2015年1月14日水曜日

(歴史的日曜の後に思う)フランス人とは何か

昨日マルセイエーズのことを書いたが、今日首相のヴァルスが国会で熱弁を振るい(抜粋しか見てないがなかなか説得力、迫力があった)、全員が拍手。その所為かその前か忘れたが、議員全員でマルセイエーズを歌うという光景が見られた(何と第一次大戦終締結時以来とのこと!)。

つまりマルセイエーズが虐殺事件の後にそぐわないと思うのはどうも私ぐらいのようだ。

でも歌詞、例えば普通歌われない3番から抜粋すると
「何と! 外国の軍勢が我らの故郷に来て法を定めるだと!
何と! 金目当ての傭兵の集団が我らの気高き戦士を打ち倒すだと!
下劣なる暴君どもが我らの運命の支配者になるなどありえない!」
これに加えてお馴染みのリフレイン(前回の投稿参考)

アフガニスタンやマリのイスラム原理主義者が歌っても不思議ではないと思いません?(マルセイエーズだと言わずにほぼコピコレして使えばそれこそイスラム過激派の煽動的文書として使える)

この歌詞の意味を離れて完全なる共和国の「シンボル」としてこの歌を受け入れられない限りフランスでは異邦人でとどまらざるえないだろう。サルコジ時代に「フランス国民のアイデンティティ」がどうのこうのとかしましく言われたが、「フランス人は気分が高揚するとマルセイエーズを歌う人々の集まり」と定義できるのではないだろうか。

ところで今日は「シャーリー・エブド」が襲撃殺害事件にもかかわらず発刊された。このような状況でも仕事をした人たちを讃える意味もあるが、それ以上にどんな内容なのか知りたいので買いに行こうと思ったが売れ切れらしい(何百部も刷ったので明日明後日には手に入るはず)。
昨日からもう第一ページの風刺画は決まっていて、「私はシャーリー」と書いたメッセージを持った涙を流したマホメットが「すべては赦された」と言っている。こんな説明をして絵を掲載しないのは、イスラム教徒に遠慮しているのではなく、私はこれがあまり好きでないというか、何が言いたいのかピントこないから。「言論の自由」の旗印になった同紙がどんな風刺を、支援しようとする何百万人もをあきれさせるような毒舌ができるのか(あるいはしないのかが)知りたい。前述のことでお分かりであろう、私なら覆面を被った二人組が「進もう 進もう! 汚れた血が我らの畑の畝を満たすまで!」と歌っている漫画を編集部に提案するが、、、 あーあ、これで私は一般国民にも睨まれ、FNにもイスラム原理主義にも狙われて、、、というのはすべて強がり。「私のシャーリー」は次のビデオなんです

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