2026年2月18日水曜日

行くか戻るか? そして我がタ個展のこと

タイトルの注:タはカタカナの「た」です😅
 
私は「日本にいついつから戻るよ」と言うと「今でも日本に戻ると感じるのか?」と質問をしばしば受ける。逆に「今度はいついつパリに戻ります」と言うのはそれほど不思議がられないようなのは暮らした月日の長さがものをいうのか?
「日本が母国だから当然戻るのだ」という帰属意識はあまり持ちあわせないのだが、フランスの国籍もないし(日本は二重国籍を許さない)いつまでたってもフランス語は間違えるしでこちらも帰属意識なし。とはいえ根無草ともいえないのはどちらの国にも幸に暮らさせてもらえた恩義を感じる人々がいて、そこに戻ってくると懐かしさ、気安さを感じるのでやっぱり私は双方向に戻るのだ。そういう意味で確かに二拠点生活なのだ。世に言うハイソな二拠点生活をされてる方達はどう思うか知らないが。
 
という次第で今年の冬は11月中旬に京都に「戻って」来た。というのも去年は12月に戻ってすでに紅葉が落ち寂しく感じたのが第一の理由。それにフランス在住アーティストの山田さんが参加していた近江八幡のビエンナーレを見るのもいいかと。(琵琶湖ビエンナーレは結構面白かって@eizo_eyesで紹介した)
 
こうして自分の名古屋の個展には2ヶ月以上も間があくことになった。
 
いつもは日本に着いてすぐ作品の額装とか案内状書きとかの展覧会の準備にかかりあれよあれよという間に展覧会となる。しかし今回は超余裕で今回の新たな作品シリーズである自分のドローイングを貼り合わせるコラージュは大方のアイデアはできていたが、こちらについてから最終決定。手持ちの額との組み合わせ、または新たな額を調達してみたりし、台紙の色とか、作品を浮かせるとか浮かせないとか、こういうことは面倒だが嫌いでないし、人にまかせた時のバッドサプライズはないから作品の額装は私は自分でやる。でも時間的に余裕があると色々なバリエーションも試してしまうから結局客人が泊まりに来た期間以外はそんなことばかりしていた😅
 
それに名古屋のLギャラリーには高さと幅が80センチぐらいで奥行きが約60センチの奥まった中心にスポットのある大きい目のニッチがあって、普通に平面作品飾ったらダメでしょ? で、ここをどうするかが(他のアーティストの方は知らないが)私には大問題で何ヶ月も前から考ると汗がたらりたらり蝦蟇状態になる。
ちなみに今までここを飾ったのは、パリで貰ったいかにもヨオロッパした額に入れた1967年の日本のユトリロ展のモンマルトルの劇場広場の絵の絵葉書と今の劇場広場に行って私が書いたスケッチ、あるいは水の屈折でアリスが伸びる毬栗で閉じられ開けるに開けれない鏡面的な2本のワインボトル、キャンバスの布地の灰汁(?)をとってポタリポタリと黄色い水の滴を落とす死海の水で描いた砂時計、前回はダンボールにマジックで描いたドラ・マールとピカソをめぐる一座。そして今回は? 良いアイデアは浮かばず日本まで先延ばし、それどころか新年にまでもつれこんでしまった!!! つまり年末に来たマダムは我が家で白いタコ軍団など全く目にしなかった。つまりこれは年始以降に作った真新作! 
 
#キミはタコを見たか?」をマントラにして常にタコを探し続けた私、子供用の工作粘土の「びよ〜んとのびる」というパッケージングの宣伝文句がタコの足に直結。 そしてタコは環境にカムフラージュ、だから白い空間では白くなるというのがスタートポイント。その後はタコをひねり出せるかどうか?これは試行錯誤の造形の問題でどちらかというと楽なハードルとなる。 
そしてできたできた、みょうちくりんなタコ入道たちが!
でも時間があるともっと考えてしまう。京都に暮らすと和の雰囲気も入れたくなってそんなバージョンもできたが、考えすぎた時は第三者(画廊)の意見の方が正しい。かつ驚くべき超特大ワイングラス(!!!)が画廊の奥から登場し、すっきりと白のオリジナルバージョンに戻った。
 
 
‥と難題はこのニッチスペースだったが、展覧会のメインは壁でして、、、
 
 
その第一幕はこちら

 第二部はこちら

 
以上の映像にちらりとも登場しない作品もいくつもあります。  
 
名古屋名東区のLギャラリーにて2月23日までです >参考サイト 
 
最後にこれが日の目を見なかった和バージョンです(笑)


2026年2月13日金曜日

キミはトウフ屋を見たか?

我が街太秦には昔懐かしいコロッケをその場で揚げてくれる肉屋さんや野菜を一笊いくらで売る八百屋さんがあり(これは一昨年引っ越して間もない日の投稿で書いた)、それに学校の下校時間のみ開く古びたみたらし団子屋さん、それに裏道に入ると畑があって野菜の直売の店がちょくちょくあるという楽しいタイムスリップ地区なのだが、なぜか豆腐屋さんが見つからない。

京豆腐というわりに街の豆腐屋はもう存在しないのかなと思っていたのだが、今日正真正銘、写真のような薪の燃える釜のある豆腐屋さんが京都御所から遠くない裏通りで出くわせ急ブレーキ(注:自転車です)。三角の揚げ豆腐を見たら大根おろしと醤油でそれがおかずになっていた子供の頃の記憶が湧き上がり、今晩はそれで済ませた(笑)  


この豆腐屋さん、数十年前のフランスの田舎のチーズ屋と似たところもあるなー(これも懐かしい)。「いつ頃からあるの」ときくと「100年ぐらいかな〜」と。でも通りから見ると暖簾に『創業文政年間』とあるではないか! 問い直してみると「書いてあるものがないからそれはあてにならんよ」とあっさりと言われ、、、創業10年や20年で宣伝したがるお店の多い日本でのコレ、感服いたしました。 

本当は私の名古屋の個展「キミはタコを見たか?」のこと書くつもりだったのだけれど、それはまた今度 

付記:右写真の昔ながらの揚げ豆腐に比べ、普通の豆腐は時代は変わり、水から掬い出すことはなく既にパックにされていた。しかしこの豆腐屋さんは懐かしい以上、こんな店は子供の頃も見たことなかったかも。