2024年12月29日日曜日

飛行機の中で ー そしてその前と後

アニメになったラヴー邸の娘アドレーヌ。誰かに似ている?
もう2週間前になるが、飛行機の中で時間潰しに「近年特に話題になった映画」を見ようと思った。例えばダヴィンチコードとか。何本も見始めてはすぐにスキップの連続、すぐアクションシーンに走るハリウッド映画の程度の低さに驚きつつ漫然とプログラムをみていたのが偶然面白いのにあったった。Loving Van Goghというポーランドのイラスト映画。ゴッホの書いた絵をもとに百人もの画家が油絵でイラストを作って、、、ゴッホ の自画像はもちろん、ガシェ医師、そしてゴッホが屋根裏部屋を借りたラヴー邸の娘のアドレーヌとか、絵で見知った顔が突然動き、話し出す(笑)。ストーリー的には、これも絵画で見知ったアルルの郵便配達が手元にあったテオからヴァンサン(ゴッホ)への手紙を息子に託し、彼は宛名人(ゴッホ)に配達するという使命を負ってパリに上る。だが時すでに遅し、ゴッホは死んでおり、息子は関係者にインタビューしてゴッホの最後の日々を探ることになるというお話。こんな映画聞いたことなかったのだがなかなかの上出来! 
ご存知の通り(?)私は特にゴッホファンでもなくて、とはいっても「袖すり合うも多生の縁」以上の関係があり*、今回の飛行機の「預かり荷物」の中にはゴッホの亡くなったオーヴェール(Auvers-sur-l'Oise)の上記の「ラヴー邸」(Auberge Ravoux)、現在は「ゴッホの家」として史跡観光地(?)となっているが、その私立財団「ゴッホの家」が発行した分厚い本が入っていたのだ。 

ゴッホの家の館長さんに出発の数日前に会って本を渡され、「日本でゆっくり読んで感想を送ってくれ」と申し遣わされ私は感想文を書かねばならないのだ:でもただの感想(笑) それが飛行機でこんな映画に出会おうとは!!!! それこそゴッホの家の館長さんに報告せねば!

実は以上すでに飛行機の中で大体メモ書きしていたのだがそのままになっていた。年を越すのもなんなので今日掲載。調べたところこの映画の邦題は「ゴッホ、最後の手紙」(フランス語タイトルは Passion Van Gogh)、この映画の特に面白いところはゴッホの絵の渦巻くタッチが異なる何人もの作家のタッチの連続というプロセスを経て常にうねり続けることになるという通常のアニメでは到底考えられないゴッホ的(?)ビジュアル効果を生み出している点だ。これは次の予告編でも十分わかって頂けるだろう。それに登場人物が何かしら今の有名俳優に似ているような気がしてこれも面白かった。飛行機乗ったら是非探してみてください
 

 

 *注:「多生の縁」というのはは、このゴッホの家が荒廃していたラブー邸が「ゴッホの家」として1993年に開館した時のパンフレットと呼ぶには立派すぎる小冊子を縁あってこれを私が和訳したことによる。このゴッホの家の館長さんは大食品企業に勤めていたベルギー人ビジネスマンでラヴー邸の前で交通事故を起こし入院、その入院中にゴッホとテオの往復書簡を読んで感動し、それこそ運命的な「不思議な縁(えにし)」を感じて会社を辞めてラヴー邸を買って修復しオープンした。つまり彼も死したゴッホに魅入られた一人なのだ(笑)
「ゴッホの家」には「場所」があるだけで絵はない。世界のゴッホ教徒にはそれも神道的でいいのではないかと思うが館長さんはなんとかオヴェールで描かれた一枚を飾りたいと夢みかれこれ何十年も奮闘中。
今これを機に手に取った「宿題の本」を開くとアムズテルダムのゴッホ財団の財団長ヘリング女史は「この部屋で各人は夢想し自分のお気に入りのゴッホの絵を壁にかける…夢見ることを学ぶ」といみじくも書いていた。ゴッホ教徒などと馬鹿にしてはいけない。夢見る人たちなのだから。
 
 
さて話は変わりついでに書くと、フライト前パリで最後に見た展覧会はあのカイユボット展(参考:私の同展への投稿)。その中の彼が一作しか描かなかったと言う女性ヌード、あの下着がポッと捨ててあるあの無造作な配置、それに当時の絵としてはとんでもなかったあのふさふさした「恥毛」、ありゃなんじゃいな?と気にかかっていたのでもう一度見に行ったのだが前回に比べて大変な来場者数でその方にびっくり。まさかジェンダー視点の穿った絵の見方が人気の理由ではあるまいな〜?
 
 
Nu au divan「ソファーのヌード」(1880年頃)の部分
 
 そして日本に来て最初に見たのはパリを拠点とする日本人作家の松谷さんの東京のオペラシティーギャラリーの大回顧展(最終日)。ポンピドーセンターの個展も以前見ているが、それが比べ物にならないほど大規模かつ包括的な展示で、予想をずっと超える圧倒的な素晴らしさだった! 衰えることなきパワー、お見それしました😅 
 
60年台のグループ「具体」の頃の作品


2024年12月13日金曜日

ファイバー関係の総まとめ! ー including 塩田千春

Natalia Villanueva Linares

現代アートで布や糸、各種のファイバーを素材につかった作品は膨大なので、テキスタイルアートは素材でなく「縫う編む紡ぐ」という行為で捉えないと絞り込めないだろうと思うようになった(つまり前回のブログの定義撤回)のだが、、、例えば右の写真の糸巻きから出る糸の円錐のような、その行為をしないでそれを暗示する作品はどうなのか? やっぱり入る? 暗示も行為のうち?😅 やっぱり素材か??? 

実はこの作品はパリのラテンアメリカ会館の展覧会にあった。

前々回のオルガ・デ・アマラルも南米のコロンビアの人のテクスタイル作家だったが、彼女の作品も含めた「糸の短い歴史(Une brève histoire de fils)」と題された展覧会がそのラテンアメリカ会館で行われている。南米民族衣装的な織物の歴史の影響とも簡単に思いがちだが、織物のない文化はありえない。強いて言えば何を織るか??? 

 そこがこの展覧会、面白かったのはタイトル通り着眼が「織」よりも「糸」で、その糸にはかつてのビデオカセットのテープを使った作品とかも含めていている。そしてこれらの作品の多くがデ・アラマル同様オプティックアート系なのだ:何度も書いているが、目の錯覚?を利用するオプティック系の作家の大多数は南米系。下にあげるはメキシコの作家(1973生)のヴァネッサ・エンリケVanessa Enriquez :どうも私が写真撮るより他人の方が上手いみたいなので知り合いのサブリナさんのインスタビデオをリンク:

 

 

Vanessa Enriquez

 次の写真もヴァネッサ・エンリケでやはりビデオテープ。所々白テープが貼ってあって写真ではわからないが実際に見ると目がチカチカする効果がある。ちなみに最初の写真の糸の円錐もオプティカルな効果があった。

ラテン・アメリカ会館 (La maison de l'Amérique Latine) の美術展はいつもなかなかユニークでかつ入場無料! 「糸の短い歴史」展の 会館のサイトはこちらから 1月16日まで

 

以下私の備忘録としてテキスタイルアート系で書いた覚えのある記事を列挙

もちろん前回のオルガ・デ・アマラル 

それから文字通り「縫・織・編」展というのもあった

パッチワークの宮脇綾子とピアスのYveline Tropea

ドキュメントを縫うMayumi Inoué 

これぐらいしかないのか??? 
 
 
 
もっともっとありそうだと思ったけどブログで写真だけってのもありますね
 
例えば岡崎の美術館で見た女性作家たち、特に「ほどき」の寺塚愛子
 

 

金属ワイヤーワークのRuth Asawaも。

 

 

今彼女ルース・アサワについての素晴らしい記事見つけた!

 
さて自分のブログに戻って、もっと拡大解釈すれば
もちろんルイーズ・ブルジョワなどなども入ってくる、、、
 
結局圧倒的に女性作家が多いな〜!!! 

その塩田千春はグラン・パレで個展が最近始まった。
 
グラン・パレのガラス天井の大空間に糸がめぐらされたらどうなるのだろうかと興味津々だったが、正面玄関横から入る回廊空間が展示場で、今までの作品の回顧展。それなりに見応えはあるし、かなり見ているはずの私も知らないものあったしでいいのだけど、大作家が招来されて巨大ブロジェクトで挑戦するグラン・パレでの展示としてはちょっとがっかりかな。
次もサブリナさんのインスタをお借り。彼女は写真の専門家(写真家ではなく)なのだけどインスタ映えする写真撮るの上手いみたい=こんなにきれいだったかな〜(笑)

 

こちらは同展のインスタ映えしない私の個人的興味を反映する病巣を暗示するような作品(これは今まで見たことなかったと思う)

 
回顧展の履歴で私が初めて見て感動したパリ郊外のCréteilの劇場でのインスタレーションは2001年だとわかった。あの頃は彼女のこと知る人ぞなし。黒い糸が張り巡らされこんな感じだったが、
 
 
赤糸にしてから世界的にアピールしたみたい → やっぱり白黒はマイナー志向か?自分のこと思うと辛いな〜😅  
 
塩田千春は来年3月19日まで。Grand Palaisサイト 

実は今こんなこと書いてる暇ないのだけど、記憶力の悪い私は今書いておかないと「記憶の糸」を手繰り寄せられなくなる。おおっこれもファイバーアートか?(ははは)

 

注:私のオプティックアートに関して簡単な考察は10年以上も前の投稿「光と動きの展覧会」をご参考に

2024年12月1日日曜日

パリの本屋さんでの個展(回顧編)

なかなか上に上がれない。やっぱり落ちて振り出し?😅
9月29日に予告編を書いたパリの本屋さんでの個展、1ヶ月以上細々と長期に続いた末11月16日の私の誕生日に終わった!
こういう展覧会はまた新しい出会いがあればと思ってするのだが、ありがたいことに友達が友達を誘ってくださるという広がりはあったものの、本を見に来た人が興味を持って会いに来てくれるということは残念ながら全くなかった。
予告編に書いた通り港町サンヴァーの本屋での展覧会の姉妹編だったのだが、パリの本屋と夏のバカンスの本屋とでは人の行動が違った! バカンス客は時間に余裕があるから本を見るついでに上階の展覧会を見てと階段を登ってくる人が結構いたのだが、秋のパリでは全然違って、本を探しにくる人はその目的以外には興味なしという感じ。それにもまして最近はインターネットで注文した本を取りに来るだけという人も多く、この人たちは入り口のレジで本を受け取ったや否やすぐに帰ってしまう。これにはちょっと驚いた。
9月開業の新しい本屋にはイベントに客を集めるネットワークはなくて結局集客活動は私の貧弱な肩に。10月はパリでは大きなアートのフェアが沢山催される月で、フェアは外から見る限り大盛況。なんか滅入るよね〜
 
そんな時に頑張り屋のアーティストのMさんがやって来て曰く:「エイゾウさんこんなところで何やってるの〜?」
去年はしっかり画廊で春と秋に展覧会をしてたのに格落ちって感じで、ホントホント。かつ昨年秋の個展をやった画廊は店仕舞いしてしまって振出しに戻れ、「芸術家双六」なかなか先に進みませんな〜。
いっそ双六でも作ろうか?ずいぶん前にそんなので遊んだ記憶あり。ビデオゲームでなくてゲーム盤とダイスで、とまった場所によって美術史の質問に答えなければならなかった😅 「上がり」はなんだったのかな?栄光?栄華?あるいは自己満足?(大昔のバカンスの思い出で詳細覚えていないが、インターネット見てすぐ出てきた作品をコレクションする投資ゲームとは違ったと思う)
 
でもそれなりに頑張ったことはあったかな〜♪???
人によっては「行っても買うわけじゃないから」って変な理屈で来ない人もいるのだけど、展示する以上、頭数ではないにせよ、より多くの人に見てもらえるのが一番の願い。だから興味ありそうな知り合いを誘ってきてくださる方は本当に嬉しい。特に買いそうな人ならもっと😅 それに私が日常ではなかなか出会わない若い人も!!! つまり連れてこられた人がリピーターになると、私の作品なにか訴える力があるのかなと密かに喜んでしまうものです😄
 
以下インスタのあげた展覧会の様子
オープニングと最終日にはヒロエことソフィが私のドローイングからインスパイアされた自分の詩を朗読しました。
 

2024年11月26日火曜日

オルガ・デ・アマラルの回顧展

テキスタイルアート?ってのはは大雑把に「布と糸を素材とするアート」でいいのかな?織ったり縫ったり紡いだり、もしくはほどいたり染色したり、伝統的に女性の携わってきた仕事あるいは職人芸という概念を免れえない。だから現代アートではそれに反発して女性問題の提示するとか、職人的技術を否定したラフなテクニックで表現されることが多いような気がするが、今カルチエ財団で大回顧展が開かれているオルガ・デ・アマラル Olga de Amaral は先に述べて伝統的な意味でのテキスタイルをいかにアートに昇華するかに腐心してきた作家と言えよう。素材も綿、麻から馬のたてがみ、そして金箔やパラジウム、それにプラスチックと様々な素材を導入。新たな独自の技巧を探究しテキスタイルアートの領域を拡大し、モニュメンタルな作品を作るに至った。

オルガ・デ・アマラルは1932年コロンビア、ボゴタで生まれ。1954年に政治変動のためアメリカのミシガンに移住。そこのアートスクールでテキスタイルデザインに出会う。ミシガンで出会ったポルトガル出身のご主人とその後ボゴダに戻り装飾テキスタルの会社を始める。60年代になって新しいテキスタイル技術を実験して異なる素材を混ぜて3次元的要素を導入した大規模な作品を作るようになる。1973年に奨学金を得てパリに滞在。81年にはパリ近代美術館でも大作が発表されるが、その割にはその後フランスであまり作品を大規模に発表される事はなかった。つまり今回のカルティエ財団の展覧会が初めての大回顧展で、 コロンビア以外では今まで発表されたことのなかった作品も数多く含めれている。

研究された「技術」に裏づけされた彼女の作品だが、それは幾何学的なモダンアートとともに南米の伝統的な色彩豊かな織物、それに中南米古代文化を思い起こさせる世界を作り出していることも目を引く。

特に下に掲載するビデオのような、通常は数学的で冷たい感じのするオプティックな効果をソフトな糸・布で再現し、自然な光や波のような親しい感じのものとしたのはとてもユニークだと思う。

作品解説でおおっと思ったのは、テキスタイルとテキストは「織る」と「物語る」という二つの意味を持つtexereを語源としていて、このことはすでにインカ文明が文字がわりに結び目で記録をしたことに現れている! でもラテン語語源だから我田引水みたいな気がするが、、、アマラルには一本の糸は一つの単語であり、コードを知った人しか理解できないインカの結び目文字の意味的表現を言及するとか、、、そういう難しいことは言わずもがなの直截的に理解可能な作品と思えるが、皆さんいかがでしょうか?

 

テキスタイルが醸し出す微妙な揺れとか現実に体感しないとわからない。写真じゃ全く伝わらないです。 
 
かつまた今回は文句のつけようのないほど全作品美しく展示されている。私がこんなにカルティエ財団褒めたこと今までなかったんじゃないかい(大笑)
 
 
 
2025年3月16日までカルティエ財団にて→財団の展覧会サイト
 
フランスではほぼ知られていなかった作家なのに展覧会大人気ですので予約要でしょう(私も知らなかった😅)
  


2024年11月1日金曜日

私の細腕とカイユボット展

今やっているパリ15区(モンパルナス駅方面)の本屋さんの展覧会の近くの薬局にインフルエンザ用のワクチン接種予定の張り紙がしてあった。実は私の家の近くでは経営者の顔がわかるような古い薬局が次々とコンビニののような雰囲気の薬局に代わり、まさに「店員」という感じの若いスタッフに事務的に応対されることが多くなった。と同時に(?)ワクチン接種もしなくなった。こうなると薬局でワクチンを買って看護師さんを予約して接種してもらいに行くことになって、めんどくさがりの私にはぐっと敷居が高くなる😅
65歳以上はワクチンが奨励されていて無料接種用のレターをもらっているのでそれを持って出直し。
若い店員に「何を打つか」ときかれて「抗インフルエンザでしょ?」 実はワクチンは「インフルエンザ+」となっていて、+とはコロナ用だった。いつものように「右左どちらの腕に打つか?」ときかれて「左」と答えたところ、横にいたおばさん薬剤師から「2つ打つなら右と左一つずつ」と訂正が入った。えっ、ひょっとしたら初めての経験かな?
それはいいのだがそのおばさん薬剤師がワクチンを打つ段になって、「あなたすごく痩せてるじゃない。骨まで行ったら大変、ちゃんと打てるかな〜」と言い出した。それはないでしょ今更。血液摂取で「痩せてて静脈がわかりにくい」と言って何回も注射された嫌な経験を思い出した。しかしこういう受け手の心情を配慮しない言葉が出てくるってのはどういうことだろう。一応警告したと言うことで問題の可能性に私は黙認したことになるのだろうか???
心配させられたがまあ多少両腕だるいぐらいで後遺症もまったくなく、結果オーライでいいのだが、痩身のエイゾウにはフランス医療機関は怖いところ。もう少し筋力つかなきゃ!? ってことに関係あるのが今オルセー美術館で開催中の Gustave Caillebotte (日本でのカタカナ表記はカイユボットらしい) (ウィキ 絵も沢山掲載されている)
 
資産家で仲間の印象派の画家の援助もしたカイユボットの代表作は床削り』(超名作は写真とりませんでしたのでクリックして参考に)。この作品でわかるように古典的なテクニックを持った彼だが、端的な特徴は極端なまでの俯瞰的構図を使うところ。私はドガ、カイユボット、それにボナールと連なるこういうこういう構図が大好きなのだが、なぜこれが私の細腕問題に繋がるかと言うと、この働く男性の肉体。
全然筋肉モリモリということはないが、カイユボットは初期には軍人を描き、その後このような肉体労働者、そして晩年はボート、水泳のスポーツマンを描き、モデルは圧倒的に男性で、女性ヌードは展示作品にあった一作しかないとのことで、19世紀末の戦争が背景となる時代が求めた強い男性像、その時代のブルジョワ社会の男性優先性、それと彼の個人的指向 * というジェンダーの問題という視点でこの展覧会は構成、企画されているので。
だから絵の横の解説とか読むと「なんだこれ?」の連続。「アートには社会性がなければ」という現代美術の金科玉条がここまで遡及することになったということか。
 
そんなことは良しにして絵画と対面してください。素晴らしい作品が並んでいます。
習作などもあり勉強になります😅 

まずは床削りから
 
小さな習作。左の男性のポーズが違いますね

あまり俯瞰してない床磨き。窓の光の床への反射お見事。この段階では男性がシャツ着ている
 
都市風景も自分のアパートから俯瞰

完全に飛び込むような斬新な俯瞰構図。テーマ、色彩的にもボナールを思わせる

 
ブルジョワのカイユボット家の食卓:お母さん、召使、それに肉を切る弟
 
大俯瞰で手前の皿もナイフも滑り落ちそう。ボナールのみならずひょっとしたらピカソがピンときたかも?
 
パリ近郊のカイユボットの家に行くとこの食卓がこんな感じで残っているらしい(会場にいた日本人観光客の情報で、リンクしたサイトも日本語!)
 
 
パステルだとこんなふうにナビ的な明るい色使い

 
これもパステル。川遊びにしてはあまり楽しそうに見えないが、遊びより筋力トレーニング???

ボートシリーズでは油絵もルノワールを思わせるような色彩になる

構図だけではなく実際に飛び込むのも好きだった😁

古典写実的と思われたカイユボットだが絵具ベトベト、この辺完全モネしている
 
しかしやっぱり男の世界かな〜? 
 
オルセー美術館のカイユボット展、サブタイトルはずばり「男を描く」 1月19日まで
美術館のサイトはこちら
 
* 兄弟仲がずいぶん良かったようだが、アン・マリというブルジョワなカイユボット家からは疎まれた恋人がいて彼女は絵の中にもしばしば登場する。女性蔑視的ブルジョワ階級の社会環境で育ったから「男を描いた」のか。彼の性的指向があったのかはよくわかりませんね。私としてはどうでもいい問題に思えるけど(笑)
 
 
なんか変な視点のカイユボット展だったがおわかりのように私はカイユボットも昔から大好きで、下の絵を見て浜松で務めていた時に寮の近くの田舎の農夫を見てこんな感じでもっと俯瞰を極端にした油絵を書いたことを思い出した。あの絵はどうしたのかな?
実家の整理のときに私の高校時代に描いたボナールのコピーはリサイクルショップにあげてしまったが、買い手があって新しい人生を生きているのか?はたまた廃棄されてしまったか???😅  そして私が名作と思っているアトリエにある数多くの作品はどうなってしまうのかな〜
 
 
 
 

2024年10月5日土曜日

アリシア・クワデの個展

今日の午後は本屋での小さな個展のオープニング、こんなときに人の展覧会のこと書いてるのおかしいかもしれないけど、それまでこれといってせねばならないことないし、、、:
 
ポンピドーセンターのシュールリアリズム展に関連してパリ市内の50もの画廊が関連した展覧会を開催中。その中老舗の画廊の多いので内容が充実しているオデオン地区のギャラリーがに行くつもりでサンミッシェルから歩きつつ、途中にある Mennour画廊 * に立ち寄ったらそこでの展覧会が結構ピリピリきて、、 目的のシュールリアリズム関連がどうでもよくなってしまった(まあ一応見ましたが(笑))
 
その我が琴線に触れたのはポーランド生まれの アリシア・クワデ Alicja Kwadeb の Blue Days Dust と題された個展

以下のインスタでは携帯で見てもすぐわかる作品を選んだが、目覚まし時計の針が大きな地図の風向計のように打ち立ててある作品は全くインスタ映えしないばかりか、本物の前でもそれがなんだか誰もが気がつくとも限らない。私も時計の針だとわかったのは全体を見てからだった。というのもこの展覧会は「時間」がテーマだと気がつくからだ。この時間には我々の時間に比べたら気が遠くなるほどの鉱物の時間も含まれる。
 
石や結晶は現代アート作品でしばしば扱われるようになっているが、神秘主義的な色合いが入ってきて眉唾的な感じも私はしている。クワデの作品も石の時間はなんかよくわからないのだが人間尺度のものはすっかり共鳴
 
秒針が動かず時計全体が動く、すごくシンプルなアイデアの割に今まで見たことなかったな〜と思わせる痛快な作品を見つつ、これもアナログ時計暮らしをしていたならだからと思い、一体何歳なのかと思ったら1979年生まれ。すっかり姿を消してしまった感のある大時計だが、これは最近の急激な変化か? 
 
二つ並んだ壁時計が全く同じ動きをする(当たり前と言えば当たり前だが)、私の世代には金字塔的な作品 Félix González-Torres の「パーフェクト・カップル」などアナログ時計は美術作家にとってはインスピレーション源だったところもあるので、今後は寂しいかもすっな〜
 

 

他の作品もインスタ写真ではわかりにくいのでコメントを加えると:

通路ぴったりでおそれいります(笑)
 
燃えた蝋燭が繋がれている(一部)

金属製のカエデの種の螺旋(一部)
 

これが時計の針のピン立ての作品(一部)

* 注 Galerie Mennour : 47 rue Saint-André des Arts 75006 Paris
画廊のこの展覧会サイト、展示の全体の様子がわかる写真がありますので参考に(でもこの写真だとあまり行く気しない気がするけど)
 
 12月5日まで
 

先日見た下にリンクしたサウジのZahrah Al Ghamdi(b.1977)といい、40歳代の素晴らしい女性作家がいるのですね〜。二人とも今までよく知らなかったけど、シンプルで鋭い。感心するばかり。(注:アラブ文化会館の展覧会は彼女以外は私には面白くなかったです)