またユー島(Ile d'Yeu)へ行った。2016、17、19年に続きこれで4度目になる。
4度目ともなると大体の地形はわかっているし、主な名所は既に訪問済み。サイクリング、散歩、スケッチ、もちろん海水浴と以前の繰り返しをしているような気になったが、FBで「去年の投稿はこれこれ」とあからさまに示されるとその感は尚更なものとなる。まあフランス風バカンス(親切なKさんの「島の別荘」*に停留させていただいているので)なんてのはこういう代わり映えしないものなのかもしれない。とはいえこれはネガティブな意味では全くなく、ユー島は本当に風光明媚(というか私好みの荒涼感のある風景)で、4度目でもしっかり楽しめる。
今回は「1週間ばかり、最初の数日はぐずつくがその後数日は快晴」という予定(予報)ででかけたのだが、行った日から天気が良く、その後ずーっと好天続き。それで1日あと1日と滞在が延び、週末にナントの音楽フェスの出張版という催しもあり、これが終わり流石に2週間となって戻ろうとしたらパリは34ー35度の異常な暑さ、また本土ではコロナウィルスも元気旺盛で「もう帰れんわー」と思ったが、11月の2つのグループ展の会合があるし、作品もできていないしで、ずーっと海辺で寝ているわけにもいかない。いつ帰るかの予定もなくずるずるとホームステイをしていてはさすがのKさんにも愛想をつかされそうだしで、酷暑を避けるべく昨夜遅くコソコソと「花の都」に戻ってきた。
2017年の「遥かなるユー島」に書いたように、ユー島は一般人は大陸からフェリーでしか行けず、潮の緩慢のせいで運行時間が変わるので旅行日程を決めるのがのがなかなか悩ましい。かくしてコロナの蔓延する本土から隔離されている感があるためだろう**、それを追い風に人気赤丸上昇中、昨年の夏の人口2万5千人が3万5千人に跳ね上がったとか。島も「観光」に力を入れており、バスもきれいになったし町のロゴマークも格好よくなった。島の一番の名所は何と言っても岩壁の岸に建つ「古城」だが(16年の「ユー島紀行」参考)、そんな場所に城があったのは大西洋側は岩礁の海岸が続き、背水の陣で篭城ができるという地の利もあった(地元の漁師だけは船を操り食料・軍備補給が可能)。そんなわけで島に近づきすぎて座礁した船は数知れず、海岸ハイキングロードに座礁船の記念碑や説明パネルを建てるというちょっと変わった観光開発(笑)を促進。Kさん宅から遠くない私がよく行く岬の近くに今年は新しくお目見えしたパネルがあったのだが、これがびっくり日本船!
でも今日はここまで、次回はその日本人も知らぬ(ググってもでてこない)のその血湧き肉躍る座礁船のお話(笑)を紹介しようと思いますのでお楽しみに ♫
注: * ただしKさんは「コロナ蟄居」を島で過ごしたので、3月以来「別宅」が「本宅」になった感もある。羨ましいようにも思われるだろうが「島」のコロナ対策は厳しく、船もなくなり「鎖国」。かつ「禁足令」中は海岸地帯の散歩も御法度で警官(6人しかいないそうだが)が見張っていたとかで、、、Kさんはひたすら庭仕事に励んだそうです。
** 「鎖国」が開けたバカンスシーズンのユー島では8月6、7日に検査キャンペーンがなされ、995人がテストを受け5人が陽性だった。全員20〜25歳の若者でその3人は同じ家族だったとか。5人とも無症状だったがもちろん全員隔離された:source
4度目ともなると絵葉書写真もあまりとらなくなってしまった。以前の投稿をご参考に
ユー島に関する以前の投稿:
vue vers la pointe des corbeaux (ile d'yeu)
Publiée par Eizo Sakata sur Mardi 8 septembre 2020
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