2022年6月11日土曜日

パドヴァ、ジョット詣

主体性がなく暇人の私の旅は単純に安いフライトのある日で決まってしまう。それでヴェニスからのリターンは4日(土)になったのだが 、聖霊降臨祭なる祝日の連休に入ってしまって金曜の夜は宿泊料金が私にはとんでもない値段に吊り上がり弱っていたら、ヴェニスからそんなに遠くない街のパドヴァ(Padova)にはジョット(Giotto)の壁画の礼拝堂があって「ヴェニスに宿がなくてそちらに泊まる人もいるみたいよ」とのアドバイスをもらい、ジョットも詣ることになった。
 
オンラインで予約ができなくて心配していた「キーファー詣」が簡単に入れたので、これもまた切符が買えなかったジョットもなんとかなると安心しきって行ったスクロヴェ―ニ礼拝堂Cappella degli Scrovegni 、こちらの方はなかなか厳しかった!
 
金曜の午後に行ったが即入れてもらえず、見学時間が夜の8時20分に指定された(偶然夜間入場日だった)。旧市街を一周したが生憎雨が降ってきてでホテルでゴロゴロ。
指定時間に行ったら確かにね〜。25人ぐらいのグループ制でまず10分のビデオを見させられる(下に英語字幕付きだったが最前列に座らない限り読めない(困))。ビデオが終わると前のグループが出てきて彼らが廊下から出ると我々の入場が許される。中に入って案内人からまた説明があるのかと思ったら、なしで(ビデオで十分したということだろう)、10分間の自由見学(退出不可。20メートルほどの場所を首と携帯を上に向けて20数人がうろうろする)。それが終わると礼拝堂の扉は閉められ、一時外の廊下で待機(人数チェック?)、それから退館。つまりきっちり20分毎に入れ替わりってこと。なんか収容所みたいで感じ悪いです(係員がということではなくて、単純にシステムが)。

こういう場所は入ってはっとする感覚が一番だと思うけど、その前にずーっとビデオを見せられてはねー。イタリア語がわかれば聖書のお話の内容の解説でひょっとしたら本物を見たときに感動が一層?(とは私には思いにくいが)
 
唯一ハッとしたのは正面の最後の審判の下の方に教会を天に捧げている場面があって、これは私のベッドの上の壁に貼ってある絵葉書の一枚だった:ここだったのか〜(笑)
パリに戻ってこの絵葉書の由来を見たら30数年前にバルセロナでジョットの壁画の写真展なるものを観たその時のものだった。それからずーっと私に飽きられていないわけだ。その場面は高利貸しで財を成した家族のエンリコ・デッリ・スクロヴェ―ニが免罪のため聖母マリアに礼拝堂を捧げているということらしい彼が私財をかけて建設し、彼の肖像がここに描かれた(ウィキ)
 
こんな私ではブログ書く資格ありませんね。ウィキ以外にもスクロヴェ―ニ礼拝堂のジョットーのフレスコ画に関する解説・写真はいろいろありますのでそちらをご参考に(その一例)でお茶を濁らせていだだきます。青い空間と初期ルネッサンスの素朴な感情表現は素晴らしいですが、こういう高いところの絵は双眼鏡でも持っていかないとダメのような気がします:写真やビデオの方が細かいところまでよく見える *。
 
これが最後の審判。十字架の左下をご覧あれ

 
免罪免罪、そのお陰で絵画史が変わった(笑)

中央はヘロデ王が救世主誕生を恐れて命じた「幼児虐殺」 下は何かな? 共にドラマチック

 
パドヴァも旧市街の中心の広場あたり綺麗な街ですが、そこだけだから、そうねー、正直言って宿代2倍以上しても町全体が博物館のヴェニスにもう一泊した方が楽しかったかな〜という気がしました。 
 

これは壁画の下の方にある寓意シリーズの「嫉妬」私がよく抱く嫉妬心とは関係なさそうだけど

 
ところで日本に絵葉書でもとパドヴァの中央郵便局(?)に行ったらやたら混んでいて、日本向けの絵葉書の切手が欲しいだけなので夕方に出直した。番号札をもらって呼び出しを待つが、なんか時間かかるんだよな〜、訳ありの人ばかりなのか、、、。そして番が回ってきたらに絵葉書の重さを測り、端末を叩くがなぜか難しいようで、、、それから局員さんどこかに行ってしまい〜、何分もして戻ってきて言うには「一枚3.8ユーロ、それでいいか?」 良いも悪いも知らんがなー、でも絶対高い!しかしこれだけ待ってやめってことはできませんよ、ここを逃すと出すところないのだから。郵便局員さんは悪そうな人じゃないんだけど無能(フランスでもよくあることですが)、困ったな〜。
 
礼拝堂を見た後は腹が好きすぎているだろうと仏ガイドブックおすすめのレストランをサイトで調べてわざわざ食べたいものの写真をスクリーンショットして(こんなことしたの初めて)万全の態勢。花金の9時半頃でお客さんがいっぱい、余計良さそうと思ったら「もう料理人が疲れたのでオーダーストップだ」と言われ、、、。てなわけで私はパドヴァにはあまり縁がなかったみたいでした。
 

これが私のベッドの上の壁です

* 注:私は15年前にジョットの描いたアッシジの聖フランシスコ伝も見に行っていて、その時の旧ブログを紐解いたら、暗くてよく見えなかったとしか書いてなかった(笑)。スクロヴェ―ニ礼拝堂の照明はよくご覧のように写真もよく撮れました(15年も経てばアッシジも明るくなっているかもしれないが)。概してフランスの有名な古寺でも壁画や彫刻、よく見えないことが多い。しっかり見るためにはシャイヨー宮の歴史建造物博物館の常設レプリカの方が余程よい(でも見に行く人はごく少ない)。結局本物詣は「雰囲気」の問題? そういう意味ではキーファーは雰囲気優先絵画かな。双眼鏡で細部を見れなくて残念とは決して思わないから。

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