2023年7月16日日曜日

黄金比はゼン?

Wagner画廊でのトーク

黄金比なるものが本当に理想的な美を体現しているのか私にはよくわからないし、コンパス定規の幾何の問題を思い出されてあまり好きになれないのだが、好きな人は五角形を線と円を辿って描くことで心が落ち着くらしい。そんなことを言っていたのがパンチョ Pancho Quilici さん。

Pancho Quilici は 今ラテンアメリカ館 La Maison de L'Amérique Latine で大規模な二人展をしていて、そのSF的な地形図のような大きく細かいドローイングは圧倒的だった。(もう一人のMilton Becerraさんも見応えあります)

私にはできないというか、到底やりたいとも思わない世界なので余計に感動。ちょうど見た翌日がパリでの画廊での個展の最終日で「トーク」があるというから出かけて上述の発言を聞いてまたまた驚いたのだった。

 

トークするパンチョさんの後ろの大作の一部。私は絶対やりたくない世界
 

絵だけでなくこれまた多角形が入り混じったようなトンネルみたいな立体とか、流石に建築を勉強しただけのことはある。

それがねじれスペースシャトルみたいな立体にもなって。よく作るよ!

ラテンアメリカ館で展覧会があるのは彼がヴェネズエラ出身だからで、キネティック・アートもそうだが幾何学的なアートでは南米出身の作家が夥しく多いが、パンチョさんの作品は幾何学から投影された宇宙探検的ポエジーがある。

これはラテン・アメリカ館の展示作
 

これとは全く性質を異にした、シンボリックな形と金箔などを用いて私は「日本の絵画ではないか?」と思ったアンナ=エヴァ・ベルグマン Anna=Eva Bergman。彼女の大回顧展がパリ近代美術館で開かれていたのだが、ピュアで素材感の豊かな大作絵画だけでなく、ドキュメントも豊富で、スケッチ帳の構想図などもあったが、そこに黄金比に興味を持った彼女は、シンプルな抽象化された形を作り出すのに丹念な幾何図面を描いていた。私は細かい製図に感心しながらも「作品は直接的に訴えかけてくるものがあるけど、この形描くのにのになんでこんなものが必要なのかさっぱりわからん」とため息。絵の中に時空の座標軸を張り巡らしたようなパンチョ君なら納得だったが、こちらはかなり違和感を感じた。(やっぱり心が落ち着くから? プルターニュの企画で一緒だったイタリア人のAさんも幾何学曼荼羅を描くと落ち着くと言っていたが、そういう人多いのかねー)




上のもっこり形を描くのにコンパス定規を使って、、、(これはスケッチ帳のビデオより)

山の形も計算が必要。ほんとかよ〜???

これは形がなくて安心? 形は私が作った(笑)

アンナ=エヴァ・ベルグマンの回顧展は16日まででもう終わっていた。フィガロジャパンに日本語の解説+写真があるのでご参考に:https://madamefigaro.jp/paris/230527-anna-eva-bergman.html 

パンチョ君(君呼びするのは友達の友達だったから)の方はあと数日、22日まで。 La Maison de l'Amérique Latineのサイトをご参考に:https://www.mal217.org/fr/expositions/loutreligne-milton-becerra-pancho-quilici 

そうそう二人展のインスタレーションの写真はインスタに載せていたのだった。

2月にもブログで紹介しましたがラテンアメリカ館は質の高い展覧会をしますよ。


2023年7月15日土曜日

残った納入品と花火

これが私の荷物でしたが
お笑いです。知り合いの車に大きな作品と私と一緒に出発するはずだったのに、おそらくは彼の家族の荷物で作品の入るスペースがなくなって、、、
私だけなら乗れるのだが、実はまだパリにいて終えた方がいいことも色々あって、やめー。
せっかく冷蔵庫の残り物食べ切ったのに〜(笑)
 
ことの次第は5月に戻る:
 
作品をいくつか持っている知り合いコレクターのカップル、5月の二人展の期間はずーと田舎に行きっぱなしで、見てもらえないなぁと諦めていたのだが、展覧会の最終日にその一人が画廊に来てくれた。私は歯医者さんの診療日で行かなかったのだが、画廊から「大きなドローイングが売れた」と電話があった! 私には急に最後に表れてもう田舎にほぼ引退だし「まさか」だったが、買ったPさんもそのつもりはなかったから当人もびっくりした!?:これって「心揺さぶった」ということなので嬉しい限り。
 
画廊主が領収書のために名前を聞く− その姓Dは「あれっ?」と思う名前なのだが、その彼らの新しい田舎の住所を全く他人の画廊のスタッフは承知していた! 「なんで〜?」 実はその家はスタッフの奥さんのものだった(つまり売主)ということで、、、 
 
「ありえないよなー」と後日(=買ってもらった作品は展示してあった糸杉シリーズの未公開作品で、展覧会の後いつものように私自らアトリエで額装、それができた際に)話していたら、スタッフさんは夏休みにその村に行くという。じゃあ一緒に持って行こうよということに決定! これが前回書いた「南仏への急な出発」の所以だった。
 
それが昨晩電話があって、結局車に入らないことが判明!梱包したから縦横10センチずつは大きくなっているが、子供三人の家族、荷物が満載されて余裕が無くなったのだろう。
座席はあるから来るかーと言われたが、 まが抜けているし、コレクターさんの家も夏休みで家族が来るので一泊しかできないし、それになんといってもパリで進めたい仕事がいくつもあって〜、、、:これで話は冒頭に戻りました。
 
しかしせっかくしっかり準備したのにこんなことってありか〜? なんか気が抜けてー、昨晩はテレビで花火を見た(昨日はパリ祭)。
テーマが「フランス海外領土」がテーマで花火の色も南国風に赤、黄、オレンジ、緑といつもと配色が異なり、音楽も楽しいし、かつ風が強かったのかエッフェル塔から放たれる花火がシンメトリーにならずに流れるところがよかった!
しかしエッフェル塔、シャイヨー宮、シャン・ド・マルス(公園広場)、このために作ったとしか思えないほど素晴らしいロケーションじゃないですかと7月14日の花火を見るたびに思う。死ぬ前にシャイヨー宮の上あたりから本物みたいなー
 
 

 
今日になりコレクターさんとその後に会いに行く予定だった田舎の知り合いに電話して、第3の訪問予定先だったMさんに電話して考えるところ、Mさんのところは勝手知ったるリュベロン(例の21年に2ヶ月も滞在したドラ・マールの家のある地方)、あそこは天国、「やっぱり息抜きに行くわ〜」とまたまた予定大変更。
 
それから一気に、南仏から戻ったらすぐ手をつけられるようにと昨日水張りしておいた紙二枚にドローイングしました:テンパってます(笑)←それほど焦るほどのことはないのだけど、この夏はできればした方がいいということがいっぱいあって。。。


2023年7月12日水曜日

バスキア サウンドトラック

光陰矢の如し、本当に最近はあっという間に時間が経ってしまう。自分の能率がよっぽど悪くなったのかと訝しんでしまう。
 
最近何をしているかというと、実はあいも変わらず 展覧会の準備で、、、 9月にパリの違う画廊で個展があるのだが、まずは夏休みになるまでにカードなんか相談して決めなければならない。それと画廊のチョイスが5月のとは全く違っていて、額に入っていた作品総入れ替え!そりゃそうでしょう(同じ町で同じものばかり展示できない)という感じもするが、実は裏にはまた画廊とのズレがあって、意外に悩み多いです。まあそれは将来の話題にして、、、。でも「今から額装してなくてもいいのでは」と思われるだろうが、それに必要な物を売る店が夏休みになると面倒だし、8月末から9月に地方のグループ展が2つあって、それが単純に次から次へとの移動がしにくいスケジュールで、今できるものは早く切りをつけておきたい、上手くいけば私もバカンスしたい(9月になったら無理なので)という思惑。
 
それが今週末から急に南仏に行くことになって:これもまた行ってからのお話にして、、、

というと何も書くことないので、インスタにあげたバスキア展のお話でも。といっても今更バスキアの話は書く必要もないけど、、、見たのはパリのコンサート会場のフィルハーモニーの展覧会会場、つまり彼の音楽との関わりがテーマ。チャーリー・パーカーなどの黒人ジャズミュージシャンをヒーローとしていた彼だが、1980年頃のNo Waveと言われるノイズ派みたいな数々のバンドと強く関わっていて、彼自身もクラリネットを「習わずに」 演奏してバンドに加わっていた。その連中のコンサートのチラシとかレコードジャケットとか書いて描いて?)、そういうあまり展示の対象になってなかったものとかそん頃のバンドや彼の写真とかグローバルに紹介されている。その優れた落書きグラフィックをそのまま絵にしてしまって、私だけでなく80年ごろ彼の絵を初めて見たペインターの多くは好き勝手に無茶苦茶やりやがって、くそー」と嫉妬したのです(←若い方へ:ほんとにあんなのは初めてだった!その後すぐに亜流であふれるようになった。それが美術史というもので)
 
 

これは83年のkokosoloという大きな絵で繰り返し貼られた落書きコピーがジャズのコード進行と呼応していると言われればまあ納得はしますが、チャーリー・パーカーと聞き見比べてどうですかねー
 
 
 
マリア・カラスも好きだったと言われると、「それで〜」と言う気もしてきますが(贔屓の引き倒しみたいで)

 「バスキア、サウンドトラック」展、7月30日までだったのでもうすぐ終わりです。 
 
ルイヴィトン財団で「ウォーホール x バスキア」もやってます。サウンドトラック展はコロナで延期されて今の時期になったと言うことで、二つを合わせようとしたことはないらしい。私はウォーホールもバスキアも高く評価してますが二人のコラボは全然面白いと思ったことがないのでこちらは無視。

2023年6月21日水曜日

ブルターニュでのパーフォーマンスに至る長き道のり

ブルターニュで展覧会をしていると勘違いされることを恐れてブルターニュの展覧会のことを書かなかったのだが、個展が5月末に終わり6月最初に行った知り合いのオープニングでは数人から「ブルターニュはどうだったか?」ときかれた。「ブルターニュとパリ」としっかりニュースレターのタイトルに書いて案内を出してるのに、どういうことなんだろう? メールの最後まで読んでくれとは言わないが、、、。その後会ったお友達(?)は「ずーと日本だと思っていた」とのことで、もうあきらめを通り越した。

実際3月の名古屋での個展の後、4月9日にパリに戻り、それから4月末まで毎日アトリエで展覧会の準備に明け暮れた。私にとっては例外的な日々だ。ブルターニュには4月28日に出発、イベントが1週間、5月8日にグループ展の搬出、即パリに帰るや翌日に「二人展」への作品の搬入というのがスケジュールだったので、4月中にパリでの展覧会の準備(額装+梱包など)を済まさなければならなかったのだ(私は画材屋のスタンダードの額を買って好きな色にニスを塗ったり、デッサンを浮かしたりということを自分でする:そのほうが安上がりでかつ間違いがないからだが、時間はかかる)。

まあ普段ならのんびり海水ドローイングを乾かせながらやっていればいいのだが、こういう時に限り配達ミスがあったりして計画が遅れ、そんなかんなのプレッシャーで文字通り血圧は上がり、加えて奥歯が割れるというアクシデントで抜歯せざる得なくなり、マリー・アントワネットの如く「パンはブリオッシュ」と超柔らかいものしか食べないのに食生活のバランスが崩れたためか、生まれて初めてひどい便秘になり夜も眠れず、このままではブルターニュに行けないかと観念したのだが。下剤を飲んで数日後になんとかなったが、それでトイレのパイプが詰まるなんてことになって、、、すごいでしょ(キタナい話で申し訳ありません)

で、ともかく無事にブルターニュに出発したが、車での旅中どうなるか心配なのでこれも生まれて初めて大人用の紙おむつをはいた。。。

その後は順調、といってもまともな物は食べれないし、グループ展のアーティスト用の仕出しのバゲットのサンドイッチなんて到底マリー・アントワネットの口にはあわず、、、。 

やっとパリの二人展が始まったと思ったら追い討ちをかけるように抜いた奥歯の反対側の顎にたびたび激痛が走るようになり、特に横になるとそれがひどく、断続的にしか寝られないほぼ不眠状態が何日か続き、飛び石連休中に緊急口腔科に行ったが原因不明、鎮痛剤のグレードがどんどんと上がったが効果なし。知り合いの医師が「顎の神経か筋肉の炎症かも」というので市販の抗炎剤を飲み始めたら効果ありでだんだん眠れるようになった。しかし緊急口腔科とわが歯科医が「これが激痛の原因とは思えない」とした2つの問題箇所は残ったままで、その一つが最近またむずむずと、、、。結局まだ爆弾かかえて生活中。歯や顎のバランスというのは大事です!(今更ですが)

でもすべて真っ暗ではなくて、「文字通り高かった血圧」の方は放っておくには危険な数値だったので二人展が始まるや否や、近くの「ヤブ医者」(というのはインターネットでの採点が非常に低くて、かつひどいコメントが書き込まれていて、そのおかげで連休シーズンにもかかわらず簡単に予約が取れた)にかかって降圧剤を飲み出したら普通にもどり、かつ血液検査の結果もそれほど悪くなく(コレステロールが規定値以上だが良質コレステロールが極めて多いから危険ではないという話。患者への対応が最悪のはずなのにこの先生、一応ちゃんと説明してくれるではないか!だからヤブ医者さんに突如主治医になってもらいました😄 特にこの数年来パリでも南仏でもなぜか医院で測るといつも血圧高かったのに初めて平常値がでたのも快挙でして)

ブルターニュに話を戻すと、これは昨年8月イタリアのエルバ島に行ったAquamour(アクアムール)フェスティバルの第二弾で、ブルターニュ半島北海岸の Val-André (ヴァル・アンドレ)という長い砂浜の海岸のある町で行われたのだが、驚くなかれこの小さな町に行くのは2度目。1度目は2011年の秋で、この年には近くの海岸で猪が何匹もなくなるという奇妙な事件が発生、その原因は農業排水のために富栄養化した湾で大量に繁殖した海藻が腐って発生した硫化水素ガスが原因だった。これを受けて剪定で切られた枝を回収して公園に「翼ある猪」を作った。その時もグループ展があり海岸歩道に面した町営ギャラリーでの展示しており、勝手知ったりで企画のBさんもびっくり(笑)参考:昔のHP

この12年前の作品の「猪」を朽ちるまで何年もキープしてくれた I さんは当時は B&B を経営していたが今や引退、私に滞在中浜辺を見渡せる素晴らしい部屋を提供してくれて、最高の幸せ! 


 滞在後半は抜歯した歯茎も回復し、小康状態で臨んだフェスティバル最後のイベントとして日曜日(6/4)にドローイング・パーフォーマンス。Bさんがパンフレットを作る時「海とのダンスというタイトルで行こう」というから、「いい、いい!」と答えたが、その後ほぼ当日の朝まで何も考えなし。引き潮時に浜辺で海藻を拾い、町のゴミ箱用のプラスチックの袋をもらい衣装を作って即興した。終わって数人に褒められたが、「みんな優しいな〜」としか思っていなかったのだが、D君から撮影・編集してくれたヴィデオが送られてきて、それを見るとなかなか行けている。1度目は私が何をするか見て、2度目は観衆の反響を見るとかなり楽しめるが、皆さんには長いからな〜(8分23秒)。(短縮版も作ってくれたのだがやっぱり物足りなかった:これは私と制作のD君との一致した意見)

最初は展覧会風景で、一応私をフィーチャーしてくれたビデオなので私の飾った3点のドローイングが見られ、2分目ぐらいから私の体を張った(まだ寒かったので😅)パーフォーマンスが始まる。



 

2011年の滞在は旧ブログで連載していた! 記憶力の悪い私は「猪」が I さん宅に行くのにそんな経過があったのだったけ?と今更びっくり。今回の話も10年も経つとすっかり忘れているだろうからブログは私の備忘録としても貴重な存在です😁。

ブルターニュのシンポジウム(1)食卓篇

ブルターニュのシンポジウム(2)作品篇

ブルターニュのシンポジウム(3)考量篇

ブルターニュのシンポジウム(4)人情篇

ブルターニュのシンポジウム(5)飛翔篇

 

参考投稿

3月の名古屋での個展

パリの二人展

昨年8月のエルバ島でのAquamour三回連載してます

 
最後にこれがパーフォーマンスでできたドローイング。こういう機会があっての「余興」なので作品はどうあれ私は楽しめたが、海岸プロムナードで乾かしている間に子供がドローイングの上を自転車で走ったそうで、それを見た人はカンカンだったが、墨が剥がれて斜めに白い鋸型の線がつきアクセントがついて非常に良くなり、このハプニングにも私は大いに満足。
 


 

2023年5月22日月曜日

今蘇るまでもない巨匠ジェルメーヌ・リシエ

前回最後にちょっと触れたポンピドーセンターのジェルメーヌ・リシエ(Germaine Richier)、終了間近(6月12日まで)なので端折って書きますと:

彼女は第二次大戦の経験からだろう(旦那の故郷のスイスに避難した)、植物や昆虫に生の根源を求めるしかないと思ったようで、樹木から型を起こし、葉を型押したラフで神話的なブロンズ彫刻を作った。これが戦後直後の1940年台後半。スタイルもアプローチも異なるがルーツでは重なり合う現代のエコロジー的美術のスターであるペノーネ(参考投稿)の先を越すこと30年?!

 女性作家だから長年干されていたなんて報道も聞いたが、それは最近の風潮(?)からの歪みではないかな。というのも彼女の彫刻はその表現主義的なパワーある個性的な作品は早くから認められ1954年には女性として初めてパリ市近代美術館(ポンピドーもなかったその頃ではフランスでは最大の現代美術館)で「巨匠彫刻家」として個展がされ、大画廊で南仏サン・ポール・ド・ヴァンスに大きな美術館のあるマーグ Maeght 財団ではいつでも作品が展示されている。逆に旦那さんも彫刻家だったらしいが、彼の作品は見たこともないし(笑)、、、ともかく女性というハンディキャップなんて完全にはねのける才能があった。

それがである、彼女はこの近代美術館での個展の年から癌で衰弱し3年後に56歳の若さでなくなってしまう。これが知らない人が多くなった(かもしれない???)の主な理由だろうが、先に書いたようなシャーマン的、エコロジー的な現代アートの潮流を先取りしたところがあるのが特に今注目される由縁だろう。でもそれ以前に一度見たら鮮明に焼き付く造形性のオリジナリティと力強さが圧倒的だと思うけどな〜。

私は鳥獣戯画を思い出してしまう近代美術館の個展用に彼女が特別に作った作品(54-55)

上の作品の細部:木の枝、樹皮、骨などの型取りしたブロンズから構成されいます

 

 次は私が彼女の面目躍如たる作品と目している「森」という46年の作品。家族に送ってもらったオリーブの枝が手となり、その顔を覆って絶望して立ち尽くす姿は正面も背の区別ももはや意味を持たない。だから投稿の最後に掲載したビデオ撮りました。ビデオの最後の壁にあるのは彼女の言葉: 「物のルーツから出発しないといけないと思う。それはというと木の根、あるいは多分昆虫の四肢かもしれない 」


 

 
これは同時代の違う作品で葉っぱが型押しされてます
 
これは初期のものだがかじった果物の汁が乳房の間から臍、そして陰部へと滴れ垂れ落ちていく生命感溢れた作品

他にも写真いっぱい撮ったけど解説つけると尽きることないのでこの辺で。

ポンピドーセンターのリシエ展のサイトは:

 

追記:インスタで写真追加。最後のは晩年の作で、結構アールブリュットしています


2023年5月18日木曜日

パリで展覧会してます

現在パリの7区で二人展開催中:今月末まで

その前5月の1日から 1週間ブルターニュ地方の町でグループ展に出張していたがその話は後で(というのも今SNSで写真を出すとまだブルターニュにいるのだ、展覧会はブルターニュだと勘違いする人が続出するので)

 

この二人展はオルセー美術館の近くという、いつもの私の展覧会とは違ってまさにパリの中心で、かつ画廊も商売の「やり手」なので、ここで売れななかったら年金申請するしかないかと観念している:もう年金もらえる年齢なのだがまだしていなかった1番の理由は役所の記録に落ち度があり、やっと最近それが直った。そして私のように年金をもらっても仕事をし続ける人間はその年々の収入に見合った年金積み立てを払い続けねばならないが、年金額は申請時の計算で決まるので、その後収入が多くなって払込み額が多くなってもまったく支給額は増えない:つまり「もっと売れるようになるから少し待つか」なんていう楽観的展望を持っていたのだ。

それがですねー、大作がオープニングに売れてほっとしている私にやり手の画廊主は開催3日目にして「5000€の絵を売る方が1000€のデッサン売るよりよっぽど簡単、紙の作品は売れんから損するばかりでもうこれが最後だ」と私の楽観を見事に打ち砕くこと言い出して、、、その後に「あんたのドローイングは目の肥えた人しかわからんからな〜」と続けたが、これって褒められたのか褒められてないのか???

二人展のもう一人は日本贔屓のフランス人のマークさんで、和紙にキメの細かいデッサンを展示。私の作品の方が圧倒してしまうので悪いな〜と思っていたのだが、ふらっと入ってくるお客さんのお目当ては彼のでして、、、もう自重するしかないです。

これが華やかな私の展覧会の舞台裏なのかとしみじみと作品を鑑賞しに来ていただけるとありがたいです。 画廊主の認めるように(?)作品はいいですからパリにお知り合いがいたら是非宣伝してください。まだ将来完全に諦観したわけではありませんので:このままじゃ先月末に割れてしまった奥歯も抜けっぱなしになってしまうし、、、

所帯じみた展覧会裏話でした。

では強気の結論:今パリで展覧会見るならポンピドーのジェルマン・リシエの大回顧展(これもまた後日書きます)と私の小展です 。私のみならずポンピドーも将来あやしくて(笑)、工事で5年間も閉館するのですよ。

 
二人展:
Galerie Artismagna - Artborescene
25 rue de Beaune 75007 Paris
5月31日まで (火〜土曜:11〜19時) 
 

2023年4月16日日曜日

ストに勝るは工事?

早いもので(というか本当に驚くべくはやい)パリに戻ってもう1週間。
帰りのフライトは運良く変更が無料でできたのでストの展望と私のライフラインの地下鉄14番線の工事スケジュール(去年からオルリー空港への路線延長で終日は夜10時終電、かつ時々週末ま完全シャットアウトする)を鑑み頭を悩ませたのだった。ストはまさかイースターの週末にはないだろう、14番線もこの週末は丈夫ということで選んだ先週日曜の羽田発だったが、、、

空港からの近郊地下鉄列車B線、「遅延」とのサインが出ていてなんか不気味。ストの余波かな〜と不安。でも待ち時間10分ぐらいで来てやれやれだったのだが、私の行きたいパリの中心までは行かず北駅止まり。それも近郊列車の発着ホームについたので、なんでこんなに人がいるか不思議な駅の中を歩くは歩くは*。とはいっても「ここまで来てこの人手の中今更タクシー乗り場探して乗る手はないよなー」とリヨン駅直通のD線のホームに行ったらこれも動いていない。そしてこれはストの所為でなく単なる「路線工事」で、、、。昨年から来年のオリンピックを目指して(だと思う)工事ばっかりで〜。

右写真のような14番線の工事スケジュールはチェックしていたがB線とD線の工事のスケジュールまでは頭が回らなかった。(ちなみに今週末は完全❌で蟄居中、それでブログ書いてます😄。これは新しいカレンダーで、7月末から2週間真っ赤であること発見 😱😱😱 その後白いけどこれで終わるのか???)

話を北駅に戻すと、なんせ大きな作品丸めてバズーカ砲みたいなチューブに入れて、23kgぴったしのカバンを引きずっているからなかなか大変で。 結局B線で空港から直接行けるはずだったレ・アール駅へ助っ人に来てもらってやれやれやれ。

なんたって愛知県の実家から宅配でそのままチェックインされるというサービスを利用した後だから落差が激しかった。

こんなパリですが電車や構内で困った人同士一致団結(?)、知らない人とも自然に会話ができるのは魅力。やっぱり人間味あって楽しい🎵(←日本は不気味な感じがすることがあるのです)

肝心のストの方はというと、2回目の任期についた当初のマクロンは「反極右の票で当選した」という事実を率直に受け入れた感じだったのが(22/4/5の参考投稿)、コヴィッド中にロックダウンなどの強行措置を「人民」が意外に簡単に従った故か自らの権力に酔ってしまったとしか私には思えないのだが、君主さながらの超高飛車な態度で「自分は制度改革ゆえに大統領に選ばれたのだ」と言い張るようになって特攻気分(3度目の任期はないので)。スト+デモは退職年齢ばかりが争点になっているが、もっと広い意味での「反マクロン」は国民の圧倒的多数を占めているからどうなっていくか→私のような普通の市民は極右の台頭という暗い将来しか描けない感じ。これが私の想像力の貧困な故であることを願っていますが

* 注:北駅はイギリス行きのユーロスターやベルギー、オランダ方面への特急のほか、北東方面への従来路線、近郊線、それに地下鉄3本通っているから迷路のようで東京駅さながらに混雑している。以前はかっぱらいなんか多かったけど最近はどうなのかな?