摂取で「痩せてて静脈がわかりにくい」と言って何回も注射された嫌な経験を思い出した。しかしこういう受け手の心情を配慮しない言葉が出てくるってのはどういうことだろう。一応警告したと言うことで問題の可能性に私は黙認したことになるのだろうか???
心配させられたがまあ多少両腕だるいぐらいで後遺症もまったくなく、結果オーライでいいのだが、痩身のエイゾウにはフランス医療機関は怖いところ。もう少し筋力つかなきゃ!? ってことに関係あるのが今オルセー美術館で開催中の Gustave Caillebotte (日本でのカタカナ表記はカイユボットらしい) (ウィキ 絵も沢山掲載されている)
 
資産家で仲間の印象派の画家の援助もしたカイユボットの代表作は床削り』(超名作は写真とりませんでしたのでクリックして参考に)。この作品でわかるように古典的なテクニックを持った彼だが、端的な特徴は極端なまでの俯瞰的構図を使うところ。私はドガ、カイユボット、それにボナールと連なるこういうこういう構図が大好きなのだが、なぜこれが私の細腕問題に繋がるかと言うと、この働く男性の肉体。
全然筋肉モリモリということはないが、カイユボットは初期には軍人を描き、その後このような肉体労働者、そして晩年はボート、水泳のスポーツマンを描き、モデルは圧倒的に男性で、女性ヌードは展示作品にあった一作しかないとのことで、19世紀末の戦争が背景となる時代が求めた強い男性像、その時代のブルジョワ社会の男性優先性、それと彼の個人的指向 * というジェンダーの問題という視点でこの展覧会は構成、企画されているので。
だから絵の横の解説とか読むと「なんだこれ?」の連続。「アートには社会性がなければ」という現代美術の金科玉条がここまで遡及することになったということか。
 
そんなことは良しにして絵画と対面してください。素晴らしい作品が並んでいます。
習作などもあり勉強になります😅 

まずは床削りから
 
小さな習作。左の男性のポーズが違いますね

あまり俯瞰してない床磨き。窓の光の床への反射お見事。この段階では男性がシャツ着ている
 
都市風景も自分のアパートから俯瞰

完全に飛び込むような斬新な俯瞰構図。テーマ、色彩的にもボナールを思わせる

 
ブルジョワのカイユボット家の食卓:お母さん、召使、それに肉を切る弟
 
大俯瞰で手前の皿もナイフも滑り落ちそう。ボナールのみならずひょっとしたらピカソがピンときたかも?
 
パリ近郊のカイユボットの家に行くとこの食卓がこんな感じで残っているらしい(会場にいた日本人観光客の情報で、リンクしたサイトも日本語!)
 
 
パステルだとこんなふうにナビ的な明るい色使い

 
これもパステル。川遊びにしてはあまり楽しそうに見えないが、遊びより筋力トレーニング???

ボートシリーズでは油絵もルノワールを思わせるような色彩になる

構図だけではなく実際に飛び込むのも好きだった😁

古典写実的と思われたカイユボットだが絵具ベトベト、この辺完全モネしている
 
しかしやっぱり男の世界かな〜? 
 
オルセー美術館のカイユボット展、サブタイトルはずばり「男を描く」 1月19日まで
美術館のサイトはこちら
 
* 兄弟仲がずいぶん良かったようだが、アン・マリというブルジョワなカイユボット家からは疎まれた恋人がいて彼女は絵の中にもしばしば登場する。女性蔑視的ブルジョワ階級の社会環境で育ったから「男を描いた」のか。彼の性的指向があったのかはよくわかりませんね。私としてはどうでもいい問題に思えるけど(笑)
 
 
なんか変な視点のカイユボット展だったがおわかりのように私はカイユボットも昔から大好きで、下の絵を見て浜松で務めていた時に寮の近くの田舎の農夫を見てこんな感じでもっと俯瞰を極端にした油絵を書いたことを思い出した。あの絵はどうしたのかな?
実家の整理のときに私の高校時代に描いたボナールのコピーはリサイクルショップにあげてしまったが、買い手があって新しい人生を生きているのか?はたまた廃棄されてしまったか???😅  そして私が名作と思っているアトリエにある数多くの作品はどうなってしまうのかな〜