2022年1月10日月曜日

謹賀新年、今年もポジティブに〜

 
「謹賀新年、今年もポジティブに〜♪」なんてのが冗談にならない。私陽性なんです😕

元旦の朝(というか昼過ぎ:大晦日の夜、当てにしていた地下鉄の線が止まっていて満員の「深夜バス」に乗らされて遅くなった)喉が痛くて少し熱がある(38度)。1日寝ても変わらないので2日の昼にテストを受けに行ったら見事大当たり。「おいおいあの深夜バスで〜?」とも思ったがいくら感染率の高いオミクロンでも電光石火ってのは考えにくい。それよりも発病2日前(無症状状態)からしっかり感染力があるらしく、30、31日に会った人に報告。大晦日のパーティーは参加者全員が試験していたのだが(私も31日は陰性:ただし薬局で買える自己試験)、2日後には会食者の四人が発病したことがわかり、、、自分の病状よりこちらの方が心配になる。というのもその頃には私の症状はすでに快方に向かっており、1週間の籠城のためせっせと食料品などをスーパーに配達注文(生まれて初めてだったけど水とかトイレットペーパーとか、嵩張るもの重いものをオーダーすると便利なんだなーと痛感)。それから「陽性」だと色々な調査に答えなきゃならなくて。本当に息も絶え絶えならば絶対できない、まさに保健局のためにデータインプットのお勤め。右はそれでもらった「隔離週間」のシェーマ(これが唯一もらった「役立つ情報」)。発病から7日間の隔離で解放されるのだが、5日目にその2日前から症状がなくテスト陰性なら釈放されるということなので7日の金曜日にテストを受けたのだが、これがよくなかった。今回は正確を期してPCRにしたので時間がかかる*:結局結果が来たのが48時間後の日曜の午後。そしてまた陽性! これには困った。「長期コヴィッド」になった? シェーマによれば5日目の試験が陽性でも7日で釈放されるのだが 、「もう外出して良いのか〜?」 取り扱ったラボが1度目と違うので、また異なるサイトから「アンケートに答えてこのアプリを入れなさい」とかのメッセージが来て、振出しに戻った雰囲気。

こういう場合インターネットは助かる。検索すると大手地方新聞が(もちろんお医者さんが)「10日目にテストしてまた陽性だった」という人の質問に、「PCRテストは感度が高いので被試験者がもう感染力がなくなっていてもトレースを検知してしまう」* と答えていた。少し安心。そして今日念のため主治医に電話したら「2度目の試験なんてどうでもいいから、外出結構」とかなりざっくばらんな表現で言われ、、、患者としてはもう少し丁寧に説明して欲しいと思うのだけど、向こうも忙しいかもしれないし、しょうがないか(今日新年初の開院のはず)。

食料も底をついていたので大きなスーパーに行ったら、もちろん人の少ない時間帯を狙ったが、通常より文字通り随分「静か」な気がした。日本の便りで「黙食」という言葉をみて笑ってしまったが(パリのレストランでは絶対あり得ない。そういえば30日にレストランで友達ばかりがシェフともサーバーとも話したな〜。う〜む)オミクロンの脅威でみなさん「黙買」?

このように今年の正月は幸先悪く、本当に去年のピレネー雪山の元旦とはえらい違いで。。。かつ年末から陰気してたからなー。陽性(今でも PCRテストすればおそらく)で陰を陽に、しっかりポジティブにしたいです。

 

* 注:フランスでは年末年始毎日20万、30万の新感染者がでて驚きだったが、31日から6日まで1週間で950万の試験(抗体検査とPCR検査合計)がなされ、約5人に1人は陽性(6ヶ月以内に陽性だった人を除く:つまり私のケースはカウントされない)。しかしこの膨大な試験数が結果の通知を一層遅らせていることは明らかだから、2日早く解放されたいから試験するなんてのは避けさせた方がいい。無症状陽性の人を早く職場復帰させるための条項だったろうが、特にPCRテストをするのは結局害あっても利なしだと思うが。 

 

以上フランスのオミクロン事情を兼ねまして 。今年もよろしく


 ** source: https://www.lavoixdunord.fr/1123226/article/2022-01-05/combien-de-temps-peut-rester-positif-apres-avoir-eu-le-covid

2021年12月25日土曜日

もう終わったウダンのグループ展について

書く気がしなかったがこれを残して年を越してはいけない? 宣伝はしているのでメールやfbでご存知の方も多いが、10月中旬から11月末までパリから1時間ほどの町のウダン(Houdan) でグループ展(5人展)をした。ここは2019年に卵が取り持つ 展覧会で知った会場で、まあ前回のキーファーを見てしまうと砂粒のようななんともちっぽけなスケールだが、私としては大規模で正面二階の広い壁ももらって満足できる展示ができた。

185X135cmのドローイング(2020)
 

ご存知(?)ドラ・マールの家での連作4点(2021)
 
 
 
地下には1991年作のキャンバス画
(湿度の高い地下には海水ドローイングが飾れないのと、テーマの「ある点から他へ」を時間的に解釈して)

五人展としての内容的にも充実したもので、下のように宣伝用の3分のビデオを作った。(日本語字幕付き)

 

ここまでいい条件で大きな大きな海水ドローイングを見せられることはエイゾウとしてはめったにない(悲観的に見ればもうないかも?)。

なんたって展示(運搬日は別)に4日間もかけたし、ほぼ即興のインスタレーションを中地下の洞窟に制作、かつ共通の友人有名ミュージシャンを呼んでミニコンサートも企画された。 

 

 

 大教会、中世の塔や街並みを残していたりして地方観光も兼ねて来てもらえるとと宣伝したが、如何せんウダンはパリの知り合いには遠かった。。。かつ会場はウダン市が提供してくれているのに広報などでのサポートはないし。だから終わってかなり脱力感が大きく、本当に最近「やる気せん」のです。会場を運営している地方のアーテイスト協会に「入れ入れ」と誘われているのだけど、会員の人はいい人たちだが「ウダンまで行って何やるの〜?」ってのが本音、連帯感ゼロのまた「人間失格」。つらいなー。

はい、この話はこれにて打ち切り。 新たな年へ!

2021年12月21日火曜日

キーファー、なんかわからんけど凄かった〜

「タイトル以上に何も言うことありません」というのが実のところ。現在補修工事中のグランパレに変わる、エッフェル塔からの伸びる芝生の広場のシャン・ドゥ・マルスの端に作られた「仮設グランパレ」(仮設と言ってもおフランス、バラックではありません)に入ったら、わざと光を落とした薄明かりの会場に高さ10mを超える作品が下の写真の如くバンバ〜ンとそびえ立っていて、本当になんだかわからんけど圧倒的。今回の展覧会は第二次大戦後ドイツ語圏の詩人で最も重要とされる Paul Celan(パウル・ツェラン)に捧げられたもの。私そんな詩人聞いたことないのですが〜。だからキーファー衒学的と揶揄したくなるのだがちゃんと日本語ウィキにもありました *。やっぱり「難解」らしい😓 絵に書いてあるドイツ語はもちろんわからないし、前述の如く会場は薄暗かったので老眼の私にはパンフレットの小さな文字もお手上げ、いつもは文章が多いことを誇っている(?)私のブログですが、キーファーのことは昔書いたことあるし(参考掲載)で、今日は悩まずよくある美術ブログに並び写真のみで退散致します。
 
* 注:参考掲載の以前の画廊でのテーマの作家は日本語ウィキになかったので
 

  

 
 Ich Trink Weinだけはわかるが、、、

 
 

下の二枚は細部
鉱物、植物、それに液体感ある固まったニスみたいなものとかがグッチャグッチャ。ほんとにもー!
今日は間違えて精度の高い画像を入れてしまったので写真をクリックしてもらうとかなり細部がクリアに見えます
 


 
 
入り口から見えた横長の巨大な絵の裏は
こんな備品置き場みたいな展示(これも作品なのか〜???)
 




 
 
Anselm Kiefer "Pour Paul Celan" 1月11日まで Grand Palais Éphémère サイト
 
こんな巨大絵画の展示、大画廊でもできないし美術館でも??? 一つのモニュメンタルなインスタレーションとしてだけでも見る価値あり。本当にもー、無茶苦茶しやがってー! ここまでやられると私の得意の「嫉妬」も感じない。脱帽

(なんか書けること見つかったらまた追記いたします)
 

2021年11月22日月曜日

素朴なアール・ブリュット

アール・ブリュットまたはアウトサイダー・アートは元来「美術教育を受けず孤立・独学で制作された作品」で、以前は素朴なもの(or/and 脅迫概念的なもの)が多かったのだけど、最近あまり素朴じゃないんだよな〜。
 
この数年来世界中で大流行、日本語でもアール・ブリュットArt Brutで通じるようになったみたいだが、instagramの投稿見ていたら日本の展覧会のポスターで堂々と大きな文字でRとLが間違えられていて、まさしく素朴な大ミスで「あっぱれ、あっぱれ」だったけど、それに反して最近紹介される作品というと、例えば筆跡の繰り返しとかすごく現代アートぽい表現が多くて私は恐れ入ってしまう。キューレーターの人が「現代アートの眼」で作家を掘り出してくるのと、作家の中にも精神を病んだ元美大生とかがいて、範疇が広がったのは良いが嘗てのような「素っ頓狂で楽しくなるナイーヴさ」がなくなったような、、、。

「天空を歩く自然」(1974)
そんな昔のなつかしいアール・ブリュット絵画展がポンピドーセンターの正面にあるセルビア文化センターで開かれている(と思って友達に勧めたらもう終わっていたことが発覚。だから「開かれていた」。それを知る前に書き出してしまったので書き終えます)

2013年にもここではアウトサイダー・アートの展覧会があってこんな記事を書いている。Sava Sekulicはその時に特に目の止まった作家だったが、今回は彼の個展。8年前よりもセルビア・センターも「進化(?)」して前回の何段重ねの展示はやめて横一列、かつ入口ホール、地下そして2階のイベント用ホールの3フロアにわたる充実した展示で、説明やビデオもある。でも気になる「作家の生い立ち」の説明は乏しく、何故かまたもらったカタログ(今回は昔より分厚くて立派)を引用すると:

1902年に現クロアチアで当時オーストリア=ハンガリー帝国領内だった田舎の貧村に生まれ、10歳の時に父親を亡くし、母親が再婚して隣村に行った時に取り残された(その頃の地方の風習だったらしい。その後誰に育てられたかは?)。15歳で同帝国に徴兵されて第一次大戦で前線に出され負傷、片目を失明。17歳で故郷を去り季節労働などをして各地を転々とし1943年にベルグラードで左官の仕事をして暮らすようになる。その前から想像力の発露の方法を探していたが絵を本格的に始め、62年に引退して以降それに専心する。69年までは芸術界とはほぼ隔絶した生活をしていたが、その後見出され70年代には名が知られるようになり、1989年に亡くなった。

「異なった私から出てくるもの」(1960)
彼の不遇さはその頃のバルカン地方の田舎の住人にとってはそれほど特別ではないものだったかもしれないが、芸術的確信を早くから持ち、周囲の無理解、不気味がられて絵を破られたりする嫌がらせに悩まされながらも信念を折らなかった。

彼はCCCとサインするのだが最初のふたつのCは名前の頭文字(セルビア語ではC=S)で最後のCは独学という単語の頭文字、つまり独学サーヴァ・セクニクでそれを自負していたようだ。実際彼は美術学校どころか「学校」というものに行ったことがなく、読み書きも岩に文字を彫って自分で覚えた。絵に関しては彼曰く「先生は自然のみ。他のものは自分の持っているものをダメにする」。

 

 

「赤鹿シティー」(1948)

「母乳源」(1960)

こういうのって私考えても出てこないから楽しいよなー。僕もお乳吸いたくなりますよ♫

 

参考投稿

- 今は亡きボルタンスキーの語った(2011)、アール・ブリュット「アートのユートピア

2021年11月14日日曜日

オキーフの絵の不思議

この人は一体何を描いているのだ!? 

風景が描かれているが風景ではない。花が描かれているが花ではない。これが現在ポンピドーセンターで開催されているジョージア・オキーフ Georgia O'Keefe(美術解説)を見たときの感想。

私はオキーフに関心を持っていなかった。彼女の絵は時々美術館で見たことはあるが、普通は花の巨大ズームアップ、動物の骨と風景とか「彼女のスタイル」とされている作品が1、2点ぐらいあるだけで「エロティシズム」と「死生観」で括って「はいおしまい」にしていた。その二つは彼女の一貫したテーマとしても、彼女の絵はもっと幅広い、「モノ」に宿る生命あるいは霊を醸し出している。私が特にそれを感じたのはニューメキシコの風景。私は行ったことがないのでわからないが、映画や写真で見るニューメキシコはカラっカラに乾燥した砂漠で白黒写真であってもメリハリの効いた色彩を感じさせるのだが、彼女の絵の風景は日本の油絵作家の風景にあるようなねっとりとした温帯感があり、乳白が混ざったような色調で組み合わされている。色彩だけではなく形態も明らかに彼女の意図に沿うように変容され、侵食された粉っぽい岩肌は大地のまさに「皮膚」となる。

しかし形態の類似性が重要なのではない。風景だが風景ではなく、花だが花ではないというのは単なる伝達説明手段ではなくなった「絵画」としてはあたりまえのことだが、描かれている「もの」の存在よりも「何か」が先駆けて見るものに迫って来るのは、例えばロマン派のフリードリッヒの風景画のように、そうしばしばあるわけではない。そのテーマの「何か」には地神、物神に似た日本的なところも大いに感じる。

実際オキーフは日本に惹かれていたらしい(後述のビデオで知った)。今回は回顧展なので彼女の「典型的」な作品のみならず、もっと幅広く、アール・デコ風にデザイン的な都会風景や抽象的作品も展示されていたが、装飾的でピュアーにスキッと処理されていて、これに彼女の自然観が加わり日本画的なところもある(特に滝の絵なんてそうでした)。こうしてテーマの類似性にかかわらず、ヨーロッパのアールブリュットぽい情念的なスピリチュアリズム絵画とは一線も二線も画する絵が誕生した。

 

私はこの展覧会に圧倒されて、オキーフをもう少し知らねばと簡易カタログを買ったのだが、これは会場の壁にあった解説と絵の写真だけでできているという超安易なもので、かつ印刷の色彩もよくないしで何も得るところがなくびっくりした。仕方がないからググって見たらその同じポンピドーセンターが作った展覧会紹介ビデオが意外にちゃんとしていて、、、。(というのも春に開催された同センターのマチス展のビデオが酷くて:派手な眼鏡をかけて横縞シャツを着てポケットに手突っ込んで絵の前を闊歩する女性キューレーターをカメラがフォローし、絵はまともに見れない。私は頭に来てYouTubeにダメマークをクリックしたほどの代物だったのだが、それはさておき、) 

実際の会場は陳列室から陳列室に順に回るというのではなく、会場全体が大きなフロアーになっていて好きなようにみられるが、その一方で私のようにオキーフをよく知らなかった者には混乱を招くところがあった。それに対しビデオは時代順なのでよくわかった(笑) 色も簡易カタログよりよっぽどいいし(展覧会で絵、解説の全てをスマホで撮っている人があるが、昔簡易カタログ買って懲りた人たちなのかな?) 

これは晩年の作。塩の砂漠だと思っていたら「雲の上の空」だった

 

これがためになる(なった)展覧会紹介ビデオ


 

蛇足ながらあえて書くと、この展覧会にこんなに感じ入ったのはおそらく最近の大きな海水ドローイングで私が探しているものがオキーフの絵に近いものがあると思ったから。右はベリル島で描いた風景ですがいかがでしょうか?

ベリルのことはこちら


 

オキーフの回顧展は12月6日まで (美術館サイト)

 



2021年10月26日火曜日

美は細部にあらず?(ホックニーとハースト)

「美は細部にあらず」、印象派や新印象派の点描を引き合いに出さずとも、そんなことあったりまえじゃない? だがそれを今更声高に唱えている(ように思われる)のは、デヴィッド・ホックニー(David Hockney)とダミアン・ハースト(Damien Hirst)。共通点は二人とも超有名アーティスト、イギリス人、かつ今ロックダウン中に生まれた巨大なシリーズ作品を展示中! (ロックダウンは作家にとって悪くなかった:ご存知のように私も(笑)) ホックニーはフランスのノルマンディー地方でイギリスに帰れなくなり(?)、一年の四季の移ろいをiPadを使ってドローイング。バイユー(Bayeux)で見た70m近い歴史絵巻タピストリー(ウィキ)に影響されて帯状にプリントした作品をオランジェリ美術館で展示している。細部はドットであったり、アプリのお仕着せのブラシ効果であったり。

ホックニーの花咲く木の細部

一方ハーストは満開の桜を2〜3mある巨大なキャンバスに描くが、細部(花)は絵具をべたべたとくっつけた感じ。アシスタントが来れなくなったロックダウン中にこつこつと「自分で」107作も描いたとか。その30点をカルチエ財団で展示中。遠方から見ると迫力あって「綺麗!」ってことになり、今までスキャンダル派だったのに「ダミアン君どうしたの?」と怪訝に思ってしまう。だが先に書いた印象派とかゴッホ、あるいは近年流行のアール・ブリュットやアクションペインティング、そしてかつ色彩サンプルみたいな自らが数十年前に描いたスポット・ペインティングなどを思い起こさせて「絵画史を総括する」と評論家に持ち上げさせる上手い手管で万人受け(?:fbでもたくさん投稿があった)。私ダミアン・ハースト、そんなに大嫌いじゃないんですよ、アイデアマンだし、昔見たハエをいっぱいくっつけた微妙の光沢のあるブラックな作品など不思議に美しくて。だから「今更なんで?」の疑問が解けるかと財団でもらったパンフレットをひもとくと、彼の作品回顧みたいになっているのだが最後の方に某評論家との対談があって、もちろん満開の桜は「かりそめの美しさ」という日本の自然観を背景にしているのだが、評論家が「今ここカリチエ財団に作品が集っているが、展覧会が終わると世界の美術館や財団に買われチリチリバラバラになる。本当に咲き誇る桜の花のようにかりそめの姿ですね〜」それにダミアン君「ほんとだねー」と同意。

ハーストの花咲く木の細部

展覧会をしても大多数が出戻りで戻ってくるアーティストの私としては腹たつなー。ただの僻みかもしれないけど気分悪いよ。今までの彼の作品はそれこそ保存性が危ういものや一般人の理解が得られないものがほとんどなので、この桜の大作を世界にばらまいて後世に名を残すつもりなのかなーと我が僻みもリミット超えました。かつこんな華やかな絵ができた一つの理由は「恋してる」からだそうで、、、ばかばかしい(また僻み)。

お二人の作品は明らかに大きさで勝負。もちろんホックニーは彼らしい色彩感と構成力はあるから、ただの凡人が描いたのとは違うがただのイラスト、この程度のもので美術館の回廊を何十メートルも使わせてもらえるのは「ホックニー」だから。ダミアン・ハーストもこれが無名の作家で「投資対象」になかったら「何処で展覧会できたかな〜」という代物ではないか? 良い展覧会をみると「僕も頑張らねば」と気分がしゃんとするのだが、この二つは見てやる気なくなった〜。あれだけの壁つかってみたいよ〜!

僻みに僻んで意固地になっているように思われるでしょ? 実際最近の私は「海水ドローイング」で細部のデリケートなマチエールにこだわる作品を作ってますからねー。考えてみると一見乱暴に見える抽象画の作家の方が意外に細部にこだわっていて、具象画の方が「こんなもんでいいよ」って感じかもしれない(でも我が尊敬するボナールは展覧会場でも筆を入れていたという逸話もあるが)。「美は細部にあらず」、しかし細部に支えられない全体は薄っぺらなものでしかないと思う。かつ本当の花々の細やかさをここまで雑に扱ってもらうと自然をバカにしてっるのかって思ってしまうがどうでしょう。

ところで便利な情報:コロナ下、オランジェリ美術館は予約していかねばならない。時間帯は30分おきで私の予約は「今日はホックニーだけで」と閉館1時間前の5時にした。その20分前に着いてしまったのだが早めには入れてくれない。係員によると5時予約の場合は5時から5時半までが入場時間だそうで、確かに彼女は5時直前に待っている人に向かって「4時半予約の人はいませんか?」と念を入れた。つまり5時に入りたいなら4時半に予約を入れてゆったりくればよかったということになる。これは皆さん知っていた方がいいですね(多分フランスの国立美術館は同じ基準だと思う)。

何が描いてあるのかさっぱりわからないスーチンの絵の細部

ホックニーがあっという間に見終えたので、同美術館で開催中の「スーチンデ・クーニング」という企画展* も見ることになった。これは「こじ付けの組み合わせ」に思えて行く気がなかったのだが、「デ・クーニングが1950年にニューヨークMoMAでスーチン展を見て大いに影響を受けた」ということを骨子としているだけあって、スーチンの絵はオランジェリの常設品のたらい回しでなく、ピレネーの山村のうねり狂う風景画などのとても良い作品がアメリカから幾つも来ていて見応えがあった。これまたアメリカから来ているデ・クーニングの作品も悪くない。お二人がどれほど細部にこだわったかは分からないが、ピクセルや絵具のべたのせとは細部のパワーが違う。「美は細部にあらず」、でも細部を侮ってもらっては困る。

 

以下それでも見たい人へ

 ホックニー「ノルマンディーでの一年」展

オランジェリ美術館、2月14日まで(美術館サイト)

*「スーチンとデ・クーニング」展は1月10日まで(美術館サイト)

 

ダミアン・ハースト「開花する桜」展
カルチエ財団、1月2日まで(財団サイト) 

 

追記: カルチエは7月のオープニングに行ってあきれて完全無視のつもりだったのが、ホックニーのお陰でテーマができて書く気になりました(笑)

 

僻んでばかりいないで最後に一つの提案:1日何千人もの訪問者のいるオランジェリーのような国立美術館はせめて5メートルでも美術館は展示作品のクオリティーに責任をとらない「キューレーション外」ウォールとして現代アートのメインストリーム外でこつこつと仕事をしている「無名作家」の作品を1週間ごとに一人展示するというのはどうだろう(広報不要)。こうして作品を数万人の人に見てもらうことができたならもうこれで人生思い残すことないのですが(やっぱり僻みかな?)

2021年10月5日火曜日

クリストの凱旋門

朝一にニュースラジオを聞くと役に立つことがある。先々週の日曜は「パリは No Car Day です」。びっくりして早速友達に電話をかけた。地方の展覧会に車で連れて行ってもらうのにわざわざ迎えにきてもらうことになっていたからだ。当然彼はそれを知らず、お陰でパリのゲートで足止めを食らうことなく済んだ。そしてこの日曜は「クリストの凱旋門のラッピングの最終日です」

朝から雨、風で斜めぶり。午後には上がるそうだが、まあどんなか想像つくし(実は私は1985年のパリ、ポン・ヌフのラッピングを見ている:その頃は近くのアトリエに通っていたのでほぼ毎日見ていた)行かなくてもいいかという感じだったのだが、日本のファンクラブ代表Mさんに「是非歴史的瞬間を目撃して記録を残して下さい^ ^(ブログ記事希望)」なんてメールもらって、「う〜ん」。あまり気乗りがしなかったのは天候以外の理由もあるのだが、それは後回しにして、、、* 

 フェースブックで色々な人が掲載する写真でもう見た気になっていたが、それらを参考にして「まあ行くなら夕方だろうな」と思いつつ、昼寝(最近過労気味で)をしたら夕方以外のオプションはなくなっていた(笑)

「日没は7時半過ぎ、夕日が当たるには凱旋門広場の一つ向こうの駅までメトロに行って」というプランニングで駅からシャンゼリゼの反対の大通りにでて、凱旋門を見ると、

 おお〜!!! 赤富士でも見るような雄大さあり、かつ布のひだは夕暮れの光に微妙にゆらぐ影を醸し、、、スレっかしの私の心もなんと一挙に高揚ときめきました(笑)

凱旋門は形がシンプルだからラッピングもシンプルで、50mの高さからストっと布の落ちる感じが清々しい。それにぐるっと簡単に回れるロケーションも良いな〜(さすがパリと少々見直す)。と思いつつ回っているうちに日が暮れて、急にライティングがついた時の群衆のどよめき、そして「メルシー、クリスト」のコールと拍手が起きた。後述するような批判も聞いたが、なんだかんだと言ってこれだけ人を集めて(思ったほどの人出ではなかったが、メディアによると総数80万人が訪れた)一部に感動の声を上げさせるのは半端じゃない。




 説明員(?)と少し話したら四角い端切れをくれた(こんな憎いサービスはクリスト企画、場数を踏んだだけのことはある。 85年には説明員はいても布地はもらわなかった)。ご覧のように実物で見るよりシルバーでピカピカ、つまり本物は汚れていた?(笑)というより空の色を映していたのだろう。裏側が青いのは〜?、多分これが視覚に仕掛けた隠し味なのかもなーと想像。つまり写真ではわからないスケール感のみならずその時その場で現物を見ないとわからない空気の漂い、臨場感がある。ランドアートの面目躍如たるものがあった** 

 

 
 

* 以降長くなるが先述のあまり気乗りがしなかった理由:

その一つは1回目と2回目のロックダウンの間にポンピドーセンターで「クリストとジャン=クロード展」てのがあったが 、作品のほとんどはパリの美術館の常設で見られるもの、あとはポンヌフで使われたロープ、布などの機材とかで全然面白くなくて、その中でフルっていたのがエディト・ピアフの「バラ色の人生」で始まり、ジャン=クロードとのラブエピソードが散りばめられた「何だこれっ」って思ってしまう「パリのクリスト」という映画。これはポンヌフのラッピングに至る前の経過のドキュメントなのだが、見た後の感想(面白いのでほぼ1時間のをちゃんと見た)は、クリストの最高の手腕はジャン=クロードをせしめたことではないか? 何たってジャン=クロードの義父は元軍人で高等技術学院の校長で政治・経済界にもすごく顔が利き、ジャン=クロードと結婚していなかったらシラク(当時パリ市長)と面談とか、シラクがダメだからジャック・ラング(当時文化大臣)に助けを求めるなんてことはあり得なかったのでは? 下種の勘繰り、クリストを直に知っているというアーティストのSさんに打診したところ「純愛だったらしいよ」って答えで「ほんとかよ〜!」(失笑) まあ真偽はともかくクリストは政治経済界に太いパイプが引け、ジャン=クロードは階級相応のブルジョワ生活では味わえない「芸術的アドヴェンチャー」に加担することになり二人とも幸せな人生を送ることになったのだ(実際彼女はそのため離婚した)。

ルーマニアから来た貧しきクリストがジャン=クロードの両親に出会ったのは肖像画家として。彼デッサン上手いからね。その得意のデッサンで企画案をドローイングして売り、ラッピング企画自体は自己資金で賄うという新しいアートの経済モデルを打ち立てた。今では経営者みたいな現代アーティストが多いがクリストはその元祖だ(これだけで美術史に残るかも)。この面をアピールしすぎたからかその批判もあって、クリストの凱旋門は自己融資で国民に資金負担はないというけれど、実際にはドローイングを買った企業はメセナとしての免税を受けるからその巨額な免税額を国が埋め合わせるためには結局その分は国(結局は国民)の負担となるというのだ。それはそうだがこれはクリストの責任というより企業メセナ免税制度が問題。私もいつも疑問に思っているのだが、このメセナ制度は当然買う作品が高額の時に効果がある。坂田英三の2000€のドローイングを買っても企業として免税したい額とは桁が違うからこの制度の利用する意味はない。つまり有名アーティストか有名画廊の推薦する作家の高額の作品しか問題にならず、これには値段が高ければ高いほど便利。こうして免税対策として買った作品は投機の対象にもなってまた利鞘を稼ぐ。これはどう見ても「金転がし」の専門家が作った濡れ手に粟のシステムなのだ(これは私見です:美術界に貢献しているからかここまではっきり弾劾した意見は聞いたことがないので)。

まあともかく私は全くの美術作家としての経営能力がないので感嘆するしかないのだが、先週ジャックマール・アンドレ美術館のボッティチェリ展(この種の展覧会ではルーブルであったダヴィンチ展(過去の投稿)のようにボッティチェリの同時代作家とかが半数以上占めることがよくあるのに対し、これは本当にボッティチェリ展だった!だから推薦します)を見たついでにシャンゼリゼから比較的近い画廊街を通ったらクリストのドローイングだらけになっていてその商売っ気にうんざりして、凱旋門まで足が向かなくなった。

 

** ランドアート的には、クリストの作品は「風景を変える」ということに重点を置いて説明されることが多く、それには私は「ふーん」という感じでほぼ関心がわかないのだが、「売り物」の企画ドローイングの美しさと、初期の小さな「モノ」の梱包作品から見ても、今回の凱旋門にしても彼は大いに審美的で、そういうコンセプトよりオブジェとしてのラップされた物体性(環境も入れて)、その魅力に興味があるのではと私は思う。

 

後記:クリストの凱旋門なんて私が書くほどのことはないほどググれば沢山出てきますねー:例えば美術手帖とかCasa Brutasとか。独断と偏見のない一般的なことを知りたい方はリンクをご参考に:私は「一般」に影響されないように当然この投稿を先に書いてから読みましたが、どう見たって私のブログの方が参考になると思うけどな〜(笑)

 

いつものとおり「こんなものにお金かけるよりもっと有用なことに使え」という人は常にいて、正しい側面もあるが、人パンのみに生きず+タデ食う虫は好き好きというのも真実。こういう人はロックダウン中アートがなくなって清々していたのかな? 

 

礼拝する回教徒にあらず。綺麗な写真を撮ろうと。。。

 
これは上述の純愛映画