2021年10月5日火曜日

クリストの凱旋門

朝一にニュースラジオを聞くと役に立つことがある。先々週の日曜は「パリは No Car Day です」。びっくりして早速友達に電話をかけた。地方の展覧会に車で連れて行ってもらうのにわざわざ迎えにきてもらうことになっていたからだ。当然彼はそれを知らず、お陰でパリのゲートで足止めを食らうことなく済んだ。そしてこの日曜は「クリストの凱旋門のラッピングの最終日です」

朝から雨、風で斜めぶり。午後には上がるそうだが、まあどんなか想像つくし(実は私は1985年のパリ、ポン・ヌフのラッピングを見ている:その頃は近くのアトリエに通っていたのでほぼ毎日見ていた)行かなくてもいいかという感じだったのだが、日本のファンクラブ代表Mさんに「是非歴史的瞬間を目撃して記録を残して下さい^ ^(ブログ記事希望)」なんてメールもらって、「う〜ん」。あまり気乗りがしなかったのは天候以外の理由もあるのだが、それは後回しにして、、、* 

 フェースブックで色々な人が掲載する写真でもう見た気になっていたが、それらを参考にして「まあ行くなら夕方だろうな」と思いつつ、昼寝(最近過労気味で)をしたら夕方以外のオプションはなくなっていた(笑)

「日没は7時半過ぎ、夕日が当たるには凱旋門広場の一つ向こうの駅までメトロに行って」というプランニングで駅からシャンゼリゼの反対の大通りにでて、凱旋門を見ると、

 おお〜!!! 赤富士でも見るような雄大さあり、かつ布のひだは夕暮れの光に微妙にゆらぐ影を醸し、、、スレっかしの私の心もなんと一挙に高揚ときめきました(笑)

凱旋門は形がシンプルだからラッピングもシンプルで、50mの高さからストっと布の落ちる感じが清々しい。それにぐるっと簡単に回れるロケーションも良いな〜(さすがパリと少々見直す)。と思いつつ回っているうちに日が暮れて、急にライティングがついた時の群衆のどよめき、そして「メルシー、クリスト」のコールと拍手が起きた。後述するような批判も聞いたが、なんだかんだと言ってこれだけ人を集めて(思ったほどの人出ではなかったが、メディアによると総数80万人が訪れた)一部に感動の声を上げさせるのは半端じゃない。




 説明員(?)と少し話したら四角い端切れをくれた(こんな憎いサービスはクリスト企画、場数を踏んだだけのことはある。 85年には説明員はいても布地はもらわなかった)。ご覧のように実物で見るよりシルバーでピカピカ、つまり本物は汚れていた?(笑)というより空の色を映していたのだろう。裏側が青いのは〜?、多分これが視覚に仕掛けた隠し味なのかもなーと想像。つまり写真ではわからないスケール感のみならずその時その場で現物を見ないとわからない空気の漂い、臨場感がある。ランドアートの面目躍如たるものがあった** 

 

 
 

* 以降長くなるが先述のあまり気乗りがしなかった理由:

その一つは1回目と2回目のロックダウンの間にポンピドーセンターで「クリストとジャン=クロード展」てのがあったが 、作品のほとんどはパリの美術館の常設で見られるもの、あとはポンヌフで使われたロープ、布などの機材とかで全然面白くなくて、その中でフルっていたのがエディト・ピアフの「バラ色の人生」で始まり、ジャン=クロードとのラブエピソードが散りばめられた「何だこれっ」って思ってしまう「パリのクリスト」という映画。これはポンヌフのラッピングに至る前の経過のドキュメントなのだが、見た後の感想(面白いのでほぼ1時間のをちゃんと見た)は、クリストの最高の手腕はジャン=クロードをせしめたことではないか? 何たってジャン=クロードの義父は元軍人で高等技術学院の校長で政治・経済界にもすごく顔が利き、ジャン=クロードと結婚していなかったらシラク(当時パリ市長)と面談とか、シラクがダメだからジャック・ラング(当時文化大臣)に助けを求めるなんてことはあり得なかったのでは? 下種の勘繰り、クリストを直に知っているというアーティストのSさんに打診したところ「純愛だったらしいよ」って答えで「ほんとかよ〜!」(失笑) まあ真偽はともかくクリストは政治経済界に太いパイプが引け、ジャン=クロードは階級相応のブルジョワ生活では味わえない「芸術的アドヴェンチャー」に加担することになり二人とも幸せな人生を送ることになったのだ(実際彼女はそのため離婚した)。

ルーマニアから来た貧しきクリストがジャン=クロードの両親に出会ったのは肖像画家として。彼デッサン上手いからね。その得意のデッサンで企画案をドローイングして売り、ラッピング企画自体は自己資金で賄うという新しいアートの経済モデルを打ち立てた。今では経営者みたいな現代アーティストが多いがクリストはその元祖だ(これだけで美術史に残るかも)。この面をアピールしすぎたからかその批判もあって、クリストの凱旋門は自己融資で国民に資金負担はないというけれど、実際にはドローイングを買った企業はメセナとしての免税を受けるからその巨額な免税額を国が埋め合わせるためには結局その分は国(結局は国民)の負担となるというのだ。それはそうだがこれはクリストの責任というより企業メセナ免税制度が問題。私もいつも疑問に思っているのだが、このメセナ制度は当然買う作品が高額の時に効果がある。坂田英三の2000€のドローイングを買っても企業として免税したい額とは桁が違うからこの制度の利用する意味はない。つまり有名アーティストか有名画廊の推薦する作家の高額の作品しか問題にならず、これには値段が高ければ高いほど便利。こうして免税対策として買った作品は投機の対象にもなってまた利鞘を稼ぐ。これはどう見ても「金転がし」の専門家が作った濡れ手に粟のシステムなのだ(これは私見です:美術界に貢献しているからかここまではっきり弾劾した意見は聞いたことがないので)。

まあともかく私は全くの美術作家としての経営能力がないので感嘆するしかないのだが、先週ジャックマール・アンドレ美術館のボッティチェリ展(この種の展覧会ではルーブルであったダヴィンチ展(過去の投稿)のようにボッティチェリの同時代作家とかが半数以上占めることがよくあるのに対し、これは本当にボッティチェリ展だった!だから推薦します)を見たついでにシャンゼリゼから比較的近い画廊街を通ったらクリストのドローイングだらけになっていてその商売っ気にうんざりして、凱旋門まで足が向かなくなった。

 

** ランドアート的には、クリストの作品は「風景を変える」ということに重点を置いて説明されることが多く、それには私は「ふーん」という感じでほぼ関心がわかないのだが、「売り物」の企画ドローイングの美しさと、初期の小さな「モノ」の梱包作品から見ても、今回の凱旋門にしても彼は大いに審美的で、そういうコンセプトよりオブジェとしてのラップされた物体性(環境も入れて)、その魅力に興味があるのではと私は思う。

 

後記:クリストの凱旋門なんて私が書くほどのことはないほどググれば沢山出てきますねー:例えば美術手帖とかCasa Brutasとか。独断と偏見のない一般的なことを知りたい方はリンクをご参考に:私は「一般」に影響されないように当然この投稿を先に書いてから読みましたが、どう見たって私のブログの方が参考になると思うけどな〜(笑)

 

いつものとおり「こんなものにお金かけるよりもっと有用なことに使え」という人は常にいて、正しい側面もあるが、人パンのみに生きず+タデ食う虫は好き好きというのも真実。こういう人はロックダウン中アートがなくなって清々していたのかな? 

 

礼拝する回教徒にあらず。綺麗な写真を撮ろうと。。。

 
これは上述の純愛映画

 

2021年9月24日金曜日

残された映画

本当は反時計方向90度回転
「夏はどうだった?」ときかれて「Belle-Ileに行ってきた」と言うのだけど、それは8月末。7、8月の大半は何をしていたのかと首を傾げてしまうが、考えてみると昨年秋に亡くなった岩名さんへの罪償い(?)で翻訳の大仕事をした。償いというのは銀座のフォルム画廊での個展で「芋虫」(右写真)を買ってもらいながら、1/22の投稿に書いたようにアトリエに保管したままにして生前にほとんど楽しんでもらえなかったという後ろめたさがあるからだ *

岩名さん(岩名雅記)は舞踏家なのだが晩年「パッション」であった映画を自主制作し出し、この夏前その長編映画全4作品が日本国立映画アーカイブの申し出により永久保存とされ、アーカイブで企画された「逝ける映画人を偲んで 2019-2020」に最後の完成作品「シャルロット・すさび」が選ばれるという、「なんで生前にそうならなかったの」と思う嬉しくもあり残念でもある大ニュースがあったのだが、彼は亡くなる前の2019年に長編の新作「ニオンのオルゴール」を撮影を初めていて、日本ロケは終え、昨年春にヨーロッパ部分の撮影の予定だった。だがコロナのために果たせず、そして昨年秋に急死してしまった。
こうしたなか奥さんやスタッフの努力で、プロデューサーがついてヨーロッパ撮影をして映画を完成させられるかもしれないという話が出てきて、日本語シナリオの仏訳が必要になったのだ **
 
シナリオの内容は明かせないが、今までに比べて一番「普通のストーリー」で、その意味訳しやすかったかな。そのため島に出る前にほぼ完成はしていたが、天気が悪い時はその仕上げをしてと思っていたらあら不思議、私の滞在中は島の気象観測史上の記録を破る好天気。だから結局先週やっとやり終えた(ホっ)
 
そして今は「ドラ・マールの家」の展覧会の作品撤去のためのTGVの車中。南仏行きTGVは他の路線に比べて一番景色が良い。晴天でブルゴーニュの田舎には朝の霞がうっすりとたなびいている。天気予報では今日明日のメネルブの最高気温は28度、最後の夏が楽しめそうだ。最近ついてるな〜(実際岩名さんのシナリオと格闘中の7、8月は概して天気が悪かったのだ)
 
 
 
* 注1:私のドローイングは10年ぐらい壁にかけて楽しんでもらえば元が取れるという想定で値段設定がされているのです(笑)

** 注2 :勿論私は「正しいフランス語」は書けないから岩名さんのお友達のフランス人女性に
これまたボランティアで校正してもらっています
 
 
 
 

 

2021年9月8日水曜日

美しき島の私

またアーティスト・レジデンスにでかけた。今回は「ドラ・マールの家」のように後ろ盾に財団のあるような”立派”なものではなく、夫婦が引退後田舎の家の家の別館にアーティストを招くという完全な個人ベースのもので、私としては初めて交通費も滞在費も自腹を切った。といっても別館(寝室、居間、台所)を一人で使って一泊15€:ベル・イル(Belle-Ile おフランスではリエゾン(?)して「ベリル」と発音される)という知名度の通ったバカンスの島での一般の宿泊費と比べるとタダみたいなもの♪ 「ドラ・マールの家」は本来招かれている外国からの作家が来れないという理由からの裏口入学だったが、今回は正面玄関からで(笑)、滞在プログラムは昨年12月から決まっていて、滞在2週間全日晴天で海水浴できるほど暖かいというのはひとえに日頃の品行方正さゆえではないかと思う。(ちなみにこのレジデンスはHors Saison=シーズンオフといって7ー8月の完璧なバカンスシーズンはやっていない)*

Belle-Ile 訳せば「美しい島」、いつ頃名付けられたか知らないが、自信満々の命名で、現在の住民も「我が島」の評価には自信満々。その美しさの噂は聞きながら、バカンスで行けるような身分でない。だから昨年このアーティスト・レジデンスをサイトで知ったとき、ちょうど Covidの再ロックダウンとかの欲求不満も手伝って赤字覚悟を承知で申し込んだ(かつ何度も言うように仏政府の「ロックダウンの被害にあったアーティストへの収入援助」で去年はいつになく安定収入があったのでへっちゃらのチャラ。 僕が「あれ〜、こんなのあったの」と募集情報を見て思ったのは当然、今年が初年で、私は初めての美術家。ホストの旦那さんはフォークが好きでミュージシャンを主体にセレクト、サロンにピアノもギター機器もあるが、画家用のアトリエはない。応募した時はすぐにその場のインスピレーションでの新しい作品をスタートすることなど無理なのはわかり切っているので、島歩きをして気に入ったところの海水を採取できれば十分、作品はパリでという計画だった(これで許可してもらえた)が、地元の画家がアルシュの大判のアートペーパーをくれるという”アクシデント”があって「一つぐらい挑戦した方がいいかな〜」というプレッシャーがかかり、ちょっと苦労。「海水ドローイング」、要るのは墨と海水のみで超簡単に思われるが、紙を板にピンと張らねばならないし、紙質は違うし、温度・湿度が大影響を及ぼしすで、朝夕は湿度が高く午後はかんかん照りという状況で野外制作(墨がこぼれても構わないというアトリエスペースがないので 。紙を張った板も実はテラス用食卓テーブル)、これでは日頃のドローイングプロセス通りではうまくいかないのはわかり切っていて新たな対応に迫られたのだった。この条件下10日間滞在で大作一枚見せられる作品ができたなんて我ながらよく頑張った。フェースブック見て毎日ホビーの水彩画を描いていると思う人にはこういう苦労わかってもらえないかもしれないけど、ホビーは風景見て何も考えずにスケッチして「はい終わり」だが、「ホビー外」となると始終考えることがあって、実際に筆を手にしたのはスケッチより短いかもしれないけど「生みの苦労」本当に大変なんです。(それなりにうまく行った時の満足度は大きい)。まあホビーの方が人気あるけどね(笑)

「ドラマールの家」ではパリのロックダウンの所為で1ヶ月間延長してもらったが、「海水墨画」を描き出したからか今回はホストの方からもう少しいればという提案があり、天気予報が異常に良いので、一人暮らしするホストの義理の兄弟宅で3日間滞在延長、彼が大の料理好きということがあって買い物・料理の心配からも解放され完璧にバカンスさせてもらった。でも「牛ちゃん」を出した例のパリの展示を片付けねばならないので(他の人は今日した)、バカンスはこれで終わりで〜す:「本当のバカンス」は3日だけですのでくれぐれもお間違えなく。

 以上TGVのwifiを使って書いたのですがFBとの写真とのリンクがうまくいかなかった。置いておくとその気がなくなってしまうので今晩はこのまま投稿します 。私のFBページはアカウントなくても見られますのでよろしく

 

 * Hors Saisonに関してはこちら(ミュージシャン、文筆家などもOKですよ) 

 

これは島に二つある大観光スポットの一つ、モネが描いた岩壁です。「ホビーの水彩」で挑戦しようと思ったけど観光客が多くて気が失せました(写真の下の浜辺は誰もいないけど崖を下らないとアクセスできない)


<以下は翌日9/9の追記>

 
これはfbで一番人気の「趣味の水彩」  (人気は多分最初の投稿だったからか?)

 

 

これは人気ないけど自分では好き:腹が減って途中でやめたのが良かった

 

 

これが「趣味外」の現地制作海水ドローイング。温度湿度の激しい変化のために紙のテーピングが破れ、朝の湿度で大部分の結晶が消滅したけど、、、> 自分の感じた島の海岸の印象です

 
これが先の写真の場所のモネの絵


2021年8月20日金曜日

遂にバカになったエイゾウ

 なんだか変だ=全くブログが更新できなくなってしまった。ご心配なく、健康の方はまあまあいつものとおり。今までだと日本からの便りに「近況はブログの通り」なんて不躾に書いたものだったのだが、ほんとうにどうしたものか?

勿論5、6月に書いた南仏リュベロン(メネルブの「ドラ・マールの家」)の滞在が素晴らしすぎたのでその反動もあるのだが〜、えーとこの7月以来何をしたか??? 

例えばロックダウン中に終わる予定だった展覧会が延期されていたので幾つか見たが、当然のことながらほぼ最終日に見ていたので、もう一つ紹介する気がしないでしょ。私個人の展覧会(グループ展)もあったのだが、「超急仕立て」だったとはいえ、企画運営がちぐはぐで、、、。急遽アトリエの壁にかかっていた作品を持って行き、結局今まで日の目を見ないでいる「バカ」をやって(バカ⇄Vaca⇄スペイン語で「牛」)*、多少鬱憤を晴らしたが、そのこともブログには書かずじまい:今ここの書きます、というか実際はパリの知り合い向けに宣伝を兼ねてfbに載せたりしたほうがいいのでそれで完結してしまった(一応こうした自己努力とパリの親族の協力でそれなりに見に来る人を集められた😊)。

こんな光と眼のなかのハエ、やる気しないっすよ
そのほかこの7-8月のパリは概して曇天で寒く、また我がアトリエは建物の外壁工事のために櫓が組まれ、それでも少ない陽光が遮られ、差し込む光は写真のごとく草間弥生。本当ならば湿度が低く比較的高温の初夏は「海水ドローイング」の絶好のシーズンなので毎年大作に挑むことになっていたのだが、情けなや、結局絵筆も折れた〜。

でも眼のこともあったな〜 :突然黒い大きな斑点が視界の左30度あたりに入るようになり救急眼科に行った。検査の結果は私が心配した網膜剥離ではなく、何の剥離だったかしらん、眼球を見る機器ではっきり見えたそうだが、医師「これは一種の新陳代謝でだんだん消えていきますから。ナーヴァスにならないように真っ白なものなんかあまり見ない方がいいですね」「毎日白い紙で仕事するんですが〜」「あらら、仕方ないわね〜」とあまり同情された感じもなく、「よくならなかったらまたいらっしゃい♫」てな具合。1ヶ月以上経って斑点は以前より薄くなっているけど相変わらずフランス語で「ハエが飛ぶ」という現象で架空のハエを追い払ってしまうこともある。

それからしばしば船の模型を使ったインスタレーションを作ることになっていて、案を発表した時に大勢の人が賛同し、人を巻き込んだグループ企画となり、私はそのキーに当たる、ほぼ「零エネルギーで動く船」を作らねばならないのだが、できない(自分の制作加工技術的にも理論的にも)。絶対締め切りまでに作り得ないの知りつつ毎日頑張っているフリをしていたのだが、今朝は「お前はできないことがわかっていたのになぜもっと早く『できない』と言わなかったのだ」と同僚に怒られ、、、:これ連続モノの夢です。何のことかなー?(現実世界での I さんのための引き受けざる得ない因果の大量翻訳も一応型はついているし、、、このボランティア仕事も自分の制作に集中できない原因の一つではあったが)

ははー、やっぱり全体に低調ですかな〜? しかし何でも今日はこれをすると決めないとできませんねー。久しぶりに今朝は「書く」と決心しました(笑)

 

* バカのことの参考投稿

昨年10月13日26日11月4日

その後「牛太郎」が登場する筈だったグループ展は、私の理解できなかったことには5/7に1行書いたようにロックダウンにもかかわらず5月に開催され、かつ「牛太郎」は展示スペース不足ということで飾られもしなかった(どうせパーフォーマンスできなかったからどうでもいいけど)


 

2021年6月24日木曜日

冷や汗ものだったドラ・マールの家での展示会 Exposition à la Maison Dora Maar

Note : Le texte français se trouve en bas 

ハッピーにもまたドラ・マールの家へ! 前回の制作滞在 * に続き、今度は展覧会!!!

ドラ・マール(Dora Maar)の家は通常は公開されていないので一般旅行者は通りにある説明パネルを読むのみだったのだが、「お家の事情」もいろいろありドラ・マール関係の本や物産(?)を売るショップとともにギャラリースペースをオープンすることとなった。そしてギャラリースペースのこけら落としとして3、4月に滞在したフィリップ君と私のドローイングの展示が開催される運びとなったのである。

そして今回の宿泊先は「ドラ・マールの家」ではなくてそれを買ってアーティストレジデンスを始めたテキサスの富豪ナンシー・ネグレ(Nancy B. Negley)の豪華な館。こんなところに寝られるにはもう残る人生で2度とないかも(少なくとも今まではなかった。。。☺)

 ハッピーハッピーにことが運んだように思えようが事実はなかなか大変なこともありましたよ〜。その一番は展示作業開始三日目の朝。一番塩の結晶が多く付着していたドローイングが写真のように玉の汗を出し、120x80cmサイズの二枚は回復不能。小さなドローイングでは2年前に梅雨の日本の展覧会から戻ったときに編み出した裏技(?)を利用してなんとか展示できる状態にしたが、これからどうなる??? 

塩分の量の多少はあるにしても被害を被ったのはしなやかなドイツ製版画用紙を利用していたもので、この紙自体の吸湿性の高さもその一因になっていることがわかったが、とは言えお先真っ暗。実際私は展示取りやめにするわけにはいかない、なんらかの形で何か展示せねばならないセッパ間際に追い込まれていたのだった。確かに火曜日は雷の来そうな重たい空気だったが、それ以上に展覧会スペースはギャラリースペースのために扉が作られたが今まではずーっと閉められたままの空間で、奥の自然な岩壁を掘り抜いた倉庫室は超高湿度、折角換気扇があるのに使っていなかった。その換気扇を動かし続けてもどうなることかと絶望していたが一晩動かしていると皮膚感覚でわかるほど空気が入れ替わり、木曜の朝は作品は無事発汗せずなんとかなりそうになり一安心したのだった。

今まで「死海の水」は超吸湿性に手を焼いたことがあったが、今回の版画ペーパーと害を受けたドローイングに使っていたテキサスの岩塩とのコンピネーションも湿度に対する感度が甚だ高いように思われ、これはまた研究(実験?)に値しそう。

展示会オープンは19日(土)にあり、バカンスシーズンを通し、9月25日まで開催予定。南仏リュベロン地方にお知り合いのある方は宣伝してください。 

 


*注 前回の制作滞在に関する投稿 

- Résumé de mon séjours à la Maison Dora Maar

 

**************************************************************************** 

Texte français

Heureux d'être de retour chez Dora Maar ! 
A la suite de la dernière résidence de production, voici une exposition !
 
La Maison de Dora Maar n'est pas ouverte au public, les visiteurs doivent se contenter de lire que le panneau explicatif dans la rue. Et maintenant un espace galerie ainsi qu'une boutique des livres et des produits liés à Dora Maar sont ouverts. En guise de l'inauguration on a monté une exposition présentant les dessins de Philippe et les miens avec le texte d'introduction par Maxine, en fait nous trois y ont séjourné en avril.

Cette fois, nous n'avons pas séjourné dans la maison de Dora Maar, mais dans le luxueux hotel de Nancy B. Negley, une riche Texane qui a acquis et a lancé une résidence d'artistes à la Maison Dora Maar. 
D'autant plus ravi que je n'aurai plus jamais l'occasion de dormir dans un tel endroit ... ☺

On pourrait croire que tout s'est déroulé sans problèmes et dans la joie, mais la vérité est que ce fut une véritable crise ! La plus importante a eu lieu le matin du jour -3. Comme vous pouvez le voir sur la photo, les dessins sur lesquels se formaient le plus de cristaux de sel ont commencé à transpirer.  les deux dessins de 120x80cm ne sont plus récupérables. Pour le plus petit dessin, j'ai réussi à l'exposer en utilisant une technique secrète ( ?) que j'ai mise au point il y a deux ans, lorsque je suis revenu d'une exposition au Japon pendant la saison des pluies. Mais que va-t-il se passer maintenant ? 
 
Il s'est avéré que les dommages étaient dus d'une partie au papier allemand pour la gravure qui semble avoir la forte hydrophilie. Mais cette découverte se sert à rien, j'étais obligé d'exposer quelque chose d'une manière ou d'une autre. Il est vrai que l'air était lourd sous la menace des orages, mais plus encore, la galerie était restée fermée pendant longtemps jusqu'à ce jour, et la salle-hangar derrière creusée dans le mur de roche naturelle était hyper humide. De plus on n'avait pas fait marcher le ventilateur... Après une nuit de fonctionnement, l'air a été remplacé au point que je pouvais le sentir sur ma peau, et j'ai été soulagé de constater que les dessins ne pleuraient plus le jeudi matin.

J'ai déjà eu des problèmes avec la super hygroscopicité de l'eau de la Mer Morte", mais il semble que la combinaison de cette papier allemande et du sel gemme du Texas utilisé pour les dessin endommagés présente également une très grande sensibilité à l'humidité, et cela semble mériter une étude plus approfondie.

L'exposition a été inaugurée le samedi 19 juin et se poursuivra pendant les vacances jusqu'au 25 septembre. @ Maison Dora Maar - 84560 Ménerbes


2021年5月31日月曜日

2021年5月9日日曜日

私のワクチン接種

さて前回予告した、パリ住人には参考になるだろうワクチン接種の話。

若者に問題が出た「アストラゼネカ」を年寄りに打つってな話になっているので全然気乗りしなくなっていたのだが、パリの知り合いが教えてくれたサイト* にはどの会社のワクチンかも書いてあって感動、早速ファイザーの接種場所を予約した。

アールデコの天井の下で接種しました
アトリエの天井の修理工事の予定が立っていたので家にいても仕方がない木曜に。予約サイトでは「健康センター」と書いてあったが行ってみるとパリ15区の区役所で、予約時間は10時10分と厳密そうだったがまずは全員来た順に外で行列。やっと建物内に3人目に入れるポジションにいたときに突然火災警報が鳴り響き、区役所内にいた人も外に避難待機外! もちろん何でもなくて(といっても救急車が来たので「訓練」ではなかったが)10数分ほどでまた列に戻り(しかしいつもながら「覚えがない」と称して横入りする人がいて順番は元どおりではなくなった)、番号札をもらって会場に入るとそこは各区役所にある巨大な「催し会場ホール」。4人の医師の窓口と4人の看護士の窓口とがあって、大勢の人が番号を呼ばれるのを座って待っている。日本の銀行の雰囲気。「待ち」は番号で40番の違いがあったけどカップルで来ている人もいるので待っていたのは50〜60人ほどだろう。これは長丁場と本を出したが眼鏡を忘れた。仕方がないから周囲を観察。普通の人はスマフォを見ている。しょっちゅう咳をしている人も(大丈夫かな〜?)。例によって絶え間なく文句を言っている人もいる(聞き手に奥さんがいるからできることだが)。確かに手順が悪い。不思議なことに、ワクチンを打つ看護士さんたちは暇を持て余しているのだ。即ワクチンを打ってもらえるのではなくて予め医師の診断(説明?)を受けねばならず、つまりそれがネックになっている。1時間以上待たされた末何を説明されるのだろうと興味津々だったのだが、当たった女医さんの質問は:「元気ですか?」「はいとても」「右利きですか」「はい」「じゃあ左腕に打ちますか?」「はい」「職業はなんですか?」「画家です」「どんな絵を描きますか?」「具象とも抽象ともいえる墨のドローイングで、、、(あとモゾモゾといつもの口上のようなもの)」「グーグルしてみてください」と卵の写真付きの名刺を渡すと「面白そうね、一度見てみたいわ」、健康保険書も身分証明書の確認もなくあっさり若い看護婦さんのもとに回されてしまった。何だこれ。時間がかかっている他の人たちは一杯持病があって沢山薬飲んでいてってことか?(私も問題皆無ではないのだが自覚がないので言い忘れた)

ワクチン接種はすぐに終わり15分間の安静の後に接種証明書をもらえるとのことで待ち始めたら再度火災警報が鳴り響き、「避難してください」との放送。こんなのに巻き込まれたらバカバカしいと看護婦さんに証明書すぐ出してとお願いに行ったのだが「だめだめ!」。結局看護士さんたちも医師も全く避難する動きはなく、警報のみで終わって会場を出たのは正午過ぎ。その時は外の列はもっと長蛇になっていたからおそらく朝に予約して早く行くのが正解だろう。

翌日左腕は痛かったが発熱もなく簡単に済みました。

ところでフランスも摂取率(1度のみも入れる)はまだ25%ほどだが、知らずにもうかかった人(多くの若者)もそのぐらいいるのではないかと私は勝手に想定して、浦島ボケもあり楽観しているのだが、政府の非論理性からしてひょっとしたらマクロンもそう思っているのかも(笑)
 
 
後記:ランチしに行った家の旦那は1時間かかったが夫婦は奥さんはすぐ接種されたとか。やっぱり運がないのかなー?

 

これはCovid Trackerというサイト内にあるのだが、Covid Trackerは去年の春にGuillaume Rozierというコンピューターエンジニアが公共機関発表のデータからコロナの感染状況をグラフ化して把握しやすくしたサイトで、評判になって病院やマスコミも参考にするようになった。最初は一人の技術者だったが今は数人協力者もおりプラットフォーム化、全員全くのボランティア活動だそうな(拍手!!!)。直訳すると「すぐに薬を」の上記ページはワクチン接種情報を一本化して「どこに行けばいいか」をわかりやすくした(再度拍手!!!)