2016年7月21日木曜日

不思議なえにし

一昨日、一通のメールを受け取った。

差出人によると、スペイン内戦で国を追われた共和国派の人々からなる外人勤労者のキャンプが1939年にアルプスのイタリア国境に近いウバイの谷(Vallée de l'Ubaye)にあった。その所在地を探してグーグルアースをしていたところ当時に存在したPanoramaioという機能に入っていた私のインスタレーションの写真にぶつかったという

彼の祖父と叔父はその中におり、彼の祖父は下のような野営キャンプ地のデッサンを残しており、それが添付されていた。

私は2009年にそのウバイの谷で"DE(S)BOUSSOLES"「(途方に暮れた)羅針盤」という作品を作った(右写真)。これは軍の宿営地跡と説明された円陣に組まれた石をそのまま使い、それに峠の向こうのクレヴーの谷から運んだスレートを並べた磁石の「黒い針」を加えた、現地での瞬間の思いつきで出来た作品だった。

デッサンと私が対岸の山に登って撮った写真を比べてみればそれが同じ場所であることは一目瞭然。そして彼の祖父を含めこのキャンプにいた多くのスペイン人はその後ナチの収容所に入れられ亡くなったという。つまり私は彼や知人の家族の「メモリアルの地」をお借りして制作をさせてもらい、それ故にその場所が特定できたというわけだ。
なかなか感動的でしょ?


私が返答するとすぐに返信をもらった。私が思ったこととほぼ同じことが綴られてたので抜粋の直訳で紹介させてもらうことにする。

 「貴男は39年のキャンプ地の跡に作品を作った、これは次の理由から素晴らしいことです。

先ず第一に貴男は知らずして忘れられた土地に新たな命を与えた。第二にその名前「(途方に暮れた)羅針盤」 。内戦から逃れそして新たな戦争に捕らえられたこれらのスペイン人たちは、将来の見込みを全く持たず、不確定性に直面し、理解も制御もできなかった出来事の中で右往左往し、まさに途方に暮れていたのですから。

貴男の作品は、個人と集団の歴史がこもった場所で実現され(そして今ではしっかりと残り、見て触れることができる)*、そして貴男が作品に与えた預言的な名、この意味で二重の響きがあります 」


但し*の括弧内は差出人の誤解。私の作品は「自然体」:石は固定されておらず、半永久的どころか、高山の厳しい気候の下、7年経った今ではおそらく羅針盤の様をなしていないであろう。地図上の場所はコチラ

ウェブページでは永久に姿をとどめていますのでご参考にコチラ)
制作の経緯は旧ブログに3回にわたり書いていますのでこちらもご参考に(その第一話)

送信者の祖父の生涯を辿るサイト(仏西語)はこちら

 

2016年7月16日土曜日

イノセンスの喪失



2015年1月7日は、「フランスにイスラムの大統領が誕生し、中道のフランソワ・バイルーを首相にする内閣をつくる」という近未来小説(?)ミシェル・ウエルベックの「服従」の出版日だった。それ以前から「服従」がイスラムという言葉の訳として正しいのか、あるいはこの本は反イスラム感情を助長するものだとか、挑発的なウエルベックらしく何日も前から色々取り沙汰され、お昼のニュースでは小説の中で首相となるはずのバイルーがインタビューを受けて「セックスに悩む男の話で私のことなど殆ど出て来ませんよ、、、」などというのを笑いながら聴いていた。これがパリでの最初のテロ、風刺新聞CH(シャーリー・エブド)が襲撃される数時間前のお話。「あー、なんと幸せだったことか」と後で思ったのを覚えている。

今回は7月14日の革命記念の祭日。バカンスだし、サッカー欧州杯もフランスチームの善戦に終わり、フーリガンや労働法改正反対デモに寄生した破壊グループなど2週間前はまだ殺伐とした雰囲気だったのが、久々にのんびりムードが漂っていた。だから朝のシャンゼリゼの軍隊の行進に第一次大戦でフランスに軍を送ったオーストリアとニュージーランド軍が招かれ、民族衣装?(所謂土人の姿)のマオリ族まで登場した(参考写真)のを、「このご招待は4月にオーストラリアと潜水艦建造の史上最大の契約をしたからだ」とかが話の種になり、恒例の大統領会談では「非常事態」の終結が語られていたのだが、、、。本当に惨事が起る前までは幸せなものだったと思う。


こういうイノセンスの喪失感を、フェースブックで見たニースの花火のビデオは一層強く感じさせてくれた。

海に映る花火、波の音、子供の声、、、(FBアカウントがないと見られないかもしれません)

私はニースには友達もいて時々行くし、花火が大好き。もし一昨日ニースにいたら絶対現場にいたはず。だから今回の事件が巻き込まれる確率としては一番高かったかも(何れにせよ微々たるものとはいえ)。コンサートやレストランに比べもっともっと大衆レベルになった標的、今までよりテロを身近に感じた人が多いだろう。


 注 :ウエルベックの「服従」は読んでいません。つまらないと言いながらその前の本のことを2014年の8月にちょちょっと何回かに渡り触れており(例えば8/3の後半)、丁度ニースにも行っていて8/27には貸し自転車の比較をしていました。上の写真はその時撮ったニースの海岸の夕暮れ(9/7掲載)
旧ブログ(2012/9月の投稿)にはニースの浜辺のことも書いていました



2016年7月3日日曜日

今夏絶頂死海の水

 Je témoigne la deuxième coulée descendre du dessin à l’eau de Mer Morte sur toile de coton (voirl’article en français du 28/07/15)
Cela dit que mon atelier est encore très humide. De plus il fait frais tous les jours. J’ai bien peur que je ne puisse produire que peu de dessins de grand format cet été…  

朝、気功の首を回す運動をしていたら 16日の記の木綿地に死海の水で描いたデッサンが視野に入って来たのだが、、、、びっくり、水の垂れた筋が二つになっている! 気功の後でよく見ると、キャンバス下部にはしっかり水滴がついる。つまり我が地下アトリエの湿度はまだまだ高いということだ。

そして今日の予想最高気温は18度。

日本から戻って「さあ大きな海水デッサンを」と意気込んでいたのだが、それに必要な「最高気温25度」になる日はなかなかなく、、、(墨と海水での「特殊な効果」は得られるのだが結晶が成長しない)。毎日晴れたり曇ったり、それに通り雨で、こんな天気が7月中旬まで続くとか。

「暑くないと出来ないデッサンをパリでするのがおかしい(=愚か)」というのはごもっともなご批判なのだが、下準備とか特殊な用具とか、ただ紙と海水があればどこでもすぐに描けるというものではなくて。

もう今年はだめかも〜 (x_x)と悲観して創作意欲は最低レベル、懸案にしていた前回のジャックの展覧会のビデオに続き、海水のデッサンの制作過程を見せるビデオを編集した。

一方で秋に使うの蝶々用のジュースのパックはご近所の理解が深まったのかだんだん集まるようになり、これを内職としているような毎日 。ただしバカンスが始まり人口が減ってしまうからどうなるか?(我が公団住宅は教師が多いようだし、学校が休みになると子供は田舎の親戚の家に行ってしまったりするので。恋することとバカンスが生き甲斐にできるというのはやっぱり幸せな社会ですよね〜:まったくネガティブな意味でなく)

注:ビデオの海水は死海ではなくちょっと濃縮したマイアミの水です



2016年6月30日木曜日

ジャック・ヴァナルスキの動く彫刻

On peut voir les nombreuses "sculptures animées" de Jack Vanarsky dans l'expo duo avec Mark Brusse "DEUX AMIS, UNE LANGUE" à la GALERIE ARGENTINE : 6 rue Cimarosa 75016 Paris. L'exposition sera prolongée jusqu'à fin août. Ouverte dans la semaine : 9h-13h, 14h-17h sauf le jour férié de l'Argentine. Ne pas oublier de mener la carte d'identité ! (c'est dans l'ambassade)
 
3/29のケ・ブランリ美術館での「不思議の谷」展の記事に「また書きます」と予告したジャック・ヴァナルスキ(Jack Vanarsky) の動く彫刻が沢山見られる展覧会が現在パリ16区の在仏アルゼンチン大使館のアートスペース(Galerie Argentine)で行われている。

大使館でなのはジャックがアルゼンチン人だったからだが(1936年生)、これは彼の良き友であったオランダ人作家マルク・ブリュッスとの二人展で、「二人の友、一つの言語(Deux Amis, Une Langue)」というタイトルがつけられている。
タイトルらしく言語と訳したが langue は舌でもあり、会場には写真の様に二人それぞれの大きな「舌の作品」が、、、。つまり二人ともユーモラスで皮肉っぽい作品が多いのだ。

前述の記事に書いたように、ジャックはご近所のCおばさんのご主人だったので建物で時々顔を合わせたし、パリ近郊で自主展覧会を企画するコレクター夫婦のApacc(サイト)2003年に扉やピアノの鍵盤が動いたりする大きな個展の時に話したことがある。元気だったのだが、2009年に突然亡くなってしまった。その後Cおばさんと娘さんがパリ郊外にある彼のアトリエを保管しようと「基金」を作って時々見せてくれるので作品は結構知っているつもり。知らないことは公式サイトで補い、そしていつものように独断的意見を交えて解説させてもらうと:

ジャックは62年からパリに居住(アルゼンチンでは62年に軍事クーデターが起きている)、65年から動く彫刻を作り出した。 この頃は13/4/19の投稿に書いたようなキネティック・アートが脚光を浴びるようになった時代で66年にはフリオ・レ・パルクがヴェニスビエンナーレの大賞を得ている。パルクもアルゼンチン人、ソトーはヴェネズエラ人で、南米とキネティックアートの関係は大きそうなのだが(多分南米ではリベラやシケイロスなどのメキシコ革命プロバガンダ的な壁画運動の影響が大きかったのでその反発か?)、視覚的な効果を重んじた抽象幾何学的なキネティックアートに対し、ジャックの作品は一見して「身体」、「本」といった「具象作品」で、実際ビデオを見てもらえれば感じてもらえるだろうが、見ているうちに身体がゆらりゆらり、自分もぐにゃぐにゃになりそうになってくる。 こういう不安感と自虐性を伴うユーモアと皮肉が所謂「キネティックアート」と全く異なるところ。




今回はおそらく日本で紹介されたことがないのではと思うジャックの紹介なので、マルク・ブリュッス(Mark Brusse)氏にはあまり触れないが、彼は次の日本語サイトで既に紹介されているのでこれを参考にしてもらおう。実は彼はこのブログの13年6月4の記事にも登場している。彼の作品は非常にコンセプチュエルである一方、写真の様に可愛いのや可笑しいのががあったり、もろ日本風のものがあったりして正直言って私にはもう一つ掴みどころがないのです。。。


会場では写真の様にモチーフに関連して二人の作品が交互に対話すべく上手く並べられている。
今回はこの記事を書く気になってCおばさんの許可を得て三脚を持ち込みビデオを撮影、編集で幾つかの作品を割愛しましたので会場にはもっと動く彫刻がありますよ。

会期は延長されて8月末まで
Galerie Argentine - 8 rue Cimarosa 75016 Paris

大使館内ですので
平日のみ:9時〜13時、14時〜17時
(アルゼンチンの祭日もお休みとのことです)
 入館は厳重:入り口ではインターフォンをプッシュ、受付では身分証明書の提示を求められますので忘れないように。そのかわり一旦展示会場に入ってしまうと全くのトランキーロ。


過去の関連投稿
 キネティックアート:

ジャック・ヴァナルスキ:16/3/29「不思議の谷」への旅 
マルク・ブリュッスおよびApacc:ゴムボートに乗る消費経済
 





2016年6月29日水曜日

ビゴールの黒豚ハム

日曜日の朝市で列の前の男性が生ハムを4切れ買ったのだが、新米の若いお兄さん、気前よくもう2切れ切って列をなす数人にふるまった。これが美味しかった!!! なのでさっそく私も二切れ買うことにしたのだが勘定の段になって総計が思ったよりずっと高い。どうしたのかなー(フランスでは前の人の買った物が計算されていたりという間違えもたまにある)と伝票を見たら生ハムは100g 二千円ぐらいする代物だった。

このハム Noir de Bigorre(ノワール・ドゥ・ビゴール)といって、名の示す通りピレネー山地「黒豚」から作られる。この黒豚はローマ時代から知られていたらしいが、デブで生育が遅く、大量生産に向かないため1981年には同地方にメス34頭、雄2頭を数えるに過ぎなくなっていたのを飼育者、食肉職人が共同して復活させたそうな(参考サイト)

ともかくとても柔らかで風味があり、スペインの田舎の生ハムもおいしかったけれど、ひょっとしたら私の人生で一番と思えるほど。だから全く後悔しませんが、こういう味を染めるとやっぱりブルジョワはやめられないでしょうね〜。

私の後のおばさんも買ったし、あの新米のお兄さん、意外に無茶苦茶商売上手だったのか??? その割にビゴールが何処にあるかも知らなかったのだけれど、、、(答えは後ろのおばさんに教わった)

追記:グルメの国日本で知られてないはずがないと思ったらビゴール+ハムで一杯検索されました。良く知りたい方は例えば詳しい説明のあるこのページをご参考に。
 

2016年6月19日日曜日

Mystère de l'eau de la Mer Morte

死海の水」での私の作品に関するフランス語でのまとめです 

Probablement  vous savez que je développe une technique insolite : dessin à l'eau de mer
Les eaux que  j'utilise proviennent de quatre coins du monde grâce aux amis voyageurs, parmi elles je trouve que celle de la Mer Morte est vraiment exceptionnelle : elle ne sèche pratiquement jamais.
L'été dernier j'ai dessiné la forme de sablier en appliquant de l’eau de la Mer Morte sur la toile de coton. La partie dessinée donne la couleur plus foncée, parce qu’elle reste toujours humide, mouillée.


Depuis lors, le dessin n’a pas vraiment changé son aspect, peut-être le bord est devenu un peu plus flou. Puis, tout récemment, à la suite de la grande crue de la Seine, il faisait assez humide dans mon atelier souterrain dans le 13e,  une traînée d’eau a coulé du fond du sablier!




Je sais que l’eau de la Mer Morte est très saline et qu’elle attire de l’humidité. J’ai déjà observé que, sur le dessin sur papier une fois sec, les cristaux s’étaient transformés en les rosées après du fréquent passage d’orage. 
En fait vous pourrez réaliser le portrait de La Vierge qui pleure, si vous le voulez, à l’aide l’eau de la Mer Morte.


Soit miraculeuse ou pas, pour moi, cette eau est une "performeuse". Ainsi à l’exposition personnelle au Japon en février 2015, j’ai réalisé un dessin évolutif sur une vitre, qui est constitué de gouttelettes de l’eau de la Mer Morte. Les gouttelettes sont maintenues sur la vitre par une tension superficielle plus élevée que celle de l’eau normale. Au cours du processus très lent de séchage, elles blanchissent petit à petit sous l'effet d'un air sec, et redeviennent liquides avec l'humidité ambiante.




On ne peut pas expliquer cette nature extraordinaire de l’eau de la Mer Morte par simple taux élevé de sel, parce que d’autres eaux ne réagissent pas pareil, même si elles sont condensées..


Donc, selon mes expériences, l’eau de la Mer Morte ne sèche pratiquement jamais. Par contre, Sigalit Landau, une artiste Israélienne, réalise  les objets couvertes par du sel de la Mer Morte, ses oeuvres exposées restent intactes me semble-t-il.  Le mystère m’est total.

2016年6月16日木曜日

死海の不思議:一年後

昨年7月24日に載せた布地に死海の水で描いた「乾かぬ砂時計」、ずーっと壁に掛けてあったのだが先週に異変:雫が垂れた!

前回書いたようにパリは洪水(セーヌ川も水位上昇)で、やっぱり地下アトリエは湿度が高くなっていて、大きな海水デッサンにたわみが出たりしていた(塩の結晶が水分を引きつけるので)。そのため幾つかのデッサンは地上階のテーブルに平らにしてピンとまた張るせるようにしたりしていたのだが、キャンバスのこの絵には異常は見られなかったはず。壁の湿度のは洪水のピークの後にやって来たのかもしれない。

布が濡れたままであることだけでもびっくりなのに、雫まで。昔書いたように涙を流すマリア様とか血を出すキリスト像にテクニック的には使えますので、興味のある方はお試しください(参考投稿)

水路ができた今、この絵はそのうち干上がるのだろうか??? また何年後かにご報告します。

ところで先週の水木は気温が急に上がり、一年ぶりの「海水デッサン日和」となったのだが、まだ日本から戻ってウォーミングアップ不足。だが木曜日に私の目では奇跡としか思えない大きなデッサンが描けた、というか勝手に塩水と墨が作ってくれたようなものだが、、、これは「死海」ではなくて「パンジャブの塩山」によるもの。
その後暑さがすぐさま去ったので次の奇跡は追う徒労はせず、筆を一旦置き、9月の久しぶりの自然の中でのインスタレーション用のジュースのパックでのチョウチョウ作りに精を出すことにした。そのためにアパートのゴミ箱スペースに張り紙をしてテトラパックを集めているのだが、「私のお願い」など気にせずゴミ箱にパックを捨てる人が多いようだ。残念ながらご近所の関心なんてこんなもの。それどころか私の回収用のボール箱も注意しないとゴミ箱に捨てられている☹と嘆いていたら今日は6パックも入っていた

死海の水デッサンに関する投稿
2014/5/24 湿度計になったデッサン