2024年11月1日金曜日

私の細腕とカイユボット展

今やっているパリ15区(モンパルナス駅方面)の本屋さんの展覧会の近くの薬局にインフルエンザ用のワクチン接種予定の張り紙がしてあった。実は私の家の近くでは経営者の顔がわかるような古い薬局が次々とコンビニののような雰囲気の薬局に代わり、まさに「店員」という感じの若いスタッフに事務的に応対されることが多くなった。と同時に(?)ワクチン接種もしなくなった。こうなると薬局でワクチンを買って看護師さんを予約して接種してもらいに行くことになって、めんどくさがりの私にはぐっと敷居が高くなる😅
65歳以上はワクチンが奨励されていて無料接種用のレターをもらっているのでそれを持って出直し。
若い店員に「何を打つか」ときかれて「抗インフルエンザでしょ?」 実はワクチンは「インフルエンザ+」となっていて、+とはコロナ用だった。いつものように「右左どちらの腕に打つか?」ときかれて「左」と答えたところ、横にいたおばさん薬剤師から「2つ打つなら右と左一つずつ」と訂正が入った。えっ、ひょっとしたら初めての経験かな?
それはいいのだがそのおばさん薬剤師がワクチンを打つ段になって、「あなたすごく痩せてるじゃない。骨まで行ったら大変、ちゃんと打てるかな〜」と言い出した。それはないでしょ今更。血液摂取で「痩せてて静脈がわかりにくい」と言って何回も注射された嫌な経験を思い出した。しかしこういう受け手の心情を配慮しない言葉が出てくるってのはどういうことだろう。一応警告したと言うことで問題の可能性に私は黙認したことになるのだろうか???
心配させられたがまあ多少両腕だるいぐらいで後遺症もまったくなく、結果オーライでいいのだが、痩身のエイゾウにはフランス医療機関は怖いところ。もう少し筋力つかなきゃ!? ってことに関係あるのが今オルセー美術館で開催中のカイユボット Gustave Caillebotte (ウィキ 絵も沢山掲載されている)
 
資産家で仲間の印象派の画家の援助もしたカイユボットの代表作は床削り』(超名作は写真とりませんでしたのでクリックして参考に)。この作品でわかるように古典的なテクニックを持った彼だが、端的な特徴は極端なまでの俯瞰的構図を使うところ。私はドガ、カイユボット、それにボナールと連なるこういうこういう構図が大好きなのだが、なぜこれが私の細腕問題に繋がるかと言うと、この働く男性の肉体。
全然筋肉モリモリということはないが、カイユボットは初期には軍人を描き、その後このような肉体労働者、そして晩年はボート、水泳のスポーツマンを描き、モデルは圧倒的に男性で、女性ヌードは展示作品にあった一作しかないとのことで、19世紀末の戦争が背景となる時代が求めた強い男性像、その時代のブルジョワ社会の男性優先性、それと彼の個人的指向 * というジェンダーの問題という視点でこの展覧会は構成、企画されているので。
だから絵の横の解説とか読むと「なんだこれ?」の連続。「アートには社会性がなければ」という現代美術の金科玉条がここまで遡及することになったということか。
 
そんなことは良しにして絵画と対面してください。素晴らしい作品が並んでいます。
習作などもあり勉強になります😅 

まずは床削りから
 
小さな習作。左の男性のポーズが違いますね

あまり俯瞰してない床磨き。窓の光の床への反射お見事。この段階では男性がシャツ着ている
 
都市風景も自分のアパートから俯瞰

完全に飛び込むような斬新な俯瞰構図。テーマ、色彩的にもボナールを思わせる

 
ブルジョワのカイユボット家の食卓:お母さん、召使、それに肉を切る弟
 
大俯瞰で手前の皿もナイフも滑り落ちそう。ボナールのみならずひょっとしたらピカソがピンときたかも?
 
パリ近郊のカイユボットの家に行くとこの食卓がこんな感じで残っているらしい(会場にいた日本人観光客の情報で、リンクしたサイトも日本語!)
 
 
パステルだとこんなふうにナビ的な明るい色使い

 
これもパステル。川遊びにしてはあまり楽しそうに見えないが、遊びより筋力トレーニング???

ボートシリーズでは油絵もルノワールを思わせるような色彩になる

構図だけではなく実際に飛び込むのも好きだった😁

古典写実的と思われたカイユボットだが絵具ベトベト、この辺完全モネしている
 
しかしやっぱり男の世界かな〜? 
 
オルセー美術館のカイユボット展、サブタイトルはずばり「男を描く」 1月19日まで
美術館のサイトはこちら
 
* 兄弟仲がずいぶん良かったようだが、アン・マリというブルジョワなカイユボット家からは疎まれた恋人がいて彼女は絵の中にもしばしば登場する。女性蔑視的ブルジョワ階級の社会環境で育ったから「男を描いた」のか。彼の性的指向があったのかはよくわかりませんね。私としてはどうでもいい問題に思えるけど(笑)
 
 
なんか変な視点のカイユボット展だったがおわかりのように私はカイユボットも昔から大好きで、下の絵を見て浜松で務めていた時に寮の近くの田舎の農夫を見てこんな感じでもっと俯瞰を極端にした油絵を書いたことを思い出した。あの絵はどうしたのかな?
実家の整理のときに私の高校時代に描いたボナールのコピーはリサイクルショップにあげてしまったが、買い手があって新しい人生を生きているのか?はたまた廃棄されてしまったか???😅  そして私が名作と思っているアトリエにある数多くの作品はどうなってしまうのかな〜
 
 
 
 

2024年10月5日土曜日

アリシア・クワデの個展

今日の午後は本屋での小さな個展のオープニング、こんなときに人の展覧会のこと書いてるのおかしいかもしれないけど、それまでこれといってせねばならないことないし、、、:
 
ポンピドーセンターのシュールリアリズム展に関連してパリ市内の50もの画廊が関連した展覧会を開催中。その中老舗の画廊の多いので内容が充実しているオデオン地区のギャラリーがに行くつもりでサンミッシェルから歩きつつ、途中にある Mennour画廊 * に立ち寄ったらそこでの展覧会が結構ピリピリきて、、 目的のシュールリアリズム関連がどうでもよくなってしまった(まあ一応見ましたが(笑))
 
その我が琴線に触れたのはポーランド生まれの アリシア・クワデ Alicja Kwadeb の Blue Days Dust と題された個展

以下のインスタでは携帯で見てもすぐわかる作品を選んだが、目覚まし時計の針が大きな地図の風向計のように打ち立ててある作品は全くインスタ映えしないばかりか、本物の前でもそれがなんだか誰もが気がつくとも限らない。私も時計の針だとわかったのは全体を見てからだった。というのもこの展覧会は「時間」がテーマだと気がつくからだ。この時間には我々の時間に比べたら気が遠くなるほどの鉱物の時間も含まれる。
 
石や結晶は現代アート作品でしばしば扱われるようになっているが、神秘主義的な色合いが入ってきて眉唾的な感じも私はしている。クワデの作品も石の時間はなんかよくわからないのだが人間尺度のものはすっかり共鳴
 
秒針が動かず時計全体が動く、すごくシンプルなアイデアの割に今まで見たことなかったな〜と思わせる痛快な作品を見つつ、これもアナログ時計暮らしをしていたならだからと思い、一体何歳なのかと思ったら1979年生まれ。すっかり姿を消してしまった感のある大時計だが、これは最近の急激な変化か? 
 
二つ並んだ壁時計が全く同じ動きをする(当たり前と言えば当たり前だが)、私の世代には金字塔的な作品 Félix González-Torres の「パーフェクト・カップル」などアナログ時計は美術作家にとってはインスピレーション源だったところもあるので、今後は寂しいかもすっな〜
 

 

他の作品もインスタ写真ではわかりにくいのでコメントを加えると:

通路ぴったりでおそれいります(笑)
 
燃えた蝋燭が繋がれている(一部)

金属製のカエデの種の螺旋(一部)
 

これが時計の針のピン立ての作品(一部)

* 注 Galerie Mennour : 47 rue Saint-André des Arts 75006 Paris
画廊のこの展覧会サイト、展示の全体の様子がわかる写真がありますので参考に(でもこの写真だとあまり行く気しない気がするけど)
 
 12月5日まで
 

先日見た下にリンクしたサウジのZahrah Al Ghamdi(b.1977)といい、40歳代の素晴らしい女性作家がいるのですね〜。二人とも今までよく知らなかったけど、シンプルで鋭い。感心するばかり。(注:アラブ文化会館の展覧会は彼女以外は私には面白くなかったです)


 

2024年9月29日日曜日

パリの本屋さんでの個展(予告編)

夏のサンヴァーという街の展覧会、「バカンスの港町では思った通り赤字か〜」と思っていたら最終的にはいくらか売れていて懐具合回復、ほっとしたのだが、その田舎の本屋さんがパリにも進出!(?というかもともとパリの人たちで)、息子がパリ店を運営することになりこの9月より開店、そのついでに私の個展をしてくれることになった。
もちろん本優先なので空いている壁に少し飾られるだけだが、 2x2で飾ったところもあるので10点以上もある:小さなドローイングが中心
 
去年のパリでの展覧会では「糸杉」、「ドレス」と象徴的な形の比較的大きなドローイングがメインだったが、今回は本屋だし、シュールレアリズムブーム(ポンピドーセンター参考投稿)だけでなくパリ市内の50もの画廊が関連企画中)も受けて、物語性を感じさせる具象系ばかりを展示する。名古屋(参考投稿)からサンヴァーに行った、仏政府支給のコロナ対策マスクで作った「蜘蛛の糸」もぶら下がる:フランス人への参考のため芥川の本を注文してもらった 😄
 
わかりやすい作品ばかりですので是非見に来てください。
 
本屋さんは火曜から土曜まで10:30〜19:00開店 
住所:33 rue des volontaires 75015 Paris地下鉄 Volontaires のすぐそば)
 
実はすでに展示済みなのでもう見られます。
オープニングは10月5日、
期間は11月9日まで 
 
 
「蜘蛛の糸」は、フランス政府支給マスクももう見つからないし、「美術館に寄付いたします」と申し出ても断られるしがない作家と身に滲みてわかっていながら、我ながら「ミュージアムピースだな〜」と思うので、簡単に売れないよう名古屋価格に比べると5倍ぐらいの大幅値上げを致しましたので、L画廊関係者およびファンの方、よろしくご承知おきください(笑)
 
ところで急に寒くなって来てもうミラベルも終わりだが、今年のミラベルは初物から最後までずーっとイマイチだった。ミラベルさんでもそういうことがあるのだからあまりめげてはいけませんね〜 (注:ミラベルが何だかわからない人はこちらでもご参考に
 

2024年9月10日火曜日

続 女性シュールレアリスト列伝  (ポンピドーセンター発)

アンドレ・ブルトンの「シュールレアリズム宣言」発行100周年に因んでポンピドーセンターで大規模な展覧会が始まった。その名も単に「シュールレアリズム」、副題はSurréalisme d'abord et toujours「まずは、そして常にシュールレアリズム」とでも訳そうか。

真ん中に「シュールレアリズム宣言」の本があって螺旋形にぐるぐるとテーマ別(つまり時系列ではない)に展示ホールを巡る。テーマは夢とか化け物とか夜とか、まあシュールレアリズムならそうでしょうという感じで、ポンピドーセンターとパリの近代美術館の持つコレクション、特に写真とドローイングがこれでもかというほど並べられている。そしてフランス国外からも私が何十年も見ていなかった代表作が来ているのでしっかり紹介を! 

ということには私のブログはならない。というのも私以上の専門の方々が色々書いてくださるに決まっているから(笑)

そこで今日はですね〜、2年前のヴェニスのビエンナーレの女性シュールレアリスト展に続き(その時の投稿)、こんな人知らなかった(あるいは記憶から消えていた)というビエンナーレにいなかったと思う女性画家をまず二人紹介(ただの受け売りですが)。

一人目は Yahne Le Toumeli 彼女は将来有名ジャーナリストになってエクスプレス誌の編集長になるJean-François Revelと結婚し彼の仕事のために1950-1952年にメキシコに行く。下の作品が彼女の「魔術師メルランの馬」というアーサー王神話に基づく作品だが、この女性的なマジックメルヘン的ストーリー性、誰かに似てませんか? 
ヴェニス・ビエンナーレの女性たちの記事をもう一度見て欲しいのだが、Yahneはメキシコで、ビエンナーレにテーマを与えたエルンストと別れたレオノラ・キャリントンと知り合い、大きく影響を受けた。52年にはRevel氏とは別れているが彼との間に二人の子供があり、息子はダライラマの通訳であり著作家などとしてフランスではよくマスコミにも出てくる超有名人物のMathieu Ricardなんですって! 彼女自身も67年に改宗、フランス初の尼さんだそうでまたびっくり。
兎に角この展示作品はまさにシュールレアリズムで、パリに戻って1957年に100作にものぼる作品の展示をした時にブルトンがカタログの序文を書いた。つまりポンピドーセンターの展覧会はアンドレ・ブルトンと雑誌シューリアリズムとの関係で60年代までに至る。彼女もその後は抽象絵画に向かうがブルトンもその頃にはアジア的なジェスチュアルな絵画もシューリアリズムに入れている(最後の「宇宙」のセクションにそういう作品があったが、ひょっとしたら彼女の作品だったのかも? 今度確かめてきます:最後はもうヘトヘト、一つ一つ見てられません)
 
Yahne Le Toumeli
 
もちろんこの展覧会ではキャリントンはもちろん、ビエンナーレの記事で紹介したドロテア・タニングビエンナーレで発見して感銘を受けたメキシコでのキャリントンのお友達のレメディオス・ヴァロ、それにパリ市美術館で素晴らしい回顧展のあったトワイヤンの作品はいっぱい、それにフィニやセージももちろんあります。
 
さて話は戻って、知らなかった女性作家の二人目は Ithell Colquhoun。彼女はインド生まれでロンドンで勉強、錬金術、オカルトに熱中し、ケルト信仰とヒンズー教に始まりユダヤのカバルとか様々な世界のオカルトにはまり、いろいろな秘密結社に属し続けたのでシュールレアリストグループから追放された!
これがその彼女の「9つの貴石のダンス」というMerry Maidensという円形の石器時代の遺跡に関わる作品。そんな遺跡知らなかったので調べてみたら石は19立っているのだけど?参考サイト
 
Ithell Colquhoun
 
注:彼女にスポットを当てたポンピドーセンターのページ発見。>コチラです
最近評価が高まっていて近々テートギャラリーでも回顧展があるらしい
 
そして私とは同じ屋根の下で暮らした切っても切れない仲のドラ・マール意味のわからない方はこちらへモンタージュ写真が「ユビュ王」など5点並べて展示されていた(彼女は残っているシュールな作品少ないのでいつものものだが、なかなか質は高い)。そして彼女のダチでブルトンの2番目の奥さんジャックリーヌランバ、今回初めてまともな「作品らしい作品」を見た!(汚名挽回?!◎)
 
Jacqueline Lamba
 

では最後にローテクな錬金術士を描く私が結構お気に入りのレメディオス・ヴァロ

Remedios Varo
  
Remedios Varo 部分

以上何回もリンクを貼ったヴェニスからの過去投稿を見てもらわないと意味がわからないと思います。

そのページでリンクを貼った「3分でわかる」ブログも必読必見です。

 

以上で今度のあまりにも手に余る展覧会の紹介は「サヨナラ、サヨナラ」のはずだったのだが、出口のブックコーナーでびっくり、エルンストの絵を使った展覧会のポスターが「売り切れ、入荷待ち」だそうで。

私はエルンストの大ファンで、昨年もエクサン・プロヴァンスであった展覧会も見に行った。そこで「一緒に行かないか」と誘ったプロヴァンスの知り合いが「エイゾウ、エルンストなんか好きなの?」と怪訝だった。というのもエルンストのイメージはこのポスターが代表するような具象性の謎めいた油絵が一般的で、今度のポンピドーのシュールレアリズム展のポスターにも使われて、またまたそういうイメージがはびこってしまうのではと地下鉄などで見るたびに心配になっていたのだ。私的にはもちろん初期の本の"une semaine de bonté"などのコラージュなど秀逸だが(これにブルトンはまず惚れ込んだ)、私がエルンストが大作家たる所以は子供でもできるフロッタージュ(擦り絵)やデカルコマニー(転写:乾いてない絵に紙をくっつけて偶然性の模様を作る)を文字通り昇華させた宇宙観を思わせる作品群なのだ。今回見に行って「森」のセクターにも「宇宙」のセクターにも代表作が国外から来ていて安心したが、最後の方なので多くの人は疲れて碌に見ていないのでやはり誤解は解けないのではと心配にもなった次第。
 
 
上はエルンストの「森」シリーズを並べた壁で左にもう一点大作がある。一番右はドイツロマン派のダヴィッド・フリードリッヒ。もちろんシューレアリズムは1日にしてならずで、美術史の延長上にあるのだが、フリードリッヒがあるなら「ゴヤの黒い絵とか何故ないの〜」とか、かなり疑問を感じた蛇足的一点(もちろん私はフリードリッヒも大好きですが)
 
最後はエルンストの「ウサギウサギ、何見て跳ねる」(本当の題は「銀河の誕生」)で締めくくり。素晴らしい!(円盤の白い点々も近くで見ると色が違っていたりして凝っています)
 

 
(これは上の「森」シリーズの大作同様スイスから来てます。つまり私の好きなシリーズはグッゲンハイムとかフランス国外にあるので、これもなかなかフランス人のエルンストへの誤解が解けない理由だと思う)