今朝は嘘のように青空がひろがっているが、最近のパリは低気圧が毎日通過、雨が多く、ブルターニュ地方、それ以上にイギリスでの大洪水はお聞き及びのことだろう。
木曜の朝も雨が降っていた。8月末に滞在許可書の更新(居住者というタイトルを得ているものの10年ごとにせねばならない)の申請書類を郵送したのだが、10月の期限日間近になっても返答がないので警察に出頭。外で3時間待たされた。その時貰った4ヶ月の仮延長カードが土曜に切れる。メールでの問い合わせでは心配した「資料紛失」というような事故はなく、記録上は更新は終わっており「召喚状」を待ちなさいとのこと(最近指紋を取ることになり、それが遅れの原因の模様)。冬の寒い雨の下、また何時間も待たされては堪らないので最終日の翌日まで待つことにした(勿論土曜は係は休み)。
そんな訳でまったく気分が乗らないので一日中「美術展巡り」をした。
最初はパリ近代美術館の「ポリアコフ回顧展(1900-1969)」。私がパリに来た頃(80年代)はバッドペインティングに対して巨匠の抽象画が確立されていて、昨年秋にポンピドーでこれも回顧展があったハンタイとかポリアコフ、あるいはサム・フランシスなどの展覧会が大画廊でよくあったものだが、いつの頃からかすっかりなくなり、とてもなつかしい気がする。彼自身「自分の絵は幾何学的、だが味のある幾何学」と言っていて「黄金比に基づいて構成されている」と解説にあったが、手書きの線の多角形がパズルが組合わされては消され、最後に補完的なエレメントが残されることが多い。大昔数学をかじった私には「代数的」で「多項式」を思わせるのだが、これは何故か説明ができない(勉強したこともすっかり忘れたし)。
プライベートコレクションが多い所為か、上の写真のようにすごく奇麗に展示してあった。
時代別にタイトルを付けて分けられていたが、基本的には生涯あまり変化なし。亡くなる直前(68-69)の絵だけはどうしたのか表面がフラットで色彩は鮮やか、構図も左の写真のように違っていた。
その後ついでに同時開催中の全然知らない中国人画家、Zeng Fanzhiの「回顧展」(1964生〜、なんだけど、、、)を見る:近年の荒っぽい巨大な「風景画」シリーズはポリアコフの幾何学を見た後には快感があった。その後久しぶりに常設展までしっかり見て、その後にはポンピドーの「シュールレアリズムとオブジェ」展も見るかとヴェリブ(パリの自転車:午後には雨が上がり、青空で、、、)で市役所前に着いたら、いつもなら1時間待ちの長蛇のブラッサイ展(これも回顧展)の行列が短い。「入場は6時15分までで貴男は入れるかわかりませんよ」とのことだったが、既に6時10分、5分で答えが出るなら並ぶのが嫌いな私でも並ぶ。結果無事に入れてもらえた。ポリアコフ同様ブラッサイもよく知った世界だから、のんびり最後まで懐かしんで、、、出たら暗くなったパリ風景を私も撮りたくなって(=良い作品は素人を感化する)安直に市役所にかかるポスターを携帯で撮った。
それからパリのど真ん中のルボリ通り59番地にあるアーティストの占拠ビル(とはいえ今やパリ市公認、きれいな画廊スペースまである)へ知りあいのグループ展、なかなか盛況、和気あいあいのオープニングで10時まで長居した。
日頃は展覧会の梯子など絶対しないので「驚くべき一日」だった。
こうして一日待った金曜は残念ながら雨 、警察は流石に来る人も比較的少なく、御上にも「ご慈悲」があるのか、待合室に椅子の数以上の人を入れたので外で待っていたのは1時間弱。でも手がかじかんで寒さは骨身に沁み、老体にはつらい。周りの元気そうな黒人のお兄さん達(差別ではありません。現実に列の90%は若いブラック)は傘もなく、、、全然体力が違う。10年後はどうしようと真剣に悩みつつ前日以上にやる気をなくし、午後からもうベッドに入った。
ポリアコフ(セルジュ)もブラッサイも有名すぎてそのままカタカナで探せるのでリンクなし。回顧展はそれぞれ2月23日、3月8日まで
Zeng Fanzhi は今日まで
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